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争乱の葦原島(前編)

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争乱の葦原島(前編)

リアクション

   十

「死ねえぇぇ!!」
 全身のばねを使って、シャムシエルはクレイモアを振り回した。ぶおんっ、と風を切り、その巨大な剣はオーソンの腹部を襲った。しかし、まるで手応えがない。
「でやあああ!」
 それでもシャムシエルは、二度、三度と襲い掛かる。
「何だ……何であの二人が戦ってるんだ……!?」
 オーソンの目撃情報を辿っていたシリウス・バイナリスタとサビク・オルタナティヴは、二人が戦っている現場に行き合わせた。いや、より正確に言うならば、シャムシエルが一方的にオーソンを襲っているようだ。
 わけが分からないが、事情を聞いている余裕はない。何よりサビクの目的は、シャムシエルだ。
 シリウスの【潜在解放】を受け、サビクはシャムシエルに斬りかかった。――と、彼女の肩が突然、破裂した。
「サビク!!」
 サビクは大きく弾かれ、地面に転がった。
「邪魔をせんでもらおうか」
 辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)が、シャムシエルを庇うように立った。
「シャムシエルは今、大事な仕事中なのでな」
「お前は――! 何であの二人が戦っているんだ!?」
「分かるじゃろ……? シャムシエルはオーソンに利用された。その怒りよ」
 正しくシャムシエルは怒っていた。その余りに、己が傷つくことも防御も全く考えない動きだ。しかしサビクはもはや、シャムシエルを救うつもりなどなかった。二人が戦っているなら、丸ごと倒すまでだ。
「そこを、どけ!」
 傷ついたサビクの睨みに、ほんの一瞬、刹那が引いた。シリウスは【タイムコントロール】を刹那にかけた。元々幼い刹那の身体が、更に縮んでいく。いかん、と刹那は呟き、二人から距離を取った。
 そのとたん、サビクはシャムシエルに再び斬りかかる。だが再び、サビクの周囲が爆発した。今度は二度。だが、サビクは爆発の煙の中、にやりと笑った。
「二度も同じ手が通じると思わないでほしいね」
【風の鎧】で爆風と破片を弾いたのだ。今度こそシャムシエルを、と顔を上げたサビクは、しかし、愕然となった。
(我が娘よ……)
 オーソンはにこりともせず、声音に感情など一切含まず、言った。
(我が元に戻れ……)
「あああああああ!!」
 何をしているのか分からない。だが、オーソンの何らかの攻撃、もしくは行為で、シャムシエルは頭を押さえながらのた打ち回っていた。
(全てを忘れ、幼子に戻るがいい……)
 サビクは逡巡した。シャムシエルをこのまま倒すか、オーソンを倒すか。その隙に、激しい銃撃があった。弾幕が張られ、サビクたちからはシャムシエルもオーソンも見えなくなる。
「しまっ――!」
 ようやく視界が晴れたとき、シャムシエルは刹那と、隠れていたイブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)によって連れ去られていた。
(逃げたか……まあ、よい)
 だが、オーソンはいた。サビクたちへ顔を向け、ころりと目玉が動いた。
(よいことを教えてやろう、契約者たちよ)
「何だ!?」
「妖精鳴弦ライラプス」を弓に変化させ、シリウスは鋭く問うた。
(今、この島で起きていることは、フィンブルヴェトの影響だ)
「ふぃ、ふぃんぶる?」
(複数の小さなエネルギーを活性化させることで、より大きなエネルギーを得る装置だ)
「何でお前がそれを知っているんだ?」
(かつて我々がこの手で作った物ゆえな)
 シリウスは唖然とした。またこいつが関わっているのかと。
(ただあれは不良品でな……生物全てが影響を受けやすい。妖怪の山とやらがいい例だ。人間も変わらん。簡単に言えば皆、飢えている。あらゆる物にだ)
「教えろ! どうすれば止められる!?」
(そのために私が来た。何しろ、あの女にフィンブルヴェトのことを教えてしまった責任がある。私に任せておけ。止めてやろう……)
「ま、待て!」
 シリウスとサビクは尚も問い詰めようとしたが、オーソンは再び姿を消したのだった。文字通り、すうっと音もなく。


「オーソンが現れたって?」
「翼の靴」で城下町の上空を飛びながら、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)に尋ねた。
「らしいの」
 ルシェイメアは【アブソリュート・ゼロ】で壁を作りながら、町を移動していた。暴徒はその壁に行き当たると、已む無く違う道を探し、徐々に明倫館へと近づいていく。
「あいつ、何考えてんだろうなぁ……」
「アキラよりは色々考えていると思うぞ」
 アキラはちょっとムッとして、携帯電話をしまった。
 御前会議の後、それぞれ任務が振り分けられた。アキラはのほほんと現れ、
「おっすハイナ校長。いったいどうしたんだこりゃ。また飲み屋のツケでも踏み倒したのか?」
とかまして白い目を向けられたが、本人は目が悪いせいか全く気付いていなかった。
 この時点で、九十九 雷火に関しては逆恨みだろうという情報が入っていたが、他の暴徒については、事情が分からない。ハイナはこれまで、葦原藩と葦原島のため、懸命に働いてきたつもりだった。
「そりゃ―アレだ。ハイナ校長がいつでも乳丸出しだからみんなの欲望が溜まりに溜まってついに爆発しちまったんじゃねーのか? てか俺の欲望も爆発しそうです何とかしてください」
 ルシェイメアに蹴られて撃沈した後、放置された。その間に仕事が割り振られ、残っていたのが上空からの攻撃だった。
「こーゆーのは普通、ちゃんと空飛べるやつとかやらないか?」
 ぶつぶつ言いながらも、アキラは眼下の暴徒目掛けて、トリモチを投げつけた。べちゃり、と絡まって動けなくなった者を、ルシェイメアや佐保が捕えていった。
「おー、こりゃ結構楽しい」
【窮鼠の知恵】で、視力の割に狙いは正確だ。次から次へトリモチを投げ、手元になくなると、アキラは明倫館に戻った。
 セレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)が、せっせせっせとトリモチを作っているはずだった。
「……これ、トリモチじゃなくね?」
 二度目に戻ったとき、アキラは首を傾げた。ただの餅に見える。
「だってトリモチって大変なんですよ。モチの木の厚皮を剥いて、硬い物の上でハンマーで潰して、それを水で洗ってまた元に戻して叩いて水で洗って……」
「分かった分かった。悪かった」
「だから、町でお餅屋さんから買ってきたんです」
「店の人、無事だったのか?」
「いいえ。だから、ハイナ校長の名前で借用書を書いておきました」
「それは公文書偽造とゆーやつでは。……まあ、いいか」
 アキラはトリモチもどきを抱え、再び空へ戻った。暴徒の集団は大分数が減っていたが、尚も明倫館へ向かう者たちがいた。その中に煌びやかな着物を羽織った女性を見つけた。
「おー、葦原美女発見!」
 女性目掛けてトリモチを投げつけ、べたべたになったところを、颯爽と救いに降り立った。
「何しやがる!?」
 ――男だった。