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リアクション
【願いと幸せ、再会の空に】
「 拝啓 アンネ・アンネ三号殿。
●月×日正午、果実狩りにて待つ。アンネ・アンネ零号 」
白い便箋に青色のインク。
性格そのままのシンプルな内容は、無駄を排しすぎて果たし状にしか見えない。
ただ、書かれた単語が何を示しているのか心当たりのある、手紙が指定する場所へ向かうアンネ・アンネ 三号(あんねあんね・さんごう)の心境は、言い様のない程複雑であった。
手紙を受け取って以来戸惑いを隠せずにいるアンネと共に果実園に来た高峰 結和(たかみね・ゆうわ)は遠くに相田 美空(あいだ・みく)の姿を発見し、アンネの肩を軽く叩いた。
「美空さん、来たね……」
よかったと思わず吐息した相田 なぶら(あいだ・なぶら)は無事三人合流したのを遠くから眺め、安堵に胸を撫で下ろした。
彼は折角の“再会”の為の招待状だというのに、果たし状にしか読めないあれは無いなと書いた本人以上にやきもきしていたのだ。事実美空から投書を頼まれ手渡した時のアンネの超微妙な表情を思い出し、なぶらは今日が晴れていたことに心底よかったと実感を込めてひとり頷く。
美空が勇気を出してセッティング(日時と場所のみ)した、離れ離れになった兄弟との再会に同席するのも気が引けて、しかし不安が拭えずこうして足を運んでしまったなぶらは、はちきれんばかりに瑞々しく熟れた葡萄の房の下、細い幹の後ろで、そっと見守る体勢に入る。
*
ピクニックバスケットが二つ。
持参されたそれらと、テキパキと準備されていくお昼の様相に、美空は気づけば両手で自分の胸を押さえていた。
目を閉じる。
(アンネ・アンネ三号、通称さっくん……)
閉じた瞼を持ち上げると、夏の暑さを残す秋の空の下、熟した果実をたわわに実らせる果実園を背景に、ようやく今になってようやく思い出せるようになった“大切な弟”の姿がそこに在った。
「完成ですー」
いつもながら完璧と満足気に頷いて結和は「座って下さい」と美空を誘い、アンネにもここに座ってと促した。二人が座るのを待ってから自分は少しだけ離れた場所に腰を下ろす。
今日の呼び出しがどれだけの意味を成すのか、当人は勿論、パートナーである結和もこれでもかというくらい緊張していた。しかも、いざ来てみれば、無口である美空の通訳係であるなぶらの姿が見えず、口から心臓が飛び出すのではないかと思えるほど不安に体が震えていた。
垂れ込める緊迫という名の沈黙の突破口を開いたのは美空の、ついと伸ばされた人差し指だった。
「食べる? 今用意するね」
アンネに聞かれ、頷いた無表情のまま美空は整った形のとは別に横にある奇妙な形のサンドイッチにも指先で示し催促した。どちらが作ったサンドイッチか明白だったのだが、両方を欲してくれた美空に結和は緊張の糸を緩めた。見かけこそ奇抜だが味は普通であり、この雰囲気を壊すような要素は無い。
(美味しそうなお弁当、相変わらず良くできた子。でも何故、そんな不安そうな顔をしているのかしら)
口を閉ざしたままの美空はアンネの丁寧な所作をただ見つめていた。
お茶とサンドイッチを乗せた皿を美空に渡し、結和と自分のお茶を配り終えたアンネは、じっと自分の顔を見つめている美空の、その青い目と向き合った。
*
「コミュニケーション取れてるようには絶対見えないし、三号さんがどんどん深刻そうな顔になっていくし、不安にさせてどうするんだ」
隠れて暇人よろしく美空の無表情を誰ともなく通訳していたなぶらは、広げられた食べ物がただただ無くなっていくのをやきもきしながら眺めていた。
が、それも限界だった。
「仕方ない」
お邪魔にならなければと遠慮したが、拉致が開かないのでは意味が無い。
* * *
誰かに誘われたわけではなく、独りぼんやりと園内を歩くニケ・ファインタック(にけ・ふぁいんたっく)は家族連れと擦れ違って、思わずとその足を止めた。
いかにも子供仕様の小さくてカラフルな収穫用の籠を振り回し先行く子供と、その後ろを仲良く寄り添いながら歩む若い夫婦。
どこにでもある普通の光景。
普通すぎて見慣れた、ただの一シーンだというのに、突かれたように、胸が切なさに痛む。
パートナーのメアリー・ノイジー(めありー・のいじー)がこの場に居ないのが、ピースを失って完成できないパズルを眺めているようで、遣る瀬無くなる。
失くしたピースは探せばすぐに見つかるのかもしれないし、最後までみつからないのかもしれない。
例えにして考えても答えは出なくて、考える事自体が、時折、辛い。
子供が枝に成る実を取って欲しいと両親にねだる。
それもよくある風景だ。
よくある幸せな光景だ。
それが何故だか眩しく目に映る。
ポケットから携帯電話を取り出したニケはカメラ機能を起動させて、誰も人物の入らない果実園の風景にピントを合わせた。
暑い日々から解放されかけて、濃い紅色に色づき始めようとする、夏から秋に掛けての短い季節。
その時間の経過と共に消失してしまう、刹那的にも美しい風景を機械音と共に電子映像に残した。
保存した画像を眺めて、どんなに技術が発展進化しようとも目に映る景色の方がより鮮明だということを改めて思い知らされて無意識に溜息が漏れた。
(いつか……ちゃんと、メアリーを取り戻したら。そうしたら、一緒にこういう綺麗なものを見て、笑顔をかわすことができるだろうか)
父親に大きな葡萄を採ってもらい、とびっきりな笑顔で「ありがとう」と笑う子供の声がニケの耳に届く。
他愛無い、言葉。
――会話。
話が、したい。
道中にこんなことがあったとかの、そういう他愛無い話がしたい。して、あげたい。
魔性から解放された『メアリー』との未来を想像して、ニケは頭を振った。
携帯電話を操作してメール機能を呼び出す。
「……引き篭もってばかりじゃ身体に悪いですからね……たまには外に出ろと、言いたいだけ……ですからね」
誰に言い訳するわけでもなく呟いて、メル友宛に送信ボタンを押した。
* * *
「じゃあ、あの……グレゴリーさんが、二号さん。つまり、三号さんのお兄さん、だったんですか?」
結局なぶらが通訳を買って出て一挙に進んだ展開に、聞いている二人は驚倒に呼吸すら忘れてしまう。
メアリーの中に潜みいつしか入れ替わって暗躍する、グレゴリーの存在。アンネの心に嘘偽りで見えぬ傷を刻みつけた存在。アンネに罪をなすり植えつけた存在。
美空は自分が思い出した事情をはなし、それは誤解だと伝え終えてから、改めてアンネを見た。
「[だから……貴方が、気に病むことは、ないのです]」
無表情のどこをどう見ればそこまで的確に言葉が引き出せるのか、なぶらの声を借りた美空の言葉に、アンネは唇を噛み締めた。
「[私は何度でも言えます。貴方が納得するまで、決して貴方ではないと、何度でも。あれは、二号が……いいえ、二号の皮を被ったナニカがやったこと]」
「……だけどッ」
「[貴方が罪悪感を感じる事等何一つないのですよ。私は、知っています]」
アンネは両手を握りしめた。自分に掛けられる言葉はあまりに優しくて、気づいたら頭を横に振っていた。
そんなアンネの頭を手を伸ばした美空がやんわりと撫でる。
「[ならおあいこですね。私がもっと早く思い出していれば、貴方を罪悪に苛ませずにすみました]」
いい子いい子と無言ながら愛情たっぷりに、甘えてもいいんだと行動で示されて、アンネは小さく感謝を込めて頷いた。
数分の沈黙の後、落ち着きを取り戻したアンネは、だからこそと首を傾げる。
「じゃぁ、グレゴリー……あ、二号、なのか。二号は一体、どうしてあんな事を……」
問題は解決したように見えて、解決はされていない。
誤解が解けても根本的なことは何も変わっていないのだ。
質問を投げかけられて、美空は首を左右に振った。
アンネは、そう、と呟く。
「正直、新しくわかったことが多すぎて、何がなんだか……だけど」
前言を撤回しよう。誤解が解けた故に、根本的な何かは変わっていた。
アンネはそっと自分の胸を押さえるように右手を添えて、まっすぐと美空を見た。
「だけどね、今、胸が……機晶石があたたかい、気がするんだ」
そのぬくもりは、ようやくの再会に呼応して『姉』と『弟』の絆を示唆しているのかもしれない。
「ほら、ウチの面子って手がかかる奴ばっかりだからさ。上手く『弟』はできないかもしれないけど……これからも、宜しくね。 ……姉さん」
遠慮がちに、しかし、はっきりと親愛を示されて、美空は無言のまま頷いた。無表情を読み取れるなぶらははっきりと彼女の考えがわかるが、それを伝えることはしなかった。言わなくても伝わっているはずだ。
「ひ、酷いですー! 私たちだって面倒見られるばっかりじゃないですよ?」
冗談に憤慨し抗議した結和は、安心に頬を緩ませる。
何だかんだでアンネはパーティのお母さん的ポジションであることを改めて実感した。
美空は、自分がアンネの『姉』と伝えることができて、心から、今日この日に感謝した。
果実の甘みさえ含んだそよ風は肌に優しく頬が緩むほどに心地良い。
今日の空が澄み渡るほどにも青く晴れていて、本当によかった。
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