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争乱の葦原島(後編)

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争乱の葦原島(後編)
争乱の葦原島(後編) 争乱の葦原島(後編)

リアクション

   五

「悲哀ちゃん、大丈夫? 疲れてない?」
 アイラン・レイセン(あいらん・れいせん)は、すぐ後ろからついてくる一雫 悲哀(ひとしずく・ひあい)に声をかけた。
「ええ、大丈夫です」
 悲哀は気丈に答えたが、顔色を見れば鵜呑みには出来ない。考えてみれば、悲哀とカン陀多 酸塊(かんだた・すぐり)はこれで三度目の登山となる。しかも今回は、下山してすぐの再登山だ。疲れも相当溜まっているはずだった。
 現に酸塊の動きも緩慢になっている。
「二人ともあたしについてきて! 【トレジャーセンス】で見つけてあげる!」
 アイランは殊更明るく言い、わざとゆっくりめに歩いた。足元も、なるべく歩きやすい場所を選ぶ。
 アイランの後ろを進むのは酸塊だ。こちらも【ダウジング】で、共にフィンブルヴェトを探していた。
 一時間ぐらい歩いただろうか。アイランは、そろそろ休憩しようかと考え、ちらりと悲哀を見た。その時、彼女の【トレジャーセンス】と酸塊の【ダウジング】に、同時に反応があった。
「悲哀ちゃん!」
 アイランは上擦った声を上げた。駆け出し、高く伸びた雑草を掻き分けて辿り着いたそこを指差し、興奮しながら「ここ、ここ!」と指差す。
 悲哀は「匠のシャベル」を取り出し、一心不乱に掘り始めた。
「ガンバレ!!」
 アイランの目が爛々と輝く。すぐにシャベルの先が何かに当たった。アイランはしゃがみ込み、思わず手で土を掻き出した。
 見つけたのは、時計、財布、指輪といった貴重品と、――人間の頭部の骨だった。
「キャアアアア!」
 アイランは手に取った頭蓋骨を放り投げた。悲哀はそれを受け止め、まじまじ眺めると、
「人の骨――ですね」
「見れば分かるよー。何でそんな物があるの!?」
 悲哀は頭蓋骨を脇に抱えたまま膝をつき、片手で土の中を弄った。次に出て来たのは腕の骨、肋骨だった。
「さ、殺人事件!? 死体遺棄!?」
「というより、これは……」
「敵が来るよ!」
 酸塊が叫び、三人はそれぞれ武器を構えた。敵は頭上より現れた。
「またお前か!!」
 ――大蜘蛛だった。頭胸部についた顔は、怒りで歪んでいる。
「おいお前、何でその人間が生きているんだ!?」
 初めて妖怪の山にやって来たとき、悲哀と酸塊は大蜘蛛の巣に引っ掛かった。大蜘蛛は酸塊と仲間と勘違いし、餌である悲哀共々見逃してくれたのだった。
「お前ら、グルだったのか!」
 真実に気づいた大蜘蛛の怒りは凄まじかった。酸塊の言い訳も聞こうともせず、口から三人に向かって糸を吐き出した。
 悲哀は「深紅の番傘」を広げた。糸は番傘に貼りつき、彼女の手からそれを奪い取ると、大きく口を開いた。
「させないよ!」
 アイランはブーストソードで糸を斬り捨て、【ランスバレスト】を仕掛けた。大蜘蛛の足が一本、吹き飛ぶ。
「クソ!!」
 それでも大蜘蛛は悲哀に迫る。酸塊はキャノンを構えた。
「……ゴメン!」
 相手は妖怪であるが、自分を仲間と思い込み、親切にしてくれた。姿も似ている。躊躇いがないと言えば嘘になる。それでも、酸塊にとって最も大事なのは、悲哀なのだ。
 頭胸部に弾が命中し、大蜘蛛はのた打ち回った。
「畜生ォォォ!!」
 悲哀は「匠のシャベル」を拾い上げた。
「あなたはやりすぎました……一体、どれだけの人を……この人たちは……」
 グッ、と強く握り締め、悲哀は大蜘蛛を睨みつける。振り下ろされたシャベルは、大蜘蛛の手足を全て切り落とした。
「ギャアアア!」
「……そこで、飢え死にするまで悔いていなさい」
 悲哀たちは、大蜘蛛の犠牲となった人々の遺品を手に、下山することにした。


 山に着くなり、嬉々として妖怪狩りを始めたのが柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)だ。先日の城下町での暴れっぷりも記憶に新しい。匡壱は「やりすぎるなよー」と釘を刺したが、果たして聞いていたかは分からない。
 それでもまずは話をしようと、恭也は自分を囲んだ気配に対し、にこやかーな胡散臭い笑みを浮かべ、
「さて、そこの妖ども。ちょいとお話いいかな?」
と声をかけた。気配には殺気がアリアリと混じっている。「お話」できるような状況ではなさそうだ。まあ、そうだろうなと恭也は思った。
 突如、子供ほどの小さな妖怪が木の影から飛び出してきた。弾丸のように、恭也へ突っ込んでくる。
 恭也は闘牛士よろしく左手でその妖怪の頭を払い、ひらりと避けた。その妖怪は勢い余って、別の木に突っ込んだ。メキメキと音を立てて、木は倒れる。
「チビっこいくせに何て馬鹿力だ」
 感心するやら呆れるやら、恭也は軽く口笛を吹いた。――妖怪は河童だった。川にいる妖怪が、なぜこんなところにいるのか分からなかったが、考えている暇はなさそうだ。
 木を薙ぎ倒した河童も、ダメージを全く受けていない。石頭の皿なのだろうか。
 二匹目が突っ込んできた。恭也は右足を軸に半身を開けて受け流すと、地面へ思い切り叩きつけた。三匹目の河童には、二匹目から吸い取った魔力を上乗せし、更に力いっぱい殴り飛ばす。
「ちっこいからか、あんまり吸い取れた気がしないなあ」
 恭也は拳を見つめて呟いた。【※マレフィキウム】は確かに利いているはずだが、今一つ実感がない。などと考えていたら、最初の河童が腰を屈め、地面に拳をつけるや一息に間合いを詰め、恭也の腰を掴んでいた。
「おお!?」
 恭也の六八キロの体が軽々と浮く。恭也は「ボドーロスの脛当て」で河童を蹴り、その勢いで後方へ飛んだ。地面に着地するや、残る二匹の河童の首筋に手刀を叩き込む。
「さーてと」
 恭也は気絶した河童たちを見下ろした。
「敗者は勝者に従う。この方が手っ取り早いだろ」
 ――三十分後、「しびれ粉」で動けなくなった河童たちが木の枝に吊るされているのが発見された。発見者であるろくろ首は恐れおののき、逃げ出したということである。