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【原色の海】アスクレピオスの蛇(第2回/全4回)

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【原色の海】アスクレピオスの蛇(第2回/全4回)

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第6章 傭兵たちの行方


 地味で平凡で、どこにでもいそうな守護天使の青年。その実は樹上都市の族長補佐の、数多いる息子のうちの一人である。
「……だからって別に特殊能力がある訳でもないし、何の権限がある訳でもないんですけどねー」
 ……困ったように見えないのは、そんなのんきな台詞と、それを言っている笑顔(といっても、普段からこの顔なのだ)のせいか。
 なんてことを言いながら、彼はヴォルロスの裏路地をてくてくと歩いていた。
 目的は勿論、樹上都市のオークの苗木を探すためだ。
「勿論、こんな僕に協力してくれる皆さんにはとっても感謝してるんですよ! あ、でも、できたら同じ名前で呼んでもらえると助かるんですが……」
 何件目かの古物商の前まで来て振り返った時のこと。
「……あれ?」
「……皆さんもう手分けして探しに行きましたよ」
 彼の側に残っているのは、笠置 生駒(かさぎ・いこま)たった一人だけになっていた。
 生駒はそんな守護天使を哀れに思ったのだろう、着いて行くことにした。古びた木の扉を開けながら、
「ああ、それで今度こそ名前を聞いておきたいんですけど、アルカ<ピー>アさんの本名って……ああっ!」
「な、何ですか!?」
「これ見てくださいよ!」
 生駒が店の中を見るなり大声を出したので、すわ苗木かと飛び込んだ守護天使だったが、そこにあったのは苗木でも何でもなく。
 生駒はふらふらと吸い寄せられるように、濃い緑の皿を見付けると、手に取って店主の顔と何度も見比べた。
「すみませんおじさん、これはまさかあの……鬼才エク・アードルの『真っ赤なトマトのヘタ』シリーズですね! いやぁ、こんなところにあるなんてびっくりしました! で、おいくらです?」
「ほう、これを知っているとはお嬢ちゃんなかなかやるねぇ」
「いえいえ、それほどでもー。……あっ、こっちは……!」
 すっかり生駒は焼き物に夢中になっている。
 守護天使の方はと言えば、店主のおじさんに苗木について見かけなかったか聞いた後、生駒が出て来るまで店の外で待っていることにした。


「……どうにか樹上都市は守られたようで、ひとまずは安心といったところか。しかしながらせっかく親が守り抜けそうなのに、子がいないというのはなんともよろしくない。
 しかし探しに行くと言っても、盗んだ犯人に関しては全く心当たりがないんだよな……」
「そうね、とりあえず聞き込みからかしら?」
 アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)シルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)は、連れ立って街を歩いていた。
「聞き込みと言っても、うまく見つかるか不安だな。他にも探しに来ている契約者がいるはずだ、うまく連絡を取って……ああ、あの人」
「え、誰?」
 アルクラントが示したのは、ある店の前で、街の地図とにらめっこしながら印をつけている守護天使だった。上手くいっていないのか、顔が渋い。
「私も彼の顔は見たことあるんだが……名前は知らないなぁ。あれで親は結構な立場にいるらしいね。本人は地味だが」
「確かに地味ね」
「まあ、先にここにきていたんだ。何かしら手がかりを持っているかもしれない。聞いてみよう」
 二人が近づくと、守護天使はびくっと顔を上げた。
 気まずい。……何と呼べばいいのか、迷った末、シルフィアが声を掛けることにした。
「そ、そこのおにいさん? そこの守護天使の人?」
「はい、何でしょう?」
「樹上都市にいましたよね? 実は……」
 シルフィアは事情を簡単に説明して、協力を申し出る。ぱっと守護天使の顔が明るくなった。
「あ、ありがとうございます。助かります! 実は今手がかりを探してまして、どこかに売られたとか、裏ルートなるものがないかを……」
 つまり全く手がかりがない、という状況らしい。
 困ったな、とアルクラントが頭をかけば、シルフィアは、自分のカバンに付けたストラップをいじりながら、
「このストラップが、苗木のところまで導いてくれたりしないかしら」
 それは、水上の町アイールのマスコット『スーパーアル君人形』のストラップ版だった。持ち物が素敵と感じるものを特に引き寄せるお守りのようなものだったが、
「そんな都合のいい事あるわけないか。へへ」
 はにかむシルフィア。寄り添うのは、横にスーパーアル君そっくりの(いや、モデルだから当然か)アルクラント。
 じわっと守護天使の目に涙が浮かんだ。
「……り、リア充のバカヤロー!」
 うわああん、と泣きながら、守護天使は去っていく。心の友?と思っていた生駒には裏切られ、ストラップの効果なんて知らないためにバカップルを見せ付けられたと勘違いしたのだ。
 そのまま彼は走っていって、石にけつまづいて、転んだ。

 その彼に、文字通り手を差し伸べた契約者たちがいる。
「迂闊だな、青年。ここらは物騒なんだよ」
 女性──男装の麗人ララ・サーズデイ(らら・さーずでい)に手を差し伸べられて流石に恥ずかしくなったのか、だいじょうぶです、と断って、守護天使は一人で起き上がる。
「隙を見せて物取りにでも遭ったらどうする?」
「あはは、大丈夫です。どっちかっていうととられたモノを取り返しに来たわけで……」
 ほう、と言ったのは、ララの後から姿を現したリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)だった。
 彼女たちはひとしきり事情を聞くと、
「苗木を取り戻したら、謝礼は出るのだろう?」
「えー、そうです。できるだけのお礼はさせていただきます!」
「アテにしてた仕事がチャラになって、今は体が空いているのだ。話によっては雇われてやってもいいのだよ」
 リリは、「薔薇十字社」の探偵であり、イルミンスールの学生でもあると名乗った。探偵……と言っても、悪事以外なら大抵何でも受ける、何でも屋のようなものだったが。
「……あと、議会でも傭兵募集してると思いますから、登録するとそっちからも謝礼が出ると思います」
「よし、苗木を取り戻してたんまり謝礼を頂くのだよ」
 リリは大きく頷くと、涙目をごしごし拭っている守護天使に尋ねた。
「ところでその話に出てきた傭兵というのを、雇っている手配師がいるのではないか? そいつがどこにいるか突きとめて吐かせられないか、してみるのだよ」
「そうですね、多分……」

 追いかけてきた生駒やアルクラントとシルフィアの二人と合流して、守護天使たちは、次々に古物商や、場末の店を当たった。
 怪しい人物が持ち込んでないか、見かけないか。植物を売るならどんな場所がいいか。魔術に関連した商品は?
 契約者たちは守護天使に向いてない仕事だと散々思ったが……何故彼がこの役目をすることになったかというと、理由がある。
 彼の性格からも、聞き方からも、不法なものについては教えてもらえそうもないが──その立場的に、不法でなければ教えてもらえそうだったからだ。
 ヴォルロスが三部族の認可を得て発展したのは誰もが知っている。ということは、部族の不興を買うようなことはできないのだ。
(あと、いい囮にもなるんじゃないか)
 というのが、父親の意見だった。元からあまり期待されていないらしい。名前も忘れられているのだからさもありなんといったところか。

 そろそろ疲れたと足を休めようとした時だった。道の向こうから大きく手を振っている少年が呼び掛けてきた。
「おー、いたいた、こっちこっち。アルさーん!」
 匿名 某(とくな・なにがし)結崎 綾耶(ゆうざき・あや)の二人だった。手分けして、犯人の似顔絵と、苗木の写真を手に聞き込みをしていたのだ。
 彼らは目の前を馬車が通り過ぎるのを待って、慌てたように走ってきた。
「こっちに目撃者がいたんですよ。今、待っててもらってるので、早く行きましょう」
「はっ、はい!」
 思わぬ言葉に、守護天使たちは急いで、先を急ぐ二人の背中を追ってとある建物に入った。
 港に近い裏路地に、周囲と同じように薄汚れた店。そこはよくある、一階が酒場、二階以上が宿泊施設になっているという宿屋だった。中でも人目に付かない安宿で、入るとぷーんとお酒の匂いが漂ってきて、汚れひとつない服を着ていることですら、ひどく場違いな感じがした。
 臭いの元──今は昼間だが、何人か飲んだくれている男が、あちこちのテーブルにいる。
 某はそのうちの一人に近づくと向かいに腰を下ろした。
「あのー、それでさっきの話してくれませんかね」
「もう一度か?」
「マスター、お酒もう一杯、……ところで、アルさん、これ経費で落ちないですかね?」
「も、もちろん落ちますよ」
「じゃ、じゃんじゃん飲んでいいですよー」
 気が大きくなったのか、男性は勢いよく酒をコップに注ぎ、酒をあおった。ぷはーっと臭い息を吐き出すと、
「おめえの言うようにいいふらしてた、って訳じゃねーんだがよ。最近大きな仕事見付けたとかで出てった奴らがいてな」
 某がこっそり耳打ちした話によると、男は傭兵の一人だという。“出てった”、というのは以前ここを根城にしていたということだ。
 その傭兵グループは、インターネットの契約者──契約者の力を付けるために契約した者たちだったという。
「確か冬くらい前だったかねぇ、何度かそこの依頼を成功させて、やっと大きなヤマをまかされるようになったとか──だよな親父!」
「ああ、いつも依頼をくれるお得意さんだって言ってたな」
 カウンターの中で、台を磨きながら店主が答える。
「でよぉ、表通りの宿にねぐらを移したってわけだ。ま、そんなの珍しくもないが……」
「その姿が、例の傭兵とそっくりなんですよ。ね、そうですよね?」
 某の手には、今牢屋の中につかまっている傭兵たちの写真がある。それを見せると、あぁこいつらだ、と男は頷いた。
 男から新しい宿の情報を得ると、某たちは再び走り出していった。



 携帯電話には、桐生 円(きりゅう・まどか)から受け取った容疑者の写真。
(ま、犯人が既に「遠い所」に旅立ってる可能性もあるわけだが……)
 黒猫の指につままれた携帯を覗いていた男は、首をひねってから、黒猫の無表情な顔を見上げた。
「こいつがどうかしたのかい?」
 黒猫──「黒猫のタンゴ」は、隣の「三毛猫の又吉」と顔を見合わせた。
 が、又吉にも、黒猫の表情から考えていることが読めない。
「前に仕事で騙されて、ちょっと酷い目に有ったんだよなぁ。できれば会ってとっちめてやりたいと思ってよ」
「ほう」
「これ、少ないけど礼だ。取っといてくれ」
 砂金をパラパラ机に撒くと、男だけでなく、周囲からおおっという声があがる。
「代りに何かあったらこっちに連絡くれよ」
「分った、任せておいてくれよ」
 颯爽と店を去るタンゴ。の、ゆる族の抜け殻を被った──中身は人間・国頭 武尊(くにがみ・たける)。相棒の又吉は、勿論猫井 又吉(ねこい・またきち)のことである。
 こうして何件回っただろうか、やがて彼の携帯に連絡が来た。
 尤も、信用していない。よくある話だが、単なる金目当てのバカだったり、苗木を盗ませた人物の雇った傭兵だったりする可能性もあると考えてのことだ。
 武尊がちょっと行ってくる、と出かけている間、又吉は不思議な籠に「苗木の行方」と書いた紙を入れて蓋を閉めた。
 そして、「キマクの方から来た好事家が、この辺りでしか手に入らない珍しい植物を探している」と噂を流す。もし傭兵がそれを売るなり、売ろうとするなりすれば連絡が来るように、とメモを渡しておいた──が、こちらは不発だった。後から判明したことだが、苗木を盗ませた傭兵の依頼主は、単に盗ませるだけでなく、自分のところへ届けることを仕事の条件にしていたからだ。
「お探しの傭兵がいる宿、分ったぜ。……そう、そこだ。……ちょっと前に仕事を受けてた。
 成功したらしばらくバカンスに行くとは言ってたが、全員帰って来れなかったらしい。……ほとぼりが冷めるまで行方をくらますってことか、ま、ヤバい仕事だったのかもなー」
 武尊は礼に追加の砂金を渡すと、その宿へと向かうことにした。



「……ボブ、ボブ!」
 急に桐生 円(きりゅう・まどか)から“テレパシー”がきたので、飛び上がりそうになったのを、守護天使は何とか堪えたが、息遣いでバレバレだったようだ。
「あ、ごめんごめん、びっくりさせちゃった? 今こっちは、死体を見てるんだけど」
「し、死体!?」
 円がいるのは、傭兵の詰所──地球で言えば警察署に当たる場所だった。
「港から揚がった死体、傭兵じゃないかなーって。でも違った」
 今まさに彼女の目の前に、それは二体、転がっている。残念ながら逃げた傭兵と同一人物ではない。
「同一人物だったら口封じっていうのもあるかなーって。違うなら違うで、物騒だよねってことだけど。じゃあ、また後で。そっちも何か解ったら教えてな! ボブ!」
「だから僕はボブじゃ……」
 抗議を無視してテレパシーを打ちきると、円は死体の横に広げられた荷物に屈んで、“サイコメトリ”で記憶を覗く。
 一体は若い女性だった。メイド服ではなかったが、その中にはジェラルディ家の外観が記憶されている。どうもその頃にはもう持ち主は死んでいたらしい……誰かに担がれて水に投げ込まれていた。
(ぶりちゃんとか、歩は別件だけど、メイドが同じようなー……厳密には違うけど、殺人事件が起きてたとか言ってたっけ)
 一応先程、友人に、「フェルナン今朝どうしてたー?」と聞いて、出かけてたという返答を得ていたフェルナンには確かなアリバイもないという。
 確かに微妙なところだが、彼女も彼のことは少しは知っている。彼の方は友人たちに任せよう。
(フェルナンはそんな事しなさそうだもんね、堅物っぽいし。……この死体と殺人事件に何か繋がりがあるのか、ないのかどっちかな……うん?)
 円は、もう一体、男性のカバンに宿る記憶を再生し、丁度「落とされた」時分のことを見た。コマ送りのように、逆再生される。
 被害者が背後から突き飛ばされた。背中に、手が伸びる……男の手だ。よくよく見る。
(中年……、かな?)
 その前。被害者は一人で立っている、手紙を見ている。
「……手紙、持ってない?」
「手紙? ああ、これかな。でも大したものじゃ……」
「見せて」
 円は係員から四角くたたまれた、便せんもない紙片を受け取る。そこには、何とか商会で高給の人足を募集している……と、書かれていた。丁度集合日時が被害時刻だ。
「ああ、言っておくけど、この何とか商会っていうのは実在しない会社だ。おおかた騙されたんだろうな」
 円が頭をひねりながら詰所を出ると、待っていたオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)は“御託宣”で得たという情報を披露しながら、くすりと笑った。
「ジェラルディさんは錬金術がお好き。結構グレーなものを取り扱っているとか……まぁ、きな臭い」
「だけど証拠ないもん」
「まぁ、今はいいわね。それにしても作業員さん助けなかったのかしら? 泳げない男なら、助けはするでしょうに」
「んー、泳げなかったと思わなかった、とか言ってたな。あと、人足の募集チラシの中に、持って来いってあったのが、重い工具だった」
 ところでミネルバは? と訊ねると、オリヴィアの背中でべろんべろんになっていた。
「ごーゆーだ! って言ってかなり飲んだのよー」
 ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)は、傭兵の集まる酒場をまわって、写真を見せて情報収集をしていた。
「少し不審だったけどね。『うちの依頼主のお宝もって逃げたんだよー、取り返すために探してこいってー』って言えって言われてたから言ういう!、って言ってたわ」
 オリヴィアがお財布を返すと、たっぷり入っていたはずのそれは中を見なくても軽くなっていて、どれだけ飲んで、大盤振る舞いしたかが分る。
 むにゃむにゃ、と気持ちよさそうに寝ているオリヴィアを見ながら、円はこれじゃあ話聞けないんじゃ……と思っていると、折しも、友人からの“テレパシー”が届いた。