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温泉と鍋と妖怪でほっこりしよう

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温泉と鍋と妖怪でほっこりしよう

リアクション

 宿前。

「ここは、山で静かだし療養にはばっちりだろ」
 千返 かつみ(ちがえ・かつみ)はチラシ片手に宿を指し示した。
 療養するのは、千返 ナオ(ちがえ・なお)。なぜなら先日のナオが洗脳され、かつみに心奥底の問いかけをした一件から体調不良気味だからだ。本日は少し体調が落ち着いてはいるが。
「……ここがのっぺらぼうの夫婦が経営するのっぺらりんの宿なんですね」
 ナオは興味深そうに宿の周辺に視線を泳がせた。
「そうだ。妖怪の宿となれば楽しくない訳がない」
 定位置にちょこんといるノーン・ノート(のーん・のーと)が盛り上げようと頑張る。
「エドゥ?」
 かつみはエドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)が何かを見ている事に気付き、声をかけた。
「女将の方はのっぺらぼうで一番の美人らしい」
 エドゥアルトが他の客達相手に旦那が手振りで惚気ている内容を読み取っていた。
「そうなんですか。でも……」
 じっと旦那が惚気る一番の美人な箇所を探そうと食い入るように見るナオ。
「同じにしか見えないな。俺達とは何か違うのかも」
 同じく女将を見ていたかつみは笑いを含みながらナオが言おうとした事を言葉にした。
 そうやって噂をしていると
「……(ようこそ、おいで下さいました)」
 女将がやって来てかつみ達を迎え、部屋へと案内した。

 部屋。

「とにかく今回は皆いろいろ考えるのは無し! 楽しくやるぞ!」
 部屋に到着するなりノーン・ノートはテーブルに降り立ち、畳で寛ぐかつみ達に本日のテーマを披露。
「そうだね。名物の鍋を食べたり温泉に入ったり楽しもうか。温泉には妖力が込められていて特別な効能があるらしいから」
 エドゥアルトも盛り上げに参加。
「ついでに土産もみてもいいかもな。珍品がありそうだし。ナオ、どうする?」
 かつみは少し離れた場所に座るナオに訊ねた。
「……山道を来たせいで少し疲れているので俺は、部屋で休んでから温泉に行きます。だからかつみさん達は先に温泉に行っていて下さい」
 ナオは笑顔で答えた。
 ナオが浮かべるその笑顔に何かを感じたかつみはナオの側に寄り、額に手を当て
「……熱がある。横になった方がいい」
 と言った。先ほどのナオの笑顔から無理をしているように感じたのだ。
「布団を敷いたから早くこっちに」
 かつみと同じくナオの異変を感じ取っていたエドゥアルトは手早く布団を敷いていた。
「ごめんなさい。せっかく寝てばっかりだと退屈だろうからって連れて来てくれたのに、また熱だしたりして」
 ナオは申し訳なさを胸一杯にして泣きそうな顔でかつみ達に謝る。自分のために今日をセッティングしてくれたのにその自分がみんなに迷惑を掛けているのが堪らない。
「ナオ、そんな事気にしなくていいから早く横になれ」
 かつみは笑みで気にしていないと示し、休むように促した。
「本当にごめんなさい。来たばっかりなのに俺のせいで……」
 ナオは動かず、また謝る。
「ナオ、この宿にいる間は”ごめんなさい”禁止だからね」
 エドゥアルトはナオの言葉を遮り、いつもの調子で接した。
「この布団も妖怪製であろう。ナオ、試してみてはどうだ?」
 ノーン・ノートは布団の方に移動して何度か敷き布団を叩きつつ感触を確認しながら言った。ナオが少しでも自分達を気にしないで済むようにと明るく。
「……はい」
 ナオはいつもと変わらぬ調子を保つみんなの気遣いを心に染み込ませながら布団に横になった。
「どうだ、ナオ? 妖怪の力を感じるか?」
 ノーン・ノートはナオの隣にちょこんと立ち、訊ねた。
「……体に凄く馴染んで気持ちいいです。枕も首が疲れませんし感触がいいです」
 ナオは少し笑みながら真面目に報告。
「そうか。やはり、妖怪製はひと味違うのだな」
 ノーン・ノートは腕を組み、ふむふむとうなずきながら納得する。
 その時、挨拶をするために旦那が部屋にやって来た。
「…………(何かありましたか)」
 布団に横になっているナオを見るなり旦那は手振りで訊ねた。
「ナオが熱を出してしまってな」
 三人の保護者的立場であるノーン・ノートが代表して事情を説明した。
「…………(よく効く薬でもお持ちしましょう)」
 旦那は手振りで言うなり薬を持って来ようとする。
「ありがたいが、薬の効きが悪い故、何か冷やす物をお願いしたい」
 ノーン・ノートは薬を断り、冷やす物を頼む。何せナオは、実験の薬品投与の影響で良くも悪くも薬の効きが悪いからだ。
「…………(では、氷枕と栄養のある飲み物でもお持ちしましょう)」
 旦那はバタバタと急いでこの場を離れた。

 やって来たのは
「…………(大丈夫ですか)」
 氷枕と妖怪的な色をした飲み物を持った女将だった。
「……申し訳ない」
 かつみが代表して応対した。
「……(いえいえ、困った時はお互い様ですよ)」
 女将は部屋に上がるなり手早くナオの頭の下に氷枕を置いて飲み物を手渡した。
「……とても不思議な味がしますね」
 ナオは顔をくしゃりとしながら嫌な味しかしない飲み物を飲み干した。
「…………(これは薬ではありませんが、良薬は口に苦しと言いますからね。妖怪製のとっておきですから少しは落ち着くはずです)」
 女将は、ナオから空瓶を受け取りながら手振りで励ました。励ましは何となくナオ達に伝わった。
「…………(少ししたらまた来ますね。何かありましたらお気軽にお声をかけて下さいな)」
 女将は病人の邪魔にはなってはいけないと早々に部屋を出て行った。
 それからしばらくして
「…………」
 ナオは静かに眠り始めた。
「眠ったみたいだね」
「あぁ」
 エドゥアルトとかつみは一定間隔で聞こえる寝息にほっとしていた。
「かつみ?」
 エドゥアルトはナオの頭を撫でながら考え事を始めたかつみの様子を窺った。
「……色々考えないといけない事があると思ってさ」
 かつみは先日の一件や別れの未来を見せた未来体験薬の事を思い出していた。どれもパートナーとの絆を揺るがすもの。
「そうだね」
 エドゥアルトが口にしたのはその一言だけだった。言葉を多くした所で状況が変わる訳ではないし、大事なのは今この瞬間、みんなといる事だから。
「今はナオが早く元気になってくれる事が一番だけど」
 かつみは話を今に戻した。
 かつみ達はナオの熱が下がるまで側を離れなかった。体調不良の原因には精神的なものが大きく関わっているので。のっぺらぼう夫妻も氷枕の交換に来たりと様子を見に来ていた。
 そのおかげか夜には熱が下がり
「……おかげで少し楽になりました」
 様子を見に来た女将に布団から上半身を起こし、ぺこりと頭を下げた。
「…………(無理はしない方がいいですよ)」
 女将は氷枕を交換しながら休むようにナオを促した。
「ナオ、もう少し休んだ方がいい」
 かつみも同じく促す。
「……その前に名物のお鍋が食べたいです」
 ナオは軽くお腹に手を当てながら空腹を訴えた。寝ているだけでも減るものは減る。
「…………(では、鍋をご用意しますね)」
 女将は手振りで言ってから部屋を出た。
 名物の鍋はすぐに運ばれた。
「とても美味しそうなお鍋ですね」
 ナオは鼻をくすぐる美味しそうな匂いに嬉しくなった。
「どれも栄養価が高い物ばかりだ」
 『博識』を有するノーン・ノートは鍋の具材を確認し、夫妻の気遣いを感じ取った。
 女将が用意した鍋は、病み上がりでも食しやすいようあっさりさを持ち栄養価の高い食材が使われていた。薬が効きにくいのなら何か別の方法で力になれないかと考えた結果である。
「……これはなかなか美味しいね」
「とても美味しいです」
 エドゥアルトとナオは鍋を楽しんだ。先ほどまで熱で寝ていたのに心無しかナオの顔色が少しだけ落ち着いたように見えた。
「…………(この飲み物も体にいいですからどうぞ)」
 旦那はナオの顔がくしゃりとした謎の飲み物をナオの前に置いた。
「あの、忙しい中、色々気にかけてくれてありがとうございました」
 ナオは何かと気遣ってくれた事が嬉しくて夫妻に深々と礼をした。
「……(当然の事ですよ)」
 夫妻は同時に気にしていないと激しく手振りで答えた。
「それでもとても嬉しかったです。何かお礼をさせて下さい」
 ナオは今の自分が出来る事を考えた末、思いついたのは『ソートグラフィー』で夫妻を念写する事だった。夫妻の優しさが写せるように不調の中、頑張った。
 この後、かつみ達は温泉に浸かってからすぐに休んだ。

 翌朝。

 別れ際。
「本当にありがとうございました。これ昨日念写した写真です。良かったら広告の宣伝に使って下さい」
 ナオは何とか朝一番で現像を間に合わせた写真を夫妻に渡した。
「……」
 夫妻は頭を下げて感謝を示した。
 そして、
「…………(これでまたお客がたくさん来てくれるな)」
「……(そうね、あんた)」
 嬉しそうに写真について手振り身振りで話した。
 話し終えるともう一度、ナオに感謝を示し、四人を見送った。

 山道。

「少し寝込んだけどとても楽しかったです。ありがとうございました」
 ナオはかつみ達に改めて感謝を述べた。
「ナオが楽しんでくれたみたいでよかったよ」
「名物の鍋も温泉もなかなかのものだったね」
 かつみとエドゥアルトはナオが楽しんだ事に安心した。
「確か女将に飲み物を貰っていたな。ナオ、一つ飲んでおくか?」
 定位置にいるノーン・ノートがナオの耳元で盛り上げようと囁いた。ナオを気遣った女将が数本あの謎の飲み物を持たせてくれたのだ。
「……先生、今は遠慮します。信じられない味がするんですよ」
 ナオは妖怪製ならではの味を思い出したのか顔をくしゃりとさせながら答えた。