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壊獣へ至る系譜:陽光弾く輝石の翼

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壊獣へ至る系譜:陽光弾く輝石の翼

リアクション


■ 崩れる均衡 ■



 破名が安定することで守護天使の方も本能が先走って暴走していた感情に理性が戻りつつあった。
「あ、は」
 冴えていく思考に自然と笑みがこぼれる。
 破名の回復が早かった故に、暴走で崩壊する前に守護天使の自我は守られた。しかし、我に返ったからと言って、男の思考が変わるわけではない。元より暴走を経てその願望は強くなり、全面に押し出て、全能感に酔いしれていた。
「何を笑ってる、のよ!」
 作り出した氷の壁の隙間を縫って飛んでいこうとするエネルギーの矢を撃ち落としたセレンフィリティに男はごめんごめんと謝る。
「すごく気分が良くて、思わず笑ってしまったよ」
「あなた喋れるの」
「正確には喋れるようになった、かな。まだ体は熱くてたまらないけれど、それもすぐ終わる。やっぱり自分で考えて動くほうが気分が良い」
 神経の先々にまで渡り行く感触を確かめるように両掌を握り、開き、
「だから、さ。いい加減邪魔をするのは止めて欲しいんだよ」
囁いた。
 射られ、結晶化した氷の壁が澄んだ音を立てて粉々に砕ける。
 あと少しで囲い込みが完成されるはずだった氷壁が水晶の粒と成り果て崩れ去った。
「な、に?」
「砕けと念じただけだよ」
 男が右手を体の横に大きく広げると十数本の矢が宙に整列した。男の指先が狙いを指定する。
「躱せる?」
 一斉射撃にホリィは常闇の帳の闇を呼び寄せる。光を吸収する闇色に沈む自分の攻撃に、守護天使は顔色を変えない。躱せるなんて言った手前、ちょっとカッコつけ過ぎたかなぁとか余裕の笑みだ。
「いいね、いいね! 邪魔かなって思ったけど、いいね! 肩慣らしには丁度いいよ」
 闇が光を飲み込むのなら、それを上回る光を生み出せば良いと、両腕を振り上げた男に大鋸は地面を蹴り、
「なあーにが、肩慣らしだ」
 両腕を広げて天を仰ぎ見、高笑いをする男の右腕を鷲掴んだ。
「頼まれなかったらギッタンギッタンにするところだよ!」
 反対側である左腕を美羽が掴んで振りほどかれないように怪力の籠手を嵌める手に力を込める。発散される熱が収まりつつあると言うが、直接触った美羽は顔を顰めた。水を水蒸気に変えないだけでまだ十二分に熱い。
「あれかな。僕を止めようとしているの?」
「そういうこと!」
 大鋸と二人で水中から引きずり出そうとする美羽の耳に守護天使の馬鹿みたいに大きな笑い声が響いた。大鋸と美羽目掛けて空を滑り落ちてきた矢をかつみとエドゥアルトがそれぞれ撃ち落とす。
「新しい力を得た僕を、契約者が止めようというの?」
「大人しくしてろよ」
「暴れたら痛い目に遭うよ!」
「へぇ、腕を掴んで、こうすれば僕を止められるって?」
 ハッと短く息を吐き捨てて、両腕を固められながら器用に肩を竦めた。そして、守護天使は自分を拘束する二人の腕を緩やかに振り解く。
 攻撃とか衝撃ではなく、羽根のような柔らかさで守護天使の腕が自分の手から引き抜かれた感触に美羽は気持ち悪さを覚えた。流し目を受けて、咄嗟に距離を空ける。
「壊獣がどんなものか知らないっていうのは可哀想だね」
「なによ、そのかいじゅうって。特撮? それとも子供映画?」
「安い挑発だなぁ。怖いなら逃げてもいいんだよ。さっきから勢いが良いのは口だけで防戦一方じゃないか」
 そしてそのまま輝石の翼で飛翔しようとした男の翔ぶ先に向かって、かつみとブリジットがさせまいと奈落の鉄鎖で妨害を図る。撃ち落としを狙う鉄鎖を避けた男に向かって某は真空波を投げつけた。
 紙一重で躱した破壊エネルギーの飛んで行く先を見送ってから、男は某を見た。
「危ないなぁ。なんだい、防戦一方って言われて怒ったの? それにしては顔を狙ってこないね」
「うるせぇ! 仕方ないだろ、頼まれたんだから。そうしないと綾耶の足が戻らない」
「言い訳?」
「殺すな、封じるな、動かすなって、お願いされてなければお前みたいな男!」
 殺してやるのにと、某は吠える。
「それは……神に等しい僕を随分とバカにしたようなお願いだね」
「神だぁ?」
「喋り過ぎた。知らなくていいよ。知っても理解しないだろう?」
「何を?」
「壊獣の創造を掲げた『系譜』の理想をさ!」
 有り余る力を披露して、抱える秘密を話したくてはしゃいでいる守護天使の姿は、全ての破壊を許されて優越に浸る子供の様であった。
 その際立つほどの無邪気さは、現実と大きく掛け離れていて、生まれる落差は激しく、虚しさが漂っている。
「止められると言ってました」
 ナオの憐憫が滲む小さな声に、守護天使の笑い声が、ピタリと止まった。
「こんな事、なかった事にできると言っていました」
 そもそもとナオは続ける。
「このままではあなた自身が封印されると言っていました」
「封印なんて、何を馬鹿な……」
 指摘に、笑いながら自分の手を見た守護天使は絶句する。
 そこで今やっと視界に入って気づいたと言わんばかりの驚きの表情で、守護天使は肘まで透明になっている自分の手を見つめた。
 信じられないと食い入るように見つめている。
「誰が」
 問題だったのは、守護天使の持つ知識が中途半端であったことだった。
「僕を? ――嗚呼、そうか」
 彼が破名が系図を起動させるだけの存在だと思い違いをしていたことが、彼の次に取る行動を決定的にさせた。
 楔は系図の起動、制御、停止の役割を担う。それ故に資格者は起動から終了まで系図と繋がれたままだ。
 それが仕様と知らない守護天使は、切れない接続が自分への妨害行為だと見做し、最大の足枷だと判断を下す。
 枷があっては飛び立てないではないか。
「君が邪魔をしたら駄目だよ。ちゃんと祝福して欲しいなぁ」
 噴水から吹き上がる水越しに、破名と目が合って、守護天使は微笑んだ。

 自分こそ役目が終わったなら終了してしまえ、と強行された切断の衝撃は大きく、疲弊しきっていた破名はこれに耐えられなかった。



「クロフォード!」
 糸の切れた人形のように後頭部を強かに打ち付けてベンチに倒れた破名の名前を誰が呼んだか。
「キリハ、大丈夫? しっかりして」
 破名が昏倒して青くなった手引書キリハの両肩を掴んだエースは少女に呼びかける。も、反応が薄い。
 銀の色を失って取り残された系図の金の色彩を愕然とした顔で見つめている手引書キリハの両肩をエースは強めに揺すった。
「何がどうなっているのかちゃんと教えて!」
 説明する義務があると言ったのは自分ではないかとエースに揺すられて手引書キリハは、ハッと我に返った。動悸で痛みさえ感じる胸に右手を添える。
「取り乱してしまい申し訳ありません。クロフォードが全権放棄……気絶したことを報告いたします」
「それって共鳴を止められないってこと?」
「……いえ、守護天使が元気なので条件が揃わないです。危険性はありませんが、しかし、守護天使が結晶化してしまえば時間の問題ではあります」
「気絶したって、クロフォードは大丈夫なの? これからどうするの?」
 言われて、手引書キリハは両目をきつく閉じた。
「どうしたの?」
「すみません。別の条件が揃ったので……その、心の準備が出来てなかったのもので……」
「別の条件?」
「系図起動中にクロフォードが全権放棄した場合、本来なら安全装置が作動するんですが、担当者が安全装置を抜いて別の、違うのを入れていて、その……ッ」
「キリハ!」
 動揺は良くないとルカルカが一喝した。
 手引書キリハは唇を噛みしめると一度、「失礼します」と契約者達に断りを入れる。
 破名に向き直り、白衣を捲り、シャツのボタンを外しその肌を露わにさせた。
 常に怪我を避けて立ち回っていた為に妙に滑らかな心臓の上には、つい今しがたそうされたかのように血を滲ませて、深々と刻印が刻まれていた。
 系図とも楔とも違う、左腕にあるのと同じ、当時の古代文字で、
 ――生体装置
 メインプログラム――
 と。そして、人の目に晒すようなものではないと、確認してすぐに服を元に戻した。
 抜かれた安全装置の代わりに入れられたソレは確かにこの騒動を収めるに一番相応しいものではあった。あったが――。
「恨みますよ、『クロフォード』」
 手引書は小さく囁いて深呼吸する。
 皆にしっかりと向き直り、そして、頭を下げた。
「……改めて、ご協力をお願いさせてください」