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壊獣へ至る系譜:陽光弾く輝石の翼

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壊獣へ至る系譜:陽光弾く輝石の翼

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■ 動き出したもう一つの思惑 ■



「駄目、消えて!」
 某を危険な目に遭わせたくないと願うほど光の羽根は精度が上がった。しかし、綾耶は願わずにはいられない。
 大切な人だから、某が隣にいる事が自分の幸せと確信しているから、彼を傷つけようとしているのが自分だと考えるだけで、再び羽根の形を形状を変える光の矢に、その威力を増すだけとわかっていても、どうすれば彼の安全を確保できるか持てる手段に思考が巡る。
「え?」
 と、何本目かの矢を破壊しようと指印を切った綾耶の目の前で、破壊しようとした矢が消失した。
 両足の完全な結晶化に動けない綾耶の元に駆けつけた手引書キリハが某を呼ぶ。
「こちらでの作業が終わりました。これで守護天使ゆえの矢の出現はありません。しかし、貴女への共鳴はまだ途切れてないので、今から出現する文字は危険が及ぶ可能性があります。ですので、出現範囲の外に移動してください」
 まだ歌が聴こえるでしょうと聞かれ、頷く綾耶を某は抱え上げるとその場を離れた。
「まだ足止めするのか!」
 噴水の方に顔を出した手引書キリハに甚五郎はまだかと問うた。
「がっちりとお願いします!」
 少女の返答を聞き、エドゥアルトは賢人の杖を振り上げ氷術の呪文を唱え上げる。守護天使が浸かる水が、今度は解ける事無く守護天使の足ごと凍った。
 一番厄介だった結晶化を促すエネルギーの矢が無くなったことにセレンフィリティとセレアナは互いに頷き合った。
 イコンの装甲に匹敵しうるアブソリュート・ゼロの氷壁を、今度はもっと肉薄するに等しい近距離で展開させて行く。ポイントシフトの瞬間移動がその効率を高めた。
 破名に無理矢理全権放棄させたがために再び暴走するだけの獣に成り下がった守護天使は状況を判断できず、狭まる行動範囲に感覚を失い結晶化した両腕を体を左右に大きくゆすりただただ振り回す。
 一重でなく幾重にも壁を重ね、守護天使の破壊行為も可愛い物に見え始めた頃、美羽は周囲に大量の文字が浮かんでいることに気づき、大鋸の方に駆け寄った。直感的にそれに触らないほうがいいと感じる。
 音も無く増えていく古代文字にいつしか公園内は静寂に包まれていた。



「死んだのか?」
 光が消え、囲っていた氷壁が消え、顔面から噴水の中へと倒れこんだ守護天使を水中から引き揚げる甚五郎に、隣で男を検分する手引書キリハは大丈夫ですと頷く。
「気絶しただけですね。それに彼らを殺すような技術は私達にはないです。せいぜい死ぬまで眠らせることくらいです」
「死ぬまで眠らせるって、結局死ぬのか?」
「いいえ。クロフォードが扱うサポートプログラムの強制終了とは違い、メインプログラムからの正式終了なので、じきに目覚めます。ただ、今後の事を含めて系図の修復と人格の再形成に記憶の消去を行ったので目覚めるのはいつになるかわからないですね」
 危険思想に対して施された処置内容を聞き甚五郎は守護天使を石畳の上に転がした。
「凄いわぁ、予想以上ぅ」
 何か言おうと口を開きかけた甚五郎は場違いな拍手と聞き覚えのある間延びした口調に、むっと眉根を寄せる。
 条件反射に近い速度で反応したのはセレンフィリティとセレアナだった。
 もしこの場に現れたら四の五言わずにシメると心に決め、接近したセレンフィリティにルシェード・サファイスは「にっこり」と微笑んだ。
 直後、セレンフィリティの視界が反転し、足止めを画策しようと魔女の足元に描かれたセレアナの氷術の陣が消えた。
「ルシェード!」
 セレアナの隣りに『移動させられた』セレンフィリティが白を身に纏う魔女の名前を呼ぶ。
「驚いたぁ?」
 怒りを隠さないセレンフィリティの表情が目に良く映ったのかルシェードは水を得た魚のように活き活きと楽しげである。
「今度は何をしに来たのかしら?」
 先日の死者たちが記憶に新しく、あの騒動に巻き込まれた契約者たちは自然とルシェードを囲み始める。
「何をしにっていうかぁ、もう終わっちゃったっていうかぁ」
「どういう意味だ」
 眉間をひそめたかつみにルシェードは片手を掌を上にして前に差し出した。
「ルシェード・サファイスの名において、ルシェード・サファイスが命じる 出よ、命運を握る駒!」
 少女の手の上で、マジックスモークも愛らしくポップに出現したサイコロは、性格を別の性格に塗り替える呪いの魔法。それに見覚えのある契約者は違和感に目を眇めた。
 二つあったはずの駒が、ひとつしかない。もうひとつはどこへ?
 ルシェードは警戒を解かず怪訝そうにする美羽達から興味を手引書キリハに移した。
「お久しぶりねぇ、まにゅあるちゃん。最後に会ったのはぁ、最初に会った時以来かしらぁ?」
 手引書キリハの返答をまたず、それにしてもと少女は続ける。
「流石に追求され続けた技術は美しいわぁ」
「やはり貴女の差し金ねですか?」
「いやぁ、まさかはなちゃんが壊獣研究施設『系譜』の全てを引き継いでいたとは驚きだったけどぉ、研究者なら自分の研究を失うのはそれは恐ろしいものよねぇ。捨てきれないから隠すんだけど、隠し場所にちょっと驚きぃ? うふふ。こんなに上手く行くなんて思わなかったのぉ」
「本人は全く知らなかった事です。こんな事にならなければずっと知られずに済み、証も浮かぶこともなかった」
「あっは、秘密主義のはなちゃんも知らない秘密かぁ、はなちゃんの驚いた顔が見れないのが残念ねぇ」
「のう、先程から聞いてみればそなたの言うはなちゃんとはクロフォードの事か?」
 問う羽純は、ルシェードのきょとんとした顔に知らなかったのかと少々驚いた。
「クロフォードってぇ、はなちゃんの担当者の名前じゃなかったっけぇ? あれぇ? みんなはぁ、はなちゃんの事はなちゃんって呼んでないのぉ? ふぅん? 偽名ぃ?」
 偽名と聞いたのはルシェード自身心当たりがあったからだが、手引書キリハは首を左右に振って否定した。
「いいえ。偽名ではありません。私の担当者はリセンといいます。それと同じですよ」
「ああ、それであたしにははなちゃんでぇ、皆にはクロフォードって名乗ってるのぉ。うふふ、名前までなんてかわいーじゃなぁーいぃ」
 合点がいったらしい。
 変わらずルシェードの言っている意味は取りとめもなく噛み合わないが、クロフォードと名乗っていた悪魔が破名であることがここに居る全員に知れ渡ることになった。
「それにしても担当者の名前まで知っているなんて詳しいですね。クロフォードから貴女は私達の研究を嫌っていると伺っていましたので意外です」
「そりゃぁ、嫌いよぉ。あたしぃ、『絶対に成功しない研究』に興味無いものぉ。でもねぇ、欲しいなぁってぇ。最初から欲しかったのよぉ、だから封印を解いたんじゃないぃ。なのに中々はなちゃんが靡いてくれなくて寂しかったわぁ。
 でもぉ、絶対からくりがあるって思って待ってたのぉ。
 甲斐があったわぁ。『生き物を生き物に創り変える』技術を丸ごと手に入れられたんだからぁ、万々歳よねぇ」
 目的も考え方も丸っと違っていたが、方法が一緒だった。全くの一緒だったから、策略に手間をかけた。機会は幾らでもあったが、どうせなら全て暴いてから手に入れたかった。自分は研究者で使い手だ。道具で在りたいと願う存在を中途半端にしておく手は無い。
「ねぇ、はなちゃんもそう思うでしょう?」
 サイコロを消した手をゆるりと目の高さまで持ち上げる。
「さぁ、いらっしゃいなぁ。あたしが正しく使ってあげるわぁ」
 誘われた悪魔は音もなくルシェードの背後に現れた。
 そして、その体を抱き上げ、少女の手にひとつのサイコロを渡し、返す。
「なんかムカつくわ。離れなさいよ! っていうかさっさと捕まりなさいよ!」
 目を閉じて魔女の首筋に顔を埋める男にか、それとも悪魔の行為を受け入れる少女にか、苛立ちを覚えたセレンフィリティの、ポイントシフトの瞬間移動を使って進めた一歩目はしかし、セレアナの隣から動かなかった。
 誰の仕業かはわかっている。破名の転移魔法だ。
「ちょっとぉ、クロフォードはその腐れ魔女に味方するの!」
「味方もなにもぉ、ねぇ」
 サイコロの魔法を受けて最早ルシェードの操り人形も同然である。
 くすくすと笑う姿に向かって地面を蹴ったのは、急激に動くなと注意を受けていたレティシアだった。
 無言のまま疾走るヴァルキリーは、自身を苛む痛みを仏頂面の裏に押し込んで、剣の柄に手を掛けた。
 少女の姿をしていても死者を召喚できるルシェードに甘さを一切捨てて、剣の間合いまで一息に詰めたレティシアは、伏せた目を開けて自分を見た破名の銀色の眼を目撃する。縦に一閃、振るわれた切っ先は、持っていた剣の感触ごと消え去った。
「ぬッ」
 振り下ろした両手から得物が無くなったことに、咄嗟にレティシアは後退した。十分距離を置いたレティシアの鞘に剣が収まる。
「はなちゃんの転移って設定細かそうぅ――」
「サファイス。使い心地を確かめるのは構いませんが、クロフォードが死にますよ」
 考えこむルシェードは手引書キリハの言葉に目を細めた。
 見れば悪魔の耳からは一筋の血が流れている。目を閉じたまま眉間に皺を寄せ、唇を噛み切った破名は痛みが無ければ意識を保てない様であった。
「脆いわねぇ」
「メインプログラム自体三人がかりで動かす代物ですので」
 一人でここまで動かせたのは楔の資格者という土台と、負担を肩代わりしてくれたり、足止めに奔走してくれた契約者達存在あってこそだ。足止めであそこまでしっかり固定してくれたからこそ守護天使を元に戻すこともできたのだ。
 便利に見えて、系譜が生み出した古代技術はその実守るべき制約が多い。条件が合わなければ失敗もする。楔の役割を担う破名が失敗を許されない立場に置かれているからそう見えるだけで、失敗するほうが遥かに多い。
 元より破名の脆さを知っているルシェードは諦めに両肩を竦めた。
「わかったわぁ。今日はもう帰るぅ。勿論まにゅあるちゃんも来るわよねぇ?」
「着いてっちゃうの!」
「着いて行くんですか!」
 美羽とナオが、俯き一歩前に進んだ手引書キリハに向かって同時に叫んだ。
「良くないように思えるけど、行くのか?」
 言うかつみに、エドゥアルトは同感と頷く。
「そうそうぅ、せーかく手伝って助けてくれたぁ、みんなにぃちゃぁんとお礼とお詫びをしなきゃだめよぉ」
 破名が行くのなら拒否する理由が無い。追い打ちをかけるルシェードの言葉に手引書キリハは唇をきつく噛み締める。
 手引書キリハの大人しく従う姿勢を確認して、ルシェードは契約者に向かって軽く片手を振った。
「じゃぁ、ばいばーいぃ」
 別れの挨拶を残し、ルシェードと破名の姿が音もなく消えた。



「……キリハ」
 大鋸に名前を呼ばれて、自分の本体である魔導書を胸に抱きしめた手引書キリハは、自分が置いて行かれたことを知った。