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サマーオールナイトクルーズ

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サマーオールナイトクルーズ
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リアクション

 
 
 会場から悲鳴が上がり、客達が次々に、崩れ折れ、倒れる。
 エースは素早くアリーを庇い、二人の前に、更にエオリアが飛び出した。
 咄嗟に物陰に身を潜めて耳を塞ぎ、人魚の咆哮をやり過ごした舞花は、素早く飛び出して客達に走り寄り、介抱しながら舞台の人魚に注意を向けた。
 人魚は既に舞台の上にいない。
 エイリークの側にいたイルヴリーヒが、よろめきながらも剣の柄に手をやる。

 くわ、とヴリドラが口を開けるのに気づいて、トゥプシマティが慌てて抑えた。
「何故止メル」
「ヴリドラ様が本気を出したら、この船は沈んでしまいます。
 戦士ではない者達を巻き込むのは、本意ではありません」
 トゥプシマティの言葉に、ヴリドラは渋々引き下がる。
 トゥプシマティは、とりあえずイルヴリーヒの元に走ったが、自分が手を出すまでもないだろう、と思った。

 す、とエイリークの元へ向かう人魚の前に、燕馬が立ちはだかった。
「……ふふ。
 そう、そんなにも我を邪魔したいんですの?」
 口調がヤミーになりきっている。
 魔剣ヤミー・レプリカを抜き放ち、
「我の歩みを止めた罪は重いのですわ――疾く、死になさいな」
 攻撃を仕掛けるその寸前、これを絶好のチャンスと、第三者が乱入した。


 エイリークは、前方からではなく背後から襲われた。
「フハハハ!
 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス!
 ククク、この豪華客船は、我等オリュンポスが乗っ取った!
 船に仕掛けられた爆弾を起爆させられたくなかったら、大人しく言うことを聞くがいい!」
 エイリークを羽交い絞めにしながら、招待客に紛れていたドクター・ハデスは、高らかにシージャック宣言をする。
「ああもう、こんな時にですかっ……!」
 客達を介抱しながら、舞花が唸る。
「お前がこの船の主だな。お前は人質だ。俺と一緒にこっちに来るがいい!」
 ハデスはエイリークを引きずって、船の舳先を陣取った。

 燕馬と獲物を横取りされた人魚は、ぽかん、とハデス達と二人を追って駆け出す者達を見送る。
 一瞬早く、人魚の方が先に我に返り、素早く燕馬の前から退いて姿を隠した。

「要求は何だ。目的は?」
 ハデス達二人から距離を置いて、先頭に立つイルヴリーヒが訊ねる。
 その堂々たる佇まいは、ハデスにして、
(あれ? 一番偉い奴こっちだったかな?)
と思わせたが、すぐに、はたっと我に返った。
「目的? あ、ああ、目的だな!」
 コホン、と咳払いをひとつして気を改める。
「我等が目的は世界征服!
 エリュシオンにもまた、この名を轟かせ、怖れさせることだ!」
 つまり、愉快犯なのか? とイルヴリーヒは思ったが、刺激してエイリークが刺されたりしては困るので口にはしなかった。
「む。微妙な顔をしているな?
 ククク、ならば我々が本気であることを示す為に、まず、爆弾でこの船の動力を止めさせて貰おうか!
 我がオリュンポス特戦隊が既に、この船のあちこちに爆弾を仕掛けている!」
 いるのだー、と、ハデスの足元で、ポムクル戦闘員さんが起爆スイッチを掲げている。
「戦闘員よ、機関室の爆弾を起爆するのだ!」
「のだ!」
 最初に機関部を爆破したら、この船乗っ取れないだろう、という突っ込みは誰もできない。
 溜めもへったくれもなく、カチ、とポムクルさんは起爆スイッチを押した。

 ドカン、と派手に爆発したのは、船の機関室ではなく、ハデス達のいる船首付近だった。
「うわあぁぁっ!」
「な、何だとおっ!?」
 エイリーク、ポムクルさん達と共に、爆風でバランスを崩し、吹き飛ばされるように海に落下しながら、ハデスは叫ぶ。
「あらあら」
 密かに見物していたミネルヴァが肩を竦めた。
「起爆スイッチの番号を取り違えていましたかしら。
 ……まあ、直接爆破地点にいませんでしたし、命に別状はないでしょう」
 ひ弱なポムクルさんがコロリといってしまわないかだけが少し心配だったが、ハデスが空中で偶然に上手く受け止めたようだ。
 あとは自力で勝手に何とかするだろう。
 人質のエイリークも、熱心に想う人がいるのですから大丈夫でしょう……と、ちらりと見やって、おや、と思った。

 アリーのことはミネルヴァも、パーティー会場で見聞きして既に知っている。
 てっきり彼女が助けに飛び込むだろうと思っていたのだが、他の客と同様に、アリーはデッキの手すりから、落ちたエイリークを眺めているだけだ。
 とすん、と、そのアリーが不意に尻餅をついた。
「きゃあ!?」
 声を上げる。
「え? 声が!?」
 側にいたエースが驚き、手を差し伸べようとして更に驚く。
 ドレスの裾から出ていたのは足ではなく、人魚の尾だったからだ。



 ヘルの施した呪い返しが、今、ようやく届いて、効果を現したのだった。
 結果、アリーは呪いから解放され、声も取り戻したが、人間の足を失った。
「マリエル! 元に戻ったのね!」
「姉様! もう、何しに来たのよ!」
 走り寄った女に、アリーは悪態をつく。
「え?」
 とエースは目を見開いた。
「皆には変な誤解されるし、やっと好きな人と再会できたのに何も出来ない内に人魚に戻っちゃうし、もう最悪!」
「ええ?」
 ぽかんとするエースに、エオリアが苦笑した。
「どうも僕達は、誤解をしていたようですよ」
 直前で、テレパシーによる会話でそれを知ったエオリアだったが、直後に騒ぎが起きてしまい、誰に伝える余裕もなかった。
「つまり、彼女の好きな人はエイリークさんではなく、イルヴリーヒさんだったそうです」
「えええ?」

 要するに、折角助けてあげたのに、目覚めて早速、とんちんかんな誤解をしてむかついていたエイリークに対し、毅然として叱咤した美しい青年に、アリーは恋をしたのだった。

「人の姿になったはいいけれど、間違えて島の方に上がってしまい、途方にくれたそうです」
「というか、エイリークと同じところにあの人もいると思ったのよ」
 そこはアリーの判断ミスだ。
 陸の世界の勝手はまるで解らず、読み書きさえできないアリーはだから、拾ってくれたエイリークに感謝はしている。
 だが、以来エイリークとイルヴリーヒが会う機会はなく、つまりアリーがイルヴリーヒと再会することもなく、今日、ようやく会えたのだ。
 相手の誤解はされたものの、背中を押されて、告白の決意までしたというのに、騒ぎが起こって、この有様。
 人魚に戻ったアリーは、もう陸では生きていけなかった。