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雲海の華

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雲海の華

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続2

「ねえねえ、やっちゃん。もっといっぱい敵さん集めてきてよっ」
 かぎ爪を振るって透乃の胴を引き裂こうとしたデーモンの腕を、彼女は右手で握りつぶした。
 叫声を上げる魔獣に臆することもなく、透乃は左拳で相手の顎を粉砕した。
「ほらほらあ、早く反撃してこないと、脳みそまでブチ抜いちゃうぞおっ」
 ひしゃげた魔獣の顎を手刀で切り裂いた彼女は、そのまま拳を固めて軟口蓋を貫き通し、頭蓋の内部を一息に潰滅する。
 相対したモノをナラカの底なお深くへと突き落とす無慈悲の所業。これこそがラヴェイジャーのセンスだ。
 ザナドゥの生き物を超越する醜悪な死骸がまたひとつ、雲海の底へと沈んでいく。
「巨大なデーモンなのに、なんだか柔らかすぎだよね」
 透乃を正面に捉えた魔獣が大口を開けて黒煙ブレスを吹き出すものの、透乃の腕からほとばしる深紅の炎がそれを飲み込んで相殺してしまう。
「せーのっ、それえーっ」
 大きく開いた魔獣の口へ拳を突き入れた透乃は、そのままデーモンのノド元から腕を突き出して頭部と胴体を切断した。
 指揮系を司る頭脳を失った魔獣は翼膜を痙攣させながら体液を噴出させて、雲海へと埋没していく。
「今日の透乃ちゃん、なんだか楽しそう」
「ふううっ。とても直視できねえな。得体の知れないモノの返り血……どころか、既に鮮血へどっぷりと浸かっている透乃ちゃんの気が知れねえぜ」
 おっとりとした雰囲気をたたえて透乃の残虐ぶりを見守るのが緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)
 彼女とは対称に、すっかり血の気が失せているのが霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)である。
「まあともかく、このまま目の前の機動要塞を放っておくわけにはいかないよな。ここはひとつ、デーモンをそそのかしてやるぜ」
 泰宏は土佐を周回するデーモンの鼻先を掠めるように飛び回って、それらを一手に引き連れていった。
「デーモンはみんなやっちゃんに夢中だから、陽子ちゃんも一緒に遊ぼうよっ」
「でも、せっかく透乃ちゃんが楽しく遊んでいるのに、邪魔をしたらいけないもの」
「そんなコトないよ。あっちの大渦から、たくさんオモチャが飛んでくるんだもんっ。陽子ちゃんにも分けてあげるねっ」
「それなら、ちょっとだけ……空中戦のイロハを確認してみます。やっちゃん、こちらへいらしてください」
「気をつけな、透乃ちゃんは特別だからね。甘く見てたら命を取られ――」
 陽子に狙いを定めた巨大デーモンが次々と飛びかかっていくが、陽子のやんわりとした手刀を眉間に受けた魔獣は、腹部の中程までがはじけ飛んで水仙の花のようになってしまった。
「これが、魔闘撃なんですね」
 臆することを知らない魔獣に陽子が鎖鎌を振るうと、ただの一閃でデーモンが細切れにスライスされてその姿を消した。
「武器凶化……」
 更に彼女の身につけている首環が漆黒に燃え上がると、大きな堕黒鳥となってもう1体のデーモンを灰燼へと帰した。
「これが、不死の炎なのですね」
「陽子ちゃん、やるーうっ! 透乃と一緒に、どっちがいっぱいデーモンを殺れるか、競争だよっ!」
 透乃たちの乱獲によって、機動要塞・土佐を苛んだデーモンの群れは、その姿を一瞬にして消したのだ。





 機動戦艦・扶桑。
 艦橋に設置されている大半のモニターは沈黙し、破壊された主要兵装からは黒煙が棚引いている。
「搬入デッキにおいて爆発火災発生。圧力隔壁に損傷が生じたため、当該ブロックの隔壁を閉鎖、パージします」
「機晶フィールドの総出力が15パーセントに低下。各所でシールドの揮発が進行中」
「リアクターを取り囲んでいる出力格子の劣化が進行しています」
 艦長を務める柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は、決断を迫られていた。
 船首を見下ろせば闇色の大型イコン“斬鬼天征・魂剛”の振るう二刀が、デーモンの群れを蹴散らしている。
 標的を切り捌くその動きは実に美しい。振るう刀で両断された死骸が、まるで雨露を振り払ったかの様に零れていくのだ。
「紫月よ、聞いてるか」
 魂剛を生かしているのが紫月 唯斗(しづき・ゆいと)と、エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)だ。
「何かいい策でも見つかりましたか、恭也」
「きゃつらはいったい、どれほど存在すると思う? 仮に地球の人口と等価だとしよう。そのうちおまえは、どれほど斬ってきた?」
「さてな。エクスはその数を把握していますか」
「わらわに問われても困りまする。少なくとも400や500は斬っておられるであろう」
「愚問でした。しかし70億のデーモンと相対する勘定とは、少々浮き世離れしていませんか」
「ふん。500を墜としていると言い張るなら、残りは69億と端数切り捨て、と言うことだ。……さて、おまえならどうする」
 二刀を納めた魂剛は、扶桑の艦橋へと向き直った。
「お察し下さいと言うことですか」
「退け、紫月」
 通信を切断した恭也の声は、艦内一斉放送へと切り替わった。
「全乗組員に告ぐ。本艦は……って、かたっ苦しいなオイ。こういうのは性に合わねーんだ」
 咳払いをした恭也は、意を決して告白する。
「――周囲に警告! これより扶桑は自爆する! 死にたくなけりゃ全力で離れろ! 乗ってる奴らも即行で退避だ! 自爆装置のスイッチって、押してみたかったんだよなー、それっ。起動したぞ。爆発まであと45分だ。生き延びろよ、通信を終わる」
 艦内の照明が暗紫色に変色し、脱出経路だけが眩い白色の灯りで示されるようになった。
 操作卓の計器板も、手元のドキュメントも判読できないほどの暗転ぶりは、逃げることだけに専念せよという警告なのだろうか。
「さっさと出て行けよーおまえら。最後に一花、咲かせるんだからな」
 扶桑の制御系を掌握した恭也は、最大戦速で大渦の直上へと移動した。そして船首を真下へと傾けると大渦の中心へと突っ込んでいくのだ。
「データの回収もこれで最後、と。さて、俺も脱出するとしようか。艦内の生体反応は、残り……2?」
 発信源を精査したところ、もうひとつの生体反応はイコンの格納庫からだった。
「なんだ、逃げ遅れのヤツがいるのか。ここで死なれては寝覚めが悪いぞ」

▼△▼△▼△▼




 恭也は瓦礫の山を押しのけて格納庫へとたどり着いたが、人影は見当たらなかった。
 注意深く耳を澄ませると、どこからともなく犬の鳴き声がするではないか。
「誰だ犬なんて連れ込んだのは。ちゃんと連れて脱出しろっつーの……って、状況が悪かったか」
 数刻前、イコンの格納庫は整備施設が損傷したために閉鎖したのだ。隔壁に走った大きな亀裂から、目前に迫っている雲海の渦が見える。
 恭也の抱き込んだ子犬が人知れず紛れ込んだものか、イコン乗りの関係者がコッソリ飼っていたのか、イコンで出撃する際に置いていったものなのか、それは定かで無い。
「おまえと俺で最後だ。帰ろうぜ」
 格納庫を出ようとしたところで船体が大きく揺さぶられ、壊れた整備施設が次々と倒壊していく。
 その場に伏せた恭也は小犬を守り通すことができたものの、出入り口の扉が瓦礫によって埋没して閉じ込められてしまった。
「艦長は船と共に沈めってか。そんなしきたりは古すぎるぜ」
 右腕にはめた巨大な義手で瓦礫をはじき飛ばしても、次から次へと新たな瓦礫を呼ぶだけだった。まるで土砂崩れである。
「コイツは眼から怪光線しかない……のか」
 義眼から放つレーザーで壁を破るには時間が掛かりすぎた。
 扶桑の自爆まで残り3分のアナウンスが電子ゴーグルから流れたとき、恭也はそれに通信機能が備わっていることを思い出した。
「聞こえるか、紫月」
「恭也、いったい何をしているのですか。さっきまで続々と救難艇が出てきていたと思ったら。……まだ扶桑にいるのですか」
 感度は低いが、どうにか魂剛――唯斗――と交信ができるようだった。
「閉じ込められた。世話になったな、紫月。生き物は最後まで看取ってやるんだぜ。あと2分ちょっとだ」
「場所はどこですか。エクス、扶桑の見取り図を頼みます」
「あいわかった、これを見るがよい」
「ほう、見取り図か。イコンの搬入ゲートは分かるか。あー、いわゆる格納庫ってヤツだ」
「把握したぞ」
「だがな、中は瓦礫でいっぱいだ。外壁をぶち破られると具合が悪い。たぶん下敷きになる」
「ならば方法はひとつ。恭也よ、希望を捨てるな」
「そういう柄じゃねえんだって。何度も言わせるな」
「待たれよ」
 通信が途絶えた恭也は、瓦礫から距離を取るべく格納庫の中央付近へと退避した。
 柱に背を預けるようにして座り込み、伸ばした脚の上に犬を鎮座させて天井を仰ぎ見た。
 大型イコンも収容可能なとても高い空間であることを、今更ながらに実感する。
 非常灯だけの薄暗い空洞いっぱいに、まばゆい閃光が煌めいた。
 壁には灼熱する線が走り抜けて、その筋に沿って天井がゆっくりとスライドしていく。
 魂剛の振るった神武刀・布都御霊の一太刀が、硬い圧力隔壁もろとも格納庫の天井を削ぎ落としたのだ。
 抜けるような青空が露わになると、真っ黒な和装イコンが降りてきて、恭也たちをすくい上げた。
「随分と風通しがよくなったみたいだ」
「どうやらワンコも、無事のようであるな。ほほう、いい子じゃ」
「性に合わんが、紫月には礼を言わせてもらおう。余り借りを作りすぎても、愛想を尽かされかねないがな」
 魂剛の搭乗ハッチを開いて恭也と小犬を保護した唯斗は、ただ、あるがままを伝えた。
「護るさ。この手が届く限り、何度でも――」

▼△▼△▼△▼




 扶桑の甲板に降りたってデーモンと乱戦を繰り広げていたのは、キロスも同様だった。
 格納庫付の天井を吹き飛ばされた要塞は均衡を崩し、雲海の渦へと墜ちていく。
「なんだおい、ちょっと待て。シャレになってないぞっ!? もう落ちるのは勘弁だっ。待てっ」
 不気味な軋み音を立てて船首から墜落した扶桑は、雲海の渦の中心から発する異界の障壁によって沈降を阻止されていた。
 とっさに引き抜いた曲刀を甲板に突き立ててぶら下がったキロスは、自爆装置のカウントダウンがゼロを告げたことを耳にした。
 つまり、共に最後の時を迎えたのである。
 自爆装置によって破壊されたリアクターから大量のエネルギーがオリュンポス・キャノンへと流れ込み、爆発の威力を大幅に増大させてしまったようだ。
「くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
 爆風に弾かれて雲海へと墜落するキロスは、果たして何と戦っているのだろうか。