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争乱の葦原島(前編)

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争乱の葦原島(前編)

リアクション

   十二

 城下町では、暴徒の一部が明倫館に迫っていた。
 笠置 生駒(かさぎ・いこま)シーニー・ポータートル(しーにー・ぽーたーとる)の二人は、朝早くからせっせと穴を掘り続けていた。完成したのは、つい先程だ。
「いやあ、間に合うてよかったよかった」
 シーニーは食堂からちょろまかしてきた酒瓶の蓋を開けた。
「まあ、まずは一杯」
 生駒は碗を受け取りながら、しかし口を付けようとはしなかった。
「飲まへんの?」
「ちょっと最後まで見届けたいなーって」
 作業を終えた生駒とシーニーは、見張り用の塔にいた。片手に酒の入った碗を掴みながら、生駒はオペラグラスを覗いている。
 やがて、わーわーと声を上げながら、暴徒たちがやってきた。
「ぬ〜り〜か〜べ〜」
 正門はぬりかべ お父さん(ぬりかべ・おとうさん)が塞いでいるため、なかなか入れない。最初は叩いたり突いたり斬ったりしていた暴徒も諦め、壁をよじのぼることにしたようだった。
「だがしかし!」
 ひらりと現れたのは、どこからどう見てもチンパンジーのジョージ・ピテクス(じょーじ・ぴてくす)だ。驚く人々の足を払い、背中を押し、次々に穴へ落としていく。
「食らえ! 【しびれ粉】を!」
 ジョージはしびれ粉を取り出そうと、腰布の下に手を突っ込んだ。が、

 ちゅど〜ん!!

 ジョージの目の前を、高く、高く、人間が吹き飛んでいく。打ち上げ花火のようだ。
「うん」
と生駒は頷いた。「やっぱり爆発はいいよねー」
 満足し、生駒は左手の酒を一息に煽ったのだった。


 別の塔にいた紫月 睡蓮(しづき・すいれん)は、「祈りの弓」に矢を番えた。
 人々が普通でないことは分かった。矢にそれぞれ「もう止めて下さい!」「めっ! です!」という怒りと悲しみを込め、放つ。
 怒りの感情を受けた者は、一瞬行動を停止したが、更に暴れ、城の一部を破壊した。もう一人はしくしくと泣き出した。
 どうやら、感情を激しく揺さぶられやすくなっているようだ。その点「風靡」にも少し似ているのかもしれない。
 そこで睡蓮は何度か深呼吸をし、己を落ち着かせた。平静を。和やかな気を。
 三本目を受けた者は、しばらく呆然としていたが、すぐに己の置かれた状況に気付いたようで、手にした武器を投げ捨てた。どうやら、うまくいったらしい。睡蓮はなるべく多くの人を救うべく、四本目の矢に手を伸ばした。


 祥子・リーブラ(さちこ・りーぶら)は、一人で建物内部への入り口を守っていた。
<漁火の欠片>を持っているため、今の祥子は痛みを感じない。更に「蒼き涙の秘石」と合わせて、驚異的な回復力を誇る不死身の化け物状態だった。
 誰が来ようと、どれだけ殴られ蹴られ斬られようと、物ともせずに相手を気絶させていく。恐怖の余り逃げ出す者は、後ろからふん捕まえてこれも殴った。
「人民の敵め!」
 最後に現れたのは、雷火と別れた藤林 エリスとマルクス著『共産党宣言』だった。
 エリスは【一騎当千】で祥子に踊りかかった。祥子は「同田貫義弘」でそれを受ける。ずしん、と体が僅かに沈む。エリスは「まじかる☆くらぶ」を引き、くるくると回しながら再び、今度は祥子の胴を狙った。
 祥子はこれも受け止めたが、彼女の体はふわっと小さく浮かんだ。そこへ、【禁じられた言葉】で魔力を上げたマルクス著『共産党宣言』が、魔砲ステッキを大きく振った。
 祥子は防ぐ間もなく半身に傷を負ったが、<漁火の欠片>のおかげで痛みはない。「蒼き涙の秘石」が彼女の傷を癒やしていく。爛れた傷が見る見るうちに綺麗に治っていくが、祥子はそれすら自覚なく、反撃に出た。
「サーペントクラウン」の力で伸びた髪が、マルクス著『共産党宣言』のステッキを叩き落とす。次いで融合していた「強化骨格型スポーン」が三度目のエリスの「まじかる☆くらぶ」をがっちり掴んだ。
「う、動かない……!?」
「うおおぉぉぉ!」
 祥子は「怪力の籠手」の下、拳をがっちり握り締めた。そして、力いっぱい叩きつける。
 エリスの体がバウンドし、宙高く舞った。
「同志エリス!!」
 マルクス著『共産党宣言』は、【シューティングスター☆彡】を放った。空から星々が落ちてくる。
「きゃあ!」
 祥子が咄嗟に我が身を庇った好きに、マルクス著『共産党宣言』は、エリスの体を抱え、空へと逃れたのだった。


 セルマ・アリスとリンゼイ・アリス(りんぜい・ありす)は、最初、捕えられた人々の手当てをしていた。まだ暴れようとする人間は、【ヒプノシス】で眠らせた。後で分かったことだが、これは一番手っ取り早く、且つ効果のある方法だった。
 ある程度落ち着いてきてから、匡壱の要請で二人は応援に駆り出された。鎮圧部隊も相当負傷者が出ているらしかった。
「本気を出さずに、しかも相手を怪我させずにっていうのは難しいよね」
「それでも、やらなければなりません」
 リンゼイは「斬巨刀」に封印を施していた。決して解けぬよう、固くきつく縛っている。セルマも同意した。ほとんどの相手は、ごく普通の人々だ。悪人ではない。ふと、セルマはオルフェリア・アリスを思い出した。空京大学に置いてきてしまったが、どうしているだろうか?
 外へ出る前に、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)と合流した。別の場所で暴徒に対処していた詩穂だったが、興奮した役人たちには、
「【オープンユアハート▽】が有効だったよ」
と言う。更にゲイルからの連絡で、今回の事件が「大いなる冬」=「フィンブルヴェト」という装置が原因だと語った。
「それ、何なんです?」
「夜加洲も混乱しているからイマイチよく分からないんだけど、オーソンと漁火の話を合わせると、小さなエネルギーを合わせることでより大きなエネルギーを得るものらしいよ。でも副作用があって、多分そのせいで妖怪や人間が暴れてるんだろうって」
「またどうして?」
「さあ?」
 そこまでは分からないようで、詩穂は首を傾げた。
「それを見つければ、この事件も解決するんだろうけど……」
「どこにあるんでしょうか」
 リンゼイは唇を噛んだ。愛すべき葦原島とそこに住む人々を、どうにか救いたいと彼女は願っていた。
「――誰か来ます!」
 リンゼイは顔を上げた。なるほど、気配がこちらへ近づいてくる。三人は立ち止まった。敵か、味方か。殺気はあるが、誰に対するものかは分からない。
 建物の角を曲がって現れたのは、――九十九 雷火とグレゴリーだった。