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盗まれた宝石

「お前はっ……!」
「ふっ……見つかってしまいましたか」
 フレッドたちが部屋に足を踏みこむと、そこでは気絶したアメーリエを抱えた謎の男が窓辺に立っているところだった。
「私は怪人二十面相――。ニブルナ家の赤きダイヤは、私が頂戴する」
 そう名乗る男の正体は、遠藤 聖夜(えんどう・のえる)という契約者だった。
 自称『怪人二十面相』を名乗るこの男の服は、いかにも紳士風なタキシードである。それは事前にアメーリエの護衛として潜入していた遠藤 魔夜(えんどう・まや)の魔鎧姿で、顔を見られぬように白い仮面を被った聖夜は、薄い笑みを浮かべていた。
「てめぇ! そのダイヤは俺のもん――」
 ゴツンッ!
 叫ぼうとした夢安の頭を、美羽がぶっ叩く。
 げぼっ、となった金の亡者は放っておいて、フレッドは聖夜を睨みつけた。
「ダイヤをあんたにくれてやるつもりはもちろんないけど……女の子を奪おうとするのは、もっとなしだ!」
「フフフ……この娘はたかだかダイヤよりもはるかに美しい――。私が手に入れるものにはふさわしいのです。さらば――!」
「この! そんなこと許されるかよ!」
 窓から逃げていった聖夜を追って、フレッドも身を乗り出した。
「あっ、危な――!」
 美羽が止めようとするが、その前にフレッドは飛び降りてる。
 窓の下を見れば――ぺしゃんこになっていた。
「ぐ……ぐぅ……負けるか!」
 ぴょんっと跳ね起きたフレッド。
 彼は聖夜を追って、森へと入っていった。

*  *  *


「ここまで来れば、きっと大丈夫でしょう……」
 アメーリエを抱いた聖夜は、森の深くまで逃げていた。
「あ、あの……」
 いつの間にか目を覚ましている彼女は、脅えている。
 聖夜はほほ笑み、その不安を拭おうとした。
「心配ありませんよ、お嬢さま。今宵は私とダンスを踊りましょう――」
 と、告げたそのときである。
 一つの人影が躍り出て、その手からアメーリエを奪い取った。
「なっ……」
「悪いですね。悪人は最後に出てくる。ばっちゃがいつも言ってたんです」
 それは鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)だった。
 警備任務についていた彼は、密かに魔夜の怪しさに気づき、それを監視していたのだ。
「ぐおっ……」
 グラビティコントロールの魔法が聖夜を襲い、負荷のかかる重力で動けなくなる。
 その隙に、貴仁は抱えたアメーリエを連れて離脱した。
「大丈夫です、お嬢さま。安心してください。絶対に、あなたの事は俺が守り抜きますから……」
 その腕に抱えられるアメーリエは、貴仁の顔を見てボッと顔を赤く染める。生まれて初めて異性をカッコイイと思ったアメーリエにとって、貴仁は直視するも難い相手だった。
「だ、だだ、大丈夫ですっ! わたくし、これでもメイドたちから武道は――」
「まずいっ!? 来るっ!」
 バタバタと手足を動かして暴れるアメーリエにかまわず、貴仁はぎゅっとその身体を抱いて、片手で剣を振るった。
 ちょうど屋敷の屋根に飛び移ったところで、重力負荷から逃げて聖夜が追いついてきたのだ。
 貴仁の剣を軽やかにかわす聖夜。その動きに翻弄され、バランスを崩し、貴仁はアメーリエを抱いていた手を弾き飛ばされた。
「しまったっ!?」
「きゃあああぁぁぁぁ――!」
 落下していくお嬢さま。
 が、その前に下に追いついたフレッドが、その身体を抱きとめた。
「どおおおぉぉぉぉぉ!?」
 そのままアメーリエの身体を受けとめたフレッドは、屋根をぶち抜いて下の部屋に落ちる。
 どうやらご令嬢自体は無事なようだ。
 それを確認してほっと息をついた貴仁は、剣の切っ先を聖夜に向けた。
「これで遠慮はいらないですね――。覚悟してもらいますよ」
 すると――
「フッ……」
 聖夜は不敵な笑みを浮かべた。
「どうやら今夜は私の負けのようです。しかし、また再び相まみえる時があるでしょう! その時まで――さらばっ!」
 ぼわんっ!
 どこからか出てきた煙玉を使って、聖夜は闇夜に行方をくらませた。
「…………――――また来るつもりでしょうか…………」
 出来れば二度と会いたくないと思いながら、貴仁は深いため息をついた。

*  *  *


 アメーリエを抱きとめたフレッドは落下した。
「ぐえっ」
 タイミングよく屋根の下にあったアメーリエの部屋で、彼女の下敷きになり押し潰れる。
 ピクピクなってる彼に構わず、アメーリエは感激して感謝を述べていた。
「ああ! 助けてくださってありがとうございます! あなたはわたくしの命の恩人ですわ!」
 実際のところは横取りを考えて追いかけただけなのだが、すっかり自分を助けてくれたと誤解しているらしい。
 アメーリエはフレッドの手を握ってきらきらとまぶしい笑顔を向けていた。
「あ、ああ……」
 調子の狂ったフレッドは、曖昧な返事しか出来ない。
 このまま下着を盗んですたこらさっさーという展開を考えていたのだが、どうにもそういう空気ではなさそうだ。
 どうしたものかと考えていると、やがてパチパチと拍手の音が聞こえてきた。
「うむ! 素晴らしきかな、愛の形!」
 拍手していたのはニブルナ家当主のエルンストだった。
「お父様!?」
「アメーリエよ。私はお前に言っておかなくてはならないことがあったな。この、宝石が隠されているとされるお前の下着だが――」
 厳かな顔でエルンストが下着を手にした。
 そのとき――背後から回ってきた謎の影があった。
「この下着はいただいていくでありますよ!」
 シュタッ。
 エルンストの手から下着を盗んだのは葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)だった。
 彼女は仲間のコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)イングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)らとともに、高笑いをあげて窓から飛び立っていった。
「下着はいただいたーっ! あばよー、とっつぁ〜ん! ……じゃなかった。警備諸君ー!」
 いつの間にか大袋に大量の下着を入れた恭也が、そんな事を捨て台詞にして去っていく。
「しまったっ!」
「追えっ、追えーっ!」
 兵士たちが急いで追いかけようとする。
 が、その前に差しかかった声があった。
「よい。追わずとも」
「エルンスト様っ!?」
 それはニブルナ家の当主本人だった。
 どうして追わないのか? 怪訝に思う兵士たちに向けて、エルンストは言った。
「…………宝石など、最初からありはしないのだからな」
「――なんだって?」
 声をあげたのは、フレッドだ。
 けれども、その場にいた他の下着ドロや警備の契約者、兵士たちも、同じように目を丸くしていた。誰もが同じ疑問を抱いたのだった。
 実は『ニブルナ家の赤きダイヤ』などは存在しなかった。
 あれは、ニブルナ家のご令嬢――つまりアメーリエが子どもを産める身体になったことを比喩しただけの伝説に過ぎなかったのだ。
 昔はそれが宝石のごとき至高のものだと考えられ、たくさんの若者が求婚しにやって来たのだという。
 肩すかしをくらって呆然とするフレッド。
 だが、ニブルナ家の当主は彼を罰しようとはしなかった。
「君は自分の家の再建のために、必死になったのだろう。その手段に関しては賛成は出来んが、心意気は賞賛する。私は君を悪い人間だとは思わないよ」
「エルンスト様……」
 感動するフレッド。
 しかし、これからどうするべきだろう。最後の希望も潰えて、フレッドは打ちひしがれた。もう二度と、クライシアス家は再建出来ないのだろうか?
「なーに、フレッドちゃん。道はいくらでもあるさね」
 落ち込むフレッドにフレンディスのパートナーであるマリナレーゼ・ライト(まりなれーぜ・らいと)が言った。
「あんたはまだ世間を知らないだけさ。これからもっと広い世界を見て、大きくなっていくんだ。そうすればまたきっと、クライシアス家を復活させることも出来るさね」
「広い世界を……」
 フレッドはつぶやいてから自分の手のひらを見る。
 彼はそれをぎゅっと握った。
 そう。まだまだこれから。フレッドの戦いは、始まったばかりだった。