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種もみ学院~契約の泉へ

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荒野へ出発!

 空京──。
 ここに、目立つ集団がいた。
 地球人の集まりであるが人種も国籍もさまざまで、軽い荷物のみの者もいれば家財道具一式を荷車に積んで運んで来ている者もいる。
 その彼らの中に、契約者とパラ実生が混じっていた。
 いったい何が始まっているのかという、周囲からの好奇に満ちた目にはまったく気づかず、彼らは作業を続けていた。

「……読めんな」
「わざと暗号にした……わけないですよね。必要ありませんし」
 一枚の紙を覗き込み、ため息を吐くブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)と苦笑する佐々布 牡丹(さそう・ぼたん)
 二人は先行してしまった移住者がどこのどういう人か把握するため、本家B級四天王のカンゾーが作った移住者名簿を見せてもらったのだが。
 字が汚すぎて解読できなかった。
 何となく、氏名・性別・年齢・出身国・移住先オアシス名・連絡先、と表にしてまとめられているようにも見えるのだが、その順番も二人が当たりをつけたにすぎない。
「専門外ですけど、何とか解読しましょう。読めるところも少しはありますし」
「そうだな。これが古代文字なら読めそうな奴もいるが……やるしかないな」
 腹を括ったブルーズと牡丹は、名前を読める人から地道に確認していくことにした。
 ブルーズの苦労も知らず、黒崎 天音(くろさき・あまね)は友人の鳥丘 ヨル(とりおか・よる)と再会を喜び合っていた。
「こんにちは、ヨル。ちょっとぶりだねぇ。ピクニックみたいに契約の泉まで移動したいって話だったから、ブルーズが何か張り切ってたよ」
「ちょっとぶり、天音。ブルーズが張り切って……? あ、本当だ。一生懸命紙とにらめっこしてるね」
 ヨルは少し離れたところにいるブルーズと牡丹の様子を見てそう言った。
 天音はクスッと笑い、
「プリンのこと、ちゃんと伝えておいたから」
 と、耳打ちするとヨルの表情がパッと輝いた。
「ボクも張り切るよ!」
 ヨルは握り拳を作って声をあげた。
 すると、たまたま傍を通りかかったカンゾーが声を聞きつけて足を止めた。
「カンゾー、小型結界装置は足りてるかい?」
「黒崎か。……いや、足りないな。総長が予備を持って来てくれたが、万が一壊れた時のためにブラヌに買いに行ってもらってるところだ」
 ブラヌ・ラスダーは若葉分校の生徒で、今回は原宿でメルアドを交換した人達に会うために分校生達も連れてやって来ていた。
「僕も少しだけど持ってきたから使ってくれるかな。安全な旅が一番だからね」
「おう、ありがてぇ! 俺らも装置買うために資金集めをしたが、こういうのはいくつあってもいいからな」
 資金集めの手法は聞かないことにした。
 それから天音はヨルを紹介した。
「こちら僕の友人のヨル。カンゾーとは初対面だと思うけど、彼女も警護に参加してくれるって」
「こんにちは、ヨルだよ。今日はよろしくね」
「おう、荒野は何が起こるかわからねぇからな。頼むぜ。ヨルも薔薇学……は、ないな。教導団か?」
 ヨルの外見から男装は想像つかなかったカンゾーは、天音が少し前まで籍を置いていた教導団の生徒かと思ったのだ。
 天音がそれを訂正する。
「いや、百合園女学院の子なんだよ。こう見えても腕っぷしはなかなかのものだし……」
「そ、そんなに戦闘は得意じゃないよ〜」
 ほう、と感心したように目を丸くしたカンゾーの反応に照れたのか慌てたのか、ヨルはぽこぽこと天音を叩いて抗議した。
 天音は、痛い痛いと言いつつも、笑いながらヨルの手をやんわり捕まえる。
「ハハハッ、こりゃ頼もしいな! いや、百合園の女の子が逞しいのはよく知っている」
 カンゾーは一瞬、遠い目をした。
 百合園との合併を狙った時の壮絶な負け方を思い出したのだ。
 しかし、次の瞬間には表情は一変していた。
「黒崎さんよォ、かわいい女の子と仲良くて羨ましいこと山の如しだ。あんまりイチャついてると、後ろからゴボウを刺すぜ」
「ゴボウ?」
 カンゾーは、百合園生を嫁にしようと勝負を挑んだパラ実生を見舞った悲劇について話した。
「緑の髪の美少女だ……。彼女はゴボウをケツの穴に刺すという、えげつねぇが効果的な攻撃をしたらしい。フッ、気を付けるんだな」
 正確にはゴボウと名付けたパイクであるが、カンゾー達の間ではそのまま野菜のゴボウを使うのが密かなブームになっていた。
 その緑の髪の美少女──レオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)も、移住者の護衛としてここに来ている。
 呆気にとられる天音とヨルを残し、カンゾーは呼ばれて去って行った。
 カンゾーを呼んだ国頭 武尊(くにがみ・たける)は、これからのことについて話した。
「トラックは用意できたか?」
「ああ。種もみ生とブラヌ達で軽トラックを四台調達してきた。何とか乗れるだろ」
 カンゾーの返事に頷き、武尊は続ける。
「先に行っちまった地球人はもちろん回収していくが、携帯が通じるなら連絡取って、そこから移動しないように言ったほうがいいな。目印になる建物とかあるなら、写メで送ってもらおう。合流しやすいだろ」
「そりゃいいな。勧誘したやつらに頼んでおくよ」
「それと、カンゾーはオレと一緒のトラックだ。助手席で契約の泉まで案内してくれ」
「わかった。それにしても、初めての土地に飛び出すなんて、よく無謀したよな。地球人もなかなか度胸あるな」
「たぶん、携帯の地図検索アプリや市販の地図でも見ながら移動してんじゃないか?」
 感心するカンゾーに、武尊は苦笑して言った。
「何でもいいが、面倒に巻き込まれてねぇことを願うぜ」
 猫井 又吉(ねこい・またきち)が加わってきた。
 彼は鼻の頭にしわを寄せて言った。
「……ゆる族を狙うバカがいるとか、嫌な話だな」
 又吉もゆる族だけに、いっそう強くそう思うのだった。
 ブルーズと牡丹の努力のかいあって、先行した移住者の氏名がわかった。ここにいる人達の点呼も終わり、全員が小型結界装置を装備したことを確認すると、一行は空京を後にした。


 ヒラニプラに着くと種もみ生が調達した軽トラックの傍で待っていた。
「オヤジさんが貸してくれたんだ」
 ニカッと笑って種もみ生は使い込まれた軽トラックを指す。
 歯が一本欠けた笑顔に愛嬌があった。
 彼が世話になっているオアシスも、数組の移住者を受け入れる準備ができている。
「俺とこいつのトラックには契約者を多めに乗せてくれ。俺が先頭でこいつは最後につく」
 カンゾーの指示でそれぞれトラックに乗り込んでいった。
 ヒラニプラを出発した四台の軽トラックは、シャンバラ大荒野に入った。
 これまでの道中はとても平和で、荷台はおしゃべりや音楽で盛り上がっている。
 天音とヨルは、パラミタがどんなところか話した。
「ボクはヴァイシャリーにいるんだけど、ヨーロッパの古い都みたいな綺麗な街だよ。ガラス製品や陶器の制作が盛んでね、地球のブランド品に勝るとも劣らないよ」
「高いんだろうなぁ」
 聞いていた移住者の女性が言うと、ヨルはにっこりして返した。
「見てるだけでも幸せになるよ」
「いいなあ、私、見てみたい」
「落ち着いたらおいでよ。案内するよ。天音のいるタシガンも素敵だよ。霧に包まれた街なんだけど、すごく神秘的なんだ」
「吸血鬼に会えるよ」
 微笑む天音に女性は一瞬きょとんとした後、もしかして、とほんのり頬を染めて言った。
「あなたも吸血鬼?」
「ふふ、どう見える?」
 惑わすような笑みを浮かべる天音の横で、ヨルはくすくす笑った。
 それからヨルは原色の海のことも話した。
「ここは? ここには何かないの?」
「巨獣がいるよ。遠くから見ても圧巻! あんまり近づくと踏み潰されちゃうかもだから、気をつけてね」
「へえ〜! おもしろそう!」
 と、天音がヨルの背をつんつんとつつく。
 振り向いたヨルに、天音は左側にある小さなオアシスを指さした。
 人が住めるような規模はなく、動物だけのオアシスだ。
 そこの木々の間から、滅多に見られない生き物が見えた。二頭並んで水を飲んでいた。
「ユニコーン! 初めて見たかも! 仲良さそうだね〜」
「つがいかもしれないね」
 地球では伝説上の生き物と言われているユニコーンをひと目見ようと、移住者達が荷台の左側に集まり車体が傾く。
 中には身を乗り出しすぎて危うく落ちそうになる者もいた。
「ユニコーンのパートナー同士ってことか。うらやましいぜ」
 ふう、とため息を吐いたのはブラヌ。
 そういえば、とヨルは気になっていたことを聞いた。
「原宿の人には会えたの?」
「出発前のいろいろでまだだ。トラックも違ったみたいだけど、ま、行き先は同じなんだ。契約の泉でロマンチックに告白だ!」
「いきなり告白するの?」
 ヨルは驚くが、ブラヌはどこか幸せな妄想の世界に行ってしまっていた。
 ふと、食欲を刺激するような匂いが漂う。
 見ると、ブルーズが大きなバスケットからお弁当を取り出していた。
 タッパーの中に収まっていたのは、パンや干し肉を豆と一緒にピリ辛に煮込んだチリビーンズのような料理と、ほどよく冷えたサラダだ。それともう一品。
「プリンを食べたいという話を聞いた。弁当はついでだ」
 そう言って、ブルーズはヨルの手にプリンのカップをぽんと置いた。
「これが噂のプリン! ありがとう、ブルーズ!」
「ブルーズさん、ごちでーす!」
 チリビーンズとサラダは、すでにブラヌ達によって使い捨ての器に取り分けられていた。
 ところで、とプリン片手に移住者に声をかけるルカルカ・ルー(るかるか・るー)
「みんなは、パラミタ地図検索は持ってる? アプリなんだけど」
「地球でダウンロードしたのが……これか?」
 ルカルカの近くにいた青年が取り出したスマートフォンの画面を見せた。
「ちょっと違うかも……? それでも役に立つとは思うけど、ルカのも入れて使いやすいほうを使って。他に、持ってない人がいたらあげるよ。これからのオアシスでの生活で、あると便利だよ」
 じゃあ私も、と一人が手を挙げると、次々に手が挙がった。
 最初に送信してもらった青年が、何気なく聞いた。
「ところでお姉さん、彼氏いるの? スリーサイズも教えてくれると嬉しいな。ちなみに俺のはねぇ……」
「調子に乗ってんなよ」
 青年の頭をブラヌが上からぐりぐりと押さえつける。
「あはは……秘密、かな」
 ルカルカは乾いた笑みを浮かべて、青年からちょっぴり距離を置いた。
 その隙間にブラヌが体を押し込んできた。
「さっきユニコーンを見たけどさ、他にも地球人が珍しがる動物はたくさんいるんだよな」
「そうそう。あ、図鑑あるよ。動物と植物と。後はドライブガイドと温泉ガイドブック!」
「すげーっ、次々出てきた! ドライブガイドか……パートナーできたら回ってみるのもいいよな」
 ドライブガイドをぱらぱらめくりながら夢見がちに言うブラヌ。
 図鑑と温泉ガイドは、すぐに移住者達の間に回されていた。
 ユニコーンのように、地球では神話や伝説の世界の生き物の数々がここに実在していることに、彼らは感嘆したり大げさなほどに叫んだりしている。
 新しい世界に素直に感動している彼らを、懐かしく見ていた牡丹が尋ねた。
「皆さんは、どんな種族と契約したいですか?」
「どんなって……気が合う奴かな」
 ルカルカに距離を置かれた青年が答えれば、別の女性はこう返す。
「守護天使! やさしそうだもの。でも、あなたみたいなかわいい機晶姫もいいなぁ」
 と、牡丹の隣にちょこんと座っているレナリィ・クエーサー(れなりぃ・くえーさー)を見て続けた。
「ふふふ、改造する楽しみもありますしね」
 妖しく笑う牡丹にレナリィは苦笑する。
 スペックの向上は嬉しいが、その分容赦なく体重が増えていくのが悩みだった。
「せっかくパラミタに来たのですから、やってしみたいことをどんどんやるといいと思いますよ」
「あたし、植物に興味があって大学でもそっちを専攻してたんだ。この図鑑の植物を直接見てみたいわ! 見て、触れるなら触って、何かに使えたらいいなって思ってるの」
 他にも音楽で一花咲かせに来た人や、今はまだ目標らしいものはないが心機一転して新しく始めたくて来たという人もいた。
 ふと、牡丹はブラヌにも聞いた。
「俺か? 俺はもちろんかわいい女の子と契約するのが、今の一番の目標だ。その後は……ま、何とかなるだろ。俺も聞きたいんだけど、お前らの契約のきっかけって何だったんだ?」
「私は、レナリィの修理を手伝ったのがきっかけですよ。ね?」
 やさしく頭をなでる牡丹に、うん、と頷くレナリィ。
 それはブラヌにある衝撃をもたらした。
「修理か……。もし俺が怪我した女の子を助けたら、契約できるかも……!?」
「それはわかんないよ」
「何だよ、そう言うルカルカはどんなふうだったんだ?」
 ルカルカはやや上を見ながら記憶を探った。
 ちらりと隣のダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)を見やり、思い出したようにぽんと手を打つ。
「ダリルは、封印装置を踏んで壊して知り合ったの。他にも契約した二人がいるんだけど、一人は尻尾を踏んで知り合って、もう一人は踏んで見つけた英霊珠で……」
 ブラヌは哀れみの視線をダリルに送った。
「お前、踏まれたのか……。けど、それで契約したってことは、ひょっとして」
「踏まれてない」
 ダリルはブラヌのセリフを遮って強く言った。
「俺は踏まれてないからな。それと、ひょっとしても何もない。変な誤解はするなよ」
「わ、わかったって。ほんの冗談だから、そう睨むなよ」
「ダリルは頭が固いのよ」
 ルカルカが茶々を入れると、ブラヌに向けられていた視線はそのまま彼女へ向いた。
「そういえば、契約も知らないうちにされてたな」
「何っ、そんなこともできるのか!?」
「……相手が寝てる隙に契約しろとか、そういう意味ではないからな」
 釘を刺されたブラヌはへらっと笑ってごまかしたが、もとより無理矢理契約しようとは思っていない。
 彼にとって契約相手=彼女なので、気持ちが通じ合っていないと意味がないのだ。