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【逢魔ヶ丘】魔鎧探偵の多忙な2日間:1日目

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【逢魔ヶ丘】魔鎧探偵の多忙な2日間:1日目

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第2章 装う人々の肖像


「御機嫌よう、クーフイエさん。あなたのお庭は近頃どんなかしら?」
「まぁお久しぶりですことネイメラさん。素敵な月の色のお召し物ですのね」
「お変わりなくて? 皆様」

 鈴を鳴らすような声がそこここで響き、ふふふとさざ波のような笑い声がそれらに追従する。
 石造りのやや冷たく固い外観からは似つかわしくなく、その広間(ホール)は、柔らかな色の絨毯とそこここの燭台の優しい明りとで、来客を愛想よく迎え入れる準備が整えられていた。

 ザナドゥの辺境から出てきた“田舎貴族”の令嬢たちは、そのほとんどが経験のない、長距離移動にくたびれながらも大はしゃぎだ。
「あぁあ、わたくし、全く大冒険でしたわ! ザナドゥを出てくるなんて初めてでしたもの!」
「あら、ゲラダさんはシャンバラは初めてですの?」
「そうなんですの。心配性の母が昨日の夜まで大騒ぎで、今朝になっても……」
 それでも令嬢たちは、長旅の疲れも見せず、それぞれに与えられた個人客室でアフタヌーンドレスに着替え、こうしてホールに出て元気に社交活動に勤しむ。この会のために雇われていると思われる雇われ執事たちがお茶と軽い茶請けの菓子を用意し、華やかな場にさりげなく、そしていっそうの花を添える。
「これが『合宿』というものでしょうか? わたくし、なんだかとてもウキウキしてまいりましたわ」


「初めまして、御機嫌よう、皆様」
 全くその場に波一つ立てぬ馴染み具合で、中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)を纏って入ってきて、場に相応しい慇懃な佇まいで一礼した。
「あら初めまして、どちらからいらしたんですの?」
「素敵なお召し物ですこと。お茶いかがかしら?」
 令嬢たちも社交家らしく、初対面でも身なり立ち振る舞いのきちんとした相手ならば警戒心はないのか、大して違和感も覚えず受け入れる。

 貴族子女の紹介、という形で一応体裁を整えた綾瀬だが、この場に入ることは実はキオネたちの側が予期していたほどには、難しいことでもなかった。
 一応、教室の主催者側は参加予定者の名簿等も拵えているのだが、貴族の女性というのは大概、執事や小間使いなど、移動において様々なお供を連れているものである。また大らかで、細かいことを気にしないので、平気で当日「お友達も一緒に来たいというので」というノリで新規の参加者を連れてくる。あまり規約を小うるさく言って大騒ぎしたくないのか、それとも臨機応変に対応できる余裕があるのか、主催者側もこのような飛び入りを大概文句も付けずに受け入れてしまっていた。
 おまけに、令嬢たちは、この会を覆すかも知れない異分子の侵入など露ほども疑っていない。綾瀬が、館に近付いた一人の令嬢に「初めまして」と声をかけ、
「私も魔鎧作りに興味がありますので、ご迷惑でなければ、ご一緒させては頂けないでしょうか?」
 と簡単に切り出すと、
「まぁ、そうですの。私は構いませんのですけど、お荷物はどちらに置かれるんですの? 化粧部屋はあまり広くないかもしれませんわ」
「どうぞお気遣いなく。身軽に来ておりますので」
「そのようですわね。では私どもと一緒にどうぞ。私はマーヴィエッタと申します。どうぞよろしく」
 そのような感じで互いに自己紹介した。

 綾瀬がこの潜入を決めたのは、キオネが仲間を募集していたのがそもそもの切欠ではある。それがなければこの教室のことを知ることもなかっただろう。だが、それにより純粋に、魔鎧誕生の過程というものを知れるのなら、という気持ちを引かれたことが、彼女を動かしていた。魔鎧のパートナーを持つ身として、その魔鎧が作成される工程について興味が湧いた。
「綾瀬さん、こちらにおかけになったらいかが? 今給仕を呼んで、プチフールのお皿を持ってこさせますわね」
 マーヴィエッタが親切に声をかけて気遣ってくれる。
「いえ、お気遣いなく」
 場に怖気づかない堂々とした態度のためか、却って綾瀬に訝る者はない。なので、綾瀬も最初からその場にいた淑女たちとほぼ同じように、自由に発言する。
「お聞きしたいのですが、皆様はどの様な魔鎧を作成なされたいと思っていらっしゃいますか?」
 綾瀬の問いかけに、令嬢たちはしばしの間考え、それから思い思いの考えを口に出す。
「大人しい淑女だとよろしいですわね」
「我が家の紋の入ったマントの似合う、丈高い美丈夫の方など……」
 どうやら、総じてあまり「武具」を作るという感覚はないらしい。自分の傍に留めておく「魔鎧」という別人種――自分付きの小間使い、もしくはペットのようなものを作る、という意識の方が強そうだ。
 もっとも、武具という意識で魔鎧を作成できたところで、この令嬢たちのほとんどは、戦場とは関係ない場所でのほほんと暮らし続けるだろう。
 それらの令嬢の、しゃらしゃらと衣擦れの音を伴いそうな談笑の声を、ドレスはいつものように綾瀬の身を包んだまま、静かに聞いていた。
 一方綾瀬は、魔鎧作りに関して心に浮かぶ疑問を織り交ぜて会話を滑らかに転がしながらも、周りにいる令嬢たちの様子にそれとなく目を配っていた。
 当たり前のことだが、呑気で上品そうな令嬢たちにも、様々なタイプがいる。綾瀬が紹介を頼んだマーヴィエッタ嬢は、ホールに入ってからも何かと綾瀬に気を配ってくれるが、綾瀬を特に気にかけているというよりは、元来世話焼きのタイプらしい。それから、綾瀬がどんな話題を出しても、何かとそれにかこつけて自分の見聞きした話に繋げたがるシュシュリィ嬢。噂話が好きなタイプらしい。
 彼女らが首尾よく魔鎧を作れたなら、やはりこのような個性が魔鎧にも反映されるのだろうかとうっすら微笑んで綾瀬が考えていると、どこかおどおどした様子で見ているひとりの令嬢が目に留まる。先程からあまり自分からは喋らず、聞き役に徹している、引っ込み思案な娘。名前は確か……
「クローリナ様、でしたわよね? どうかなさいまして?」
 綾瀬に声を掛けられ、ほっそりした青白い顔のクローリナ嬢はびくっとしたようだった。だが、綾瀬の微笑に促されるように、おずおずと話し始めた。
「あの、私……お話を聞いて今回参加しましたけど、本当……自分で恥ずかしいくらい、魔鎧のことを知りませんの……
 綾瀬様や皆様のように、具体的なイメージが何も思い浮かばなくて……」
 その声も、蚊が鳴くように小さい。
「実は今私が纏っているこのドレスも魔鎧ですの」
 そう言って、ドレスの裾を指で微かに触れながら小さく腰をかがめてみせ、ドレスが「初めまして」とごく簡単に挨拶すると、クローリナ嬢は驚いたように目を見開いた。
「まぁ、これが……? 鎧のようには見えませんわ。けれど、魔鎧を既にお持ちなのに、魔鎧を作りたいんですの?」
「私は製作の過程そのものに興味がありますの。彼女がいたから余計に、というべきでしょうか……」
 クローリナは瞠目したまま、まじまじとドレスを見ていた。が、やがてまたおずおずと口を開いた。
「あの……お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「……なんでしょう」
「貴方は魔鎧だということは……その……職人によって製作された、ということですわね?
 その製作された過程で……貴方はその……何か、感想を持つということはなかったのでしょうか?」
「感想?」
「えぇ、あの、その上手く言えないんですけど……自分を作った職人に対して、何か、思ったり、とか……」
 どの言葉を受け、ふとドレスは考える。
「魔鎧が作られるに当たって……どちらかと言えば、望んで魔鎧になる割合の方が少ないのでは?
 特に戦時下なんかじゃ、それこそ捕らえた魂を使用していたでしょうし……」
 魔鎧を作ることができる悪魔の、製作欲という横暴の犠牲によって生まれる魔鎧の方が多いのではないだろうか。
 それに対して、特に感情的な否定をドレスは持たない。ドレス自身、望んで魔鎧となったわけではない。――処罰だった。
「ただ……私の場合は、それでも大切に思われて作成された……気がする」
 ぽつりと呟いたそれは、確たる記憶ではない。ただ、どうしようもなく、そんな気がするのだった。
 ドレスの言葉に、長い沈黙の後、「そうですか」と小さくクローリナは呟いた。
 浮かぬ表情だった。その理由は分からない。


 ホールの別の片隅では。
「貴方のお庭は最近いかがかしら?」
 令嬢の一人からそんな風に話しかけられ、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は一瞬戸惑ったものの、事前にあの小屋でシイダから聞いていたことを思い出す。
(「大概みんな田舎の貴族で土地だけは持っていますから、畑や庭造りが共通の趣味、という暗黙の了解があるんです」)
「えぇ、おかげさまで、――――、――――」
 ついでに、シイダが自身の家の庭園を思い浮かべて一例として作った文句を諳んじる。どうやら一種の時候の挨拶、ということらしい。

 今まで色々な事件で追ってきたコクビャクにまたしても動きが出たと聞いて、キオネらに協力を申し出たさゆみとアデリーヌは、教室参加者として館に潜入することを決めた。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、だわ」
 館の外を嗅ぎ回るだけでは大した情報は手に入らないだろうと判断した。
 レイヤーで鳴らした変装の腕前で、ひとかどの貴族令嬢に見えるよう装い、吸血鬼の貴族であるアデリーヌから礼儀作法や言葉遣いなどを一通り仕込んでもらいはしたが、“悪魔貴族の出自”を偽って大丈夫なのか、ぼろは出ないか、そこだけが心配だった。取り敢えず「物凄く辺境の、全然知られていないような家柄」を名乗る準備をしてきたが、今のところ、物を疑うことを知らない浮世離れしたお嬢様集団のせいか、その名乗りで苦労する気配は今のところない。
「遠いところからいらしたようですのね。お疲れではございませんの?」
 はにかむような微笑で尋ねてきた、ファナセアと名乗る令嬢は、あまり口数は多くはないが、目の奥にはどこか利発そうな輝きがうかがえる娘だった。
「私、恥ずかしいほどに物知らずで、世界のことは御本でしか知らないんですの。ですからいろんなことを知りたいと思って……この教室に参加したんですわ」
 内気そうに見えて実は好奇心を強く持つ少女だったと知って、さゆみは一瞬戸惑った。何故なら、他のことはともかく、自分たちの身上に関してはあまり興味を持たれては困る――しかし、さゆみより先にアデリーヌが口を開き、さゆみも情報として訊きたかったことに上手く繋げてくれた。
「まぁ、見聞を豊かにしようとする、そのお心が立派ですわ。では、何度もこのような催しにはご参加を?」
 悪魔でなく吸血鬼だが、貴族らしさは所作から自ずと出てくるのか、自然な品と柔らかさのある物言い。そのせいか、ファナセア嬢は別段2人の背景に対する詮索をする気が起きなかったようだ。
「いえ、なかなかこのような催しに巡り合う機会はありませんもの。ましてやタシガンに出てくるなんて初めてのことで」
「そうすると、過去にこのような教室が開催されたことはないのでしょうか?」
 さゆみも訊いた。ファナセア嬢は首を横に振った。
「少なくとも私どもの地元では、聞いたことはございませんわね。今回のことは、講師の方が特に私どもの地元に御縁のある方だったので、私どもの方に話があったと聞いています」
「講師の方というのはどのような……?」
 シイダに見せてもらったチラシには、その氏名はなかったと思う。その人物の情報を入手することも、可能であればしたいとさゆみは考えていた。
 ファナセアは、傍らの椅子に置いてあった彼女のものらしいポーチから、綺麗に折り畳んだ紙を広げた。
「こちらの案内状に、『数々の著名な魔鎧職人の工房で修業した』『多くの作品を世に送り出している』とありますわよ――相当のお仕事をされている方のようですわね」
「そうですの。けど……お名前が出ていないのは変だとは思いませんこと? 何と言い、申しますか、その……」
「あぁ、信用できないのでは、ということでございましょう?
 実を申しますと、私も微かにですがそのように思いまして、直接お教室の主催の方に問い合わせましたの。
 そうしたらあっさり名前を教えて頂きました。私以外にも問い合わせた方は何人かいらしたようでしたわ。
 まぁ、私のような物知らず田舎娘は、著名な職人様のお名前を聞いたところでまず存じ上げないのですが、きちんと教えて頂けるのは安心ですものね」
「あの、そのお名前、私どももぜひお聞きしたいですわ」



(やれやれ……)
 やはりホールに潜入しているソーマは、内心こっそり溜息をつきつつ、挨拶してくる令嬢に慇懃な一礼をした。
 そもそもタシガンの吸血鬼の貴族であるソーマを主人に、自分はその執事として、ビラをたまたま見て知ったということにして参加者のふりをして潜入する、と言い出したのは北都だった。「貴族ったって、俺は家出中の身だぞ?」と言ってみたが、その方が都合がいいと言われた次第だ。
 まぁ最近貴族の集まりに顔を出してはいないし、顔を出していてバレる要素もなさそうだから大丈夫か、と、身嗜みを普段とは口調も変えて、無事潜入を果たしたものの、思った通り身分を怪しまれる風はないが、何だか妙に目立っているという感が否めない。単純に、女性が多いためだ。女性の集団の中で数少ない男性は勢い目に立つ。女性たちも、何となく品定めをするような目で、貴族の品を持つソーマを見ているような気がする。好奇心を隠しきらぬ目で、わざわざ挨拶に来てくれる。……些か面倒くさい。
 そんなソーマをよそに、北都は完全に「貴族のお付きの執事」を演じながら、密かに情報収集に勤しんでいた。目的はララカを探すことだが、シイダに聞いたような人物は、見たところこのホールにはいない。令嬢たちはそれぞれ1人に1室寝室を用意されているらしいので、一緒に連れてきた小間使いなどと共にそこにいるかもしれない。
 個人の部屋ということなので、同じく一個人のお付き、という立場では、接触する口実を見つけにくい。そこで北都は、せめて、ララカを連れてきたのが誰なのか、を絞り込むことにした。同じように誰かについてきた執事や召使などで話せそうな相手に声をかけ、「ご主人様の気まぐれでチラシだけを頼りに参加させてもらいましたが、何かこちらで用意すべきものに不備がなかったか心配で…」などと不安がってみせ、
「魔鎧作りには魂が必要なはずですが……あぁ、そうですよね、こちらで用意していただけると……しかし、そうは言っても皆様、それぞれにお好みに合った魂をご都合されているのではないかと……」
 などと話し込んでみた。この話題で、素材用の魂を調達している人物の名前が何か出てこないか、釣果を狙っての撒き餌だった。
 運の良いことに、近くで自分の執事に持たせた鞄を取りに来ていた令嬢の一人がそれを耳にして、北都に軽い口調でこう言った。

「どこかのおうちの執事さん、ご心配には及びませんことよ。私も親しいお友達もほとんど、魂はお教室の先生からいただく物を使わせていただく予定ですの。
 ほとんどの方がそうだと思うわ。ご自身で材料を用意したと聞いているのは、今のところメレインデさんだけですわよ」