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火炎の能力者

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火炎の能力者

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第二章 はじまり、戦闘開始
 
 陽がゆっくりと落ちていく。夕焼けの緋色がビル群を包み、ガラスはその光をより美しく反射していた。
 繁華街の人通りは陽の傾きに比例して、徐々に賑やかさを増していく。

 「くくっ……」
ドッジは一人、街を歩いていた。兄ドッジ・カーグ。
 姿は一般人と見分けがつかない。フードを目深に被ってはいるが、珍しい事はない。人が多いのだ。周囲もそんな人も居るだろう程度の認識しかない。
 何気無い仕草で場所を探している。
 「ククク」
 悠々と彼は人混みの中へと紛れていった。

 ザワザワと一部が騒ついていた。
「何?何かあったの?」
「さあ、知らねーよ」
 軍の服姿の二人組が銃を肩に担ぎ、歩哨の様に立っていた。
 勿論、二人は歩哨などという身分では無い。
 ゆかりとマリエッタである。何気ない仕草で周りの人々の様子をつぶさに観察していた。
「少しは牽制になると良いけどね」
「私達の周囲は少なくとも安全よ」
「一番人通りが多い場所は押さえてるけど……それでも……」

「兄さん、時間だよ」
 携帯から弟アスタ・カーグの声が流れてくる。
「ああ、始めよう……」
 ドッジは携帯をポケットに無造作に突っ込む。
「さあ、始めるか!」
 ドンッと空気が爆発した音が響き渡った。意識しようとしまいが関係ない。
 ビルのガラスが空気の爆圧で粉砕する。

 「っ、やっぱり起こったのね!
 ゆかりは今も火炎が立ち上る夕空を睨む。
「何?イベント?」
「ネットにそんなの書いてあった?」
「行ってみない?」
 そんな周囲の無頓着な声にゆかりは
「シャンバラ教導団です!向こうには近付かないで下さい。我々の指示に従って、離れて下さい」
 声を張り上げた。
「行くわよ、マリエッタ!」
「ええ、急がないと」


 柚、海、三月の三人は別の場所を警戒していた。場所は繁華街の第二ポイント。ゆかり達のいる場所に次いで人通りが多い場所だ。
「海君、今の!」
 柚はお腹に響いてくるような爆発音に声を上げた。
「っ、やはり現れたか!」
「直ぐに向かった方が――」
 事態に急く柚を三月が止めた。
「いや、ゆかりさん達の方が近いよ。全員が其処に集中する訳にはいかないよ。犯人が一人とは限らないんだから、あっちはゆかりさん達に任せよう」


 「っ、出遅れたようね」
「悪戯はそこまでだよ、ボーヤ」
 シャーレット達の周囲は火炎と燻ぶる排煙が満ちていた。ドッジの周囲に街の人々が未だに居続けることは無かった。
 二人はドッジの周囲から逃げる人々の間を抜け、ここへと来ていた。
「やってくれたわね」

「な……」
 ドッジは突然の事に目を剥いた。
「ふふ……」
 セレアナが妖艶に微笑んだ。それもその筈である。この冬場にビキニにレオタードの二人組み。羽織っているのはコートだけである。
「思考の時間はあげないわよ!」
 シャーレットは勢い良く飛び出した。


 柚達の近く、暗い路地裏でアスタは鳴り響く爆発音を聞いていた。
 「兄さん……始めたんだね。僕も始めよう」
「おい、僕?どうしたあ?」
 路地裏に佇む一人の少年を不思議に思ったサラリーマン風の男が声をアスタに掛けていた。
「うるさい……」
 アスタの瞳が青く輝いた。

 「ぅわあああ!」
 男の悲鳴が聞こえてきた。ゴロゴロと背中を燃やした男が路地裏から転がり出てきたのだ。
「え、何?」
「おい、あの人燃えてるぞ!」
「キャー!」
 男の様子に人々の悲鳴が上がった。
「海君、あの人!」
「急いで手当てするぞ!」
 柚達は男へと駆け出した。

 「っ、大丈夫ですか?」
 火傷を負った男へと柚は駆け寄る。慎重に火傷の箇所を見た。
 皮膚が爛れ、赤く背中は染まっている。
「……急いで手当てしないと」
 男の背中へと手を翳し、柚は祈りを込める。
「『ヒール』!」
 淡い緑光が手から溢れ、男の背中を包み込む。
「う、うう……」
 火傷の端からゆっくりではあるが、徐々に回復が始まっていた。
「もう大丈夫ですからね」

 「僕の邪魔をするから、こうなるんだ」
 柚が見上げた先に、若い少年が立っていた。その顔はまだ若く、少女のような顔立ちをしている。
「貴方は……?」
 柚が問いかけるのと同時に
「下がれ、柚!」
 叫んだのは海だった。海の顔には緊張の色が出ている。
「男を引き摺ってでも、そいつから離れろ!」
「う、うん」
 慎重に男を柚が引き、アスタから離れていく。
「……」
 が、アスタはそれに興味を示さなかった。ジッと海と三月のほうを見ていた。
 「海、この子が……」
 海の隣の三月は信じられないという顔で目の前のアスタを見ていた。
「お前が――放火犯だな!」
「うん、そうだよ」
 あっさりとアスタはそれを認めた。
「正確には兄さんだけが放火犯だった。昨日まではね」
 アスタは被っていたフードを降ろした。アスタの顔立ちがあらわになる。
「大人しく捕まる気は無いのかい?今ならまだ――」
 刹那、三月の眼前に巨大な炎が現れた。炎は空へと上っていく。
「くっ」
 咄嗟に三月は両の腕で顔を覆った。
「三月ちゃん!」
「黙れよ。僕達に指図出来るのは僕達だけだ。もう他の奴の言う事を聞くつもりはない!」

 「みんな、燃えてなくなれ!」
 アスタの目が青く輝いた。周囲に視線を走らせる。
 炎が視線に合わせ、周囲を薙いでいく。
「うゎあああ!」
「逃げろ!」
 更に強い悲鳴が人々から上がる。

 「『フォースフィールド』!」
 三月を中心とした力場が周囲を包み込んでいく。
「関係の無い人達を巻き込ませないよ!」
 現出した炎を三月の『フォースフィールド』が減衰させる。
「柚、周りの人達を避難させるぞ!」
「うん!貴方も皆さんと一緒に避難して下さい」
 先程の男をゆっくりと立ち上がらせ、他の人達と一緒の方向へと歩かせた。
「皆さん、此方へ逃げて下さい!」
(急がないと……)
 焦ってはいけないと思いつつも、やはり心は震えていた。
 アスタの火炎の威力は次第に増していき、三月の『フォースフィールド』を徐々に侵食していく。
「柚、あの子の力の方が強い!出来るだけ、僕から離れて!」
 三月は叫んだ。
「『ミラージュ』ッ!」
 三月の幻影が避難する人々の方向とは反対へ走り抜ける。
「逃がすか!」
 アスタは三月の幻影へと視線を振り、一時的に火力が減衰する。
「今のうちだよ!」

 ゆかり達が爆発が起きた場所の近くに到着すると、そこは混乱した人々がドッジから逃げるように街の外へと向かい、道路は人が溢れていた。
 既にシャーレット達が放火犯の兄ドッジと闘っている。
 「早く他の人達を避難させるのよ!」
「ええ、時間稼ぎお願いします」

 「この能力……サクシードね……」
 シャーレットは『ゴッドスピード』を使用し、セレアナと共にドッジの周囲を高速で動き回っていた。
「燃えろ!」
 具現した火炎がうねり、道路へ痕を刻む。
 ドッジは『ゴッドスピード』で動くシャーレット達を認識していた。
 『ディメンションサイト』により、空間を認識、背後に現れるシャーレットへと即座に青く輝く視線を向ける。
「どうしたよ、先輩?」
 ドッジは余裕を持て余すように、ポケットに手を突っ込んだままだ。
「くっ」
 シャーレットは険しい顔をし、直ぐに次の場所へと駆ける。
「させない!」
 セレアナの『光術』により放たれた光球が炎を潰し、爆散する。
「はっ!」
 可笑しそうにドッジは笑う。
「必死だな」
「そっちこそ余裕ぶっているけど、何時になったら仕留められるのかしら?」
 セレアナは敢えてドッジを挑発する。
 ドッジの表情に怒気が乗っていた。此方に攻撃を集中させ、街の人々の被害を少しでも減らすためだ。
「直ぐだ、直ぐに仕留める!」


 「皆さん、落ち着いて下さい!落ち着いて行動すれば必ず避難できます!」
 ゆかりとマリエッタは直ぐに非難誘導へと移っていた。そして、彼女達の身に付けていた軍の制服は街の人達を誘導するのに効果を発揮していた。
「こちらです。慌てずに歩いてください!」
 頭に叩き込んだ地図を脳内で展開、避難経路を割り出し人々に声を掛ける。
 人々はゆかりの指示に従って徐々に現場から離れていく。
「痛っ!」
「ん?」
 ゆかりが振り向くと、5歳くらいの少女が転んでいた。段差に躓いたのだろう、膝に小さな擦り傷が出来ている。
「ふぇ……」
「大丈夫かい?」
 後ろを歩いていた老人が立ち止まり、屈みこむと少女の膝を見た。
「おや、膝を擦りむいたようだねえ……」

「おい、止まるんじゃねーよ。前に進めねーだろ!」
 老人の後ろを歩いていた金髪の青年が叫んだ。離れた距離にはあるが、聞こえてくる爆発音に興奮しているようだった。
「……す、すいませ……」
「ねえ、貴方――」
 ゆかりが声を掛けようとしたところで、マリエッタが先に青年に声を掛けていた。少女と老人の視界から何かが見えないようにして。
「あんまりギャーギャー騒ぐと、これで――黙らせるよ?」
 ゆかりがそっと覗くと、『ヘビーマシンピストル』の先っぽが見える。
「……そ、そうですね」
 マリエッタの笑顔が明るさを増すたびに、金髪の青年の顔もみるみる青くなっていた。
「皆さんの迷惑になるので、お静かに……」
「は、ハイィっ!」
 マリエッタの命令に敬礼で返して、青年は静かに列に戻っていった。
「あ、ありがとうございます」
 老人が礼を言うと、マリエッタは微笑み返した。
「良いんですよ、これが仕事ですから。ほら、擦りむいたところをお姉さんに見せてね」
「うん」
 少女の膝にそっと手を重ね、マリエッタは治癒術を行使する。
「『ヒール』」
 淡い緑光が膝を包み、少女の傷を即座に癒す。瞬く間に擦り傷は消えていった。
「痛くない!お姉ちゃん、ありがとう」
「そう、良かったわね」
「うん」
「列に戻って皆と一緒に向こうに行ってね」
 少女の笑顔にゆかりとマリエッタも自然と笑みが零れる。
「さあ、もう一頑張りしましょうか」