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新米冒険者のちょっと多忙な日々

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新米冒険者のちょっと多忙な日々

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■幕間:見知らぬ戦場

 仁科たちが訓練を終えていなくなり、入れ替わるように柊 真司(ひいらぎ・しんじ)ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)が姿を現した。白を基調としたカラーリングの機体、ゴスホークに搭乗して回線を開く。
「イコン実習おつかれ様…・・・と言いたいところだが、残念ながらまだ終わりじゃない。最後は俺と模擬戦だ」
 真司が搭載武装の確認をしながら告げる。
 訓練というよりは実践のつもりなのだろう。
 真剣な面持ちで準備を進めている。
「そっちの勝利条件は制限時間内に俺に一撃当てる事。制限時間は10分だ。手加減はしてやるが、わざと負けるつもりもないからそのつもりでな」
 格納されていたブレードを取り出す。接近戦を想定しているのだろうか。
 真司の行動に対し、東雲姉弟たちはライフルを構えて静止した。
 ヴェルリアが告げる。
「準備が出来ました」
「こっちはいつでもオーケーよ」
 風里の返答に優里が頷いた。
 深呼吸。
「さぁ、全力でかかってこい」
 一息置いて通信が途切れた。
 その後の展開は目まぐるしい。
 風里が構えたライフルの引き金を絞る。
 一つ、二つと光の線がゴスホークに向かって放たれた。
「相手方のパターン解析を開始します」
 ヴェルリアがサポートに徹し、真司が迫る攻撃を無駄のない動きで避ける。
 東雲姉弟の乗るプラヴァーの周りを旋回するようにゴスホークが動いた。
 その動きは早いの一言に尽きる。低空のホバリングという、熟練者ならではの操縦技術を用いての急接近だ。東雲たちなら出力調整で挫折するレベルである。
「風里、距離を取って。相手はブレードだよ!」
「分かってるわよ!」
 彼女たちの武装は銃剣付きビームアサルトライフル一つのみ。
 先端に刃がついている仕様のため、切り払うには向いていない武装だ。懐に入られては不利なのは目に見えて明らかだった。
 後方へ跳躍。ブーストを使った大跳躍だ。
「誰も、一言もこれがただのブレードだなんて言ってないけどな」
 ゴスホークの手にしたブレードがその形を変えた。
 ブレードの内側から銃身が姿を見せる。
「これはプラズマライフル内蔵型ブレードというものだよ」
 模擬弾が放たれた。
 プラヴァーに迫る。狙いは右肩だ。
 東雲たちの攻撃手段を奪う目的なのだろう。
「手加減なんてしてくれちゃって……」
 風里が機体を右に動かした。
 射線がずれて模擬弾が見当違いの方向へ飛んでいく。
「最初の軌道を見た限りだと全スペックでこっちが劣ってるんだけど……」
「どうせ次世代機とか、後継機とか、オーダーメイド品なんじゃないの?」
「そんなの相手にどうすれば勝てるのさ」
「当てるだけでも一苦労よねぇ……他に武装があればやりようもあるのだけど、まったくもってつまらないわ」
 そう告げる風里の声は踊っている。
 つまらないとは言うものの、本人は楽しんでいるのかもしれない。
 戦闘は距離を取っての銃撃戦に移行した。
「次に変化があるとすれば接近戦でしょう」
 ヴェルリアの言葉に真司は頷いて見せた。
「現状、他に状況を変える手段がないからか」
「こちらの攻撃を避けながらタイミングを図っている挙動が見られました」
「あの武装で近接戦を仕掛けるなら『突き』かな」
 言葉通り、プラヴァーが動いた。
 ライフルを左手で押さえての突貫だ。
「単純だな」
 ライフルからブレードへと武装を変えて、真司は攻撃が届くのを待ち受ける。
 プラヴァーの銃剣付きビームアサルトライフルによる鋭い一撃を、ゴスホークはブレードで逸らした。重なった箇所が火花を散らす。
 反撃をするなら今だ、真司のその判断を待っていたように状況は変化した。
 突然の乱入者の手によって――。

                                   ■

 空間が揺らいだ。
 何もなかった場所から禍々しい翼を生やした巨人が姿を現した。
 ゴスホークやプラヴァーよりも一回り大きく見える。
「なん――」
 だ、と続く言葉は期待を襲う衝撃に消された。
 突如現れた謎の巨人から生み出された触腕がゴスホークの足に絡まり引きずったのだ。訓練の様子を眺めていた紫月の乗る魂剛も同様に引きずられた。
「こいつはっ!?」
「綾瀬のサタナエルっ!」
 紫月とエクスが衝撃に身を揺らしながら言った。
 黒の機体、サタナエルと呼ばれたイコンは東雲姉弟たちの繰るプラヴァーに近づく。バチバチッ! と周囲で放電現象が起こった。勢いが増し、雷撃がプラヴァーを襲った。
「うあああああっ!」
「きゃああっ!?」
 凄まじい衝撃にあらゆる機器が警告を知らせるアラートを鳴らす。
 攻撃されている東雲たちをみてエクスが声を荒げた。
「綾瀬、何をしておる!?」
「…………」
 聞こえているだろうが返事はない。
 サタナエルがビームサーベルをプラヴァーに突き出した。
 出力を上げるだけで切っ先は操縦席を焼き貫くことだろう。
 だがそんな状態であってもプラヴァーがゆっくりと動いた。右腕、ライフルをサタナエルに向ける。所々配線が焼け切れているのだろう、火花が散っているのが見えた。
「良い心がけです……今後が楽しみですわね」
 若い、少女のような声が回線を通して聞こえてきた。
 だが応える声はない。
「よくもやってくれたものだな!!」
 真司が叫ぶ。
 武装の一つ、レーザービットを遠隔操縦してサタナエルを狙い撃った。
 いくつもの光がサタナエルに襲い掛かる。
「私はこの世界に起きる物語をこれからも観て行きたいのです……」
 そう告げると、迫るレーザーを触腕で防ぎつつ手にした剣でビットを切り払った。小さな爆発が続く。ライフルを向けたまま動かなくなったプラヴァーを見ながら、彼女、サタナエルに乗っている中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)は言った。
「それは私達の世代は勿論。次の新しい冒険者達が織り成す物語も然り。ならば、その新しい冒険者達がどのような存在なのか、期待しても良い存在なのかを確認したくなるのは至極当然の事ですわ」
 サブパイロットとして綾瀬とともに操縦席に座っていた漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)魔王 ベリアル(まおう・べりある)は彼女が微笑を浮かべるのを見た。
 その言葉に悪意は感じられない。
 ただ純粋に思っていることを述べている、そのように感じられた。
「だが訓練の邪魔をしただけでなく、あまつさえ東雲姉弟に危害を加えたんだ。容赦はしないぞ」
 触腕を焼き切ったゴスホークがサタナエルの背面に回りこんだ。
 プラヴァーと相対したときには見せなかった速度だ。他のイコンに比べても圧倒的な加速だった。
 実戦仕様の剣を抜く。
 魂剛もサタナエルを挟み打ちにするように相対した。
「俺の監視が甘かったのも原因だが、さすがにやりすぎだ」
「私にかまっている暇はないと思いますわ――」
 そう告げた彼女の視線の先、伊勢が煙を上げながら高度を下げているのが見えた。どうやら東雲姉弟たちがピンチだと気づいてこちらに向かっていた様子なのだが……。
 サタナエルと退治していた紫月たちに通信が開く。
「ごめんなさい。理由は分からないのだけどエンジントラブルを起こしたみたいなのよ。操縦桿の調子も悪くて――」
「このままじゃ市街地に落ちてしまうのであります!」
 冷静な様子のコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)と慌てた様子の葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)の声が届いた。どうやら事実らしく、伊勢が街の方へ向かうのが見える。
 皆の意識がそちらに向いた隙を見てサタナエルの周囲が揺らいだ。
 間を置かずにその姿は綺麗に消え去る。
 誰ともなくため息がもれた。
「仕方がない。手助けに行くぞ」
「了解です」
「面倒ごとばかり起こるものだのー」
「予定が狂いまくりだ」
 各々が言い、伊勢を目指す中、東雲たちだけ反応がない。
 どうやら気を失っているようだ。
 皆が伊勢の軌道を変えようと各々のイコンで伊勢と接触した頃、優里が目を覚ました。操縦席を見回して風里が気を失っていることに気づいた。
「風里――って寝てるだけか」
 すうすう、と寝息を立てている姉と入れ替わってプラヴァーを動かす。
 残っている通信記録を参照して優里は伊勢に向かう。
 通信回線を開いた。
「すみません。遅れましたけど、僕もお手伝いします」
「猫の手も借りたい状況なので助かります」
「助かるでありますよー」
 聞こえてきた聞き覚えのある声に優里は応えた。
「その節はありがとうございました」
「ゆうりんもお元気な用でなにより……かざっちは?」
「後ろで寝てます」
「そうでありますか」
 無事なようでよかったであります、と言う葛城の声に優里は笑みを浮かべた。
「僕たちはまだまだ駆け出しですね」
「ん……」
 その声は深い眠りに落ちていた風里にも聞こえていたようで、彼女は身じろいだ。
 煙を吹いて落ちていく伊勢の姿を目前に、紫月たちと同じように優里も加勢する。
 こうして初のイコン訓練は終わりを迎えた。