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海の香草

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海の香草

リアクション

 後続チームが合流する少し前。
 先行していたエース、リイムの二人と、二人を護衛する形で進むリリア、宵一、ナディム、ルゥルゥの四人。
 もうじきハーブが生えていると思われる場所に着くが、そこはハーブを主食とする小魚を狙うモンスターも徘徊しているという海草の話を聞き、一同はより慎重に進んでいた。

「リース、ちゃんと後続の方々と合流できたのでしょうか……」

 ルゥルゥが、しおらしく呟く。

「リースが自分から伝えに行くって言ったんだ、大丈夫だろ」
「ですが、リースにもしものことがあったらと思うと、私心配で……」

 よよよ、と泣き崩れるような振りをするルゥルゥに、宵一が優しく声をかけた。

「彼女だって契約者だ。後続ともそう離れてはいないし、きっと大丈夫だ」
「そうだとよいのですが…」
「十文字のお坊ちゃん、姫さんの言うことをまじめに聞いてたら誑かされるぜ」
「ちょっと! 人聞きの悪い事言わないでよ!」
「な? こっちは姫さんの本性なんだから」

 そういって肩をすくめて見せるナディムを、ルゥルゥがぺしぺしと尾びれではたく。
 宵一は口調まで変わったルゥルゥに少し驚いたようだったが、すぐに納得したように笑った。

「まあでも、友達を心配するのは当然だろう」
「人がいいねえ、十文字のお坊ちゃんは。そんなんじゃ、貧乏くじ引かされるぜ?」
「問題ない、いつもの事だ」

 マイペースな性格と平穏を好むことから、何かと貧乏くじを引く事が多い宵一は、ナディムの言葉を特に気にする事もなく、どこかのんびりとした調子で返した。

「あなたたち、はしゃいでいるところ悪いけれど…何か来るわよ」

 「殺気看破」を発動させていたリリアの一言に、一同はさっと臨戦態勢を取る。
 エースとリイムも、海草との会話を終わらせて戻ってきた。

「そう簡単にはハーブまでたどり着けない、か」

 エースがそう言い終わるや否や、一同の視界に、魚の群れが現れた。
 一見普通の魚に見えるが、そのひれは棘が生えており、開かれた口からは牙に似た鋭い歯が覗く。

「パラミタカサゴ。雑魚だけど、立派な海洋モンスターよ、気をつけて」

 事前に下調べをしておいたリリアが、敵の正体を看破する。

「雑魚なら、追っ払っちまった方が良いな?」
「そうだね、人間の都合だけで自然の営みに手を出すのは俺の主義に反するし」

 そういってエースがすっと手を差し出す。
 その手から魔力が流れ、一同の足元の海草がざわざわと音を立てた。

「捕まえて、足止めするよ」

 魔力を注がれた海草が、ざぁっ、と音を立てて伸びた。
 エースの意思を汲んだように伸びた海草は、するするとパラミタカサゴたちを絡め取って行く。
 しかし数が多いせいか、海草から逃れたパラミタカサゴが口をあけて向かってきた。

「姫さん、やるぞ!」
「わかってるわ。来なさい、あたしの下僕達! お姫様の命令は絶対よっ!」

 ルゥルゥの号令に、どこからともなく四十八星華の親衛隊が現れる。

「あの雑魚を追い払いなさい! 殺してはだめよ!」

 ばっ、と手を前に出して命令するルゥルゥ。どこかの国のお姫様のようなその振る舞いに、親衛隊はすばやく応えた。
 一斉に散り、パラミタカサゴを追い払う。

「こっちにくると、怪我するぜ…っと!」

 海草と親衛隊から逃れ、突進しようとするパラミタカサゴを、ナディムが描天我弓で作り出したエネルギーの矢が掠める。
 当たらないギリギリのところを狙い、矢を連射すれば、パラミタカサゴは驚いて逃げ出した。

 わずか数分で、パラミタカサゴたちはすべて、海草に捕まるか逃げ出してしまった。

「ふわー、みなさんすごいでふ」

 剣を構えていつでも応戦できるようにしていたリイムが、鮮やかな手際に感嘆の声を上げた。
 水中にいるため、水流に流されてゆらゆらしている毛糸玉のような体を器用に跳ねさせて、文字通り体全体で喜びを表す。
 
「海草が多くて助かったよ。「エバーグリーン」は植物がないと意味がないからね」

 エースが海草たちにお礼を言う。
 海草は人の言葉を語らないが、「どういたしまして」とでも言うようにざわざわと揺れた。

「ちょうど後続の皆さんも来たみたいだわ」

 そういってリリアが指す方向を見れば、リースを先頭に後続チームが泳いでくるところだった。


◇ ◇ ◇


 パラミタカサゴとの戦闘を軽く説明した後、一同は再び進行を開始した。
 進めば進むほど、海草や、小魚の数が増えていく。
 アーデルハイトの事前講座によると、このあたりは潮の流れの関係でプランクトンが多く、海底の土壌が肥沃らしい。
 加えて、海表面からさほど遠くもなく、日光が十分に当たっているため、海草が育つには十分な好条件なのだろうという事は、植物好きのエースにはすぐにわかる事だった。

「パラミタ内海に、ここまでの場所があるとは思わなかったな」
「お魚さんもたくさんいて、キレイでふ」
「水族館では、こんな光景なかなか見れないですよね…」

 再び少し先行していたエース、リイム、リースの三人は、海草との会話を楽しみつつ、オーシャンブルーの世界に見惚れていた。
 海草の道案内のままに進む事数分。
 さぁ、と視界が開けた。

「あれが……」

 リースが驚きと感嘆の声を上げる。
 差し込む日の光のせいか、それ自体が発光しているようにさえ見える。
 淡いライムグリーンの小さな葉をもつその植物。アーデルハイトのテキストに記載されていた目的のハーブそのものだ。
 遅れてきたメンバーも、ハーブが群生している様子を見て、感動の面持ちになる。

「テキストどおりの特徴だね」
「うん、間違いないよ」

 セレンフィリティと北都が、それぞれの知識とスキルでハーブを鑑定する。
 後はこれを採取して戻るだけ。
 そう思いそれぞれがハーブに近寄ったときだった。

「…! 「イナンナの加護」に何か引っかかりました」

 リオンの声に、一同は顔を上げて周囲を見回す。
 北都の耳に、何か大きなものが水を揺らす感触が走る。

「…あっちよ!」

 リリアの指した先。
 そこには、ぎらつく目で一同を睨む、巨大な海蛇が、まさにこちらに向かって襲い掛かろうとしていたところだった。

「速い…!」

 宵一が動きを止めようと、雷術を放とうとしたとき、リリアが鋭い声で叫んだ。

「雷術はだめよ! こっちまでしびれちゃうわ!」
「あ…そうだった、すまない」

 慌てて魔法を止めた宵一に、隙が生まれる。
 海蛇はそこを狙って、大きく口を開け――

「我は射す光の閃刃!」

 その顎を、リオンが放った光の刃が貫いた。
 海蛇と宵一、双方が驚いていると、ザカコとリイムが間に割り込み、カタールと剣で顔の部分を切り裂いた。

「リーダー! 大丈夫でふか!?」
「助かった、ありがとう」

 海蛇は痛みにもだえるように暴れたが、すぐに光の刃を噛み砕き、闘志の冷めない目で一同を睨む。

「厄介な相手だねぇ」
「だけど、もう瀕死だ。これで決めてしまおう」

 ぎゅ、と宵一が拳を握り締め、構える。
 北都も同様に拳を構え―― 

「「百獣拳!」」

 同時に放たれた拳で、海蛇は水上まで吹き飛ばされた。