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仇討ちの仕方、教えます。(後編)

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仇討ちの仕方、教えます。(後編)

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序章


   野木坂健吾様及び契約者の皆様

 まず初めにお詫びを。
 先日は闇討ちなどという汚い手を使い襲撃した事、真に申し訳ございません。
 しかし、これぐらいの事をしないとこちらの想いを汲み取ってもらえないと思い、あのような行動に移させていただきました。
 さて、先日の件で貴方様の義姉、野木坂千夏様を誘拐させていただきました。
 千夏様を五体満足無事に返して欲しければ、こちらの要求する事に応じていただきたく思います。
 こちらの要求は、「染之助一座とオリュンポス一座の合同公演の最終段舞台上にて野木坂健吾様ご自身による仇討ち断念宣言をしてもらい、以後仇討ち行為をやめて頂く事」です。
 この要求を呑んで頂ければ、千夏様を五体満足無事にお返しする事をお約束します。
 またこれ以外の条件で千夏様をお返しする事は絶対に有り得ません。
 断っておきますが、千夏様には今の所危害は加えておりませんし、こちらとしても丁重に御持て成しさせていただいております。
 しかし、もし健吾様が要求を呑んで頂けない場合、もしくは健吾様及び契約者の皆様が実力でこちらを排除しにかかった場合。
 まず間違いなく千夏様の命はないと思ってください。
 例え、実力行使で助け出せたとしても五体満足では決してないでしょうね。
 こちらとしましても、千夏様のお命、美貌を損なうような結果は望んでいません。
 何より、聡明で家族思いだったと評判だった故野木坂琢磨様のご兄弟である健吾様に限って、義姉の千夏様を見限る様な命令、行動をされるとは思いませんがご理解のほどよろしくお願いいたします。
 では、約束の公演日に千夏様共々お待ちしております。


 ある日の昼下がり、葦原藩士甲斐 小七郎(かい・こしちろう)の屋敷へとこんな手紙が届けられた。持ってきたのは、近所の子供で駄賃が目当だ。「別の駄賃をやるから」と相手の容貌を訊いたが、狐みたいな男か女か分からない奴だった、との証言が精一杯だった。
「で、どうする?」
 丹羽 匡壱(にわ・きょういち)は宛名の人物である野木坂 健吾(のぎさか・けんご)に尋ねた。健吾は両の拳を強く握り締め、膝に置いている。苦々しげな表情だった。
「某が軽率な行動を取らなければ……義姉上が攫われることも、卓兵衛があのような傷を負うこともなかったはず……」
 仇である立花 十内(たちばな・じゅうない)らしき人物がいるとの情報を受け、健吾は義姉の千夏(ちなつ)、従者の堀田 卓兵衛(ほった・たくべえ)と共に赴いた。協力してくれるはずの契約者たちを置いていったのは、彼らが「どうも信用なりませぬ」との、卓兵衛の意見を取り入れたからだ。
 その途中、千夏は誘拐され、卓兵衛は傷を負傷した。彼は今も床から起き上がれないでいる。
 仲間に頼めば治療は簡単だけどな、と匡壱は内心呟いた。そうしないのは、あの猪突猛進の従者に黙っていてもらいたいからだ。卓兵衛がいると、纏まる話も纏まらない気がした。
「何でしたら、諏訪の忍びに探らせましょうか?」
 健吾に同情した小七郎が、そう提案した。養子に入った小七郎だが、実家で飼う忍びを今でも動かせる。だが、匡壱はかぶりを振った。一つには、
「千夏殿が危険だ」
「脅しに屈するつもりはありませぬ!」
「分かっている」
 脅迫にハイハイと応じていては、相手を付け上がらせるだけだ。といって、相手の本気度が分からぬ以上、目立つように動くのは得策ではない。だから、
「調査は明倫館に任せて、しばらく、様子を見るんだ。今度は、言うことを聞け。いいな?」
 一度失敗しているだけに、健吾は渋々ながらも頷いた。
 小七郎にも、
「屋敷を借りている以上、無関係とは言えないが、既にこの件は明倫館が引き受けている。首を突っ込んで話がややこしくなったら事だ。おまえは動くな」
と釘を刺した。
 健吾が部屋を出て行き、気配が完全に遠ざかったのを確認すると、小七郎は言った。
「私は何も知らない方がいいのですね?」
 勘のいい少年だった。いや、もしかしたら、諏訪家の忍びが全て調べ上げているのかもしれない。
 ああ、と匡壱は頷いた。小七郎は微笑を浮かべる。
「ご心配おかけします」
「おまえだけのためじゃない」
 葦原藩士が直接関わり、そして問題になったら、藩同士の諍いに発展するかもしれない。この件を持ち込んだ人物が案じているのは、そこだった。匡壱も同感だ。――匡壱が動くなと言った、二つ目の理由がこれである。故に彼も、表立つまいと決めている。
「ですが、少し私を買いかぶり過ぎですよ」
「どういう意味だ?」
「確かに健吾殿には同情します。出来れば手を貸したい。ですが、それで甲斐家がお取り潰しにでもなったら敵わない。叔母上に申し訳が立ちませんからね」
 甲斐家の先代の妻は、小七郎の叔母である。その縁で、彼は養子に入ったのである。
 正義感や同情で動いて家を潰す気はさらさらないと、小七郎は言い切った。手は貸すが、甲斐家のためにならぬと分かれば、さっさと引き上げるつもりだった。
「ですが、黙って見ていろと言うなら、そうしましょう。私などより、皆さんの方がよっぽど上手く立ち回るでしょうから」
 真面目で人の好い若き当主。
 どうやらその認識は、改める必要がありそうだと匡壱は思った。