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【ネズミって、尻尾が致命的に可愛くないよね。ネズミ取りに引っかかったネズミはモザイク必須だった】

「……あぁ、これは非常にウザ……コホン、魔法少女がそのような下品な言葉を口にしてはいけませんね。
 異変の原因、黒幕の存在……気になることは多々ありますが、街に平和と安心をお届けする魔法少女として、戦いましょう!」
 数十、いや数百、いや数千の勢いで群れをなす『子アッシュ』を前に、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が優雅な仕草でアコースティックギターを構える。

「「「「「しゅしゅしゅしゅしゅしゅしゅしゅ」」」」」

 数千もの鳴き声が重なった、聞くに耐えない不協和音はしかし、奏でられるアコースティックギターの音色にかき消されていく。それどころか詩穂に迫ろうとしていた子アッシュは次々と、力を持った音色に弾かれ、柱や壁に叩き付けられて動かなくなる。
「あなたは夢を見ているのです……さぁ、お眠りなさい。次に目覚めた時には本当のあなたを取り戻しているでしょう」
 続けて響く歌声に、子アッシュはその動きを止め、眠りにつく。また別の子アッシュは、極低温の中で体温を奪われ、強制的に活動を停止させられる。
「「「「「しゅしゅしゅしゅしゅしゅしゅしゅ」」」」」
 それでも、子アッシュの数は多過ぎ、そして何よりウザかった。最初は微笑を浮かべながら相対していた詩穂も、段々と引きつるような素振りを見せ始める。
「……くきーーーっ!!」
 そして、ついに詩穂の我慢も限界に達した。ギターを仕舞い、変わりに魔法少女の槍を携え、迫る子アッシュに向けて叫ぶ。
「一匹たりとも逃がさんぞ覚悟しろーーー!!」
 そこからはもはや、一方的な殺戮だった。子アッシュは詩穂が振るう槍の前に弾き飛ばされ、叩き潰され、原型を留めず殲滅されていく。少数では勝ち目がないと悟ったのか、子アッシュは寄り集まって一つの大きな塊になって襲い掛かろうとしたが、その姿を見た詩穂の顔が不敵に歪む。
「まとめて一掃されてくれるなんて、ウザいけどお利口さんですねっ♪」
 とても素敵な笑顔を見せた詩穂の背後に、巨大なドラゴンが喚び出される。怒り狂う咆哮をあげたドラゴンは灼熱の炎を吐き、塊と化した子アッシュは何もかもを焼き尽くす炎の中に沈んでいく。
「……おっと、いけないいけない、つい本気を出しちゃいました♪
 詩穂ってば、お茶目さんっ♪」
 てへ、と舌を出して可愛くまとめた詩穂が、次の戦場へと飛び立つ――。


(……そんな、魔法少女になって初めての事件が、よりにもよってあのアッシュ絡みなんて……!)
 自分が巻き込まれた異変の正体が明らかになっていき、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は過去の光景を思い出して顔を歪める。
(あの時の事は今も夢に出ては、私を苦しめる……。何度身体を洗っても拭えない不快感……。
 お仕置き、なんてヌルいわ、とっとと殺して粗大ゴミにでも出してしまえばいいのよ……ハッ)
 物騒な思考を、さゆみは頭を振って打ち消す。今の自分は魔法少女なのだ、そのような思考は相応しくない。

「「「「「しゅしゅしゅしゅしゅしゅしゅしゅ」」」」」

 そして、さゆみの目前に無数の子アッシュ――鼠の力を得た偽アッシュ――が出現する。それは無数のウザさを撒き散らし、さゆみは強烈な不快感に襲われる。個々の戦闘力より、集団でそこに存在している事がなにより、さゆみにダメージを与えていた。
「……っ、街の平和を乱すアッシュはブチころ……じゃなくて、お仕置きなんだからっ!」
 叫び、魔法少女のマスケット銃を構えたさゆみが、子アッシュを吹き飛ばしていく。
 その戦いぶりは、勇敢というよりは凶暴で、どこか危うさを秘めていた――。

(あぁ……さゆみ、なんて恐ろしい顔をなさるの? ……そう、あなたの受けた心の傷は、それほどまでに深かったのですわね。
 無理もありませんわ、わたくしも思い出すだけで、倒れそうになりますもの)
 さゆみの戦いを、アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が心配げに見守る。彼女もさゆみと共に、かつての事件で大きく心を傷つけられていた。
(わたくしよりも精神的ショックが大きいさゆみが、これ以上この場に居て正常で居られるとも――)
 アデリーヌの懸念を確かなものとする、聞く者を不安にさせる声が聞こえてくる。そちらを振り向けばさゆみが、とても魔法少女のものとは思えぬ凄惨な笑みを浮かべて子アッシュを殲滅していた。
(あぁ、いけませんわ、さゆみ……!)
 凶暴な悪魔にも匹敵する今のさゆみを見ていられず、アデリーヌは止めに入るべく駆け寄ろうとするが、そんな時ばかりウザさ炸裂の子アッシュは二人の間に割り込み、合流を阻む。子アッシュの濁流から辛うじて逃れたアデリーヌが乱れた息を整えている間に、子アッシュは今度はさゆみに襲い掛かり、鋭い歯で噛み付く。
「さゆみ!!」
 アデリーヌの声は、子アッシュの濁流に飲まれていくさゆみには届かない――。

「あああぁぁぁ!! やめて、これ以上私を犯さないでぇ!!」
 子アッシュの濁流の中で、さゆみがもがき苦しむ。肉体的には致死に至らないが、その例えるなら爪楊枝で全身をくまなく1万回刺されるような子アッシュの攻撃は、既にさゆみの精神を跡形もなく食べ尽くしかけていた。
 やがて段々と抵抗の意思を無くしていき、身も心もアッシュに奪われる、そんな屈辱的な運命を享受しかけた時、突然パッ、と視界が開け、さゆみは眼前に杖を構えた少女の姿を見る。
「危ないところでしたねー。大丈夫ですか?」
「…………あ…………」
 目に光が戻り、ハッキリと少女を見たさゆみは、その人物が魔法少女の中でも有名な人物の一人であることに気付く。
「あ、は、はい。大丈夫です。ありがとう、ございます」
 人物、豊美ちゃんへさゆみがぺこり、と頭を下げる。……そして自分の着てきた服が、子アッシュによってあちこち噛み千切られているのに気付いて慌てて隠そうとする。
「少し、じっとしててくださいねー」
 すると、豊美ちゃんがさゆみへ杖を向けたかと思うと、先端から光が放たれさゆみを包み込む。
(あ……なんだろ、この光。とても……温かい)
 何か懐かしい……それは例えるなら母の温もりに包まれているような感覚。自分の中から不快な、嫌なものが抜けて消えていくような感覚に、さゆみの双眸から涙が零れる。
「終わりましたー」
 豊美ちゃんの心に我に帰ると、着てきた服が元通りになっているのに気付く。
「あなたも、魔法少女なのですねー」
「あ、はい。えっと……『魔法の歌姫みらくる☆さゆみん』……です……うぅ、もっといい名前、思いつけばよかったのに」
 センスの無さをさゆみが嘆くと、豊美ちゃんは優しげに微笑んで言う。
「そんなことありません、素敵な名前ですよー」
「そ、そう……ですか? あの……ありがとうございます」
 素直に褒められた事がなんだか恥ずかしくて、さゆみが視線を外す。
「では、私は行きますね。お二人も気をつけてくださいですー」
 ぺこり、と頭を下げて、豊美ちゃんが空へ舞い上がる。その後姿を見送ったさゆみへ、アデリーヌが駆け寄る。
「さゆみ! あぁ、心配しましたのよ。大丈夫ですの?」
「うん、私は大丈夫。危なかったけど……助けてもらったから」
 心配するアデリーヌを安心させるように、さゆみが言う。
(……助けてもらった分、頑張らなくちゃね)
 胸に手を当て、今まで自分を苦しめていた感じがなくなっていることに感謝して、さゆみはアデリーヌと異変を解決するべく歩き出す――。