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第5章 カップル混乱

「ああもう私の愛が受け取れないっていうの!」
「雅羅ってば、落ち着いて!」
「さすがにこの状態の雅羅さんは、わたくしでもご遠慮させていただきますわ」
「えええええ!」
「チェルシーも! 火に油を注がないで!」
 雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)は誰彼構わず出会って人を口説いている最中だった。
 しかし彼女の体質故か、それが上手くいくことは一度もなく、逆に怪しい人として遠巻きに見られている状態で。
 彼女を守ろうとしていた白波 理沙(しらなみ・りさ)にとっては少し安心できる状況な反面、暴れる雅羅を抑えるのに大変だったりもしていた。
 こんな時に限ってチェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)は抑える気はないようだし。
 早乙女 姫乃(さおとめ・ひめの)は……あれ、どこに行ったのだろう。
 理沙がきょろきょろと周囲を見渡している間に、雅羅に近づく影があった。
「ああ! 雅羅ちゃんがアブノーマルになってしまうなんて!」
 雅羅の惨状を目の当たりにした白星 切札(しらほし・きりふだ)は、額に手を当てて空を仰ぐ。
「友人として、これは、これは……シャッターチャーンス!」
 にやりん、と悪い笑みを口元に浮かべ、早速カメラを構える。
 と、背中にぞくりと悪寒。
(ね……狙われている!? 私がノーマルだからっ!)
 ノーマルかどうかはさておき、どこからか巫女が弓矢で自分を狙っている予感。
「よしこうなれば誰でもいいから女性を口説いて見た目百合っぽさアブノーマルを演じてみせましょう! おじょーさーん!」
 物凄く適当に目の前の女性を口説こうとする切札。
 しかし目の前の女性といえば当然、雅羅なわけで。
「雅羅に手出しはさせなぁあい!」
 当然といえば当然のごとく、理沙の妨害が入ってくる。
「あらら、誰かと思えば理沙じゃない」
 ぎゅむぅ。
 そこに、妨害の妨害が入った。
 割ってい入った人物に、唐突に理沙は抱きしめられた。
「ふやぁっ!?」
 一瞬混乱に陥りかけた理沙だが、よくよく相手を見てみれば。
「……祥子じゃない」
 友人の、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)だった。
 しかしその言動はいつもの友人とは違う。
 ポニーテールを指で弄びながら、祥子は理沙の耳に唇を寄せる。
「静かな所でゆっくりお話ししない? 今からでなくても、後でいいから……」
「え、ええっ」
 耳にかかる息がくすぐったい。
 どうしようとおろおろしている理沙の視界に新たな人影。
「ちょ、ちょうど良かった、助け……」
「ね、メル。私の事好きって言ってくれてたよね」
「え、ええ……」
 助けを求めようとして、何だかそんな雰囲気じゃないことに気付く。
「じゃあ、証拠を見せてよ」
「え、証拠ですか!?」
「そう。態度で、示してほしいな」
「た、態度で……」
 メルティナ・バーンブレス(めるてぃな・ばーんぶれす)と、どうやら彼女を口説いているらしいルゥ・ムーンナル(るぅ・むーんなる)だった。
「ほらほら♪ こんなあざといチャイナ服なんか着ちゃってさ。こういうのを着たまま致すとか、好きなんじゃないの?」
「る、ルゥさんこそスリットから見えるおみ足が素敵です……」
(あああ、往来でそんな事……っ!)
 だんだんと危険領域が近づいてきた二人の絡みをつい見ていた理沙だが、それは決して他人事ではなかった。
「あの銀髪の子、素敵……ねえ理沙、一緒に誘ってみましょ」
「え、私も仲間!?」
 反論する暇も与えず、理沙を抱えたまま祥子はルゥの方へ。
「ねえ、貴女みたいなクールで、でも情熱的な子って好きよ」
「あ……嬉しい」
 祥子のストレートな口説き文句に、ルゥは素直に関心を寄せる。
「えっ、ルゥさん……」
「そっちの子も安心して。私、恋人やパートナーは一人だけ、なんて決めつけるほど頭は固くないから。ね、理沙」
「どどど同意を求められてもっ」
 駄目、こんなんじゃ駄目っ!
 祥子のペースに乗せられっぱなしだった理沙は、なんとかこの状況の脱却を図る。
 そうだ、姫乃! 彼女ならきっと事態を納めるのに手を貸してくれるはず。
 だって彼女は至ってノーマルだから……
「ひ……姫乃っ!」
「突然こんな事を言うのはご迷惑かもしれません。でも、こんな気持ち初めてなんですっ!」
「はああ、ぜ、全然迷惑なんかじゃないよぅ」
「姫乃っ!?」
 ノーマルなだけに姫乃は当然弓矢の餌食となってしまっていた。
 どこかからか引っ張ってきた同じく弓矢の犠牲者、アリシア・ジェニアス(ありしあ・じぇにあす)を口説いている最中だった。
「すごく、かわいいです……」
「もぅ、子供じゃないんだからぁ。でも、姫乃さんになら……」
 いつの間にかすっかりいちゃいちゃラブラブモード。
「……と、いう訳でチェルシー。あなたも混ざらない?」
「一対一ならともかく、手当たり次第はお断りしますわ☆」
 とうとうチェルシーにまで及んできた祥子の手。
 それをやんわりと拒否するチェルシー。
「あらら」
「ね、慰めてあげようか? だから私にも……」
「る、ルゥさんってば!」
「妬いてくれるの、メル? それじゃあ、彼女に負けないくらいの気持ちを見せて……」
「ああもう何をどうしたらいいのか! そうだ、雅羅!」
 キャパオーバーぎみの理沙は、慌てて雅羅の方を見る。
 懸念の切札は……よし、まだ何もしていないようだ。
「待って……待ってください自分! こんな状態の雅羅ちゃんを口説くのは、友人としてのあるべき姿ではない筈です」
 切札は、なけなし?の理性に目覚めていた!
 ぷすっ。
 その瞬間を、矢が襲った。
「友人で……友人で、なければっ! 私は友人をやめるぞ! 雅羅ぁーッ!」
「だ、駄目ーっ!」
「お母さんと呼んでください!」
「……へ?」
「……は?」
 そう、切札は異常な愛情……母性愛に目覚めてしまったのだ!
「もしくはママでも構いません。ああ可愛い可愛いうちの娘雅羅ちゃん」
 雅羅の頭をなでりなでり。
「この娘に近づく悪い虫は退治します!」
「ね、後でふたりっきりになりません?」
「ひ、姫乃さんにそんな事言われたら断れないよ」
「こ、こんなのはどうでしょうルゥさん……っ」
「あぁ、いいねメル。もっと弾けちゃえ♪」
「今日は素敵な子とたくさん知り合いになれて……いい日だわ」
「あーもーますますややこしい事態にっ!」
 一人、ツッコミ役の理沙はますます多忙を極めるのだった。