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【第五話】森の中の防衛戦

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【第五話】森の中の防衛戦

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 同時刻 イルミンスールの森 東側方面
 
 蹄の音を響かせ、黒い馬が駆けていた。
 もっとも、駆けている馬は普通の馬ではない。
 本来の馬よりも遥かに巨大な身体をした、機械の馬。
 否……馬に似てはいるが、正確に言えばその姿はとある伝説上の生物のそれだ。
 ――麒麟。
 この機械の姿はまさにそれ。
 蹄を鳴らして駆けるのは麒麟を模った大型のイコン。
 黒麒麟がイルミンスールの森の中を駆け抜けていた。
 
 そして、その背には長大な刀剣を背負い、腰に一振りの刀を帯びた一機のイコン――剣竜を乗せている。
 器用な手つきで手綱を掴み、巨大な機械の麒麟を乗りこなす剣竜。
 その様はまるで生身の人間のようだ。
 およそ機械じみた動きを感じさせない滑らかな動き。
 剣竜の一挙手一投足はまさにそれだ。
 
 巨体ならではの歩幅を活かし、黒麒麟はあっという間に奥深くへと辿り着く。
 そして、その強靭な脚力で大地を掴み、急制動をかける。
 制動時に起きる反動を利用して踵を返す黒麒麟。
 そのまま黒麒麟と剣竜は、振り返った先をじっと見つめ続ける。
 
 この付近に二機以外は誰もいない。
 ただ風と、それによって揺れる枝葉の音がするだけだ。
 静寂が支配する森の中。
 黒麒麟と剣竜はただ静かに佇み、木々の奥を見つめ続けるのみだ。
 
 だが、静寂の支配はややあって破られた。
 鋼鉄の巨体が歩を進める重厚な音がいくつも鳴り響く。
 それに伴い、周囲の木々が揺れ、枝葉の擦れ合う音が足音に重なった。
 
『来たか――』
 剣竜のコクピットで紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は静かに呟く。
『――そうだな』
 そして黒麒麟のコクピットで朝霧 垂(あさぎり・しづり)が答える。
 
 しばらくして現れたのは、剣竜と同じく長大な刀剣を背負った漆黒の機体――“ドンナー”bis。
 “ドンナー”bisは単機ではなく、四機の“フェルゼン”を従えている。
 先頭を往く“ドンナー”bisは黒麒麟と剣竜に気付き、足を止めた。
 追従する“フェルゼン”部隊の前へと、遮るように手を出す“ドンナー”bis。
 それを受けて、“フェルゼン”部隊は動きを止める。
 
 四機が動きを止めたのを剣竜のコクピットから見て取った唯斗。
 そして、剣竜は黒麒麟の背から降りた。
 二本の足でイルミンスールの森に立つ剣竜。
 
 その姿に向け、“ドンナー”bisのパイロットである“鼬”は通信を入れた。
『やはり貴方が来ましたか。紫月唯斗――』
『当然だ』
『ここで相対したからには、退くなど互いにあり得ないこと。ここでも貴方は立ちはだかるのですね』
『どんな理由だか知らないが、止めてやるさ。俺はこの世界が気に入ってるんだ。だから、この手で護る。その為にただ、眼前の壁を断つのみ!』
 
 会話はそれだけだった。
 二人は既に察しているのだ。
 それだけで十分であると。
 まだ意志の疎通が必要だと言うのなら、それは互いの剣を以てすれば良いこと。
 ゆえに、これ以上の会話は無用。
 
 二機は申し合わせなど何一つなく、同時に背負った剣を抜き放つ。
 長大なビームエネルギーコーティング式振動剣――“斬像刀”を構える“ドンナー”bisは相変わらず一刀流だ。
 一方、今回の剣竜は背中の弐〇式高周波振動刀剣に加えて魂剛の武器であるアンチビームソードを腰に帯びてきている。
 背中の一振りと腰の一振りをそれぞれ左右の手に持ち、二刀流の構えを取る剣竜。
 
『もはや口を挟むことはせん。おぬしの好きにやれ、唯斗』
 剣竜のサブパイロットであるエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)はただそれだけ言うと、口をつぐむ。
『感謝する』
 唯斗からの礼にも、エクスはただ静かに頷くだけだ。
 
『唯斗、あの取り巻きの“フェルゼン”どもは俺達に任せな!』
『そうそう! “ドンナー”bisとの決着をつけちゃいなよ!』
 黒麒麟から垂の、そしてサブパイロットであるライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)の声が届く。

『朝霧……』
 唯斗の動きをトレースし、黒麒麟に一礼する剣竜。
 一方、黒麒麟は“ドンナー”bisに通信を繋ぐ。
『“鼬”っつったな。そのデカブツどもは俺がみんな纏めて相手してやる! だからお前は唯斗と正々堂々の一騎打ちをしな!』
『良いのですか? 貴方の機体がいかに高性能であるとはいえ、この四機はそれを遥かに凌駕する高性能機。良くて相討ち、悪ければ嬲り殺し。僕と一騎打ちをする以上、紫月唯斗が助太刀することもできない――』
 にべもなく撥ねつけてくると思っていただけに、“鼬”の返答は垂にとって以外だった。
 だが、すぐに気を取り直し、垂は啖呵を切った。
『構わねえさ! 俺は唯斗の戦いに手は出さねえし、唯斗も俺の戦いに手は出さねえ! その辺に関しちゃとっくに話を済ませてんだぜ!」
 堂々と言い放つ垂の声が通信帯域に響き渡る。
 ややあって、再び“鼬”が口を開く。
『いいでしょう。ならばこの勝負、紫月唯斗との一騎打ちという形でお請けします』
 宣言するのと並行して何らかの合図を送ったのだろうか。
 四機の“フェルゼン”は“ドンナー”bisから距離を取るように移動を始める。
 そして、“鼬”が宣言した通り、“フェルゼン”は黒麒麟の前に集結。
 一方の“ドンナー”bisは単機の状態となる。
 
 それを見届けた唯斗は剣竜を“ドンナー”bisの前まで歩かせた。
 左右それぞれの手に力を込め、感触を確かめるようにして二刀の柄をそれぞれ握り直す剣竜。
 呼応するように“ドンナー”bisも“斬像刀”を握る手に力を込め直す。
「――紫月唯斗。流派の名はなし」
『――“鼬”。同じく流派の名はなし』
 互いに一撃必殺の距離で相対し、二機は静かに睨み合う。
「いざ尋常に勝負――!」
『いざ尋常に勝負――!』