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残暑の日の悪夢

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残暑の日の悪夢
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【地下二階 過去の悪夢】



 一方、同時刻、同じく地下二階。
 ニキータとレイリア・ゼノン(ぜのん・れいりあ)は、全く別の扉の中に入りながら、どこか似たような悪夢に苛まれていた。
「あ……あ、あれは……」
 ”愚者の扉”をくぐったニキータの前に現れていたのは、かつての自身の姿……体重100kg超え、という驚異的な太り方をしていた頃の自分だった。
「いやああ……! その姿は、その姿はもう、思い出したくないのよ――っ!」
 顔をざっと青ざめさせて、ニキータは叫び声を上げてじりじりと後退した。だがやはり、他の場所と同じく、既に入り口は失われてしまっているようだ。その間にも、過去のニキータは、口元をにまにまとさせながら、じりじりと近付いてくる。
「嫌ね、そんなに嫌うこと無いじゃない? 間違いなくあたしなんだから……」
 くすくすと笑いながら、伸ばされてくる手も今の自分とは煮ても似つかない太さだ。バチンっと慌てて弾き飛ばすと、ニキータ(太)は傷ついたような顔で「酷いわぁ」と眉根を下げた。
「認めないつもり? ……今のあなただって、いつこのあたしに戻るか判らないのに?」
「戻らないわよっ!」
 自分の投げつけてくる言葉に、ちょっと涙目になりながらも、ニキータはぎっとニキータ(太)を睨みつけた。
「絶対に、あたしは「あの時のあたし」には戻らないんだから……!」
 決意と共に、拳を握ったニキータとは逆に、もう一人……別の扉の中にいたレイリアは、自分自身が記憶の中の自分を再現する羽目になっていた。

「……な、なに?身体が……!? か、身体が……膨らんで……!?」
 レイリアは顔を蒼白にさせた。この感覚には覚えがある。以前、依頼をこなしている中で体験したもので、今に至っても夢に見そうなほど、最も思い出したくない記憶だ。「嫌、こ、こんなの聞いてない……!」喚いたが、それで止まろう筈も無かった。
「嫌ァッ!? 私の身体が……こ、こんな……お願い、止まってぇ……!」
 最初に顕著に現れたのは、二の腕だ。細かった腕がぷよりと弾力のありそうな肉付きになり、太股から足首にかけてもその幅が広がっていき、輪郭は円へと近付いてく。そして、最も影響が大きかったのは、お腹周りだ。何しろ、一回り面積が増えるたびに、ぴったりとしたチャイナドレスは内側へ内側へと食い込んでくるのだ。ウエスト周りは殆ど拷問に近い締め付け方だ。だが、それはまだ恐怖の始まりでしかなかった。
「ちょっと……もう、これ以上はぁ……ダメ、ダメ、服が……っ!」
 拡大の止まらないレイリアの肉は、そのままもりもりと膨らんでいき、しかも風船のようにではなく、しっかり肉がついているため、今度は服のほうを圧迫し始めたのだ。きついスリットは既に、メシミシと嫌な音を立てて、ゆっくりとだが確実にその幅を広げてきているし、胸元の留めももうすでに役目を果たせなくなってはじけてしまっている。それが扇情的にならないのは、その弾けた先から肉がみちみちとはみ出し、更に拡大を続けているからだ。
「ダメ……ダメェ!こ、これ以上太らないで……!」
 レイリアの悲痛な叫びは、虚しく室内に木霊したのだった。


 そうやって、各々が悪夢の中にあった頃、ダリルは一人どの部屋でもなく、入り口直ぐそばで待機しているアルファーナの側で、ルカルカとテレパシーで連絡を取り合っているところだった。
「あちらは随分、厄介なことになっているようだな」
 どこか他人事のように呟いて、ダリルは特に何をするでもなく手持ちぶさた気味のアルファーナを振り返った。
「出口がなくなってしまったと言っているんだが、このダンジョンは相手を任意に閉じ込めることが出来る、ということか」
「ええ、そうですわ」
 アルファーナはにっこりと頷いた。
「このダンジョンの権限者であれば、如何様なダンジョンにも作り変えることが出来るんですのよ」
 勿論、完全に好き勝手に動かすことができてしまうと、ダンジョンの権限者がどんな反則をすることもできるので、厳密なルールが存在している。例えば、余程の理由がない限り、必ず一つは脱出できるための方法を残しておくことが、入り口と出口を隠す際でのルールである、とアルファーナは語った。つまり、今回のケースでも、自力で脱出できる方法が存在する、というわけだ、とダリルは呟いて、気になったことを口にした。
「権限者……か。それなら何らかの方法で権限を持つことが出来れば、動かせるのか?」
 その問いに、アルファーナは頷いた。
「権限を持つことが出来れば、ですわ。けれど、何らかの方法、はひとつしかございませんの」
 それ以外の方法、つまりハッキング等の手段ではその権限を所得する事はできず、ダンジョンへの干渉はできない、ということらしい。
「ちなみに、わたくしやベイナスを脅したり、洗脳したり、といった類も不可能ですわ。このダンジョン内では一切のスキルを封じることも出来ますし、わたくし達はこのダンジョンを出ることはできませんから」
 にっこりと笑うアルファーナに、成る程、と肩をすくめながらその情報をルカルカへとテレパシーで送っていると、ただし、とぼそりとアルファーナが突然声を潜めて、妙に甘ったるい声で口を開いた。
「今回は、物理的な脱出手段は、全て凍結しておりますの」
 その言葉に、ダリルが軽く瞬いた。
「……話が違わないか? それでは、脱出手段が無い、と言っているのも同然だろう」
 先程のルールから逸脱している。そう指摘する声に、くすくすと笑うアルファーナの声に、微かにだが違和感が混じり込んだ。
「脱出手段はありますわ……この体の、基本能力……超えることは、不可能、ですもの……」
 その違和感に眉を寄せるダリルに、どこかぞっとさせるような妙な気配をまとったアルファーナが、ふふ、と微笑んだ。

「お忘れですか? ……これは、悪夢ですのよ?」