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【原色の海】アスクレピオスの蛇(第1回/全4回)

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【原色の海】アスクレピオスの蛇(第1回/全4回)

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第3章 座礁

 幽霊船の後方、廃船直前の、或いは廃船にするしかないと思われる木造船の一団──火船となる船の一団が、隊列を組んで海を渡っていく。
 その船の上には、火船撤退時の乗組員の救助、そして辿りつく前に船がかじられないようにするために、海の獣人部族であるアステリアと、彼らを助ける海兵隊たちがいた。
「もう少し奥に入ってもらえ。その後、旗艦の大砲で鎖玉を打ち、敵の索具──縄や紐のことだ──を壊す。動力が不明なため、どれだけ効果があるかは分らないが、足枷にはなるだろう。ついでにアンデッドが一時的にでも絡まってくれることも期待しようか。
 火船はその後合図をする、もう少し待ってくれ」
 フランセットからの指示を無線で受け、
「そろそろ準備した方がいいな」
 火船の上から近づこうとする魚の怪物を狙い打っていたセバスティアーノという、海兵隊にしては小柄の黒髪の少年が、スコープから目を離した。
「今日は宜しくお願いします」
「いや、こちらこそ」
 イルカだという獣人の青年が答えるのに、
「俺たちは水中を自在に泳ぐことはできない。残念ながら飛び道具も得手ではない。宜しく頼む」
 白砂 司(しらすな・つかさ)が軽く頭を下げて応じれば、
「こちらこそ火力で契約者には敵いませんからね。どうかお願いします」
 答えると、彼は身を海の中に躍らせた。次々に、銛や槍を、はたまた魔法の発動体を手にした獣人たちが、続いて、水中用に装備を整えた海兵隊員が数人、飛び込んでいった。
 最後に、海上で彼らを拾うためもあり、機晶水上バイクが発進する。
 船の縁に体を預けて海の中とお魚を覗きこんでいたサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)は、うーんと体を猫のように伸長してから、
「じゃ、私たちも行きましょーか」
「ああ」
 二人は顔を見合わせて、それぞれの機晶水上バイクにまたがり、滑空し、水飛沫を跳ねさせて海面に着地した。
 ──作戦はこうだ。間もなく始まる火船の計画によって、燃え盛る船から退避した乗組員に危害が及ばぬように、周囲の魚類の怪物たちを追い払っておく。
 司は、それに際して獣人部族のアステリアに水面への追い詰めを依頼し、それをバイクの速度で寄って仕留めて回る、という作戦を提案した。
 ガラではないが、と自覚しつつ、互いの合図も決めておく。主にイルカ達で構成された獣人の追いつめ係は、水中のため、あのイルカ独特の鳴き声で会話する。それを水面に待機した獣人が訳す、ということになった。
(俺は普段はポチに騎乗しているから乗り物の方から気を使ってもらっているわけだが、そういう気遣いのない機晶水上バイクをうまく乗りこなせるだろうか……)
 彼の武器である斧槍タイムラプスも、そのポチに騎乗するために調整を加えたものだ。若干の不安を覚えつつ、司は合図に応じてバイクを走らせた。
 ほどなくトビウオのように跳ねる──トビウオの可愛らしさなどみじんもない、凶悪な顔とヒレをした刃魚たちの群れが見えてきた。サクラコもイルカ獣人の近くから、司に向かってトビウオを追い立てている。
 司は彼らに向かって、タイムラプスを銛のように突き出した。
 一方のサクラコは、格闘家。基本的に腕の届く範囲までしか戦えない。
「いつもは大体私が拳でカタをつけちゃうパターンが多いわけですが、珍しく司君に活躍シーンをあげちゃおう、というわけですねっ」
 まぁ、サクラコが同じ獣人同士の親近感からか司が行動してくれるのだから、サクラコの手柄……と言っても、いいのかもしれない。
 ひとりごちつつ、季節は春とはいえ、海を渡る風は涼しい。暫く当たっていれば体が冷えてしまいそうだった。
「泳げないってわけじゃありませんが、泳ぎは得意じゃないんですよね、猫の獣人ですし……あ、見付けましたよ!」
 丁度目の前に飛び上がって来た刃魚の鱗を、サクラコは猫じゃらしをひっかけようとする猫のように、鍵爪で切り裂いた。獰猛で好戦的な魚の群れの行方を観察しつつ、サクラコは尚、魚たちを誘導していった。海の下でも横一列に並んだイルカたちと刃の先を揃えた海兵隊員が(こちらは遅れていたが)、漁師の仕掛けた網のように隊列を作っていた。


 一方、火船の上に残った契約者たちは、こちらの存在に気付いて向かってくる鮫や刃魚たちに対して対抗策を取っていた。
(あの時はたまたま遊覧船に乗ってたし、反撃できない状況だったけど、今度は違うよ)
 自分たちでヴォルロスを守るんだ、と決意をするように波間を見ている小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)に、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は心配そうに、
「誰も怪我をしないといいね。勿論、美羽もだよ」
「ありがとう! コハクも気を付けてね!」
「うん」
 普段温和で、戦いを好まないコハクだったが、頷いた時には、静かに近寄ってきたレッサーダイヤモンドドラゴンの背にひらりと飛び乗った。ドラゴンは半透明の翼をはためかせると、火船の一団の前に出ると、高度をぎりぎりまで下げて、女王騎士の盾を構えた。
 ドラゴンに突っ込んできた大きな刃魚は盾にぶち当たって、一瞬動きを止める。そこを日輪の槍が串刺しにした。
 戦いは好まなくても、守るべきものの為なら戦う、そういう強さが彼にはある。
 むしろ私より強いんじゃないかな、と美羽は凛々しい姿を見ながら、脚に装着したプロミネンストリックのタイヤを甲板でころころ転がすと、
「私も負けてられないよねっ!」
 飛び上がった。
 獅子座の十二星華のために作られた、ローラーブレードのような形のそれは、空中を素早く──小型飛空艇よりももっと早く──移動することができる。
 風に乗るように空を滑りながら、水の上へと向かっていく。
 構えているのは水中銃。船に直進してくる不自然な光に向けて打ち込むと、姿を現したのたくった尾びれを蹴って、海の中に叩き込む。
「やらせないよ!」
 小回りの利くプロミネンストリックを活かして、
「みんなには近寄らせないんだからねっ!」
 波間にきらりと光る鋭い刃を目指して、滑る。それはまるで海の上を走っているかのようだった。

 美羽とコハクに守られた火船は、そのまま航行していく。
 そんな中で、雨宮 七日(あめみや・なのか)は何かをふと思いついたのか、彼女のエターナルコメットで空に舞いあがった。
「何時もの如く人助け、だ。気張らずに、けど油断せずに。精々努めるとしますかね。……って、え? 何なに? ちょっと待てよ」
 人助けのために来たつもりだった日比谷 皐月(ひびや・さつき)は、その人助けの優先順位的に無視できないパートナーが一人で飛び出すのを見て、慌てた。
 いや、どちらかと言えば、七日の方が皐月を助けに来たような気がするのだが。
 追いかけようと辺りを見回した皐月だったが、予備の機晶水上バイクや飛空艇は使用者が決まっていた。
 彼は魔装『ルナティック・リープ』の力を借りて、海面に身を躍らせた。これは、イコンと同じ素材で作られており、空をジョギング程度の速さでなら飛ぶことができる。
(つっても30分が限界って感じだけどな……)
 七日の遠くなる背中を一生懸命追いながら、彼女が幽霊船に退治したのを見て、聖槍ジャガーナートの衝撃波を喫水線に叩き込もうとしたが──遠くて、届かないだろう。
 むしろ海面から彼を狙って飛び出してきた、不気味で獰猛な魚の顎が、目の前にあった。咄嗟に構えた槍の柄でぎりぎりと押し返す。
「……ほら、狙い目だって判断させられれば、魚も食いつき易いだろうし……計算通りだよ!」
(ルナティック・リープが有れば齧られても或る程度平気だろうしさ! 龍鱗化も併用すれば余程の事が無い限りは大丈夫……の筈……)
 自分に言い聞かせながら、彼は押し返した魚を、返す穂先ですぱっと切り裂く。
「築地の寿司屋もびっくりなくらい、綺麗に三枚に下ろしてやるよ……!」
 そんな不敵な笑みを浮かべる皐月を一瞥して、七日は彼が平気そうなのを確認して。
(基本的には皐月の援護、なのですが。……皐月は放って置いても無事でしょうし。少々、気になりますので)
 幽霊船にすいっと近づくと、“フールパペット”で甲板にたむろしているアンデッドを操れないか試していた。
(これにどういう反応が返ってくるか……)
 操れれば戦力となるから、それでよし。
 抵抗があれば……それは、そこに誰か操る存在がある、ということ。その結果でまた、別の術者の力量も推し量れる。
 彼女の指先から発せられた術はアンデッドに絡みつくなり、妙な気配、魔力のようなものに弾かれてしまった。
 それは、彼らを操っている──意識的に何かをさせているような術、同種の術や魔法といったものではない。
「もっと深い闇、澱みのようなもの……どこかで確かに……」
 以前、それもここ数年の間に、これと同種の力を、彼女は感じたことがあるような気がした。ただ今は頭の中で経験と知識とが結びつかない。
 何故なら、アンデッドがこちらに魔法を放ってきて、それを迎撃するために呪文を詠唱しなければならなかったからだ。

 ベルフラマントに身を包み、小型飛空艇オイレの上からひっそりと船の様子を観察していた関谷 未憂(せきや・みゆう)は、最後の追い込みをかけることにした。
 アンデッドから漂ってくるのは敵意、というよりむしろ本能に近い害意。
(海の中……底? で何が起こってるんでしょうか。彼らに意思があるとすれば、目的は何でしょう)
 害意をすり抜けながら観察し、考えを巡らせる。
「敵の出現地点やタイミング、動力が何か……駄目、外からじゃ分からないわ。にしても、湧き水の元はナラカに漂う瘴気……海の底にはナラカに繋がる場所もあるのかしら」
 この異変はパラミタ大陸が崩壊する影響のひとつであっても何らおかしくない、と思う。そして同時に、似たようなことが過去にあった、それも、この目で見ているような気がした。
「パラミタ大陸に湧き出る水が元はナラカに漂う瘴気だって知らなかったねー。原色の海の底にあるのがとくに大きな水源なら、ある意味そこはナラカに近い場所ってことになるのかな。
 じゃあ突然海から現れる幽霊船だったりなんだりもナラカから来てるとか……流石にないか」
 バーバ・ヤーガの小屋から、彗星のアンクレットを付けた足をぶらぶらさせて、顔をのぞかせたのはパートナーのリン・リーファ(りん・りーふぁ)
 側には、プリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)が形だけ光る箒に跨っていた。
「謎はお預け。さあ、囮の皆さんを助けなければ。そうね……リン、燃えやすいように船を乾かして」
「うん、あたしにお任せだよ」
 未憂とリンは幽霊船に近づくと、“ギャザリングへクス”で高めた魔力を、手のひらから魔術のかたちで解き放った。
 十分奥に入り込んだ幽霊船が身動きを取れないように、未憂は“バニッシュ”で目を眩ませる。
 リンの方は“ファイアストーム”で船の表面を炙っていく。彼女たちの背後から、プリムが“光術”を甲板に当てて、援護する。
 飛んできた攻撃は、未憂が氷術で形成した氷で防ぐ。
 そして、彼女たちは旗艦のマストにはためく、信号旗に気付いた。あらかじめこの模様の旗が揚がったら一度船から離れてくれ、と聞かされていた。
 囮たちが船の側を離れると、二手に分かれた火船の間から旗艦が、ずんぐりした姿の機晶カロネード砲を向けていた。
 ひどい音と共に鎖玉が発射される。その名の通り、砲弾と砲弾を鎖で繋いだこの玉は、幽霊船の綱という綱に絡みつき、その重みはぶちぶちと綱を、帆を引き千切っていった。