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雪 汐月(すすぎ・しづく) マデリエネ・クリストフェルション(までりえね・くりすとふぇるしょん) ノア・レイユェイ(のあ・れいゆぇい)  



マジェスティックの住人が、マジェをでて空京の街へ行くこともたまにはある。
デュヴィーン男爵の娘のキャロルに、男爵と関係のあったらしい怪しい人物のリストをもらった俺は、リストにあったマデリエネ・クリストフェルションとかいうやつに会うために、やつがやっている空京の煙草屋へやってきた。

マデリエネが、前にデュヴィーン男爵に渡した名刺の住所によると、ここで正解らしい。
繁華街からすこし離れた人通りのすくない路地にある小さな店だ。
店のまえに吊るされた木製の看板には、パイプと煙が彫られている。
ガラス戸には、いろいろな店の煙草の広告がはられていて、店内がよくみえない。
看板に、マデリエネとあるから、間違いないはずだ。
俺がガラス戸を開けようとすると、中から戸が開いて、ゆったりしたキモノみたいな服を着た、背の高い東洋人の女が、煙管を手にでてきた。

「おや。お客なんて、めずらしい。
自分以外の人間の目にもこの店はみえていたんだねぇ。
ところで、おまえは、歳はいくつだい。
悪いことは言わないが、煙草をはじめるのなら、若いうちのほうがよいのさ。
不思議なもんでねぇ、煙草なんてやつぁ、つまるところ、そいつの人生の味がするんだよ。
若いうちにやぁ、若い味。
渋い人生を送ってるやつは渋い味。
疑問を抱えたやつには、こたえを教える味がする時もある。
煙草の煙が宙に消えるところが、この世とあの世との継ぎ目だなんて、話もきくねぇ。
あんたも早く吸いはじめて、一生のうちに、その時その瞬間にしか味わえない味をたっぷりと味わうがいいさ」

「あ、ああ。俺は客じゃないんだが」

女は俺の言葉にはお構いなしで、煙管をくわえ、口からはなすと、細い煙を俺の顔にふきかけた。
嗅いだことのない不思議なにおいがする。
マジェの下町の連中吸っているのとは違う、高級な煙草なのかもしれない。

「どうだい。気に入ったかい」

「俺の、知らない香りだ」

「そりゃぁ、つまり、おまえさんの人生には、まだまだ知らないことが多いってことさ」

煙草のにおいとつかみどころのない女の話に、俺はぼんやりとしてしまった。

「ノア。我の店のお客さんをあまりからかわないでくれるかのう。
この店にはそれなりにお客さんがついておるのだよ。
あらぬ誤解をあたえる言い方は、やめてもらえぬかのう」

店の奥から老人、婆さんみたいなしゃがれた声が聞こえてきた。
マデリエネは、婆さんらしい。

「そいつはすまなかったねぇ。
じゃぁ。前途あるおまえさん、また御縁があったら、どこぞかでよろしくお願いいたしますねぇ」

イーストエンドの商売女よりも数倍も妖しい笑みを浮かべて、ノアは行ってしまった。

「お客さん。当店に御用かな。ならば、安心して中へお入りくださいませ」

俺はマデリエネの店に入って後ろ手で引き戸を閉める。
店内には、いくつもの棚があり煙管やパイプはもちろん、巻き煙草、嗅ぎ煙草、葉巻なんかも飾られていた。

「ようこそマデリエネの店へ。いまの女はノア・レイユェイ。うちの常連だ。
さて、お探し物はなにかのう」

マデリエネは、小柄なドラゴニュートで、ガウンのような上着を羽織っている。
俺は、キャロルから借りてきた名刺をみせた。

「マジェスティックの大英博物館の館長をしていたデュヴィーン男爵を知ってるかい。
俺は、オリバー。
マジェで家具職人をしてる。
実は、男爵が殺されて、まだ犯人が捕まってないんだ。俺は、男爵の家族に頼まれて、男爵の知り合いや友達から話をきいてまわってる。
なにか知ってることがあれば、話してくれないか」

「デュヴィーン男爵。
ああ、マジェの、あの。
男爵から葉巻の注文を受けて、自宅まで届けたことが何度かあったのう。
それは、あの時に置いていった名刺であろう。
しかし、せっかくここまできてもらって残念だが、我と男爵の付き合いはそれだけだ。
男爵は葉巻を収集しておってのう。
パラミタでは我の店でしか買うことのできぬ、地球産の銘柄を注文してきたのだ。
宅配便では、葉巻の扱い方が心配だと言うので、直接、我が配達させてもらった。
彼の死はニュースでみたが、まさかあんな亡くなり方をするとはのう」

マデリエネの話はわかりやすく、信頼できる気がした。
外見は人間とは大きく違うドラゴニュートでもこうして話してみれば、人間と違わない。
それどころか、さっき店の前で会ったノアよりも、よほど、まともだ。

「そなたがオリバーか。
ふむ。マジェの家具職人といえば。
そなたがあのアーヴィンの息子かのう」

「あんた、俺のクソ親父を知ってるのか」

「自分の親をクソとか呼ぶものではないと思うぞ。
アーヴィンなら、たまに空京に遊びにきた時に、うちに顔をだす。
あの男のパイプはすべて、この店で買ったものだ。
アーヴィンから跡取り息子の話をきいたことがあったが、こんなに立派な息子がいれば、やつも安心だろう」

「跡取り息子。
俺がかい。
親父とは、そんな話はちっともしてないぜ。
しょっちゅう、働かないならでてけって言われてる」

なにがおかしいのか、マデリエネは声をあげて笑った。
バカ親父め、俺の話なんてヨソでするんじゃねぇよ。

「お父さんは…あなたを…きっと、あなたが、思うよりも、ずっと、大事に考えているのよ」

「え」

カウンターの隅の椅子に腰かけていた女が急に口を開けた。
俺はいままで女がそこにいたのも気づかなかった。線の細い感じのする、おとなしそうな若い女だ。
たぶん、俺よりすこし年上の17、8くらいだろう。
瞳は緑で黒髪、東洋人系の顔をしている。

「あんたは、誰だ」

「私は雪汐月。マデリエネのパートナーよ。あなたの・・・お父さんの・・・話をきいていたら、つい・・・ごめんなさい」

「別にいいけどさ。あんた、ずっとそこにいたのかい。俺は、全然わからなかったよ」

「私は・・・ここにいていいのかどうかわからない人間、だから」

「どういう意味だ」

俺が首をひねっているとマデリエネが汐月の隣へ行って、彼女の肩に手をおく。

「汐月は家族にまだなれていないからのう。
ずっと地球で、一人で暮らしておったのだ。
だから、そなたのようにいつも親が側にいるもののが、どれだけ幸せなのか、人一倍感じるのだよ。
そなたはそなたで大変じゃろうが、親や家族はいないよりはいたほうがいいからのう」

「そ、そりゃぁ、そうだな。
きっと汐月が言う通りだよ」
しゃべっちまったのを後悔してるみたいに、まっすぐに床をみつめてる汐月って子が、あんまり真剣そうにみえたので、俺は1人で何度か頷いてみせた。

「2人とも、ありがとう。
ごめんね・・・それから・・・オリバー。デュヴィーン男爵のことだけど、マデリエネは男爵の事件とはなんの関係もないわ・・・男爵はこの店のただのお客さん・・・私が保証する」

「ああ。わかったよ」

どうしてか俺は、汐月は絶対に嘘をつかないと思った。
汐月にすれば、家族同様のマデリエネが関係することについては特に。