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【二 DSRV第一便】

 DSRVの乗員数上限は、決して多くはない。
 その為、バッキンガムに乗り込む救助部隊は、二度に亘って接艦する必要があった。
 第一便でのバッキンガム突入に選ばれたコントラクター達は、支給された装備を身に纏いながら、足早にDSRVの乗艦口内へと身を移してゆく。
「水中戦の訓練は受けたけど……狭い潜水艦内ってのは、どういう風に戦えば良いのかしらね?」
 最初にDSRVへと乗り込んだ董 蓮華(ただす・れんげ)少尉が、幾分困った様子で小首を傾げながら、指定の位置に就いた。
 その左右の席にスティンガー・ホーク(すてぃんがー・ほーく)アル サハラ(ある・さはら)の両名が続けて腰を下ろすも、このふたりも蓮華と同様、潜水艦内での具体的な行動については、救助優先ということ以外は、然程にプランが固まっているという訳ではない。
 仮に艦内で謎の敵と遭遇した場合は戦闘に発展することも想定しているが、まだ直接的に交戦した経験が無いから、あくまでも仮想での戦闘訓練しか出来ていなかった。
「借りてきた電磁波探知機で、敵の動きが読めれば良いんだが……これもどこまで信用出来るか、分かったものじゃないな」
「潜水艦内はある意味、電磁波だらけの場所みたいなものだから、ずーっと反応しっぱなしってことも有り得るしね」
 スティンガーが掌の中で持て余している小型のセンサーを、アルが蓮華越しに覗き込んできた。
 確かにアルがいうように、バッキンガム艦内は電磁波を放っている機器がそこかしこに設置されている為、敵の存在だけに絞って探索するというのは、至難の業に近い。
 もし仮にこの電磁波探知機が逆に捜索の邪魔になるというのであれば、すぐに使用を取り止めることも考えなければならなかった。
「それにしても、中央管制システムに辿り着くまでの道のりが、異常なくらいに面倒よね」
 配布されたバッキンガムの構造図面を見下ろしながら、蓮華が小さな溜息を漏らした。
 オーガストヴィーナスそれ自体は独立したデバイスを持たないプログラムの集合体であり、中央管制システム内の基板のひとつを割り当てられて稼働している。
 中央管制システムからその専用基板を抜いてしまえば双方を分離出来るから、ある意味ではそれぞれが独立した存在であるともいえるが、実際は同じ筐体内に基板が並んでいる為、事実上はひとつの装置として機能しているといっても良い。
 そして最も厄介なのは、中央管制システムが予備機晶エンジンに直結する構造となっている、ということであった。
「確かに制御室内の制御盤を使えば中央管制システムにアクセスすることは出来ますが、これはいってしまえば便宜的に作られたインタフェースですからねぇ。中央管制システムそのものに到達する為には、艦内の予備機晶エンジン周辺を解体しなければならない……厄介な話ですよ」
 蓮華の向かい側の席で、同じく構造図面を眺めているルース・マキャフリー(るーす・まきゃふりー)大尉が、やれやれとかぶりを振りながら心底困った様子で吐息を漏らした。
「大尉は……小型爆弾での予備機晶エンジン周囲の隔壁破壊の許可を貰っているそうですね。何とか中央管制システムにまで、到達出来そうですか?」
「出来る、と宣言したいところですが……予備とはいえ、相手は機晶エンジン。少しでも爆発の指向制御を誤れば、核爆発級の衝撃が艦全体を襲います。場合によっては、途中で取り止めってことになるかも、知れませんねぇ……」
 ルースがここまで弱気になるのは珍しい、と思った蓮華だが、しかし機晶エンジンに直結するシステムをこじ開けるとなると、余程の技量と繊細さが必要となる。
 蓮華自身、艦内では隔壁を破る為に爆弾の行使も止む無しと考えていたひとりだが、機晶式潜水艦が持つ機晶爆発の危険性を考えると、そうそう簡単に爆発を発生させる訳にもいかない。
 ましてやルースは、予備機晶エンジンを相手に廻さなければならないのだから、より慎重になるのも頷ける話であった。
「正直いって……陸軍の感覚で海軍の仕事をこなすのは、非常に危険だということを今更ながら身に染みて感じている次第ですよ」
「そう……ですね。その点については、私も考え方を改めないといけない、かも」
 報告を聞く限りでは、謎の敵はコントラクターに攻撃を仕掛ける際、衝撃波を放っていたということであったが、しかし火気は一切伴っていなかったという。
 つまり敵は、機晶エンジンを爆発させない為の技術を持っている、ということである。
 皮肉な話だが、救助部隊であるコントラクター達がバッキンガムを機晶爆発させる危険性をより多く伴っているという現状については、大いに警戒する必要があった。
「まぁいざとなったら、ナノマシン化で潜り込むよ」
「相手も粒子形態で行動が可能なんだから、ひとりは危ないわよ」
 呑気に笑うアルに、蓮華は何となく危機感を抱いて、釘を刺さざるを得なかった。

 ルカルカの指示を受けて、DSRVでのバッキンガム接艦組に参加しているダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)夏侯 淵(かこう・えん)の三人は、中央管制システムにアクセス出来る手段について、指定の座席で配線図面を広げながら検討を重ねている。
「制御室だけが中央管制システムにアクセス出来る手段……って訳でもなさそうだな」
「基本的には、電気さえ流れていれば、そして回路と物理的に繋がっていれば、ハッキングというものは可能だからな。問題は、敵がどこまで電子防壁を張り巡らせているか、だ」
 横から覗き込んできているカルキノスに、ダリルがいつもの無表情な顔つきに、幾分渋い色を浮かべながら応じた。
 恐らく、接続自体には然程の困難は無い。問題は、中央管制システムに辿り着けるかどうか――そこが最大のポイントだった。
「敵はかつて、学習型ウィルスだった。いわば、電子攻撃のプロフェッショナルだ。ならば防御に関しても相当に手強い、と考えて然るべきだろう」
 ダリルとて、電脳支配という対抗手段を持っている。
 だがそこには、生物の思考速度という決定的な弱点が存在する。翻って相手は、ナノ秒単位で判断し、行動する。ダリルがどれだけ思考速度の訓練を積んだとしても、それは所詮、生物的な速度の話であり、どうしても限界がある。
 仮に電子攻撃を受けた際、ダリルが防衛の為の思考を巡らせた瞬間には、敵はその千倍の速さでダリルの電子的に変換された思考回路を逆流し、彼の脳波を破壊してしまうだろう。
 電脳支配とは、単純な機械相手であれば最大限の効果を発揮するのだが、相手がオブジェクティブのような圧倒的な速さと破壊力を持つ電子の化け物となれば、寧ろ最大の弱点と化す危険性が極めて高い代物であった。
「例えば機晶姫でも、オブジェクティブの電脳速度には対抗出来んのか?」
「無理だ。機晶姫の思考速度も人間と大差は無い。オブジェクティブ・オポウネントも、映像化した奴らには効果を発揮するが、純粋な電脳世界内では全くといって良い程、機能しないということが分かっているからな」
 ダリルの応えに、カルキノスもまた渋い表情を浮かべた。
 電気とは、常に流れる性質を持つ。
 そしてダリルの電脳支配も電気としての性質を持つ以上、プラスとマイナスの双方の流れがある。自らの思念を送り込むと同時に、逆の流れを受け入れなければ、電脳へのアクセスは成立しないのだ。
 そこを利用されてしまえば、如何にダリルといえどもただでは済まない。
 今回ダリルが中央管制システムに対して仕掛けようとしている策は、非常にデメリットが大きい諸刃の剣だった。
「俺が呼んだマーメイド達は、大丈夫であろうか」
 淵が、腕を組んだまま神妙な面持ちで小さくひとりごちた。
 オーガストヴィーナスが、淵の依頼で動いているマーメイド達に向けて映像体を繰り出して攻撃してきた場合は、対抗手段が一切無い。
 勿論、必要以上にバッキンガムに接近し過ぎないよう注意は出しているものの、敵の映像体がバッキンガムからどれだけ離れたところまで射出可能であるのかは、未だに不明なのだ。
 オーガストヴィーナスを正規の方法で操作し、コントラクターの脳波を利用した場合の射出限界距離は50メートル程度だという説明は受けている。
 しかしそれは、コントラクターの脳波が維持可能な距離に過ぎないだけであり、相手がオブジェクティブであれば、電子体そのものが彼らの本体であるから、どこまで離れようとも脳波と肉体の接続という縛りは存在しない。
 つまり理論上は、無限にバッキンガムを離れて行動することが可能なのである。
 水中ではマーメイド達が、そして海上からはエースのパートナー達が展開するホエールアヴァターラ・クラフトが、その餌食となる可能性が極めて高かった。
「以前の奴らとは、格段に実力が違い過ぎるな……何といっても、機晶エンジンの出力をそのまま自らのパワーに利用出来るというのは、恐ろしく厄介だぞ」
 カルキノスは再度、ダリルが手にしている配線図面を覗き込んだ。
 ここで思案したところでどうにもならないのだが、少しでもより良い案を考え出さなければ、ジリ貧に陥ってしまうのは目に見えている。
 DSRVがバッキンガムに接艦するまでの間、彼らは徹底的に知恵を絞る必要があった。