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DSSパニック

リアクション

「やっぱり、夏と言えばプールよね」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、空京内にあるリゾートホテルのプールサイドですっかりくつろいでいた。
 黒い、極端に布面積の少ないビキニ姿で、長椅子にゆったりと寝転がり太陽の光を一身に受けている。
「そう思うなら、少しは泳いだら? ずっとゲームばかりして」
 隣の椅子でフルーツジュースのグラスを傾けていたセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が、呆れた様に呟く。
 セレアナが身につけている水色のハイレグワンピースや艶やかな黒髪はほんのりと水気を纏っているが、しかしセレンフィリティの方はと言えば濡れた痕跡が感じられない。
「うん、これ、こいつだけ倒したらね……あっ、負けた」
 セレンフィリティは手元の銃HCをぴこぴこ操作して居たが、やがてあーあ、と落胆の声を上げて画面を閉じた。
 ドラゴンズ・シーク・ストーリー、通称DSS――最近巷で密かな流行をみせている、謎のゲームソフトに、セレンフィリティはすっかりハマっていた。
「このボスがなかなか倒せなくて――」
 と、セレンフィリティがセレアナに愚痴をこぼしはじめた、その時。
 ガシャーンと盛大にガラスが割れる音が響き渡った。
 二人は長椅子から飛び降りて、鋭い眼差しで周囲を見回す。
「あそこ!」
 いち早く異変を見つけたのはセレンフィリティだった。
 指差した先では、ホテルの建物の窓が軒並み割れ、ガラス片が飛び散っている。
 最初の一瞬は、ただそれだけに見えた。子どもが投げたボールが当たったにしては規模が大きく、何かの事件が起こっていることは間違いなさそうだが、爆発炎上しているという訳でも無さそうで、何が起こったのか、離れた所からでは判断が出来ない――
 そう思った二人は顔を見合わせて、現場へと駆け寄ろうと一歩踏み出す。
 が、それと同時に、遅まきな悲鳴が響き渡った。辺りを炎が舐めていく。
「落ち着いて! ホテルから離れて!」
 セレアナが声を張り上げ、一般客を退避させる。その間にセレンフィリティが炎の発生源へと駆け寄った。
 すると。
「何、これ?!」
 そこには、ほの青く空中に映し出されたホログラムが暴れ回っていた。
 しかも、どれもこれもどこかで見た覚えのある顔ばかり。
――マスター、コールを。
 なにこれ、と一瞬対応方法に悩むセレンフィリティの、手にしていた銃型HCから電子音声が聞こえてきた。
 DSSのナビゲーションAIの声だ、とすぐに気付く。こんな時に、と思いながらも、セレンフィリティは反射的にHCの画面を開く。
――召喚準備完了しています、マスター。コールを。
「コール? 今それどころじゃ――」
 セレンフィリティが言いかけた。と、同時にHCの画面が光り輝き、ぱしゅんと光が飛び出してきた。地面に激突した光はすうっと光の柱を形作り、すぐに消える。その後には――
 先ほどまで彼女がゲーム内で戦わせていた、アゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)型のキャラクターのホログラムが出現していた。
 目の前で暴れ回っているホログラムと、おそらくは、同じもの。
「まさか、これは――」
 セレンフィリティは半信半疑という表情のまま、しかしスッと腕を上げ、暴れ回っているホログラムを指差す。
「行けっ、アゾート! ファイアストーム!」
 ゲームの中さながらに、アゾート型のホログラムに指示を出した。するとアゾート・ホログラムは表情一つ変えず、さっと腕を一閃させた。
 炎が踊り、直撃を受けたホログラムが一体、微かな光の粒子だけ残して消え去る。
「なるほど、こうやってやっつけるのね……セレアナ!」
 セレンフィリティはパートナーを呼ぶと、自分が持つ銃型HCをひらひらと振って見せた。それで通じたのか、セレアナも慌てて荷物から自分の銃型HCを取り出した。
「アゾート、水辺だから雷術は避けて! 氷術と火術で個別に撃破!」
 セレンフィリティが指示を出すと、アゾート・ホログラムはこくりとうなずき、手元から次々と球状の光を撃ち出す。
 それを浴びたホログラムは一瞬ひるんだ様子を見せるが、威力が足りないらしく、一撃で撃破には至らない。暴れていたホログラムのうち数体は、攻撃を受けてアゾート・ホログラムの方へと向かってきたが、残りのホログラム達はプールを逃げ惑う一般客の方へ攻撃の手を向ける。
「危ない!」
 と、そこにパッフェル・シャウラ(ぱっふぇる・しゃうら)の姿のホログラムが割って入った。市民に飛びかかろうとして居たホログラムを、自分の体を張って止める。
「弾幕はって!」
 響いたのはセレアナの声。このパッフェル・ホログラムはセレアナが召喚したものだ。
 パッフェル・ホログラムはセレアナの声に従って手にした光銃エルドリッジを乱射して、他のホログラム達の足止めをする。
「今のうちに、外へ!」
 その隙にセレアナが一般客たちをプールの外へと誘導する。しかし、ゲーム内でのレベルが低く設定されているからか、パッフェル・ホログラムの銃撃はホログラム達の足止めこそすれ、撃破には至らない。
「セレアナ、力を貸して!」
「貸して、って、一体どうするの?」
「このゲームの目玉システムを使うのよ」
 セレンフィリティがDSSのAIに何事か言いつけると、パッフェルとアゾート、ふたつのホログラムが光の柱に包まれ、そしてセレンフィリティのHCにまとめて吸い込まれていった。
――データ受信完了、スキャン完了、合成完了。
 電子音声が処理の終了を告げると、セレンフィリティは自信たっぷりに勿体付けて、銃型HCの引き金を引いた。
「コールっ!」
 再び画面が光り輝き、画面の中から現れた光が地面にぶつかり、柱状に輝く。そして、光が消えた後には――
 ゴスロリ服に身を包み、眼帯を装着した姿のアゾート・ホログラム!
「一般人の避難も完了したし、思う存分やっちゃいなさい!」
 アゾート・ホログラム(若干パッフェル)は、セレンフィリティの命令にコクリ、と頷くと、光銃エルドリッジで相手を牽制した上で、ファイアストームやサンダーブラストなどの広範囲に有効な魔術を乱射し出す。
 みるみる敵ホログラムの数が減っていく――が。
「セレン――後で始末書ね」
 プールサイドもまた、見事なまでに破壊されて行くのだった。

 さて、セレンフィリティとセレアナの活躍によりプールから脱出した一般客達であったが、しかし空京の街は既に、同様のホログラムによる破壊活動を受け、パニックの中にあった。
「空京は危険です! みなさん、今はとにかく避難を!」
 杜守 柚(ともり・ゆず)が声を張り上げて、一般市民の避難を誘導している。プールから逃げてきた客たちも、柚の誘導に従って避難する人々に加わった。
 避難する人々は、我先にと大慌てで走っている。小さい子どもやお年寄りなどが時折、転びそうになっていた。
「落ち着いて! 私達が守りますから、大丈夫です。落ち着いて移動してください!」
 柚は小さな体で必死に立ち回っている。その背中を守っているのは、高円寺 海(こうえんじ・かい)のホログラムだ。
 本物の恋人ではないが、それでも、同じ姿をしたホログラムの存在が、柚の心に勇気を与えている。
 街中では、どこかで見たことがある姿をとったホログラムが、魔術を放ったり武器を振り回したりと破壊活動を行っている。
 どうやら、直接ホログラムを攻撃することは不可能なようなので、柚は戦闘を海に任せて市民の避難誘導に専念していた。
「きゃっ……!」
 と、小さい悲鳴を聞きつけて、柚は振り返る。離れた所で、一人の少女が転んでいるのが目に入った。
 どうやら、人波に飲まれて足をもつれさせたらしい。周囲には保護者らしき影もない。はぐれたのだろうか。
 周りの人々は自分が避難することで精一杯で、転んだ少女に手を差し伸べる人は居ない。
 柚が駆け寄ろうとする。が、タイミング悪く出現したホログラムが、少女の居る方角へと炎を放った。
「海くんっ!」
 悲鳴に近い声で叫ぶ。すると、海のホログラムがすかさず雷術を放った。炎を召喚したホログラムは一瞬ひるみ、炎の勢いが弱まる。
 その間に柚は素早く少女の元へ駆け寄る。顔面蒼白になっている少女を優しく抱き起こし、その場を離れる。
 後ろで、海・ホログラムが、得物の妖刀村雨丸で敵と切り結ぶ気配がした。
 少女を抱えた柚は、戦闘の余波が及ばない所まで充分に距離を取ってから、少女を下ろして微笑みかけた。
「大丈夫ですか? 私達がちゃんと守ってあげますから、焦らないで、落ち着いて避難してくださいね」
 すりむいていた少女の膝小僧にヒールを掛けてやりながら、優しくゆっくりと伝える。すると少女は、まだ固い表情で、しかしそれでもこくりと頷いて見せた。
「前だけ見て、大人に巻き込まれないよう気をつけて、さあ」
 少女の背中を押してやると、小さな足はしっかりと前に向けて走り出した。
 それを見届けてから、柚はホログラムと戦闘を続けている海・ホログラムの方を振り向いた。
 恋人と同じ姿だからとゲームで使っていたキャラクターだが、しかし、いかんせんゲーム上の設定ではそれほどレベルが高くない。
 わらわら沸いているホログラム相手に、少しずつ押され気味だ。
「海くん、頑張って!」
 柚に出来るのは指示を出すことだけだ。避難を続けている市民に火の粉が降りかからないよう、なんとか海・ホログラムには頑張って貰わなくてはならないのだが、このままでは――