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争乱の葦原島(後編)

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争乱の葦原島(後編)
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リアクション

   三

 葦原城下町奉行所。
 その一室に九十九 雷火は連れてこられた。待っていたのは、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)紫月 睡蓮(しづき・すいれん)、それにハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)だ。
 雷火はハイナを見て、ほう、と声を漏らした。
「総奉行自らお出ましとはな。お白洲ではないのか?」
「まずは取り調べ……それぐらいは分かっているでござろう?」
 詩穂の希望で、部屋には机と椅子が置かれていた。佐保は詩穂の前に雷火を座らせると、自分は入り口に立った。ハイナは部屋の隅に、睡蓮はその横に用心棒よろしく立っている。
 詩穂は机の上で手を組み、少し前のめりになって口を開いた。
「私を覚えていますか?」
「俺を捕えた女子だろう? あれは見事だった」
「ありがとうございます」
 詩穂はにっこり微笑んだ。
「少しは気が晴れた?」
「囚われの身で、晴れると思うか?」
「それもそっか。では、早速ですが雷火さんがご存じな可能性が高い話題から入っていきましょう」
 詩穂は殊更慎重に、言葉遣いを選んだ。雷火に侮られてはならないと考えていた。
「漁火、シャムシエル、オーソン、知っているとおっしゃっていましたよね。現在どこにいるかご存知ないでしょうか、今回の暴動のために準備していた集合場所でも構いませんよ」
 その質問に、雷火は眉を寄せた。
「何か勘違いをしているようだが、俺はそんなことを言った覚えはない。もしや、グレゴリーの言ったことではないか?」
 グレゴリーというのは、ニケ・ファインタック(にけ・ふぁいんたっく)のパートナー、メアリー・ノイジー(めありー・のいじー)の偽名だ。別人格に乗っ取られているメアリーは、雷火の参謀として暴動に協力していた。
「人を食った言動をする奴だった。お前、からかわれたんだろう。漁火という女のことは、有名だしな」
 確かに本人も「会ったことはない」し、からかっているのかという問いにそうだと答えていた。
 ただ詩穂は、雷火も知っている可能性に賭けたのだ。
「では、何もご存知ないと――?」
「とは言わん」
「え?」
 肩を落としかけた詩穂の目がぱっと輝いた。雷火が笑っているのを見て、遊ばれている、と彼女は思った。
「シャム何とかと、オーソンだったか。そいつらは知らん。聞いたこともない」
 二人ともそれなりに有名のはずだったが、葦原島で生活している、契約者でもない人間にとっては左程重要でもないのかもしれない。だが、
「漁火という女は知っている」
「本当ですか!?」
「ああ。だが、今回の暴動には関係ない。もう大分前になるが、例のミシャグジとやらが町を破壊したことがあっただろう? あの少し前に、俺たちのような浪人やゴロツキを集めていたのさ。金は良かったが」
と、雷火は親指と人差し指で丸を作った。
「胡散臭い女だったんでな、俺はやめた。あの時、顔見知りも何人かいたが、その後は見ないな」
 ハイナの傍らに立つ睡蓮は、小さく息を飲んだ。恐らく、ミシャグジの洞窟へ行かされたか、別の時に捨て駒として使われたのだろう。気の毒だが、生きてはいまい。
 ちらりとハイナの様子を伺ったが、今の話を聞いても彼女は眉一つ動かさなかった。
「その時の場所でよければ、教えてやってもいいが、あまり役立たんだろう」
 それでもないよりはましだ。ハイナが頷くと、雷火の教えてくれた情報を手に、佐保は音もなく部屋を出て行った。
「ご協力、ありがとうございます」
「お前の戦いぶりに免じてだ。決して、その女の味方をしたとは思うな」
 ハイナに顎をしゃくって、雷火は言った。
「ですが、あなたも葦原藩士だったんでしょう? この島や世界を救うために力を貸しては下さいませんか?」
「よしてくれ」
 雷火は大きく手を払った。
「俺ごときが世界をどうこう出来ると思うか? この島のことは些か困るが、いざとなれば全員藩に戻ればいい。世界のことは、お前らで勝手にやってくれ」
 詩穂はそれ以上、何も言えなかった。雷火の良心に訴えることは出来ても、強制は出来ない。
「最後に貴方の処遇です。――職にあぶれて今回の暴動に加担した、そういう経緯で間違いないですね? ご自身を責めないで下さい、そのような状況で目の前に今日をしのげるだけの食べるものがあれば誰でも忠義を誓うでしょう……」
「それも違う」
 雷火は再び否定した。
「あの時も言ったろう。その女への恨みだ」
 目線の先にはハイナ。だが殺意はなく、どこか楽しげですらある。
「……わっちへの恨みだけで、これだけの騒ぎを起こしたと?」
 対するハイナの声音は冷たい。詩穂も睡蓮も背筋が寒くなった。
「少し違う。元々、あいつらが騒いでいるのに乗じて、その矛先をお前に向けただけだ。どの道、皆、町を壊したろうさ。……だからといって、責任転嫁するつもりはない。だがもし情けをかけるなら、最後は武士として腹を切らせてほしい」
 詩穂は絶句した。雷火を救うため、彼女はあらゆる手段を講じていた。その一つが、彼を町の復興に駆り出すことだった。もちろん、罪人としてである。
 だがその手を、当の雷火に振り払われた。
 ハイナはおもむろに立ち上がり、じっと雷火を見下ろした。
「追って沙汰する。……それまで、牢に戻しておくでありんす」
 雷火は、出ていくハイナを見もしなかった。ただ満足げに笑っていた。