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【原色の海】アスクレピオスの蛇(第2回/全4回)

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【原色の海】アスクレピオスの蛇(第2回/全4回)

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第4章 水源の調査


「やっぱりまだ寒いなぁ」
 “アイスプロテクト”をかけておいて良かったよ、とレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)は改めて思う。割と暖かい海ではあるが、まだ初夏。海の底に近いほど比較的に水温が下がる。
 指がまだスムーズに動くのを確かめて、レキは“ホークアイ”が宿った瞳を深みに凝らした。“イナンナの加護”は、その方向に敵意を持った生物がいることを伝えている。
「……よっし、行くよミア!」
 パートナーのミア・マハ(みあ・まは)に声を掛け、脚を勢いよく蹴ると、破邪滅殺の札を張り付けた水龍の手裏剣を手に潜っていった。
 目の前をうねる水の動き。レキは手裏剣を放ったが、水の抵抗で手裏剣はのろのろと進んだ。
「まずいっ!」
 咄嗟に破邪滅殺の札を目の前に翳す。魑魅魍魎を滅ぼす光が放たれ、目の前の刃魚の顔を焼いた。
 そこを横から、ミアのフロンティアスタッフから伸びた光が打ち抜く。
 二人は連携して敵を倒していったが、ある時ふと彼らが尻尾を巻いて逃げようとしているのに気付いた。
「そうはさせん」
 ミアが式神の術で念を込めた埴輪が、ぴたりと尾びれにくっついた。
「水源と穢れ、それに怪物。さて場所は一致するやら」
 レキとミアは魚を追って暗闇の中を泳ぐ。ふと、岩の間から覗く無数の目がレキの姿を捕えた。襲い掛かってくる魚たちに“真空波”が、水ごと鱗を切り裂いていく。
「……っ!」
 レキが避けそこない、右腕が魚に食い破られる。すかさずミアの“命のうねり”が、レキの傷跡を再生していった。
「一旦退却しろ」
 フランセットの声に、二人は泳いで戻って来た。それに二人よりも早く追いすがる魚。脚が食いつかれるか、と思った時、バチバチという音がして、二人の後方で光が弾けた。
 迫ってきた魚の群れ、それを押しとどめる網、食い破ろうとするギザギザの歯に電撃が流し込まれる。勢いを削がれ逆に罠にはまった魚たちは、そのまま焼き魚になってしまう。全く食欲をそそらないが。
 海兵隊員が網を仕舞うと、再び一行は前進を開始した。
「うみのそこにはなにがあるー♪ なにかあるー?」
 ご機嫌な歌声のリン・リーファ(りん・りーふぁ)は、残った刃魚に“エンドレス・ナイトメア”をかけたものの、闇を振り切ってきたので、
「あれれ? 効かないの? だったらこっちだねー。あたまとあたまをごっちんこー♪」
 “サイコキネシス”で敵同士を衝突させていた。
「おっとっと、あぶないあぶない」
 脚をかみつかれそうになるも、プリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)の援護の“光術”の目くらましで間一髪避ける。
 無口なプリムの口からは、続いて“咆哮”が飛び出て、一帯の魚たちを震えさせ、鱗を払い落としていく。
「……水源と敵のいる方は一緒みたいだね。もし水と一緒に湧き出て来てるとかだったらどうしようね?」


 どこまで潜って来たのか……穢れに視界を遮られ、上下も左右が分らくなりかけた頃、視界が急に開けた。
 ごつごつとした岩肌の間からこちらに立ち上ってくる細々とした一筋の黒い糸──黒い水。それがはっきりと見える程に、その青は鮮やかに目に飛びこんできた、と同時にどこまでも澄んでいて視界を妨げない。まるで空気かとも思ってしまうほどの透明度は、遥か下方をはっきりと見通せて、距離の感覚を失ってしまいそうだった。
「……ここが水源です」
 遠野 歌菜(とおの・かな)には、案内役の獣人がそう言わずとも、足の裏をくすぐるように湧き上がってくる水の感覚が分った。
「水源と濁りが同じ場所、ということはやはり……。……穢れが死者を呼び、死者が穢れを呼ぶのか?」
 フランセットが考えている間にも、歌菜はさっそく降りて行った。
「待て」
「大丈夫です! 原因を探ってきます!」
 全く、と元気のよい妻に苦笑しながら月崎 羽純(つきざき・はすみ)がその後を追い、他の面々も続いた。
(歌菜、そこは遠回りして行くんだぞ)
 羽純は“ディメンションサイト”で周囲を把握しながら、歌菜に“テレパシー”で伝える。真っ先に辿り着いた歌菜は早速、岩肌に降り立って、間近にその濁りを見た。
 ……不吉な感覚が背中を走り抜ける。アンデッドのような、死の匂い。周囲はまだ綺麗な水が湧き出しているのに──だから外に押し上げられているのだろう──そこだけ岩の間から、死の国に繋がってしまっているような……いや、ナラカから水が上がっているというのだ。そうなのだろう。
 歌菜はきょろきょろと辺りを見回して、なにかこの原因になるものを探そうとしたが、見当たらない。試しに“封印呪縛”をしてみたが、封印の魔石に一気に入り込もうとしたのか、黒い闇は入りきらないまま、パチンと魔石の表面で弾かれてしまった。
「俺がやってみよう」
 いつの間にか歌菜の横に立っていた羽純が屈みこむ。指先を岩肌に当て“サイコメトリ”で岩の記憶を読んだ。
 羽純の脳内にいつの頃からか、濁りが徐々に発生する映像が流れ込む。始めは濁りなど見えなかった──目に見える程のものは、ということだろう──しかし、徐々に一筋の黒が立ち上って、それが少しずつ太くなっていった。目視できるようになったのはおおよそ数年前頃だろうか。海で異変が発生し始めたのとほぼ同一時期だ。
 羽純が一通り様子を見終えた頃、
「お、お魚さん見っけ!」
 横から、世 羅儀(せい・らぎ)の賑やかな声が聞こえてきた。エリート水兵服を着て、“サイコネット”で魚取りに興じる様子はまるでバカンスのようだったが、網にかかっているのは、小さな甲殻類や小魚だった。
 羅儀はだが別に、声から感じられる程はしゃいでいる訳ではなかった。取りついている漁場──水源に既に変異が現れていることは、黒く変色したそれらを見れば分かる。
「白竜、もっと奥を見れないか?」
 パートナーの叶 白竜(よう・ぱいろん)は頷く。
「やってみましょう。……それにしても、今日は大人しいですね」
「またキレイな海でナンパしたいしな……。……いや、だいたい、今回は白竜の方が行きたいって言い出したんだろ……」
「こういう機会もそうないですからね」
 白竜が傭兵募集に応じたのは、以前海兵隊のセバスティアーノも異変が海底にある、と話していたことを思い出したからでもあった。
 だが、任務より自身の興味が今は勝っているのだろう、白竜任務だけではない目の輝きがあった。ポータラカマスクで口元を覆っていなければ、強面の思わずほころんだ口元が見れたかもしれない。
 白竜はアクアバイオロボットを岩と岩の奥に潜り込ませ、内部のデータを自分のHCとインプロコンピューターに転送させる。
「……?」
 暫く岩肌が映っていたが、ふいに、カメラが何かを捉えた。蛇のアームに持ち上げさせてカメラを調節する。それは木の枝葉のようなものだった。
 よく見回すと、周囲にびっしりとその木の枝葉のようなものが岩壁を這っていた。引っ張って、特に問題ないことを確認し。軽くむしり取ると、蛇はそれをアームに挟んだままするすると外に出てきた。
「……これ、何でしょうか」
 すっかり顔見知りになったセバスティアーノは、周囲の警戒の任に当たっていたが、割と暇をしていたらしい。
「何ですかそれ? 良く見せてください」
 細い枝に対になった楕円の葉。小さな赤い実が付いており、先端にしぼんだ花の名残が付いている。割って見れば、中にはぷちぷちとした、小さな紅い宝石のような実がびっしりと詰まっており……。
「ザクロ……? これ何だか分かりますか、提督ー?」
 セバスティアーノがフランセットを呼びに行っている間。
 早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は上方、立ち昇る黒い水に、体を入り込ませていた。
「どうー? 何か変な感じしないー?」
 ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)はLEDランタンで呼雪の前方を照らしながら呼びかける。それがなくとも暗闇での視界は確保してきたが……。
 呼雪は乾いた喉を湿らせるために、持ってきた真水を一口飲むと、
「変な感じがしない。ということは……逆に言えば、この黒い水はナラカから来たものだ、ということになる」
 黒い水の源に近く拡散されていないせいか、既に他の生徒達が触れると、この水には「変な感じ」が付きまとっていた。
 しかし、呼雪の“冥界渡り”は、逆に黒い水と親和性を持っているようだった。
「濁りが怪物を生み出す……瘴気に当てられた生き物が変異している?」
 ナラカの瘴気と同じものという感じもしないが、同じような性質のものであることに間違いないだろう。
(しかし、人為的に発生させた痕もないな。ならどうやって……)
 呼雪が考えて周囲を見回している間、ヘルは白竜と話し込んでいるフランセットの方にすいすいと泳いで行った。
「ねーねー、そういえばあの黒い蛇ってどこに行ったの?」
「どこに行ったのか、と言うなら、君たちにはもう一人パートナーがいたはずだが……?」
「タリアちゃんのこと?」
 原色の海に連れてきた、呼雪のパートナータリア・シュゼット(たりあ・しゅぜっと)は、流石に海底洞窟までは付いて行けないと、海底都市で待機している。自身が戦闘を得手としていない事で、足手まといになりかねない、と気にしたのだ。「その代わり、怪我をして帰ってきても安心してね」と、言っていた。
「そうだ。海底都市ではいたはずだが、このパーティには加わらなかっただろう?」
「まだ都市にいるよ。僕たちが帰るまでの間、海底都市の住民に歌を歌ってるんだって。みんな不安だろうからって」
「そうか。……ところで君の疑問だが、どこに行ったのか。蛇はどうして消えたのか」
「うん」
「……あの蛇には『実体』がないからだろうな。この水源に謎を解く鍵があればと思ったが……」
「……あの……」
 自身な下げに口を開いたのは、それまで指に嵌ったデスプルーフリングを眺めていた関谷 未憂(せきや・みゆう)だった。
 この前の幽霊船との戦いでの感じたこと。「似たようなことが過去にあった、それも、この目で見ているような気がした」こと……それをずっと考えていたのだ。
「……いろいろ考えたんですけれど、むかし闇龍というものが現れたことがあったな、と。もっと大規模で生物というよりは嵐のような自然現象のようなエネルギーの塊のようなものであったとは思うのですが……」
 その単語に、フランセットの目がすっと細められた。
 彼女は未憂と、それからヘルを交互に見て、
「そうか。……闇龍は、ナラカから地上に上がる魂が、うまく浄化されずに残ったものの集合体。原因は環境破壊や死者の増加。あの闇龍はアムリアナ前女王陛下の祈りによってナラカへと還ったが、海の穢れは……」
 フランセットは腕組みをすると、ぽつりと言った。
「私は先程、これをアスクレピオスの杖に巻き付いた蛇といったが……それだけではない。輪廻を捨て口を開けたウロボロスの──抜け殻」
「それってどういう……」
 ヘルは問い返そうとしたが、それは背後からの声に遮られた。
「……ヘル、来てくれ」
 呼雪の珍しく余裕がない声に、ヘルは再び、ぴゅんっと飛んでいく。……だが、呼雪の姿はさっきあったところにはない。
「こっちだ」
 声のした方に泳いでいけば、それは水源の上方、黒い水がわだかまったところだった。気配を探して進んでいくと、丁度岩と岩の合間に細い通路ができていた。
 冷たい感触に皮膚が縮みそうになる。黒い水のせいなのか、何なのか。何だかねばねば纏わりつくような水だった。
 LEDライトで奥を照らすと、呼雪の姿があったが、彼は近づくとジェスチャーでそのライトを消すように指示する。
「……なになに、何があったのー?」
 心持ち小声で聞いたが、それは聞くまでもなかったのだ。彼の目にすぐに表れたのだから。
 そこに、ぽっかり空いた空洞に、奇妙な建造物の柱が伸びていたからだ。それは船と船、柱と柱をごちゃごちゃに継ぎはぎした、何かだった。