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蒼フロ総選挙2023、その後に

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蒼フロ総選挙2023、その後に

リアクション

 
 バァル・ハダトのシャンバラ訪問
 
 
 
 東カナン領主バァル・ハダド(ばぁる・はだど)がシャンバラへ来る、という連絡を受けて数日後。一同は彼との待ち合わせ場所へと向かった。
 待ち合わせ場所はとある大通りに面した銅像の前。目につきやすいからよく待ち合わせに使われる。そのため、今日も結構人通りがあった。
「バァルさん、見つけられるかしら?」
 紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)は周囲に視線を飛ばす。
「護衛の方と私服でいるということでしたが…」
 しかしその心配は杞憂ですんだ。言い終わるより早く、人波の向こうにそれらしい後ろ姿を見つけることができたからだ。
 いつものように全身黒づくめのバァルと、そして両脇についた2人の護衛。どちらも見覚えがあった。東カナン12騎士と呼ばれるカイン・イズー・サディクオズトゥルク・イスキアだ。
「あー。やっぱ、目立っちゃってるなあ、あの3人」
 全身に刀傷を持つ少年のようなカインとバァルだけならまだ一種独特の雰囲気ですむが、2メートルを軽く超える長身と岩のようながっしりとした肉体を持つオズまで一緒のため、かなり人目を集めている。
 その様子に、思ったとおりと苦笑するセルマ・アリス(せるま・ありす)の目が、次の瞬間軽く見開かれた。
 オズが動いた拍子に、その影からとある人物の姿が現れたのだ。
「あれは…」
 そのとき、オズが彼らに気付いた。
 青い瞳がこちらを向いて、ぱっと表情が輝く。

「オレの女神! また会えたな!!」

 人目もはばからない喜々とした大声に、中国古典 『老子道徳経』(ちゅうごくこてん・ろうしどうとくきょう)、シャオが硬直した。
 なになに? と、セルマや仲間たち、そしてすれ違う人たちまでが振り返っている。彼らの注目を浴びて、かああとほおが熱くなった。しかしこれだけでは終わらない。まるでタックルでも仕掛けているような勢いで走り寄ってきたオズが、彼女をすくい上げるようにして抱き上げた。
「ちょ!? オズ…っ! 放しなさいよっ」
「ははは! シャンバラへ来れば、きっと会えると思っていたんだ!」
 頭を手で押して突っ張るが、シャオを見上げるオズの笑顔は崩れない。
「もう1人のオレの女神は来てないのか?」
 きょろきょろセルマの周囲を見渡す。
「ミリィは今日は来れなかったんです」
「そうか。残念だな」
 と、その目が自分の方へ近付いてきた美女を捉えた。
 佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)がにこにこ笑ってオズを見上げる。
「オズさん、お久しぶりなのですぅ。私を覚えていますかぁ?」
「おお、もちろん!」
 と、これまた空いたもう片方の手で彼女をすくい上げた。
「ルーシェリア。一緒に戦った戦友は決して忘れないぞ。アガデを守りきれたのはきみたちがオレとともにいてくれたからこそだ。
 いやあ、まったく今日はいい日だ。女神もいて、ルーシェリアにも会えて。まさに両手に華!」
 うはははははっ、と笑うオズに、いやらしさは微塵もなかった。心底から彼女たちと会えてうれしいのだというのが見ている者に伝わってきて、そんな彼を見ていると自然と口元が緩んで笑みが浮かぶ。――シャオ以外は。
「もうっ! だからいいかげん、女神と呼ぶのはやめてってば! お願いだからっ」
(ついさっきまで「シャンバラへ来たならこっちのもの。今日こそ自分の方がもてあそんでやるんだ」って息巻いてたのに)
 顔を真っ赤にして、あせって懇願までしているシャオを見上げて、セルマはくすっと笑う。
 そこに、さらにオズは爆弾発言を落とした。
「じゃあ奥さんというのはどうだ? オレの息子たちの母親になってくれ」

「えーーーーーっ!?」

 これにはさすがにセルマもぶっ飛んだ。
 全員が目を丸くし、絶句する。
「そ、そそそそ、それって…」
 プロポーズ!?
「ルーシェリア、きみでもいいぞ? きみはいい母親になりそうだ。息子たちもきっときみに懐く」
 ぴたっと動きを止めて固まっているシャオから目を離し、ルーシェリアを見上げる。
 ルーシェリアは驚く様子も見せず、にっこり笑うとオズの腕からすべり降りると手招きをした。
「いらっしゃいなのですぅ」
 アルトリア・セイバー(あるとりあ・せいばー)に背中を軽く押し出された少女が歩いてくる。
 ルーシェリアと同じ、金色の長い髪を赤いリボンで横にまとめている。2人はとてもよく似ていた。歳の離れた姉妹のように。違うのは、ルーシェリアが柔らかな緑の瞳であるのに対し、少女は夜の欠片をはめ込んだような黒い瞳をしていること。
 今、その大きな黒い瞳をめいっぱい見開いて、少女はオズを見上げていた。
(本当に大きな人だわ。この人ならお母さんを軽々と抱えたというのも納得できるわ)
 実際、今も片腕でひょいだったし。
「ん?」
 じーーっと自分を見上げている少女をオズが見下ろす。
 ルーシェリアの手が少女の両肩に乗った。
「私の娘の悠里なのですぅ。あれから結婚したのですぅ」
「なんと! それはめでたいな。……うむむ。もったいない気もするが、まあおまえほどの美人なら男がほうっておくはずがないか! おめでとう」
「ありがとうございますなのですぅ。
 さあ悠里、あなたもオズさんにごあいさつなのです」
「はじめましてっ。佐野 悠里といいます!」
 ぺこっと頭を下げる。
 元気よくあいさつをする佐野 悠里(さの・ゆうり)に、オズはにかっと歯を見せて笑った。
 岩のようなごつごつとした顔が、とたんに愛嬌を帯びる。
「ユーリか! いい名だ!」
「きゃあ!」
 シャオを下ろして両手で悠里を抱き上げた。
「まっすぐ相手の目を見て、はきはきとしゃべる。いい子だ! お母さんに似て、美人になるのも間違いなしだ。
 どうだ? お母さんのかわりにユーリが嫁に来ないか?」
「えええ!?」
「オレの息子にちょうどいいのがいる! お似合いだぞー?」
 わははと笑うオズの顔は、真面目なのか不真面目なのか、本気なのか冗談なのか、全く見当もつかない。
「――まったく、困ったやつだ」
 成り行きを見守っていたバァルがため息をついた。だがそう言うわりに彼を見る目はあたたかく、表情もやわらかい。
 傍らに遥遠が近付いた。
「バァルさん、お久しぶりです」
「やあ。きみだけとはめずらしい。遙遠は一緒じゃないのか?」
「ええ、まあ。今日はどうしても抜けられない用事があるとかで。あとで合流するそうです」
「そうか」
「ところで、そちらの方――」
「まあいつまでもこんな所で立ち話もなんだし。そろそろ移動しねえか?」
 遥遠とほとんど同時にフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が提案をした。
 彼女の声の方が大きく、よく通ったので、全員の目がフェイミィへと向く。
「そうだね。そうしよう。
 バァルさん、こっちです」
 セルマが先に立って歩き出した。
 まずは葦原散策だ。
「よーし。ユーリ、行くか」
「はい」
 悠里を肩に乗せて歩き出したオズの後ろを、複雑な表情をしたシャオが歩いて行った。



 葦原に着いた一行がセルマの案内でまず向かったのは、貸衣装屋だった。
「この服装ではまずかったか?」
 バァルの言葉にセルマは首を振った。
「いえ、そういうわけではないです。ただ、せっかくだから葦原の服を着ていただけたらと思って」
「和装は解放感があって気持ちいいんです」
 そう言ったのは笹野 朔夜(ささの・さくや)の体を借りた奈落人笹野 桜(ささの・さくら)だった。
「ですからアナトさんにもぜひ着ていただきたいですね」
「そう?」
 オリエンタルな、美しい異国の服であふれた店内を見渡して、いかにも興味津々といった顔でいたアナト=ユテ・ハダドが応じた。
「でも…」
 ちら、と後ろのバァルを盗み見る。
「せっかく連れて来てもらったのだし。あなたが着たい服を選ぶといい」
 彼女の遠慮を感じ取って、バァルが言った。
「そうですよ、アナトさん。きれいに着飾って、だんなさまに普段とは違うあなたを見てもらいましょう」
 こそっと桜が耳打ちする。
 かああとほほを染めるのを見てふふっと笑うと、彼女の手を取ってレディースコーナーに導いた。
「さあ、どれにしましょうか」
「もちろんあなたも着替えるのよ、オズ」
 シャオがオズの腕をつっついた。
「オレもか?」
「特にオズみたいな体の大きい人向けなの。映えるし、かっこいいわよ」
「そうか? それはいいな」
 満更でもなさそうにうなずく。
「さあユーリ、おまえも選ぶのを手伝ってくれ」
「うん、分かった! 悠里がオズおじさんにピッタリなの選んであげるね」
 2人は仲良く手をつなぎ、さっそく店員が案内する特注サイズコーナーへ向かった。
(ふふっ。思ったとおり)
 オズが見えなくなってからにんまりと、いかにもといった表情でシャオがくふくふ含み笑う。
 その手にはデジタルカメラが。
(これで、初めての慣れない和装で足ひっかけたりとか面白おかしいシーンを激写してやるんだから)
「……あー。何考えてるか、手にとるように分かるなぁ」
 やれやれと思いつつ、セルマはバァルに向き直った。
「バァルさん……と、えーと、カインさん? も着替えましょう」
「わたしは不要だ」
 カインが即座に拒否した。
「カイン」
 バァルがたしなめようとしたが、カインは揺らがなかった。
「着慣れない服はいざというときあなたを護る動きの妨げになります」
「……すまない。彼女は頑固なんだ」
 無表情で微動だにしないカインにふうと息をついて、セルマに言う。
「いえ、俺の方こそ配慮が足りませんでした」
「そんなことはない。オズを見れば分かるだろう。きみたちがそばにいるから安心しているんだ。ただ、彼女はちょっと使命に忠実にと考えるあまり、融通がきかなくて」
 最後、セルマにだけ聞こえるように言う。そして2人は通じ合うようにともに笑顔になった。
「わたしも和装をするのは初めてだ。何がいいか、一緒に選んでくれるか?」
「分かりました」
「それと、敬語はいい。わたしたちは同じ戦場でともに戦った友だ」
「……分かった、バァル。じゃあ向こうへ行こう」
 2人は肩を並べて奥のメンズコーナーへ入って行った。


 バァルとアナトがそれぞれセルマと桜の見立てた和装で戻ってきても、まだオズは現れなかった。
 なぜこの服を選んだか、説明したり、それがどれだけ似合っているかを話したり。それが終わってもまだ姿を現さない。
「遅いなぁ、あいつ。一番最初にいなくなったんだろ」
「まあまあフェイミィ。もう少し、待ちましょう」
 同じく葦原の服に着替え終えたフェイミィとリネン・エルフト(りねん・えるふと)が話していると、吊るし服の影からぴょこっと悠里が顔を覗かせた。
「じゃじゃーーん。皆さんお待たせしましたっ。オズおじさん、和装バージョンなのですっ!」
 もったいぶった言い方で手を振ると、オズがルーシェリアと並んで進み出てくる。
 何人かがあっと息を飲んだ。
「これは…」
「着流し…っ」
 大きく開いた胸元に腕を入れているのは悠里の演出か、はたまた自分でそうしたのか。
 そうしていると、いかにも……いかにも……。
「ん? なんだ? どこかおかしいか? 間違っていないと思うが」
「いえ、おかしくはありません」
 体をひねって何か失敗していないか探すオズに、アルトリア・セイバー(あるとりあ・せいばー)が言った。
「そうか! いろいろ試してみたが、ユーリがこれが一番似合うと言ってくれてな」
「ええ、似合ってますよ。なんというか……その、町人風で」
「町人っつーか、素浪人だよな」
「素地はいいのよ。頭が悪そうには見えないから」
「すると没落した武家の出か」
「普段は番傘を貼って糊口をしのいでいるのですぅ」
「でもあの体だから、きっと満足に食べれてないわよ。食い詰めね」
「家賃が払えなくて長屋を追い出されて」
「巨体による威圧感目当ての男にスカウトされて、賭博場の用心棒に」
「食事目当てにだまされて、手伝わされるのか」
「それでさっさと切られちゃうの」
「えっ? オズおじさん、三下役?」
「かわいそうですぅ」
 どんどん組み立てられていく脳内設定。ルーシェリアは涙ぐんでいるが、オズは彼らが何を言っているかいまいちピンときていない。
「オズ」
 アルトリアが同情するように、ぽんと肩をたたいた。
「おじさん! 何か食べに行こう!」
「ん? なんだ? 腹が空いたのか?」
 悠里に袖口を引っ張られるまま、店の出口へと向かう。
「そうだなぁ。じゃあ、おいしいあんみつのある甘味処があるから、そこへ行こうか」
「おっ、いいな! そうしようぜ」
 セルマの提案で、一行は葦原の町へくり出した。
 とりたてて急ぐこともなく、甘味処へ向かう道中もいろいろと東カナンではお目にかかれない物を見つけてはセルマたちの説明を受ける。そしてシャオがビデオカメラでその様子を撮影した。
 甘味処で、あえて店先の席を取った一行は、風に桜の花びらが舞い散るなかでお茶と和菓子に舌鼓を打つ。
「さあ、アナトさん。どうぞ」
 桜は運ばれてきた和菓子の乗った皿を女給から受け取って、となりのアナトへと差し出した。今の季節にぴったりの、桜を象った練り菓子だ。
「なんてきれいなの! これが食べ物だなんて! 食べるのが惜しいわ」
「まず目で季節を味わい、舌で味わうのが和の風流です。どちらが欠けてもいけません。
 おいしいですよ」
 自分の分の練り菓子をひとひら分切り分けて、竹の串に刺して差し出した。口元に運ばれたそれをアナトが食す。
「ね?」
「本当」
 2人は通じ合ったように、同時ににこっとほほ笑み合った。
「一応言っておくが、あれは桜だ」
 傍目にはまるで朔夜がアナトといちゃついているように見える光景に、笹野 冬月(ささの・ふゆつき)がとなりのバァルにことわりを入れた。
「人妻同士、気が合うんだろう」
「ああ、分かっている。
 姫があんなに肩の力を抜いて楽しんでいるのを見るのは久しぶりだ」
「そうなのか?」
「きみも知るようにいろいろな事があったからな。口さがない者はどこにでもいる。婚儀に至ってからも、それは続いているはずだ。姫はあのとおり気丈な性格だから一切わたしには言ってこないが」
 口元へ運んでいた湯呑みを下に下ろし、冬月に正面を向く。
「彼女を連れてきてよかったと、今確信した。きみたちが提案してくれたおかげだ。誘ってくれてありがとう」
 青灰色の誠実な瞳にまっすぐに見つめられて、冬月は一瞬言葉に詰まる。
「みんな、記念撮影をするわよ。集まって!」
 シャオの呼びかけに少し救われた思いで立ち上がった。
「行こう」
 バァルに手を差し出して立つ手助けをする。
 2人並んで仲間の待つ元へ向かうと、バァルに気付いたアナトが近付いてきた。
「バァルさま、これ、とてもおいしかったんです。甘みもそんなに強いわけではなくて薄荷ですっきりしていますから、バァルさまの口にも合うんじゃないかと桜さんと話していたんです」
「ああ。ではあとで一緒に食べよう。まず写真だ」
「はい」
 バァルとアナトを中心に据えて、全員が周囲を固める。
「いくわよー!」
 シャオの合図で写真が撮られた。この写真は、後日全員に送られるという。