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遺跡と魔女と守り手と

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守り手2

「コボルトたちの集落……やっぱり人はもちろん、同じ森の住人であるゴブリン達ともその文化は違うわね」
 その事実を肌で感じながらローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)はそう言う。
「はわ……ごはん、おいしい、の」
 コボルトたちに用意され出された料理を食べながらローザマリアのパートナーエリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)
は言う。ローザマリア同様、コボルトたちのことを理解しようとこの場に臨んでいた。
「理解しあうことは難しい……でも本当のパートナーになるためには必要なことよ」
 かつて、戦争で綿花が豊富な地を占領したとある将軍は、本国へ綿を送るようにという行政府の申し入れを拒んだという。その将軍は現地住民の収益の要である綿を取り上げれば彼らの日常生活を圧迫し、且つ死者を綿で包んで埋葬するという宗教心まで傷つけると考えたのだ。
 その先例に倣うなら、ほんの僅かで些細な摩擦であっても禍根として残る懸念がある。表向きは親しみ易く振る舞いつつも、コボルト達の尊厳や観念、生活観を侵す様な行為は許されない。
(ただ、それが一番難しいのよね)
 それを達成するために言葉の壁を乗り越える必要も出てくるだろう。今回の試験に合格したとしても本当のパートナーになるには時間がかかるかもしれない。
「うゅ……だいじょうぶ、ローザなら、できる、の」
 悩んでいる様子を見たのかエリシュカはローザマリアをそう励ます。
「そうね。エリーも……それにアテナも一緒なんだから」
 瑛菜もそれにはおそらく手伝ってくれる。お互いがお互いを尊重しあう関係を築いていけるはずだと。
「ねぇ、そろそろ前村長の所にいこうよ。そろそろ守り手の試験の合否を教えてもらえるかも」
 一緒にコボルトの食事を食べていたアテナはそう言う。
「合否じゃなくてアテナはその先に教えてもらえることが気になるんじゃないの?」
 アテナの事を察してローザマリアは言う。
「ぅゅ……ミナホのこと、しったら、もうもどれないきがする、の」
 それでも大丈夫かとエリシュカは心配する。
「アテナは大丈夫だよ。だって瑛菜おねーちゃんがアテナのことちゃんと分かっててくれたもん」
 だから大丈夫とアテナ。逆にエリーはどうかと聞く。
「アテナといっしょなら、エリーは、へーき、だもんっ」
「なら、行きましょうか。そろそろ日が暮れるわ」
 アテナの言うとおりいい頃合いだろうとローザは言う。
「それには及びませんよ。ちょうど私もあなたたちを探していたところですから」
 立ち上がろうとしたローザたちに前村長はそう声をかける。
「森の守り手の試験ですが、ゴブリンキングとコボルトロード、ついでに私の話し合いのもと、一部(といより一人)を除いて試験を受けた人は合格です。ボンもロードも皆さんのことを気持ちのよい人間だと褒めていました」
 単刀直入にそう言う前村長。
「それじゃあ、ミナホちゃんのことを……」
「ええ。今から話――」
「――あ、前村長見つけた。ねぇ、ミナホがミナスを殺したって話について聞きたいんだけど……あ」
 前村長が話し始めようとした所に横から入ってきたのはアニス・パラス(あにす・ぱらす)だ。
「アニス、その話は不用意に話しては……と、もう遅いですね」
 スフィア・ホーク(すふぃあ・ほーく)はアニスを諌めるが、既に前村長以外の耳に入ったことを理解して息をつく。とうのアニスがなれない人に極度の人見知りを発生させているだけに責めるに責められない。
「前村長。申し訳ありません。情報の機密性はアニスも理解しているのですが……」
「構いませんよ。10年前、ミナホのことを語るのであればそれは避けては通れない話ですね」
「うぅ……」
 人見知りで震える様子のアニス。
「……それと、申し訳ないのですが、アニスを背中に隠してもらえないでしょうか? 対面しなければ少しは落ち着くと思います」
 アニスのためにそう願うスフィア。
「問題ありませんよ。後にいても話は聞けるでしょうし」
「ふぅ……びっくりしたぁ」
 ある程度慣れた人である前村長の背に隠れたおかげか、アニスはスフィアを強く抱きしめることで心の平穏を取り戻す。
「アニス。私は前村長と話をします。アニスはいつもの『皆』と話を試みてください」
 スフィアの言葉にアニスは素直に頷く。
「ミナホちゃんがミナスを殺した……? それじゃあやっぱりミナホちゃんは……」
「アテナさんの疑惑は分かっていますよ。その上で先に結論だけ。ミナホは粛正の魔女ではありません」
「それじゃあ、ミナスを殺したってどういうこと?」
 自分の知るミナホは人を殺せるような人間ではないとアテナは言う。
「私はミナホがミナスを殺したと入っていませんよ。ミナホの『手』で殺されたとは言いましたが」
「……つまり、村長は操られていたのですね」
 スフィアはこれまでの話をまとめてそう結論を出す。
「……そのあたりの話をしましょう」


 ミナホはミナスの一人娘です。ミナスは既に死んでしまったと思っていた妹の名前を自分の娘につけました。そしてその後パラミタが出現してからミナホの父親……つまり私と契約を結びました。そして私とミナホを連れて初期にパラミタへと帰っています。
 そして村を作る活動や森を守る活動。その中で自分の妹が生きていること、そして滅びの魔女と呼ばれた存在であることを彼女は初めて知りました。それと同時に妹が自分に大きな殺意を向けていることも。
 ただ、それでもミナスは本来であれば殺されることはなかったはずです。滅びの魔女には人を傷つけてはいけないという呪いがありますから。唯一、人を介してその力を使うのなら別ですが、近しい人に不意打ちでもされない限りミナスが不覚を取ることはない。それだけ魔女としての力を持っていましたから。
 だから近しい人の不意打ち、つまり私やミナホからの不意打ちをミナスは防げばよかったのです。私は契約者であったため、魔女の力は効きません。問題のミナホですが、それもミナスが5000年の研究で作った衰退の力からの干渉を無効化するペンダントを与えることで対策を取りました。

「けれど、ミナホはそのペンダントをとある理由から自らの意思で手放しました。そして……」

 衰退の力により作られた呪いが込められたナイフ。それをミナホの手で刺されミナスは死にました。魔女の力が契約者には効かない……そんなものを笑うような、都市一つの命を奪ってミナが手にした力すべてを込められた呪いによって。

「ここまでで何か質問はありませんか?」
「あなたが、今ここにどうやっているかです。ミナスが死んだ時点であなたはこの場に平気でいられるはずがない」
 様々な者が小型結界装置を持って訪れることが出来る今と、10年前とでは状況が違う。
「ミナスは繁栄の魔女でした。……そして彼女が振るう繁栄の力とは可能であることは技術さえあればなんでもできる力です。その力によって作られたお守りを死の間際にもらいました」
 前村長の説明にスフィアはひとまず納得する。
「その繁栄の魔女?……もしかしてミナホちゃんは……」
「ええ。今の繁栄の魔女はミナホですよ。ミナスが死んだ時その役目をミナホが受け継ぎました。……その結果としてミナホは10年分の記憶を失い、今なおとある記憶を失い続けているのですが」
「それはどうしてなのかしら?」
 ローザマリアが質問する。
「粛正の魔女が人を傷つけてはいけないという呪いを持つのと同様繁栄の魔女にも呪いがかせられています。それは死んだ人の記憶を消去されるというもの。……母にべったりだったあの子は地球にいた頃の記憶ごとなくしました」
「それじゃあ……ミナホちゃんはミナホちゃんなんだね?」
「ええ。あなたたちにとってのミナホはあなた達の知っているミナホです」
 その姿に裏はないと前村長は言った。いつも飄々としている前村長には珍しく少しだけ寂しそうに。
「『大丈夫。記憶を失ってもリリィはリリィよ』」
「? アニスさん、いきなりどうしたんですか?」
「よく分かんないけど『皆』の中で特にアニスに優しくしてくれる『皆』がそう言って欲しいって」
 アニスにもよく分かっていないようだった。



「お久しぶりね……って、これはジェスチャーにするのは難しいわね」
 自分と縁のある一人のゴブリン。そのゴブリンに奥山 沙夢(おくやま・さゆめ)はそう挨拶する。
「うん……でも、あたしたちの気持ちはちゃんと伝わってる気がする」
 雲入 弥狐(くもいり・みこ)はそう言う。
「だって、あたしもこのゴブリンが久しぶりにあえて嬉しいって伝わってるもん」
 助けたり助けられたりを互いに経験し合った仲だ。言葉が通じずとも伝わるものはある。
「前にも一緒に行動したことがあったわね。あの時はこの森にはいない動物達がいて……後で元の住処に帰してあげたのよね」
 懐かしそうにいう沙夢。ゴブリンには何を思い出してるかまでは分からないかもしれないが、自分との思い出を懐かしんでいるのは伝わっている様子だ。
「でも、やっぱりちゃんと会話したいよね。あたしもジェスチャー考えるの手伝おうかなぁ」
 そのジェスチャーを考える中心人物が誘拐なんてされてて今は無理だが。
「そうね。相手を知り、自分を知ってもらう……言葉にするのは簡単だけれど、実行するのは難しいことよね。ジェスチャーが少しでもその助けになればいいわ」
 沙夢はそう願う。ただ、それが決まるまでにももっと出来る事はあるだろうとも思う。
「親交を深めるため……自分がやれることをやるだけよ」
 そうして守り手として認められればいいと。まだ合格通知をもらっていない沙夢はそう願う。
「ってあれ? そのペンダント何? すごく綺麗だね」
 弥孤は親しいゴブリンの首にペンダントがかかっていることに気づく。
「本当ね。……周りのゴブリンもペンダントをしているわね」
 周りを見渡して確認して沙夢はそう言う。沙夢はもちろん、他の契約者達も知らないことだが、ゴブリン、それにコボルト達がしているペンダントはミナスに渡された粛正の魔女からの干渉を防ぐものだ。今まではそれをつけていることを人には等しく隠していたが、守り手の試験に合格した契約者たちには見せてもいいだろうと、二人の長が決めたことだった。
「……でも、君のペンダントは他のゴブリン達がしてるペンダントとなんか違うよね。特別製というか……」
 弥孤の言葉の通り、そのペンダントは他のゴブリンやコボルト達がしているものとはデザインが違うものだった。



「……これでよかったんだよね。ミナホちゃん」
 試験の合格通知を受けてレオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらヴす)はそう言う。
「……やはり、レオーナ様はミナホ様を助けに行きたかったのですね」
 クレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)はパートナーの気持ちを察してそう言う。
「当然だよ。……でもミナホちゃんのことだからせっかくゴブリンちゃんやコボルトちゃんと仲良く出来る機会なのにミナホちゃん優先したら怒るかなって」
「ミナホ様はそんなことで怒ったりしないと思いますが……でも、こちらを優先してほしいとは言うでしょうね」
 そう思ったからレオーナはゴブリンやコボルトと一緒に食べ、一緒に寝て、一緒に森を守って……ある意味今回の試験の中でゴブリンやコボルトたちとの仲を一番進めたのはレオーナかもしれない。もとから親交を深めている契約者達ほどではなくても、友と呼べるくらいには多くのゴブリンたちと仲を深めていた。……ある意味本能で生きている娘だというのも大きいかもしれない。そういったレオーナに生真面目に付き合ったクレアも彼らと大きく仲を深めていた。……大変なパートナーだねと同情されている気がするのは気のせいではないだろう。実際、体力のないクレアがレオーナに付き合うのはほんとうに大変だったためその同情は間違っていない。
「さて、いろいろと合格した皆さんには話してきたのですが……レオーナさんには相談させてもらっていいですか?」
「相談? それならクレアとかもっとふさわしい人がいる気がするけど……」
「これはミナホと仲のいいあなたにまずしないといけないことですから」
「仲いい……かなぁ? 最近怒られてばかりのような……」
 最近の出来事を思い出してレオーナは言う。
「あの子が遠慮無く怒れるのなんてあなたくらいですよ……まぁ、あの子が怒らないといけないようなことをするのもあなただけの気がしますが」
「レオーナ様……」
 うぅとクレアは喜んでいいか泣けばいいのか悩む。ただ、ミナホにしても前村長にしてもレオーナのことを好意的に受け止めていることだけは理解した。
「それで、相談って?」
「はい。もしも、村が滅びそうになった時、私はミナホを殺さなければなりません」
「……………………え?」
「あなたにはその時までにどうするか決めて欲しいのです。……私と一緒にミナホを殺すか、ミナホを守るか」
「そんなの決まっ――」
「――今決めろとは言いません。ただ、覚えてください。ミナホを殺さなければあの村はほぼ確実に苦しみの中で滅びます」
 レオーナの言葉を封じるように前村長は言う。
「あなたたちにはあえて何も10年前の出来事は伝えません。別に他の契約者の方に聞くことは止めませんが……複雑な事情など知らない状態であなたには自分の心のまま答えを出してほしいと思ったからです」
「……レオーナ様の代わりにわたくしが質問します。ミナホ様を殺さずに村を救う方法はないのでしょうか?」
「……ミナスが5000年前に記した本があればもしかすれば……ただ、私も探しましたが見つかりません。もうなくなったか……あるいは誰かがその本を隠して所持していたり、書き足して別の本として存在しているかもしれません」
 どちらにしてもリミットまでに見つけ出すのは不可能に近いだろうと前村長は言う。
「祭が終わるまでは村が滅ぶことはないでしょう。ただ、それから一つ気もしない内にその時は来ます。だから……」
 それ以上は何も言わず前村長は二人のもとを去る。
「どうして前村長様はわたくしたちにこんな相談をしたのでしょうか?」
「よく分かんないけど……とりあえずおなか減ったわ」
 ミナホちゃんの手料理が食べたいとレオーナは言う。
「……そろそろ村に戻りましょうか。もしかしたらもうミナホ様が助けられて戻ってきているかもしれません」
 パートナーが今どんな気持ちかクレアには分からない。それでも傍で支えることだけはしよう。そう思った。