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【原色の海】アスクレピオスの蛇(第1回/全4回)

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【原色の海】アスクレピオスの蛇(第1回/全4回)

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第5章 樹上都市


 契約者たちを乗せた船が幽霊船と戦っているさなかのこと。
 自由交易都市ヴォルロスを海の中央に見て東、樹上都市に向かっていた契約者たちがいた。
 真っ先に辿り着いたのは、南 鮪(みなみ・まぐろ)だ。

 この何処でも駆け抜ける新型愛車・補陀落科数刃衣躯馬猪駆(ポータラ科スパイクバイク)は、ポータラカの技術力でかなり適当生まれ変わった目立つことと性能を両立した新時代のスパイクバイクです。
 速度は驚きの、小型飛空艇の4倍程度! 大荒野だろうが大空だろうが仏血義理で飛ぶが如く駆け抜けます!
 装着された数々の数刃衣躯(スパイク)は形状自在伸縮自在の如意刺棘! 何と最大20メートルの長さまで伸び、乗り手の手足の延長が如く自在な攻撃を行えます!

 という、妙な攻撃的なバイクであったが、鮪の取った手段は非常にアナログなものだった。
 まず、ヴォルロスから航路とか無視して、地図で一直線にドルルン飛ぶ……嫌でも着く。
 途中で怪物に会わないように、一応気を付ける。もし妨害するなら、式神の術で操った使役のペンで、体に『帰れ』と書く……そのまま魚がどっかに帰る。ぬるぬるして書けなかったり、インクが海水で落ちるなら、無視すれば良し。
 追いかけて来るなら、相手の目に空飛ぶパンティーをぶつければ良し。
 こうして最後は機晶アクセラレーターでカッコヨク樹上都市に辿り着いた鮪は、怪物たちにひたすら『帰れ』と書きつつ、
「だがあんな危険なパンツをやるわけにはいかねぇからなァ〜。 礼の金は要らないぜ。パンツだ、お前ら全員のパンツをこのまっさらの新品にして貰おうか」
 と言って、まだ新しいパンツを配り、古いパンツを受け取ろうとしていた。
 なお、火が燃え移ると危ないので、火炎放射器は持ってきたものの、抜いていない。
「……戦わずして勝つ……暴力を嫌うそのお姿こそ紳士に相応しい……」
「ん? まぁな! ところでなんか密林みたいになってねぇか?」
「私もそのパンツを履きたいです、戦う力をください! お願いします!」
 辺りがジャングルっぽく、木々の枝や蔦が密集しているのに気を取られていたせいで、鮪は彼の近くにいた守護天使にパンツを渡し、そのまま受け取ってしまった。
 目を輝かせたその『中年男性』の『トランクス』を受け取った鮪は、全てのパンツを平等に愛することができるのか。──乞うご期待。

 次に駆け付けたのは、ジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)だった。
 途中の魚をモノともせず切り裂きながら、幽霊船対策と、浄化の札を張ったアダムスキーの戦輪で駆け付けた。
 それは、原色の海で起こっている水の濁りが、彼の「ホームグラウンドのキマクでは水が貴重であることは身を持って知っているから」であり……。
「真実はどこにあるか分らねぇからな」
 それ以上に、この海と三部族の秘密を知りたい──恩を売っておきたいからでもあった。今のところ何か借りを返されるようなことなどは思いついていないが。
 自分の目に映るのは、ミンチにされていく魚。正体不明の超金属で出来た、直径5メートルの発光するチャクラム──アダムスキーの戦輪は乗り物でもあり、武器でもある。
 これに乗り身長三メートルの巨漢に、周囲の守護天使や花妖精たちは、一様に驚いたような顔を見せた。
「オレはおまえらの救援に来たんだ」
 とだけ言って、水面近くを風のように走れば、それだけでの魚の頭が千切れ飛ぶ。

 ところで、樹上都市に駆け付けたのはゴツイ男性陣ばかりではない。
 水上バイクに変形したホエールアヴァターラ・クラフトの上に、ぴったりとくっついている男女の姿があった。
(こ、こんなに密着するなんてめったにないからちょっと照れちゃうかも……うーん、こんな状況でなければ……とと、集中集中)
 ぎゅっと目の前にある体にしがみつき直し、背中に頬を付けるシルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)に、アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)は声だけで尋ねた。
「……どうかした?」
「う、ううん、それよりちゃんと前見て。怪物の魚がいるかもしれないし。そんなのに襲われてるなんて、……樹上都市……行った事はないけれど守護天使が多く住んでるところなのね」
「ああ、守護天使と花妖精が住んでるというな」
「なんだか親近感沸くかも。そんな場所がピンチってのは見過ごしてはおけないよね」
 アルクラントは頷きで返して、水平線の先に見えた森と、周囲の波が泡立つのを見た。
 あの辺りに敵が集まっているのかと辺りを付けると、森が近くなった頃、機晶アクセラレーターで水面を疾走した。ギフトに使っても大丈夫なのか心配したが、移動速度を早める分には問題なく使えるようだ。ただ、いくらエネルギーを爆発させる装置だからと言って、他の事に使用した場合はそれは機晶アクセラレーターがサポートしていない使い方だから、予期せぬ動作をしただろう。
「ちょっと無理させちゃうかもしれないが、緊急事態だ。頼むぞ、鯨」
 ギフトに礼を言い、アルクラントとシルフィアの二人は、森へと辿り着いた。
 水面近くの丁度桟橋のようになっているところでは、守護天使たちが槍を持って水面から顔を出す刃魚たちに応戦している。
 ギフトを停止させると、早速アルクラントは一歩下がった。
「君に任せざるをえないのは心苦しいが前に立って皆を守るのは君の仕事だ、シルフィア。考えるのは私の仕事。後ろのことは気にせず、その願いのままに戦ってくれ」
「ええ、私が前に立ってちゃんと敵を止めて見せるから。守護天使らしくね。これでもちゃんと力も強くなってるのよ」
 シルフィアは頷くと、スウェプト・アウェイという名の盾を構え、片手の槍・炎天戈セプテントリオンの穂先を水面に突き付けた。
「さあ、かかってらっしゃい! ここから後ろには一歩も通さないんだから!」

「見違えたわねぇ……」
 上空ジェットドラゴンの背の上から、戦いを木々の枝の間に見透かそうとしていた雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)は、ため息を漏らした。
 以前この森に来た時は風もすがすがしく、特別なお祭りの一日のために全ての花が咲き誇り、葉も生き生きとしていた。
 それなのに今では、森は自身の姿を守るべく枝を密集させ、蔦を絡め、どう効率よく光合成するかよりも、どう外敵から自身の身を守るかしか考えていないように見える。
 中央からオークの大樹が飛び出していなければ、はじめて訪れた観光客はきっと別の森だと誤認してしまうだろう。
(あの都市には戦えない人の方が多いのよねぇ……)
 リナリエッタは空から、地図と都市を見比べて、幽霊船の位置を書き込んでから高度を下げて行った。
 どの枝に降りるのが安全で美しいか迷っていると、途中で小さな子供の声が聞こえた気がした。
 リナリエッタはさっとドラゴンから飛び降りると、木々に絡みつくように設けられた階段を下りて、水面近くまで走る。
 そこには避難が遅れたのか、逃げ遅れた少女が一人、ぽろぽろと大粒の涙を流している。その側を回遊している一匹の刃魚は、いつ襲いかかろうかと、彼女が怯えるのを楽しんでいるようだった。
「お姉さんが助けてあげるわ」
 リナリエッタは少女の身体をこちらに向けて寄せると、体長一メートルほどの刃魚の突進を“真空波”で永遠に停止させた。
「あら、すりむいちゃったのね。……これでいいわぁ。女の子に傷が残ったら大変ですものねぇ? もう大丈夫よ、早く避難してらっしゃい」
 泣いている少女の膝に“ナーシング”で手当てを施し、階段の下から見送って、リナリエッタは自身で倒した魚の残骸に近寄った。
「──さ、見てみましょうか。特に魚に操られた様子はないみたいだけどぉ……?」
 リナリエッタが森の様子を見て回りながら、聞いてみたところ、これらの魚はもともと凶暴ではあるものの、自身の縄張りから出ることは滅多にないらしい。
「なんなのかしらねえ全く……美しいものを傷つけるなんて」

「守護天使を傷つける、なんて……同族の方々を見捨てるわけにはいきません!」
 パートナーの結崎 綾耶(ゆうざき・あや)は、“ディメンションサイト”で周囲に意識を張り巡らせていた。
 その真剣な横顔がちょっと可愛いなぁ、などと匿名 某(とくな・なにがし)は思う。顔が可愛いだけじゃなくて、そういう優しいところが。
 ……それ故に迷彩色に塗られてしまった、足元のレッサーフォトンドラゴンは少し可哀想ではあったが。
 危険に注意しつつ空を飛び、樹上都市にスムーズに辿り着けた彼らは、上空から都市の様子を眺めた。
「戦況は……これ、悪いのか悪くないのか、ちょっとここからじゃ分らないな」
 生い茂る木々の枝葉が邪魔をして見通しが悪い。某は樹上都市の周囲を旋回しながら、ゆっくりと海面に近づいていった。
 ざっと見た限り、敵は魚類だけ。例の蛇の姿はない。
 元々住民の数も、更には戦える人間の姿も少ないせいか、非戦闘員の多くは樹木の間に設けられた枝の間から、海面を伺っている。
「敵はどっちから来てるんだ?」
 水中は勿論だが、あの魚は水面を飛ぶ。目を凝らすと、魚の移動は西、ヴォルロスの──、
「いやあれは、丁度海底のアステリア族の住んでるとかいう方角じゃないか……?」
 高く飛んでいるときも、心なしか、その方面の水の濁りが強かった気がした。
「よし綾耶、救けに行くぞ! 避難させるんだ」
「はいっ」
 樹上都市の西側に回り込むと、某は水面近くで懸命に闘っている守護天使たちの側に舞い降りた。
 “風術”で強い風を起こす。強い風は波をつくり、飛び出そうとした魚たちは移動を阻害される。飛び込めずに垂直に跳んだ魚の腹に、“放電実験”で感電させると、魚のこんがり焼ける匂いが漂った。
「ここは俺らに任せて、早く逃げろ」
 “ヴィサルガ・イヴァ”で能力を解放したフェニックスアヴァターラ・ブレイドを空に飛ばして、波に密集する魚たちを両断した。
 綾耶も水面に向けて“サンダークラップ”を放ちながら、
「できるだけ上、建物の中に避難してください。大丈夫、海面から十メートルも魚が飛びません。……もしできるなら、オークの大樹が安全だと思います」
「それから、戦える奴は手薄そうな場所……えーと」
「水中です」
 一人の守護天使が答えた。
「水中の枝や根が齧られれば、樹は傾き……いえ……それだけではありません。樹は、死にます」