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リアクション
2章 美味しい料理は、材料と下拵えから!
ハーブ採取チームが海底に潜った少し後。
バーベキューの準備をするために地上に残ったメンバーは、ローズとシンの二人以外はルイが持参した釣具を持って、それぞれ釣り場へ向かっていた。
ローズは青空教室の跡地に簡易救護所を用意し、待機しながらバーベキュー用の野菜を洗っていた。
シンは自前の調味料を駆使し、ローズが洗った野菜に下味をつけたり、タレを自作するなど下拵えに奔走していた。
アーデルハイトは、バーベキューの準備を生徒達に任せ、簡易救護所のパラソルの下でのんびりと寛いでいる。
「アーデも一緒に釣りに行こうよ」
と、ルカルカが誘ったのだが、性に合わないと言って断ったのだ。
アーデが釣ったお魚で迎えたら、ザカコも喜ぶと思うよ? と説得したのだが、アーデルハイトはわずかに表情を揺らしただけで、特に取り合わなかった。
「照れてるのかなぁ」
「ん? 何か言ったか?」
「何でもないよー」
ルカルカの横で即席の巨大釣竿を垂らしていたカルキノスは、「そうか」とだけ言い、再び沈黙が訪れる。
「……なかなか釣れねぇな」
「カルキノスは大物狙いだからね、そう簡単には釣れないでしょ」
そう言うルカルカのバケツには、すでに10匹ほどの手ごろな魚が泳いでいた。
小さな群れを海上から見つけるや否や飛び込んで、ユグドラシルの蔦の網でまとめて捕獲してしまったのだ。
今、カルキノスの横にいるのはルカルカ一人だが、ジュニアメーカーにより生み出されたルカルカの分身が、この沿岸のどこかで彼女と同じように釣り糸を垂らしている。
「どうせ狙うなら大物だろ」
「バーベキューを豪華にするには、大物だけじゃなくって数もいると思うのよ」
「確かに、それは道理だな」
「でしょ? だからルカは、釣って釣って釣りまくって、爆釣を目指すの!」
おー、と笑顔で拳を振り上げるルカルカ。
…と、釣竿の動きに気がつき、ルカルカはきょとんとした顔をした。
「カルキノス、引いてるよ?」
「うおっ!? マジかよ!」
慌ててつかんでみれば、ぐぐ、と力強い引き。
これは大物の予感がする。
持ち前の怪力で引いてみれば、海面が大きく波打った。
焦ってはいけねえ、とカルキノスは冷静に竿を引く力を加減する。
弱すぎず、強すぎず。魚の引きに合わせて強弱を調整すれば、やがて魚の方が疲労したのか、引く力が徐々に弱くなっていった。
そして……
ざばぁっ!!
「よし! どんなもんよ!」
勢いよく釣り上げたのは、ルカルカの両腕で抱えるのがやっとのパラミタカツオ。
大物を釣り上げた喜びに、ルカルカとカルキノスは思わずハイタッチを交わしていた。
ルカルカたちとはバーベキュー会場をはさんで反対側の海岸。
溢れ出る気合を抑える事もせず、悠は微動だにしない自分の釣竿を見つめていた。
「…………」
「悠、大物にこだわらなくてもいいんじゃないの?」
「そうはいかないわ。せっかくのバーベキューだもの。それに、釣りは忍耐勝負。妥協はしないわ」
「そう…」
半ば意地になっている悠に、牡丹は少し呆れながら、何度目かの手ごたえに釣竿を引いた。
ばしゃん、と海水を弾いて釣り上げられたのは、少し小ぶりのパラミタアジだ。
それをバケツに入れながら、牡丹はもし悠に釣果がなかった場合にどれを譲ろうか、と自分の釣った魚を吟味していた。
「――来た」
「え?」
ぽつりと呟かれた悠の低い声に顔を上げれば、ぐいぐいと釣竿が揺れている。
悠は慌てず釣竿を握り締め、魚に逃げられないように引き寄せる。
時折加減を間違えたのか、引きすぎたり釣竿を持っていかれそうになったりしたものの、数分の格闘の後……
ざばっ、と牡丹が釣ったときよりも重い水音と共に釣り上げられたのは、パラミタブリ――とはいっても、ブリと呼ぶにはまだ小さく、ハマチ、もしくはイナダと呼ばれるくらいの大きさだ。
悠はやや不服そうにしていたものの、牡丹が釣り上げたどの魚よりも大きな魚だったので、とりあえずは納得したようだった。
一方その頃、ルイは岩場に腰を下ろして、波の音を聞いていた。
釣竿は石で固定されており、バケツには2匹ほどのパラミタアジが泳いでいる。
その横では、ルカルカのジュニアメーカーで作られた小さな分身がちょこんと腰掛けて、じっと釣り糸の先、海面を見つめている。
薄着にサングラス、麦藁帽子のガタイのいい壮年の男性が、小さな女の子と並んで釣りをしている姿は、傍から見れば親子のように見えるかもしれない。
「そんなに見ていると魚が逃げ出してしまいますよ、小さいルカルカさん」
ルカルカの分身はそう言われて、海面からは視線をはずしたものの、釣り糸をじぃっと見つめ続けていた。
「…こうしていると、色々と人生について考えられますね…」
水平線を見つめ、ルイは呟く。
まだまだ現役とはいえ、学生の多いパラミタでは割と年上に入る。ルイにはルイなりに、色々と思うところがあるのかもしれない。
そうして時折魚を釣り上げながらのんびりと釣りを楽しんでいると、視界の端で何かが勢いよく水中から飛び出してきた。
「おや、ずいぶんと大きいですが、あれは海蛇でしょうか」
海蛇が飛ぶわけがないので、ハーブ採取チームが遭遇したモンスターだろう。
飛び出した海蛇は重力のままに海中へと姿を消し、再び穏やかな波音だけの空間が戻ってきた。
「あちらも頑張っているようで何よりです」
時間を確認してみれば、そろそろ一度戻った方がいい時間だ。
類は釣具を片付けると、小さなルカルカと共にバーベキュー会場へと戻っていった。
「あれは……?」
海上に突如飛び出し、そして消えた大きな影を見て、ローズが不安げな声を上げる。
かなり大きな影、しかも長い体をしていた。
「まさか、シードラゴンとかじゃないよね…?」
「蒼空学園のカラミティが居ったらその可能性もあるとは思うがのう。おそらく、海蛇じゃろうて」
「海蛇ってあんなにでかくなるもんなのか?」
あらかた下拵えを終え、タレ作りをしていたシンが、作業の手を休めてアーデルハイトに問う。
「色んな条件は必要じゃがのう。あのハーブは栄養条件の良い場所にしか生えんから、おそらくその辺りを縄張りにしとるやつなんじゃろう」
「海に行った皆は無事かな……」
「あれだけ派手にぶっ飛ばしたなら、大丈夫だろ」
不安げなローズを、シンが励ます。
「先程も言ったとおり、あれほどの大きさの海蛇が育つ環境は、ハーブの生息地に近い。時期にあやつらも戻ってくるじゃろう」
「なら、最後の仕上げもちゃちゃっと終わらせとかないとな」
そういってシンは再び作業に戻る。ローズも、全員が無事に帰ってくる事を信じて、シンの手伝いに戻ったのだった。