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祭と音楽と約束と

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祭と音楽と約束と

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屋台

「うふふふふ、屋台があたしを呼んでいる! 食べてくれと待っている!」
 たくさんの屋台を前にして叫ぶセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)。その声になんだろうという多くの視線が集まるのにセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は溜息をつく。
(……祭のセレンは手が付けられないわね)
 じゃあいつもは制御できているのかと言われたら微妙だが、少なくとも食欲全開になってるこの状態よりは手綱がとれているだろう。
「あいつらもちゃんと楽しめてるかしら」
「防衛団のこと? 流石にみんな一緒に休むというわけにはいかないけど、休憩時間はちゃんと楽しんでいるんじゃないかしら」
 祭を周る前にセレンは少しは息抜きするようにと防衛団の人たちに言っていた。せっかくの祭りなのだからと。防衛団もその言葉に素直に頷いていたように思える。
「あ、面白い。タコがたこ焼き作ってるわ」
 屋台の一つに面白いものを見つけたのか、セレンはその屋台にすっ飛んでいく。
(こうして無邪気に楽しむセレンも、少しだけ真面目に防衛団のことを心配するセレンも一緒ね)
 思うのだ。敵わないと。
 人としても恋人としても。自分はやられてしまっているのだと。セレアナは改めて自覚するのだった。

「たこ焼き頂戴。あ、あんたの足はいらないから」
「心配しなくても入っていないのだよ」
 注文を受けて焼きたてのたこ焼きをパックに詰めていくのはイングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)だ。今回の祭では準備の際に絶好の屋台の出店場所を確保していただけあって、上々の繁盛具合だった。
「本当に? さっき耳にした話だと経費節約のために自分の触手入れてるとかなんとか」
「風評被害なのだよ」
 一応そんな衛生上……それ以前の話のような気がするが、問題のある行為をイングラハムはしていない。
「間違えてイカの足を入れてしまったのは認めるのであるが」
「……まぁ、美味しければなんでもいいわ」
「その点は安心してもらっていいのだよ」
 そう言って器用に渡してくるたこ焼きをセレンは受け取り早速食べる。
「あ、美味しいわね。10パックくらいちょうだい」
 セレアナにもおみやげにしようとセレンは頼む。
「たこ焼きだけじゃなく焼きそばとお好み焼きも食べて欲しいのであります」
 そうイングラハムの隣の屋台から声をかけるのは葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)だ。
「あ、やっぱり吹雪も屋台出してたのね。美味しそうじゃない」
 たこ焼きを既にふたパックほど食べ終えたセレンがそう言う。
「ふふ……それだけじゃないのであります」
 そう言って吹雪は焼いているお好み焼きを高く回転させながら飛ばす。
「パフォーマンスもバッチリであります」
「……焼きそばならともかくお好み焼きを飛ばすことに意味があるとは思えないのだよ」
 イングラハムは小さくつぶやく。つぶやくだけで真正面からは言えない。
「おーすごい。けど、パフォーマンスならもっといいのがあるわよ」
「? なんでありますか?」
「大食いチャレンジをするのよ。制限時間以内に食べられたらただっていうあれ」
「……何故か一方的に不利な状況に追い詰められている気がするでありますが……盛り上がるのなら望むところであります」
 セレンの申し出を受ける吹雪。セレンの言うとおり、吹雪たちの屋台は大いに盛り上がるのだった。


「吹雪ったら……あの調子じゃ今回は赤字ね」
 吹雪たちの様子を見守りながらコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)は溜息をつく。
「まぁ、その分こっちで稼げばいいかしら」
 コルセアもまた吹雪たちと同じように祭で飲み物を販売していた。
「それにしてもこのワイン……ノンアルコールって話だけど……本当かしら?」
 村の特産の一つだというノンアルコールのワイン。先ほど少しだけ飲んでみたコルセアだが、少しだけぼーっとしたような感じがしていた。
「んー……実際アルコール反応はないし、普通の人は飲んでも特に問題ないのよね」
 自分の気のせいだろうかとコルセアは思う。
「……まぁ、反応でないなら何も問題なしどんどん売っていかないとね」
 そう思って気合を入れるコルセア。
 この村のノンアルコールのワインは一部契約者に酔ったような症状を出すという事実を、説明し忘れていた残念な村長が後日謝りに来るのはまた別のお話。




「この祭の裏側できっとあの魔女は暗躍しているんですわね」
 祭の喧騒の中にいながらそれに馴染めない様子でユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)はそう言う。
「おそらくそうであろう。あの魔女の役割はそうだという話であるのだよ」
 イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)がユーリカの言葉にそう返す。
「村を滅ぼす役割……魔女さんはそれを望んでやっているのでありましょうか」
 少しだけ考えこむような様子でアルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)も続ける。

(……やっぱり、この間の話がショックみたいですね)
 パートナーたちの様子に非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)は思う。
 この村に渦巻く問題を聞かされてから、この村にいる時はどうしてもそのことが頭から離れないらしい。
(それは、ボクも変わらないですか)
「おや、ここにいましたか」
 そんな4人に声をかける男。
「前村長。ボクたちに何か御用ですか?」
 前村長に近遠は不思議そうな顔でそう聞く。
「渡したいものがありまして」
「? 箱ですの?」
 前村長が取り出したものを見てユーリカは首を傾げる。
「ふむ……美しい箱であるな。綺羅びやかではないが趣があるのだよ」
「どこか懐かしい感じがするのでございます」
 イグナとアルティアの反応。
「ただの箱……ではありませんよね。開けてみてもよろしいですか?」
「いいですが……そうですね。少しだけ静かな場所で開けてもらえれば。私からのプレゼントです」
 そう言って前村長は4人の前から去る。

「これは……オルゴールですの?」
 前村長の言葉の通り、祭の喧騒を離れた場所で開いた箱から響いてくる音にユーリカはそう言う。
「ふむ……これはなんの音楽であろうか」
「……日本の音楽ですね。雅楽というものに近いです」
 イグナの質問に対する近遠の答え。
「きれいな音楽でございます。……けれど、どうして前村長はこのようなものをアルティアたちに渡したのでありましょうか」
「……分かりませんね」
 もしかしたら頓挫してしまった企画と関係があるかもしれないが、そこまで前村長の心内は読めない。
「ただ、こういうきれいな音楽がこの祭には溢れているんだと思います」
 だからと近遠は続ける。
「今は、難しいことは忘れて祭りを楽しみませんか?」
 近遠の言葉に3人は頷く。


 祭りはまだまだ続く。きれいな音と楽しい雰囲気を求め4人は祭を楽しみに行くのだった。