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リアクション
数分後 海京近海 上空
『……見事だ。それほどの技術を持っていながら、何故……と問うのは無粋なのだろうな』
“フリューゲル”の前に現れた新たな機体――マルコキアス。
そのコクピットから鉄心は“鳥”に語りかけた。
『その声は……まさか、この間の――』
どうやら“鳥”は鉄心が声の主であると気付いたらしい。
そして、それと同時にもう一つ、あることにも気付いていた。
『やっぱり身体にガタが来てるみたいだな。あんなバケモノ機体に長時間乗り続けた挙句、ろくに療養もしないで出てきたんだろう?』
鉄心の声の端々に混じる荒い息遣いから、前回の戦いで禽竜に搭乗した際に受けたダメージが癒えきっていないのを“鳥”は察したようだ。
しかし、今の“フリューゲル”に油断しているような素振りは見られない。
残った一本の腕で光刃を構え、いつでも斬りかかれる体勢を整えている。
そんな“フリューゲル”に向けて、今度はティーが語りかける。
『どうして、止めを刺さずに去ったんです』
『どういう意味だ……?』
問い返す“鳥”に対し、ティーに代わって鉄心が答える。
『前回、その気になればこちらを殺すこともできたたはず』
問いかけた鉄心は、続く言葉を口には出さず胸中で独白するだけに留める。
(お前は……本当に戦うべき『敵』なのか?)
二人から問いかけられた“鳥”は、どこかにべもないような声だ。
『別にとどめを刺さずに去ったつもりはない。ただ、あの機体にあんな乗り方をしてる奴なら、放っておいても自滅するだろうし、攻撃する手間も省ける――だから、わざわざ攻撃するまでもなく去った。ただそれだけだ』
するとティーは静かな声で再び語りかけた。
『戦場に相応の覚悟を持って臨んでいるなら。狂人と戦う為に、狂気を受け入れたのなら……』
ティーの言葉を聞くつもりなのか、“フリューゲル”はまだ攻撃してこない。
通信帯域には“フリューゲル”のコクピットから流れてくるダンスチューンのみが響く。
僅かな無言の間の後、ティーは言った。
『ちゃんと殺さないと、ダメですよ。……でないと、貴方や、貴方の仲間がいずれ傷つくことになるから』
流石にティーがそんな風に言ってくるとは思わなかったのか、“鳥”が驚いたのが通信を通して伝わってくる。
『アンタ、何言って――』
どこか困惑したように問い返す“鳥”に向けて、ティーは苦笑混じりに言う。
『自分でも頓珍漢なこと言ってるな……って思うケド、それだけ、“鳥”さんに伝えておきたいと思って……』
それにはただ黙って聞き入る“鳥”。
そして、少し咳き込みながら、ティーは静かに言った。
『それでは、もう一曲だけ……お付き合い頂けますか』
ティーの言葉に“鳥”は答えない。
だが、通信帯域に流れていくダンスチューンが突如として停止すると、また別の曲に変わる。
この曲はかつてツァンダ上空での際、ファスキナートルとの一騎打ちをする際に聞こえてものだ。
まるで爆音のような演奏と咆哮のようなヴォーカルが破壊兵器のように響き渡るその曲調は、乗り手の凄まじい闘志を表すかのようだ。
『……結局、我々には『こうするしかない』んだろう?』
ティーに続いて鉄心も、ただ静かにそう告げる。
また少し咳き込みながら、再戦を希望する二人。
とは言っても、もはや一合分の余力しかない。
それでも、鉄心とティーは“フリューゲル”との再戦に臨む。
先に動いたのはマルコキアスだった。
二振りの光刃を構え、パイロットが耐えられるただ一回だけの加速に賭けるように、トップスピードで突撃をかける。
光の二刀が“フリューゲル”の胸を貫かんと迫る。
それと同時に“フリューゲル”が握る光刃もマルコキアスを斬り払わんと振るわれた。
万全の状態ならいざ知らず、機動力の低下した“フリューゲル”には、紙一重で相手の光刃を避けた上で斬り払うような真似ができるかどうかは五分五分だ。
このままいけば、もしかすると双方の攻撃が互いの標的を捉えるだろう。
そうなれば、漆黒の“フリューゲル”はここで撃墜される。
ただし、それは相討ち。
漆黒の“フリューゲル”の撃墜とともに、鉄心とティーも死ぬことになる。
相打ち、即ち――死を覚悟した一撃が炸裂する直前、マルコキアスはビームのエネルギーをカットし、光刃を消した。
『……!』
それには驚きを隠せない“フリューゲル”。
だが、彼以上に驚いていたのはティーと鉄心だ。
なにせ、“フリューゲル”もマルコキアスのパイロットである二人を極力殺さないように攻撃していたのだから。
胸から上を真一文字に斬られているものの、パイロットの命は助かっていたのだ。
外装を斬り飛ばされ、剥き出しになったコクピットでティーは柔らかに微笑んだ。
殺されなかったことに驚いてはいるものの、ティーはこれを予測してもいたようだ。
ティーはすぐに落ち着き払った声音になって告げる。
『やっぱり、貴方は……こんなことやってちゃ、ダメな人です……よ』
直後、マルコキアスの機体が爆発音とともに大きく揺れる。
パイロットの命は助かっても、流石に機体はただでは済まなかったようだ。
大きく揺れながら海面に落下していくマルコキアス。
咄嗟に鉄心は残ったスラスターで精一杯の逆噴射をかけ、少しでも落下速度を落とそうと試みる。
そのおかげか、いくらか減速したマルコキアス。
このままなら、下が海面な上にパイロットが契約者ということもあって、二人は無事に助かるだろう。
その時だった――。
再び爆発音とともに機体が大きく揺れる。
機体が震えた瞬間、破損しかかっていたハーネスが遂に外れ、剥き出しになったコクピットからティーが高空へと投げ出される。
『ティー……っ!』
声を上げる鉄心。
だが、助けに行こうにもマルコキアスには落下していく速度を僅かに減らすだけの力しか残っていない。
鉄心が歯噛みしている間にも、ティーの身体は上昇気流に巻き上げられて更に高空へと巻き上げられていく。
既にティーは相当な高度に達していた。
これだけの高さから叩きつけられれば、たとえ水面に落下したとしてもコンクリートやアスファルトと同等のダメージは軽く超える。
たとえ契約者であっても、生身で叩きつけられれば危険だろう。
それどころか、気流によっては対物火器が飛び交う中に放り出されるか、あるいは海京の建造物に激突するかもしれない。
いずれにせよ、このままではティーが危険なことに、もはや疑いの余地はなかった。
『……ティーっ!』
再び鉄心は操縦桿を倒してペダルを踏み込む。
だが、マルコキアスは動かず、ただいくらかゆっくりと落下していくだけだ。
『ティー……こんな形で……っ!』
思わず俯き、拳を握りしめて鉄心が歯噛みした瞬間――。
『ッ……! 間に合えッ!』
信じられないことに、漆黒の“フリューゲル”が動き出したのだ。
それだけならば不思議なことではない。
だが、“フリューゲル”が移動した先は、ティーの至近距離だった。
衝撃波でティーを傷つけないよう、高速移動は使えない。
普段の“フリューゲル”からすれば驚くほどの低速でティーへと近付きながら光刃を納刀する“フリューゲル”。
そのまま“フリューゲル”は開いた手をティーの真下約1メートルに差し出し、ティーの身体を受け止めた。
『やっちまった……! ったく、俺は何を――』
一人ごちる“鳥”。
『……ッ。このままじゃ相棒がしんどいか――しゃあねえ、な』
再び“鳥”が一人ごちると、“フリューゲル”ティーを包み込むようにそっと手の平を閉じる。
そして、残るエネルギーすべてを推進機構に注ぎ込み、トップスピードで戦線離脱していった。
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