天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

サマーオールナイトクルーズ

リアクション公開中!

サマーオールナイトクルーズ
サマーオールナイトクルーズ サマーオールナイトクルーズ

リアクション

 
1.オールナイトクルーズ
 
 
 白を基調に、金とサファイアのアクセントの礼服を纏い、波打つ金髪に美しい容貌で堂々と立つイルヴリーヒは、このパーティーのホストであるエイリークより遥かに王子様という感じで、周囲の女性達の視線を集めていた。
「ようこそ、イルヴリーヒ殿」
「お招きありがとうございます、エイリーク殿。
 お言葉に甘えて、友人達も呼ばせていただきました。
 是非安全な船旅を期待します」
 そうにこやかに笑みながら、これは皮肉が混ざっているな、と、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は思った。
 傍らでは、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)も苦笑している。
 二人とも、相応の礼装を身につけている。
「ええ。それは勿論、その節はご迷惑おかけしました。
 今回は、素晴らしい船旅をお届けすることをお約束しますよ。
 シャンバラの方々をお呼び下さったことも感謝します。
 是非、色々と見知って行って欲しいものです」
 エイリークもまた、にこやかに応じ、呼雪達を見た。
「建国が成された後、何度かシャンバラへ旅をしましたが、素晴らしい国ですね。
 いつか地球にも行ってみたい。
 父は保守派ですが、私は改革派です。
 つまらないことを言う父を説き伏せて、いずれもっとこの島を発展させますよ」
「貴方のお父上は立派な方です。
 私も、兄も尊敬しています」
 イルヴリーヒは、腰に挿した、兄イルダーナに借りた礼剣の柄に手を置く。
「昔、兄が初めて父から授かったこの剣は、貴方の父上の作品です。
 兄は長くルーナサズを空けておりましたが、帰還の折、この剣が紛失していなかったことを殊の外喜んでおりました。
 今は領主の仕事に専念し、職人としては引退したそうですが」
「それを聞いたら、父も喜ぶでしょう」
「君は、鍛冶師じゃないの?」
 エイリークは、貴族、という雰囲気ではあるが、鍛冶師には見えない。
 ヘルが訊ねてみると、まさか、と彼は笑った。
「私は鍛冶師にはなりません。
 やがて領主として父の後を継ぐのですから、職人になる必要はありません。
 今は色々と学んでいます」
「……へー」
「それでは、ごゆっくりお楽しみください」
 エイリークは、他の客に挨拶をする為に離れて行く。
「……つまり、今は色々と遊んでいるんだ?」
 離れて行ってから、ヘルの言葉に、イルヴリーヒは苦笑した。
「鍛冶師になることは強制ではないし、好き嫌いも、向き不向きもあるから、特に言うことは無いのだが。
 本音を言えば、今のこの島が好きだから、彼が領主となって下手なことをしないでくれたらいいと思う」
 まあ、現領主は衰え知らずで、暫く代替わりの心配はなさそうだが。
 呼雪はエイリークの方を見た。
 女性客達に対して、目の色が違うような気がして引く。
「呼雪。つまらないもの見てないで、あっちのデッキに行かない? 風が気持ちいいよ」
 船はいつの間にか出港していた。
 ヘルに誘われ、呼雪達はイルヴリーヒと別れて、デッキに向かう。

◇ ◇ ◇



 じきに秋になるとは思えない、明るく爽やかな風が心地良い。

 この船には、切ない恋心を抱いた人魚が人の姿となって乗り込んでいるらしい。
 巫女を気取ったヘルが
「お告げを受けた」
と言って、【御託宣】によって得たその情報は、乗船前には顔見知りの友人達、その伝を辿って殆どの契約者達の耳に届いていた。
「……人魚、か」
 そういえば、ヘルも以前、鏖殺寺院のラングレイとして行動していた砕音・アントゥルース(さいおん・あんとぅるーす)に、人魚になぞらえられたことがあった、と思い出す。
 彼はその頃、呪いによって発言が制限されていた。
「……他にも、死亡フラグ立てまくって……」
「んもー、悲壮な決意までしてたのに、フラグへし折ってくれちゃったのは呼雪でしょ? 責任とってよねー」
 何を考えていたのか解ったヘルは、朗らかにそう笑う。
 呼雪は無言になった。取っているつもりなのだが、とは言えない。
 そんな表情を読み取って、ヘルは更に笑った。
「あ、今悩んだでしょ? 真面目なんだからー。ふっふー」
 ぎゅー、と抱きつく。
 本当はしっかりと抱きしめたいのだけれど、人目もあるし、呼雪が困るだろうので、おどけた調子で。
 呼雪が成すがままにされているのは、それを解っているからだろう。
 気恥ずかしそうなその表情に、胸の内で、大好きだよ、と囁いた。



 ニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)は憤慨していた。
「クッ……参加者のドレスコードって何よ。
 こう見えても、心は立派な乙女なのよ!」
 折角豪奢なドレスを用意して来たというのに、従業員達に呼び止められ、困った顔で、色々と説得されてしまったのだ。
 不愉快極まりない話である。
「ニキータお姉様が、そんなに婚活したがっているとは知りませんでした」
 デコルテが綺麗なデザインの、黒のリボンをアクセントにしたパールピンクのワンピースドレスを着た、花妖精のカーミレ・マンサニージャ(かーみれ・まんさにーじゃ)が、やや意外そうに言う。
 足元は、可愛いベルト付きのパンプスだ。
 社交パーティーと銘打ちつつ、これがエイリークの目的に便乗した婚活パーティーであることは、既に周知のことである。
「今日はエリュシオンの貴族も招待されてるのよ〜あたしの玉の輿が」
 興味津々のニキータに、カーミレは苦笑いだ。
(そんなパーティーに、ドレス姿のがっしりしたオカマさんがいたと、エリュシオン社交界で噂にならなくて良かったんじゃないでしょうか?)
「……泣くな、オカマ野郎。暑苦しい」
 白地に青い小花柄をあしらった子供用ドレスを着て、つま先がころんと丸い可愛いクロスベルトの可愛いシューズを履いたタマーラ・グレコフ(たまーら・ぐれこふ)が、ニキータの頭を、その小さな手でぽんぽんと慰めた。
「それに、タキシードも、似合う。と思う」
 オカマという最大の難を除けば、ニキータはそれなりに格好良いのだ。
 タマーラの言葉に、感激に瞳を煌かせ、
「天使ちゃーん!」
と抱きついて来たのを迷惑顔で押しやって、タマーラはカーミレとさっさとパーティー会場に向かった。
 近くの女中にメモを渡し、向かった目的地のご馳走のテーブルに、トオルの姿を見かけていた。
 ニキータはとりあえず、こんなこともあろうかとカーミレが用意してくれていたタキシードに着替えに、部屋に戻る。

 彼が普段着なのを見ると、その服装が歓迎されたのかは疑問にしろ、ニキータが言われたドレスコードは口実だったのだろう。
「……こんにちは」
 挨拶をすると、振り向いたトオルが破顔する。
「よう、奇遇だな、タマーラ!」
 ぎゅっとハグして、
「ニキ姐と来たのか?」
と訊ねるのに頷く。
 ニキータのものとは違う、普通のハグだ。
 ニキータもこういう風に普通にハグすればいいのに……と思いかけて、そんなニキータはニキータじゃない、などと思ってしまう、自分の順応性に密かに溜息を吐いた。
「ニキ姐は? ドレス?」
 きょろきょろと辺りを見渡すトオルの目が、期待に輝いている。
「……タキシード」
「何だ、ドレスだったらダンス誘いたかったのに」
 完全に面白がっている様子だ。
「……踊れるの」
「踊れないけど。
 何か見てたら適当にくるくる回ってればよさそうじゃん? 踊ってみるか?」
 タマーラは首を横に振って、ご馳走のテーブルを見る。トオルは笑った。
「俺もこれが目的で来たんだよなー。
 シキは興味が無いみたいで、ぱらみいと留守番なんだけど」



 パーティーは基本的に立食のようだが、壁際にはテーブルと椅子も用意されていて、半分はビュッフェ形式のようだった。
 料理を向こうのテーブルに持って行く者も、あらかじめ席について、持って来させている者もいる。
 あるのは飲み物のみで、歓談に使っている者も勿論いた。
 外側に向いた場所にはカウチなども用意されていて、くつろげるようになっている。

 セルマ・アリス(せるま・ありす)は会場にトゥプシマティの姿を見つけた。
 子猫のようなサイズの龍を肩に乗せ、イルヴリーヒと共に現れたトゥプシマティは、エイリークと挨拶をする彼と別れ、ご馳走のテーブルに向かう。
 セルマとパートナーのゆる族、ミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)は、あちこちのテーブルに目移りしている様子のトゥプシマティに歩み寄り、声を掛けた。
「やあ。この船の雰囲気はどう? 人がいっぱいいるところは苦手だったかな?」
 セルマの声に振り向いて、こんにちは、と返したトゥプシマティは、無機的に周囲を見渡す。
「苦手というほどでもないです」
 つまりは興味がない、ということか。
 セルマは人の多いところは得意ではないし、立食しながら誰かと話をするというのも苦手だ。
 それでも、トゥプシマティとその肩のヴリドラが、気分転換を楽しめればいいと思う。
「美味しいもの、沢山食べて行けばいいと思う。
 二人は何を食べたい? 特に無かったら、こういうのは苦手〜っていうのを教えてくれたら、おすすめな食べ物を持ってくるよ!」
「……特に、苦手は」
 自分が居た時代とは違うというジェネレーションギャップと、ナラカでは基本的に、まともに食事をしたりなどしなかった。
 自分がかつて、どんなものを食べていたかも思い出せずに、トゥプシマティは言葉を濁す。
 我ハ要ラヌ、とヴリドラの方はどうでもいいようだった。
「じゃ、ちょっと待っててね!」
 ミリィは一旦場を離れ、皿に前菜とローストビーフ、小さなデザートを盛って戻って来る。
「ワタシのオススメ、ローストビーフだよ!」
「ありがとう」
 トゥプシマティは受け取って黙々と食べる。
 無表情なのではなく、むしろ意識が集中している様子だ。
「美味しいです」
「よかった!
 デザートも沢山あったから、気に入ったら他にも持って来るよ」
 ミリィは、トゥプシマティがパーティーを、というよりも食事を楽しめるようにと気遣う。
 セルマは彼等と話をした。
「やっぱり、ナラカに戻る目的は忘れていないんだろう?」
「勿論です」
 セルマの問いに、トゥプシマティは頷く。
 それなら二人とも、今の生活のままでいいとは思っていないだろう。
 早くいい報告ができるよう頑張りたい、そう思う。


 トゥプシマティは、食事よりデザートの方により興味を示したので、デザートのテーブルの近くに場所を移動した。
「わぁ……美味しそうです。
 素敵なデザートもいっぱい。これは研究のしがいがありますね」
 うっとりとテーブルを眺めていたカーミレが、横に立って無言で目を輝かせているトゥプシマティに気付いて笑みかけた。
「美味しいものはいいですよね。
 こうして頬張るだけで、幸せな気持ちになれますから。特に甘い物は格別です!」
 これなんか美味しいですよ、と勧めたムースを黙々と食べて、トゥプシマティはこくこくと頷く。
 やっぱり女の子だな、とその様子を見てセルマは思った。