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黄昏の陰影

「速いけど……動きが真っ直ぐすぎるよ」
 魔女に強化された傭兵の攻撃を避け返しの攻撃でネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)は傭兵を気絶させる。傭兵団は以前より確かに強くなっていたがその分だけ動きが単調になっていた。防御に関してはそれほどすぐれていない相手だけにネージュほどに熟練の契約者であれば倒すのはそこまで難しくなかった。
「こんなことになるとは思わなかったけど……『約束』のために村を今滅ぼされる訳にはいかないよ」
 ネージュにはこの村でやらなければならないことがある。ミナホに頼まれたそれを達成するには村がなくなってしまうのは認められない。
(……ミナホがいなくなることもね)
 約束の達成にはミナホが必要だとネージュは思う。
(そのためには粛清の魔女と……)
「……っと、流石に考え事して余裕の相手じゃないかな」
 新たにやって来た傭兵に警戒してネージュは考え事をやめる。
「今はとにかく傭兵たちをどうにかしないとね」
 約束のためネージュは傭兵たちから村を守るのだった。


「さてと……たまにはまじめにやるのであります」
 村の入り口付近にて罠を仕掛けながら葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)はそう言う。普段の6割増しでまじめだ。
「でも、相手もプロでしょ、簡単には引っかからないわよ?」
 そう言いながらも罠の設置を手伝うのは吹雪のパートナーであるコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)だ。
「……で、ありますな。自分もこの罠に引っかかるとは思っていないのであります」
「じゃあ、どうして?」
「設置した罠が見つかるのは前提として、それを解除するにしても避けて行くにしても動きが限定されるのであります」
 そこを狙い打つとライフルを見せる。
「なるほどね。それじゃあワタシも相手の動きを限定させるように準備しないとね」
 そういってロケットランチャーを取り出すコルセア。
「既に村の反対側では戦闘が始まっているのであります。こちらにくるのも時間の問題であります」
「そうね」
 そう言って吹雪とコルセアはそれぞれ配置につく。配置についてほどなく黄昏の陰影と呼ばれる傭兵団が3人やってきて罠へと近づいていく。
「(さて、一撃で決めるでありますよ)」
 心の中で気合を入れる吹雪。そして……
「……っ!?」
 危うく声を上げるほどに驚いてしまう吹雪。
(……罠に引っかかったのであります)
 何の警戒もなく……いや、警戒している様子だったのに罠に引っかかってしまった傭兵。
「……まだ終わっていないのであります」
 しかし罠に引っかかったのは一人だけだ。残りの二人に向けてコルセアの放つロケットランチャーを傭兵たちは素早い動きで避ける。
「(……身体能力は上がっているようでありますが……以前よりも動きが読みやすいのであります)」
 冷静さを取り戻し傭兵二人を的確に吹雪は撃ち抜いた。

「……さて、一人は生け捕りできたのでありますが……とりあえず村の牢屋に入れてくるのであります」
 違和感を覚えながらも吹雪は自分の役割を果たしていった。


「花音、本当にうまくいくでしょうか?」
 パートナーの歌が始まるのを待ちながらリュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)は不安そうに隣にいる申 公豹(しん・こうひょう)に聞く。
「当初の予定とは違いますが、村長の話を信じるなら大丈夫でしょう」
 申が考えた作戦はミナホを一時的に儀式上死んだ状態にするということだ。以前、花音たちの歌は傭兵たちの攻撃を完全に遮断していた。それを利用すればミナホが死んだように儀式を騙せるかもしれないという作戦だった。
(けど……それは不可能みたいですし、……仮にできたとしても簡単にはできることではないでしたね)
 ミナホと粛清の魔女は恵みの儀式の要だ。それを遮断するというのは不可能らしい。……儀式をめぐっている力の1000倍程度の力があれば可能らしいが、現状そんな契約者はいない。そして仮に成功したとしてもミナホという存在は村の人々に忘れ去られる。繁栄の魔女が死んだとき、その存在の記憶を衰退の力を用いて儀式下にある人々の中から消去する。それが仮にミナホが死んだときに魔女の力が弱体化する理由だった。
「今はとにかく姫たちを信じましょう。彼女たちの歌は運命を変える力を秘めています」

「ウィン姉! 歌おう♪」
 村の中心で赤城 花音(あかぎ・かのん)はパートナーにそう誘う。
「ええ。準備は大丈夫よ」
 それにウィンダム・プロミスリング(うぃんだむ・ぷろみすりんぐ)は応える。
(……村を滅ぼさせるわけには行かないし……ミナホ村長が死ぬことも認められない)
(……私たちの力でそのどちらもかなう方法が見つかるまで時間を稼がないとね)
 そのための力が自分たちにあると花音とウィンダムは思う。
「行くよ!」
 花音の合図。
「「エクスかリバー!」」
 そうして二人は歌い始める。奏でられる歌は『蒼空のフロンティア』。

「童、行きますよ」
「はい申師匠」
 花音たちの歌は村中へと響いていた。それに合わせて申とリュートは傭兵団の迎撃にあたる。
「やはり動きが鈍くなりましたね」
 そう言いながら申は雷公鞭を傭兵団たちに放つ。本来の威力は保っていないがその雷は以前よりも確かに効いていた。
「計画通り……これで傭兵団の弱体化はなりましたね。あとは三番目の方法が見つかるまで時間を稼ぐだけです」
 リュートは申によりダメージを食らった傭兵団を確実に動けなくしていく。

 花音とウィンダムの歌。それによって起こったのは傭兵団と粛清の魔女のつながりの遮断だ。既に与えられた力がなくなるわけではないが新たな供給が歌の中にいる傭兵団たちに行われることはない。いきなり大きく弱体化することはないが、時間とともに傭兵たちは確かに力を失っていく。
(……といっても、姫たちがずっと歌い続けられるわけではない)
(……傭兵団を早く全滅させるか、……三番目の方法を見つけてもらわないと)
 パートナーの歌が響く中、申とリュートは自分の役割を精一杯果たそうとしていた。


「はっ!」
 龍鱗化で強化した肉体で相手のナイフによる攻撃を受け止めた源 鉄心(みなもと・てっしん)はそのまま接近し関節技で傭兵を押さえつける。
「やはりユニコーンを狙ってきたか……どうして執拗に狙うんだ?」
 押さえつけながら鉄心は傭兵に聞く。
「執拗ってわけでもない。ただユニコーンの角が必要なのは確かだ。そんなところに希少なユニコーンが歩いてたら襲撃ついでに狙いたくなるのも仕方ないだろ」
「……お前たちの目的は何だ? どうして魔女に協力している?」
「『恵みの儀式』の始め方を手に入れるためだ。じゃなきゃなんであんな化け物に協力するか」
 心底嫌悪するように傭兵は言う。
「……その目的を果たさせるわけにはいかないな」
 鉄心は思う。仮に儀式が心無いものの手に渡ってしまえばどうなるか。少し想像しただけでもその危険性は分かった。
「ところで何で俺がクライアントの目的までべらべらとしゃべってるか分かるか?」
「……っ、まさか」
「そうだ。既に目的は果たされてる。半年近くの時間があったからな。魔女との協力関係もこれが最後だ」
 まずいことになったと鉄心は思う。嘘を言えない傭兵団の言葉だ。それは真実ということになる。そして傭兵の余裕から見て既にクライアントへ恵みの儀式への始め方は伝えられているのだろう。
「やっと隙を見せたな」
 その傭兵の言葉に呼応するように隠れていた傭兵からラセンへと向けて『針』が飛んでくる。
「させません!」
 ユニコーンを守ろうと警戒していたティー・ティー(てぃー・てぃー)は飛んできた針を叩き落す。
「同じ手に二度も引っかかりはしません」
 ずっと後悔していたのだ。あの時不覚を取ったことを。
「っ!? ダメです!」
 だから、たとえ自分の身を盾にしてでもラセンを守るとそう思っていた。……その決意どおりにティーは反対側から飛んできたもう一つの針を無理な体勢から防ぐ。結果としてラセンは守られ、ティーは針の毒を受ける。
「……大丈夫ですよ。契約者に魔女の毒は……」
 心配そうに寄ってきたラセンにティーはそう言う。
「……あれ?」
 魔女の呪いは契約者には効かない(正確には効きにくいだが……)。それは正しい。だが、そのはずなのにティーは自分の体に力が入らずその場に座り込む。
「まぁ、魔女の呪いは効かないが……それはただの地球の猛毒だ」
 傭兵の言葉。
「それなら契約者の回復術で治せるのですわ」
 イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)はティーを治療しようと駆け寄る。
「……ラセンさん?」
 イコナが駆け寄るよりも早くティーに寄り添ったラセンはティーにその力を使う。聖獣ユニコーンのその癒しの力を。

 癒しの力を使うユニコーン。その聖なる光景にイコナは目を奪われる。
(……傭兵たちの狙った真の隙はここでござるな)
 その中でスープ・ストーン(すーぷ・すとーん)は油断していなかった。ティーが倒れ、イコナが動揺し、ユニコーン自身も癒しの力を使っている間は無防備だ。鉄心も捕縛した傭兵を捕まえている為うかつには動けない。
(二重三重の策は基本でござる……この程度ではまだまだ甘いでござるよ)
 想像通りにユニコーンへと飛んできた針(おそらくは魔女の呪いがこめられた)をスープは自らのギフトで叩き落す。飛んできた針は一つではなかったがそのどれもがラセンへと届くことはなかった。

「キミは俺に隙ができたと言ったが、それは少し違うな。……俺はパートナーたちを信頼しているんだ」
「……そうだな。完敗だ」
 めんどくさそうにため息をつきながら傭兵は降参だと首をすくめる。
「……で、あんたは何をしているんだ?」
 縛られた傭兵の体に消毒液をかけて包帯を巻こうとしているイコナに傭兵はそう聞く。
「怪我を治療しているんですの」
「……いや、何で敵の俺を治療しているのかを聞いてるんだが……」
「鉄心が言ってたんですの。傭兵たちがもっと手段を選ばなければ自分たちはもっと不利になったはずだって」
「別に善意でそうやったわけじゃないぞ。魔女の力の副作用『嘘を付けなくなる』の延長だ。動きがまっすぐにしか動けなくなった。……普段より探知能力も下がっているしな」
「そうですの」
 傭兵の言葉を受けながらもイコナは治療の手を止めない。
「……回復系のアイテムを使え。契約者の力を介していなければ普通に使える」
 はぁと傭兵はため息をつく。
「本当に完敗だよ」


「……え? ラセンさん、今なんて……?」
 ラセンによるティーの治療が続く中、ティーはラセンの言葉を聞き返す。
「『アスター』……それがラセンさんの本当の名前……」
 伝えられた真名をティーは反芻する。そして少しだけ嬉しくなって笑う。
「……こんなこともあるんですね」
 白き聖銃ユニコーン。その名がアスターという花と同じという偶然にティーは運命を感じる。
(……地球の花言葉みたいな風習がユニコーンさんたちに伝わっているかは分からないですが)
 ラセンがどうして人を信じたいと……裏切られても信じようとしていたのか。それがなんとなく納得できた。


 白いアスターの花言葉 『信じる心』