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リアクション
【歌と不憫と逮捕された人】
「……おつかれ」
「……つかれた」
アレクの返事に瀬島 壮太(せじま・そうた)は苦笑している。
「嬉しいなぁ、まさかお兄ちゃんと一緒に地獄まできてくれるなんて思わなかったよ」
「いや地獄にきた覚えは無いんだけど。
オレの下宿先がパン屋やってて旬の果物を入れたパンを期間限定で作りたいんだって。
この農園の果物がうまいって話を聞いたしたまたま暇だったから、ついでにオレんとこのパートナーにもみやげに持って帰ろうと思って来たんだけど……なんかひでえことになってんのな」
「酷いで済むなら警察も軍も要らねえよ……」
「水とか仰ぐもの、貰ってこようか?」
「いいよもう。取り敢えず豊美ちゃんの体勢整えたい。ジゼル捕まえてて」
軽く言われたが恐らくこれは責任重大だ。押し付けられたジゼルの肩に恐る恐る力を込める壮太に、アレクは片眉をあげる。
「そんなに緊張するなよ。間近で見ると美し過ぎて圧倒されるか? それとも何? 胸の方?」
言われて見下ろしたジゼルの胸元は、服を脱ぎかけた所為で色々とギリギリだ。壮太は殆ど生理的な反射で生唾を飲み込んだ。
「いや別に……人の女のおっぱいには興味ないから問題ないぜおにーちゃん。
大丈夫揉んだりしないから、オレも命惜しいし」
「なんの伏線か知らないが、別にやりたいなら命の続く限り好きにしていいからしっかり捕まえてろ。離すなよ」
「うぃーす」
念押ししている間に、エイボンがパートナー達を呼んで戻ってくる。
「頼みます」と、彼女たちへ豊美ちゃんを託すと、アレクの心労が一つ無くなった。これで豊美ちゃんが恐怖や混乱を覚える事は無いだろう。ジゼルは壮太に預けたし、他の人間は使い物にならなさそうだが、葵だけはジゼルに上着をかけているところを見れば頭がパーになった訳じゃなさそうだ。暫くはこのままで平気だろうと踏んで、アレクは凝りかけた筋肉を伸ばす。
「Well...(さて)」
先程打ち付けた後頭部をさすりながら、アレクは二三歩、歩いて片膝をついた。
「It's your turn Crawford.(お前の番だよクロフォード)」
有無を言わせずに男性にしては細い身体を楽々と肩に担ぎ上げて歩き出したアレクに、天禰 薫(あまね・かおる)と八雲 尊(やぐも・たける)、熊楠 孝高(くまぐす・よしたか)がついてくる。
地面に涙の粒を落としながらされるがままになっているクロフォードの顔を見上げて、尊はアレクの足を叩いた。
「ったく、アレクも大変だよなぁ。てめー、このー」
「これじゃ果実狩りどころじゃないのだ」
「否元々俺ただの付き添いというか、車係だから果物の方はどうでもいいんだけど――」
「♪Jeszcze Polska nie――」
「歌?」
尊が振り向いた先では、葵がすっかり実の無くなったブドウの房を振り回しながら何処かの言語で唄を歌い上げていた。
彼の足下ではカガチと真が転げ回り、縁が手を叩き、割とまともな状態の壮太が仕方なしに微妙な笑顔を浮かべている。――完全にただの飲み会の光景だ。
「かっこいいメロディーなのだ。何の歌だろう?」
「ポーランド国歌だよ……あいつ――、相手にしなかったからって当てつけか?」
「ええとそれは……何故なのだ?」
「あれはな、日本語に直すと……『我らが生きる限りポーランドは消えない』って歌詞になるんだが、俺の国だと別なんだよ。もっと、そうだな簡単に……同族への呼びかけとでも言えば良いのか?」
「はあ。……なるほどな!」
少し難しい話だったのか尊が適当に返し薫が曖昧に返事をするのに、アレクは薄く微笑んで話を切る。
「♪Marsz,marsz……
Jak Czarniecki do Poznania Po szwedzkim zaborze,Dla ojczyzny ratowania――」
「Zalud preti ponor pakla,Zalud vatra groma」
遠くからアレクが全く別の歌詞を繋いだ事に、葵は振り向いてしてやったりと唇を歪めるのだ。
ところで、そうして三人が話を続けている間一人黙っているようだった考高だが、実際はぶつぶつとこんなことを呟いていたのである。
「――アレクも大変だな。妹が脱ごうとするなんて、理性が保てるのか?
もしも天禰が脱いだらと思うと……あ、いいなそれ……っていや待て、落ち着け俺……!
でも、天禰に例の果物を食べさせてみるとか……? それで……いや! だめだろ俺……! でも……」
駄目な思考がだだ漏れだった。反応こそしないもののしっかり聞いている三人の会話はぽつぽつと途切れ、最終的に誰も口を開か無くなってしまっていたが、考高はそれに全く気づかずに独り言を続けていた。
*
果実農園の中央にある休憩所。そこまで辿り着くと、アレクは担いでいたクロフォードをベンチに下ろした。
「ここなら風通しもいいし、きっとすぐに楽になるのだ」
「てめー! このー! 男ならあんま泣くんじゃねーぞ!」
二人に励まされ緩慢な動きで頷いているクロフォードの顔を見下ろして、アレクは考える。
このまま置いておくのはいいが、しかし世話好きの多いパラミタだ。一人ベンチで泣いているという状態を見れば、例え相手が知らない男でもいらぬ心配を寄せられ、取り囲まれてしまうかもしれない。普通ならば好意的に受け取るものだが、アレクの見解ではこれは秘密主義のクロフォードが好むとは思えなかった。
「仕方ないな……」
言いながら上着を脱いで、クロフォードの頭の上に放り投げる。その後のクロフォードの姿はさながら――
「……逮捕された人みたいなのだ」
「褒められてるぞ、良かったな。もっと喜べよクロフォード」
上着に隠された顔を覗き込んで、アレクは些か命令めいた指示を出した。
「ジゼルが落ち着いたら後で迎えに戻るから、醒めるまでここで大人しくしてろ。分かったな」
「(…………わかった)」
アレクの配慮にクロフォードはテレパシーで返す。明瞭な返答があれば彼も動きやすいだろう。
『系譜』を探ろうとする軍人への警戒心を完全に解いた訳では無い。遠い異世界の地で助けられた時も、クロフォードはアレクに与えられた慈悲を真に理解していなかった。
ただクロフォードの中でアレクへの評価を決定的に変わったのが、彼がジゼルの義兄だと判明した時からだ。数日前、孤児院の子供に土産を持ってきたアレクにジゼルが後ろからこっそり忍び寄って抱きついたのを見た時は心臓が口から飛び出る程驚いた。そしてクロフォードは、人の良いジゼルが『あの悪魔』に騙されているんじゃないかと疑った。だがアレクのジゼルに向ける表情を見ていれば、あれが嘘でない事くらい『人間に疎い』クロフォードでも分かるのだ。
人間というのは片方の面だけではない。多面的な感情を、複雑な部分を持っている。
それに気づきかけたからこそ、今は彼を信頼しようと思った。
なによりクロフォードは、自分が泣きたがりなのをみっともないと嫌悪し恥じていたから、今回はアレクの命令に近い提案を受けれたのである。
* * *
丁度同じ頃だった。
「もー、ダリルってば。
『香気の過吸引或は収穫がトリガーか』キリッとか難しい事言って一人で居なくなっちゃうんだもん」
「何処行ったんだろうな」
「ねー! まったくー……あれ? あそこに居るのってジゼル?」
ポムクルを引き連れ果実狩りにきていたルカルカ・ルー(るかるか・るー)とコード・イレブンナイン(こーど・いれぶんないん)が、飲み会状態になっていた例の場所の近くを通りがかった。
ルカルカが発した『ジゼル』の一言に反応して、コードはその場から駆け出してしまう。
「コードって本当にジゼルが好きなのね」
呆れたような……、でも感心したように頷いて、ルカルカはコードを追いかけた。
*
一体何が起こってジゼルが壮太に捕まっているのか。コードが目を丸くしながらしぱたかせるのに、壮太は経緯をかいつまんで説明する。
「――つー訳で兎に角アレクおにーちゃんが帰ってくる迄せめて現状維持! ……しねえとな」
「そ、そうね。色んな意味で危ないわこれ」
ルカルカが頷いている間に、彼女の足下からジゼルの膝へポムクルたちがぞろぞろと列をなして上がって行く。
「ジゼルちゃん、顔が赤いのだ!」
「うんー……なんだかぁ……とってもあついのお……」
「ジゼルちゃん暑いのだ? 脱ぐの手伝ってあげるのだ」
と、ポムクルの一匹がジゼルのワンピースのスカートの裾を掴んで持ち上げ始めた。あと数センチでパンツが見えてしまう! その最後の一線……
「待て!」「ギャンッ!!」
を超える事は無かった。
スパーンといい音をたてながら、コードの平手がスカートを掴んでいたポムクルを吹っ飛ばしたのだ。
「ジゼルあのな! 俺は……ジゼルは脱がないでも魅力的というか、脱ぐとアレクが戻ってきた時に我慢できなくなるから良く無いと――」
「アレク? アレクとは何なのだ?」
「お菓子なのだ?」
「おいしいのだ?」
「あははー。おにいちゃんあまいものスキじゃないもの、きっとたべてもオイシクないわー」
「そうなのだー?」
「でもあまくないとおいしくないのだ! ジゼルちゃんはあたまがいいのだ!」
「そうよねー。あまいのがいちばんおいしいのー、うふふふふ」
ポムクルとジゼルの会話はちょっと理解不能だったし、コードはまだ真面目に話しをしたいのだ。だからジゼルの前に座って視線を合わせ、仕切り直して続けた。
「ジゼル、だからさ、好きな人は大切にしたいものだろ?」
――だからアレクは我慢してるんだ。
この一瞬コードは、アレクを不憫だと思ってしまった。
(でもアレクが調子に乗るのは困るぞ。
他の女の子を妹みたいにはべらせてジゼルを悲しませたのは個人的に許せない)
妹みたいにというか、アレクとしては彼女たちは紛れも無く『妹』だと思っているから、その妹たちを『侍らせる』というのはアレクの意識には全く無いのだろう。しかしジゼルを大好きだと思うコードには『そう』映ってしまうのだ。
不憫だと思ったのは事実だが、コードとアレクはやはり反りが合わないのだろう。
「でもこのままじゃまずいわ…………」
独り呟いたルカルカは、何かを思いついて「そうだわ!」と、満面の笑みでコードの肩を叩いた。
「ねえコード、ルカにいい考えが有るの!」
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