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【アガルタ】それぞれの道

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【アガルタ】それぞれの道

リアクション


★「今はただ笑おう」★


「ジョージ、飲んどるかぁ〜?」
 酒臭い息を吹きかけてくるシーニー・ポータートル(しーにー・ぽーたーとる)に、、ジョージ・ピテクス(じょーじ・ぴてくす)は嫌そうな顔をしながら「飲んでおる、飲んでおる」と適当に受け流す。
 ジョージとしては土星くんの手伝いに行きたかったが、シーニーを1人放置するのはあまりにも危険、とついてきたのだ。
「まったく。お主は飲みすぎじゃ」
「まだまだいけるでー」
 ケラケラ笑うシーニーは、完全に。誰が見ても。典型的な酔っ払いだった。
 ため息をつきつつ、ジョージはアワビの乾物を食べる。
「む。中々美味じゃな」
「ありがとうございます」
 ジョージの呟きにメビウスが笑顔で答える。

 ヘスティアアイトーンが到着したのはそんな時だった。
 ヘスティアは一礼した後、ケーキの箱を差し出した。

「開店おめでとうございます。秘密喫茶から開店祝いです」
「ありがとうございます」
「いえ……それから、製菓用のリキュールをくださいな」
「リキュールですか? ちょっと待っててくださいね」
「あ、そんなに急がなくても大丈夫ですよ。他にお聞きしたいこともありますので」
 慌ててケーキを置いて商品を取りに行こうとしたメビウスを、ヘスティアが呼び止める。メビウスがきょとんとする。
「そうですか? で、その他に聞きたいことって」
「変な薬のこととかケンカの扇動とかの話なのですが」
 メビウスが「それって」と答えようとしたとき、ばーんっという効果音? とともに箱が飛び散った。
 何の箱、とは今さらなのであえて言わない。

「あ、ジョージ。ケーキが動いとるよー」
「何を言っておるんじゃ。ケーキが動くわけなかろう」
 箱から飛び出てきた形だけはケーキ、なそれをケラケラと笑うシーニー。ジョージは入り口に背を向けていたため、ケーキが視界に入っていなかった。
「えー、でもほら。ケーキが動いて……むぐぅっ」
 そうこうしていると、そのケーキが身震いしたことでケーキの欠片が、シーニーの口中に入った。
 シーニーはしばし固まった後、ぴしっと立ち上がった。
「どうしたんじゃ?」
「どうしたのか、じゃありませんよジョージさん。今、街が大変なときであると言うのに、遊んでいる場合ではありません。人々を救うために、立ち上がらなければ」
「……は?」
 分けが分からないジョージ。あの駄目な大人の見本市代表のシーニーの口から出てきた言葉とは思えない。今のように真っ直ぐ立っているだけでも驚きなのに。

 しかし驚きはさらに続く。

 彼らの隣で乾物を豪快に食べていた大男が、突然「きゃっ」と大きく開けていた股を閉じた。
「いやだわあたしったら。こんな、はしたない」
 野太い声で、気持ち悪いことを言い、くねくねと身体をくねらせる。
 また別の客は
「ふはははははは! 我こそはピーターなパン四世であるぞ! そこに直れ!」
 良く分からない名乗りをあげて偉そうに胸をはった。

 周囲ではオカマになったり真面目になったり、変になったり、オカマになったり、おねえになったりしている人たちがいた。
 いずれも、先ほどのケーキの欠片が口に入った者たちばかり。

 ヘスティアがぽんっと手を叩く。
「今回のケーキは、ランダムで性格が変わるのですね」
「え?」
「あ、そうでした。それで先ほどの話なのですが」
 ヘスティアはそれ以上何も言わず、話を戻そうとした。

 店舗が大変なことになっている頃。マネキはふふふ、と笑っていた。
「アルギーレをうまくさばければ、利益は……」

「失礼します。指令部『薬物取引調査委員』のものです」
 そこに入り込んできた者たちがいた。
「今起きている事件解決のため、ご協力をいただきたいのですが」
 今現在は違法ではないアルギーレであるが、協力と言う形でアルギーレを没収することは可能だ。
 抵抗も可能と言えば可能ではあるものの
「また、アルギーレの加工。また加工品の販売流通・処分はアガルタにおいて規制されることが決定されました」
 処分にまで費用がかかるとなれば、今ただで持って行ってもらった方が良い。
 マネキは泣く泣くアルギーレを手放し、どこから原料を入手していたのかを話した。


***


 白い花を見たエースが眉を寄せた。横から覗き込んだリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)も不思議そうな顔だ。
「見たことはないわねぇ」
「ああ。でも似たような植物は知ってる……それにこの土も少し変わってるし」
 ああでもない、こうでもない。
 エースが考え込んでいるのを横目に、エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)は客の対応に追われていた。
「白い花?」
「はい。噂ではとても綺麗らしくて、一度見てみたいなぁと」
 猫を抱き上げた馴染みの客に、噂、としてアルギーレの情報を得ようとしていた。
 実のところ、この客も先ほどまでどこかイライラとしていたのだが、猫たちと触れ合うことで落ち着いたようだった。

(キャットシーの癒しの力はハーブなんかに負けはしませんよ!)
 ふふふっと笑えば、リリア「ハーブなんかに、とは何よぉ」と頬を膨らませて、宥めるのが大変だったので口には出さず、心の中だけで思う。

 リリアは花妖精なので怒るのも仕方ないことだ。

「植物が犯罪の元になっているって、どうにも我慢できないのよ。
 事件解決しなくっちゃ。ハーブって本当ならちゃんと使えば良い物なんだから」
 今回のアルギーレにしても、乾燥した状態でそうなってしまうだけで、生のままであれば愛らしいだけの無害な植物なのだ。
 植物好きであるエースとしても、リリアの意見には大いに賛成だった。
「そうだね。そのためにも、栽培場所を特定しないと」
「麻薬じゃないから普通に庭で育ててもいいって事でしょ。ハーブ系の植物は大抵繁殖力大きいからそんなに手間かけず育てられると思うの」
「土から出せない、というのも併せると広い土地で作ってそうだね」
 メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が話をまとめていく。サイコメトリで辿れた場所はすでに取り押さえられている。しかし、別の場所でも栽培されているはずなのだ。

 巡屋からの情報も考え、メシエは地区の地図とにらみ合って場所を特定していく。
「外から加工して持ってきてる可能性は?」
「ない、とは言えないが。だとすれば指令部ももう少し把握が出来るはずだ。医薬品は違法だろうとそうじゃなかろうと、審査が入るはずだし」
「うーん。俺の知ってる種類だとすれば、暖かくないと育ちにくいはずなんだよね」
「アガルタは基本涼しいから、ちょっと育ちにくいかも」
「ふむ。なら温室か。それだと絞りやすいな」
 
 アガルタ内にある温室のほとんどは指令部が管理する試験場だ。もちろん全部じゃないが、大分絞れる。さらには最近できたもので、今まで事件が起きた場所の範囲内となれば。

「……ここ、だ」


***


 美咲の下には、協力者たちからたくさんの情報が集まっていた。彼女たちが走り回って見つけた情報もある。
 そうして情報収集に集中できたのも、表側で動いてくれた人たちのおかげだった。
「ヤスさんたちはルカルカさんたちと協力して彼らのアジトを叩いてください。
 タケさんたちはB区へ。猪川さんという方や甚五郎さんたち、ヘリワードさんたちがいらっしゃるはずです」
「へいっ……おじ……組長は?」
「私はエヴァーロングに向かいます。現地の協力者の方とともに」
 美咲は少ない構成員を分けて、全部の区へと飛ばす。
「良いですか? 何よりも事件の収束を優先してください」
 顔役としてのメンツよりも、街の平穏を重視する。
 そんな美咲に、今は亡き先代の姿を見たヤスは、少し眼に涙を浮かべた。

「では皆さん! お気をつけて」


***


「姉(あね)さん? ここの協力者は姉さんだったんですか。心強いです」
 全暗街に薬を蔓延させていた組織のアジトに向かった構成員は、ヨルディアの姿を見て息を吐き出した。
 あわよくば『裏アガルタの女王』を目指しているヨルディアでしたが、巡屋の姉御として名乗っているのは本心から。自分を見て安堵してくれるのは純粋に嬉しい。

「コアトーが言ってた協力者ってあなたたちだったのね。こっちこそ心強いわ」
 にこりっと構成員に笑いかけるヨルディアを、宵一は胡散臭げに見た。
(絶対何かたくらんでそうだ)
 疑惑は消えたわけじゃなかった。しかしそれでも、彼のやることは変わらない。
「わたしたちが正面から敵をひきつけるから、その隙に当てたたちは証拠を抑えて」
「わかりやした」
 宵一はヨルディアの目線を受け、臭い袋をアジトに投げ入れる。
 しばらく経った後、数人が出てきたところにさらにインフィニティ印の信号弾で視界を奪い、女神の左手で彼らを掴む。頭、と思われる存在は残念ながら見受けられない。
 しかしながら、組織自体はそう大きなものではない。宵一は杖を手に屋敷へと突入する。その後をヨルディアとコアトーがついていき、構成員たちは裏へと回りこむ。
「宵一、2階よ。そこの右の階段から」
 あらかじめ斥候に調べさせていたヨルディアの指示通りに階段を駆け上がれば、逃げ出そうとしている集団がいた。

「これだけやらかしておいて、逃げるってのは駄目だろう」

 周囲の護衛から銃が放たれるも、宵一は気にせず足を進める。銃弾は、ヨルディアの銃とコアトーの炎のフラワシで相殺された。
「なっ」
 そして手をかざした宵一は、頭と思われる男に向かって容赦なく『審判』を下した。
 
 気絶したのを確認すれば、あとはヨルディアに任せる。
「ふぅ。仕事完了、か」
「お疲れ様」
 頭を縛り上げるヨルディアは、どこか嬉しそうだった。

 その後その組織の者たちを連行したヨルディアは、宵一には先に宿で待っているように言い、巡屋には自分の活躍ということで説明した。
 もちろん、報酬はちゃんと宵一に渡したが。
「はい、これ(ふふふ。これで女王の座も近いわ)」
「ああ……(これは、何も聞かない方がいいな)」


***


 4つの区で暗躍していた組織は、いずれも中堅クラスであり、最近勢力が落ちていた。焦りがあったのだろう。そこを、黒幕に利用されたのだ。
 黒幕がダレであるかまでは分からなかった。誰も顔を見ていないのだ。
 それでも事件は無事に解決し、薬に関する取り締まりもヨリ強化された。
 解決したことを見届けた巡屋は、今回の責任を取ってここから去る。

 つもりだったのだが。彼らは今、協力者たちを集めた宴会を開いていた。
 表だって頭領を捕まえたのは巡屋ではなかったが、事件解決への姿勢。何よりも今彼等がいなくなればまた全暗街がどうなるか分からないと言うことで、なんとかそのままいれることとなったのだ。
 であるから、複雑な心情で酒を飲むヤスたちを見ていた美咲だったが、届いた手紙を見て少し笑う。
 リネンからだったが、中身はヘリワードからだった。そこには会談の時の態度謝罪と、あれが演技であったことなどが書かれてあった。
 なぜ演技などしたのか。――美咲を成長させるため。
 ソレがわかって、美咲は改めて思う。

(私は、私たちは、みなさんに支えられてここにいるんですね)
 最初は家を復興させるチャンスだと思ってやってきた街だったが、今では心から好きと思える。
 穏やかな面持ちで窓から外を見た美咲の瞳が、とある方角を向いた瞬間だけ暗くよどむ。


 目の前の宴会を微笑みで見守りながら、天音は思い出す。
 ヤスに聞いたことを。
『順調みたいで良かった……って言いたい所なんだけど、美咲ちゃんの事で気になる事があるの。
 よく見てないと分からないくらいだけど……あの子、時々ひどく昏い目をしているわよね』
 何か知ってる?
 言い終わる前に、ヤスの眼が一瞬だけ動いたのを天音は見逃さなかった。
 動いた方向は美咲と同じ方角。A地区であり、総司令部がある方角。
『ご両親が亡くなってすぐは、ずっとその目をされてましたね。今、あんな風に笑えるようになったのは、ある方のおかげなんです』
 ヤスはそれ以上何も言わなかった。
 そしてハーリーの言葉。自分が質問の答えとは思えない、言葉。

『ずっと商人としてあちこち旅してきた。身を守るために人を撃ったこともある。というより、傷つけたことなんて、ありすぎて覚えてない。
 最近思うよ。
 街を作ってこうして必死に頑張っているのは、罪滅ぼしなのかもなって』

(美咲ちゃんの両親を殺したのは……でもそうすると回天組は一体ダレが)