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ミナスの願い

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ミナスの願い

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一つの終わり

「どちらか選ばないといけないの? 他に方法はないの?」
 雲入 弥狐(くもいり・みこ)はある少女を探しながら一緒に探すパートナーにそう聞く。選ぶとはもちろんミナホを殺すか前村長と粛清の魔女を殺すかという二つの村を救う方法についてだ。
「簡単に選べないことよ。……でもだからと言って私が別の方法を作り出すことなんて……」
 今の自分にはそんな方法は思いつかなかった。だから自分に出来る事を……ミナホに頼まれたことを果たそうと奥山 沙夢(おくやま・さゆめ)は思っていた。ホナミを……ホナミの心を守るというミナホとの約束を。
「結果はどうなっても、受け入れないとね。喜びでも、悲しみでも」
 もしかしたらと弥狐は思っていることがあった。ミナホをこのまま死なせたほうが彼女は幸せなんじゃないだろうかと。
(……死んだほうがいいなんてそんなはずないのにどうしてだろう)
 それは獣人としての勘だ。なんとなくと思うそれに理由なんて分かるはずがない。ただ、今の状態のままミナホが生かされてたとしても彼女は幸せになれないんじゃないかと、……いや、不幸にならないんじゃないかと思った。
「今回の件が無事に終わって、落ち着いたらホナミちゃんにネコミナスのお手伝いしてもらおうかしら」
「そうだね。村長も一緒に」
 自分の不安を隠して弥狐はそう言う。とにかく今は沙夢についてホナミを探すしか無い。

「……こんな所にいたのね」
 やっと見つけたホナミは遺跡都市アルディリスの入り口にいた。
「……沙夢さん。少しだけ話を聞いてくれますか?」
 ホナミは沙夢たちが来たことに驚いた様子も見せずそう言う。
「ええ。何の話?」
「お母さんの話です。……私を拾ってくれたお母さんの」
「村長の話? それは……」
 今村で起こっていることと関係有ることだろうかと沙夢は思う。
「私もお母さんと同じで記憶喪失なんです。この遺跡で拾われてからの記憶しかありません」
「そうだったんだ……」
 弥狐は言う。沙夢にしても弥狐にしても初めて聞く話だった。
「お母さんもそうだったからでしょうか? すごく優しくしてくれて……すぐに好きになりました」
 でもと……ホナミは続ける。
「そんなお母さんはもうすぐいなくなるんですよね……」
「大丈夫よ。きっと。他の契約者たちが村長が死ななくても大丈夫な方法を探しているはずだから」
 見つかるはずだと沙夢は言う。
「……そうですね。私も見つかると思います。でも、やっぱりお母さんは…………」
「どうして、そう思うの?」
 弥狐の質問にホナミは悲しそうな笑みで答える。

「私は記憶が無いだけで…………知識はありますから」


「ミナホ! 無事?」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は丘で瑛菜達と佇むミナホの姿を見つけて駆け寄る。前村長からミナホの死が村を救う方法だと聞いたルカルカとカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)はミナホを守るためにミナホを探していた。
「ルカルカさん……カルキノスさん。……父はどうしていますか?」
「瑛菜たちがいるってことはもう知ってるのか」
 ミナホの暗い様子から自分の状況がどうなっているかを分かっているとカルキノスは察する。
「あいつはミナホが死ねば村が救われるとか言ってたが、死ぬ必要はないぞ。方法はきっと見つかる」
「……そうですね。皆さんならきっと見つけてくれると思います」
 カルキノスの言葉をミナホは肯定する。
「だからそれまでは俺とルカがミナホを守るぜ。たとえ相手が前村長だとしてもな」
「……………………はい。お願いします」
 そう言いながらミナホは涙を流した。

「ミナホ?…………だれ!?」
 ミナホの涙を不思議に思ったルカルカが駆け寄ろうとしたところで、ルカルカは襲撃者の存在を感知する。
「……あの時の仮面の女ね」
 遺跡都市の深部で粛清の魔女を逃した敵のルカルカは確認する。
「ミナホはやらせないわよ」
 そう言ってルカルカは『超加速』で仮面の女との距離を一気に詰める。
「…………」
 仮面の女はそれを『ポイントシフト』を用いて避ける。そして返しの攻撃で蹴りをルカルカに向かって放つ。
「それくら…………カルキ!」
 ルカルカは襲撃者の蹴りを避けながらルカルカは襲撃者の目的が自分ではなくミナホであるということに気づく。ルカルカは信頼するパートナーに頼む。
「おう、分かってる」
 ミナホに向かい飛んでくる襲撃者の銃弾をカルキノスは『エバーグリーン』であたりの植物を成長させて防ぐ。
「あたしたち二人がいる限りミナホに手は出させないわよ」

(……そろそろ引き際だ)
 ミナホを襲撃した仮面の女……に見える佐野 和輝(さの・かずき)はそう思う。
(そうね。現状あの二人を倒すのは不可能だわ)
 現状の戦力では二人を無力化させるのは出来ないとスノー・クライム(すのー・くらいむ)はテレパシーで和輝に伝える。隙を付けばミナホに近づくことくらいは狙えそうだが、二人を抜いてもその先にはレオーナや瑛菜たちの姿がある。それらすべてを出し抜くことは出来ないだろう。
(それにあの魔女の考えていることもよく分からない)
 和輝がミナホを殺すといった時、粛清の魔女は肯定も否定もしなかった。ただ『そう』と言っただけだった。
(……けれど、撤退するのも一苦労しそうね)
(向こうは村長護衛が優先だからどうにかなる)
 どうにかなるだけで苦労するのは変わらないが。
(……あとは、アニスたちがどう動くかだな)
 自分とは別に動くパートナーたちのことを和輝は思った。


「今回、前村長から提示された解決方法は、前村長のこれまでの言動から強行すぎる部分があります」
 スフィア・ホーク(すふぃあ・ほーく)は現状に疑問を思う。
「前村長の目的は何か別のところにあるのではないでしょうか?」
 そう思いながらスフィアは情報の取捨選択と探索を進めるが、その中に前村長の目的だと思えるものはない。……当然だ。前村長の目的は極めて個人的で感情的なものなのだから。
「アニスは何か分かりましたか?…………アニス?」
 自分とはまた別の方法で調査をしていたアニス・パラス(あにす・ぱらす)が泣いていることに気づきスフィアは声をかける。
「どうしたのですか?」
「『皆』が……泣いてるの」
 アニスは感受性が強い。それゆえに人ならざるものと交信ができる。……それゆえに彼らの強い感情に引きづられることもあった。
「なぜ、『皆』は泣いているのですか?」
 それが自分の疑問に思っていることの答えじゃないかとスフィアはどこかで思う。……そしてそれは正しかった。

「……前村長が自分で自分を殺そうとしてるって」




「ミナホさんが死ななくても村を滅ぼさせない方法はありますよ」
 ミナホのもとへやってきた非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)は今までの調査結果から導き出した答えを話す。そのそばにはいつもの様にパートナーであるユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)の姿がある。
「儀式を存続した上できちんと返済を行えば儀式の性質上『破産』することはないはずです」
「そうですが……そのためには粛清の魔女さんの協力が必要ですよね」
 ミナホの言葉。
「音楽劇での話を聞く限り、根っからの悪人とは思えないです。そもそも粛清の魔女……衰退の魔女の役割は返済なんです。協力を要請すれば応えてくれるんじゃないでしょうか」
「……そうですね。しs……あの人は悪人ではありません。……でも、きっと壊れてしまっています」
「仮に返済を行えなくても、新たに力を借りさえしなければ『破産』することはないのであるよ」
 ミナホの言葉にイグナはそう言う。
「そのためには今現在一番繁栄の力を消費しているであろう村の輝晶エネルギーを止める必要があるのだよ」
 村に現在、遺跡都市の施設から供給されている輝晶エネルギーは繁栄の力を変換されて作られたものだ。
「おそらくそれが村で一番消費されている繁栄の力であるのだよ」
 他にも細々とした使われている力はあるだろう。ミナホ自身が使った癒しの力や、森や村などを修復する力。
「知らなかった事とは言え……今まで、借りてきてしまったものは、ちゃんと返さないといけないのであります」
 アルティアは言う。
「村人や契約者達にも、真摯に経緯と理由を話せば、理解して、協力してくれる人が何人も現れると思うのでございます」
 それはあくまで希望的観測だが、これまでのことを考えればそれはきっと正しかった。この村が発展してきたのは何も『恵みの儀式』のおかげだけではないのだから。
「……ところで、衰退の魔女が直に消したモノの分だけが、返済分に充てられるのでございましょうか? 間接的に関わって、壊した物……全てが、返済にあたるのでございましょうか?」
 アルティアの疑問。
「それに関してはどちらもイエスでどちらもノーです。直接間接関係なく、魔女が使った衰退の力の分だけ返済は行われたことになります」
 だから返済の中、村が壊れる必要はないと。
「……そこまで分かっているのにどうしてあなたは自分が死のうとしているんですか?」
 近遠の疑問。ミナホが死なずとも村が救われる方法があるとミナホは知っていた。そう『ミナホは儀式に関してすべてを知っている』。
「……本当に、なんで死なないといけないんでしょうね」
 その疑問にミナホは誤魔化すだけで答えない。
「とにかく、儀式を存続させた上で村を救うには返済していくしか無いですわ。誰も犠牲にせずに村を救うには現状それしかありませんの」
「そうですね。誰も犠牲に『せず』に救われる方法はそれしか無いです」
 正確には他にもあるが、現状取れる方法はそれしかない。……三つ目の方法が見つかっていない今は0番目である近遠たちの正攻法しかない。
「?……とにかく儀式は続けるべきなのですわ。その上で恵みの儀式を研究させて欲しいんですの。研究結果を各機関に報告して禁術指定をするべきだと思いますわ」
「そうですね。仮に儀式が存続したのならよろしくお願いします」
 まるで儀式は終わる……自分が死ぬと言っているような口ぶりのミナホ。

「皆さん、もしも私が死んだら父を救って――」



「どうして……」
 アニスが前村長のもとに辿り着いた時、それはもう手をくれだった。
「おや……アニスさん。どうしたんですか?」
 いつものように笑いながら前村長はアニスに優しく話しかける。どこか亡き妻の面影のある少女は人見知りだ。前村長も慣れてもらうまで時間がかかった。今でも宝石を触れるように優しく接していた。……自らの心の臓から流れる血で汚さぬよう触ることは出来ないが。
「……死んじゃうの?」
「今からでは治癒は間に合わないでしょうね。たとえ契約者の力でも」
 それくらいには血を流した。今なおしゃべることができるのはミナスの加護だろうかと前村長……将は思う。
「どうして……?」
「さぁ……どうしてでしょうね」
 理由を言おうと思えば言えた。例えば自らが衰退の魔女になることは絶対に阻止しないといけなかったとか。娘には契約者がついてくれることが分かったからもう自分が必要ないと分かったとか。
(……でも、たとえそれが本当であっても、それが一番の本心ではありませんからね)
 それらはあくまで自分が死んでもいい理由だ。そんな後付の理由をこの少女に伝えることは出来なかった。
「すみませんね。あなたにそんな顔をさせてしまって」
「…………どうして」
 どうしてこうなったのかと。アニスは思う。
「……本当にどうしてでしょうね」
 ほんの少しだけ将の中に後悔ができる。この少女にこんな思いをさせてしまったことへの後悔だ。
「……そろそろお別れです。あなたのパートナーによろしく伝えてください」
「…………村長には?」
 アニスの言葉に前村長は首をふる。

「ダメですよ…………あの子は私のことを忘れるんですか……ら」



「……アニスにつけた『賢狼』からの報告よ。……前村長が死んだそうだわ」
 スノーは和輝と一緒にいる魔女ミナに伝える。
『……そう。あの男が死んだのね』
「驚いていないようですね」
 和輝は魔女に聞く。
『あの男はずっと死にたがっていたもの。自分が死んでもいい状況になれば死ぬでしょう』
 自分が死んではいけない状況……たとえば娘が死んでしまった場合など、そんな状況で責任を放棄できる男ではないがと魔女は言う。
「……(私と同じでね)」
 小さく続けた魔女の言葉は和輝とスノーの耳には届かなかった。……魔女自身にも。


「――って、あれ? 私今何を……?」
「ミナホさん?」
 いきなり様子が変わったミナホに近遠は声をかける。
「あの……どうして私は死のうとしていたんでしょうか?」
「……は? あんたいきなり何いってんの?」
 ミナホの言葉に瑛菜は半眼で言う。そんなのこっちが聞きたいと。
「近遠さんの言うとおり借りるのをやめて返済していくだけでいいだけなのに……どうして私は……」
 さいも自分が死のうとしていた理由がわからないとミナホは言う。
「……ミナホちゃん? どうして泣いてるの?」
「私……泣いてるんですか?」
 アテナの指摘に不思議そうな顔をするミナホの表情に反するようにその涙は止ることがなかった。




「あはは……油断してたわね」
 地に倒れたミナスは自分の体を見てそう呟く。
「しゃべらないでください! 早く抜かないと……!」
 ミナスの腹部には小さなナイフ、滅びの魔女がその力の全てをこめた呪いの楔がささっていた。
「無駄よ。滅びの魔女の呪いの真髄は吸収。相手の力をそのまま呪いへと変化させていく。……契約者である私もかかってしまえば一緒」
 死ぬだけだとミナスは言う。
「……どうしてそんなに冷静なんですか?」
「伊達に長くは生きてないもの。……それに後悔はないから」
 呪いに蝕まれ辛いだろうにミナスは穏やかな表情で続ける。
「リリィが生まれてから今まで本当に幸せだった。予想外の形とはいえ妹と再会できた。これで後悔があるなんて言ったら怒られるわ」
「ミナホは……あなたの娘はどうなるんですか? 操られていたとはいえ自分の母親を手にかけて……」
「大丈夫よ。契約者や例のペンダントを持つもの以外は死んだ魔女のこと忘れる。……この子はせっかくあげたペンダントをゴブリンの子にあげちゃったもの。私のこともすぐに忘れるわ」
「本当に……本当に何も後悔はないんですか?」
「それじゃあ二つだけお願いしてもいい?」
 ミナスの言葉に男は頷く。
「一つ……あのできたばかりの村を大きくして。私が守れなかった町よりももっと」
「それは……また無理難題ですね」
 滅んだアルディリスは街というよりも都市だ。恵みの儀式というある種の反則技を使ってなお100年の時をかけて大きくなった都市を越えるというのは難しい。
「もう一つはもう一人のミナホを……私の妹を助けてあげて。私と違ってあの子はずっと一人だったから」
 そう言ってミナスは男とは別の方向を見る。
「あなたたちにもお願いしてもいいかしら? 一つは最初の契約通り妹との思い出の詰まったこの森を守ること。もう一つは将くんへのお願いと同じ。妹を救ってあげて」
 ミナスの言葉にその場にいた二人。ゴブリンキングとコボルトロードは頷く。
「そのために私は最後の力を振り絞るから」
 そう言ってミナスはそこに生えていた普通の植物に自分自身の力を込めた。それはそののちミナス草と呼ばれるもののオリジナルになる。
「将くんは? お願い聞いてくれるわよね?」
「……断れるわけないじゃないですか。儀式のため騙し近づいた私を、許してくれたあなたを」
「よかった。……ね、もう一つわがまま言ってもいいかしら?」
「なんですか?」
「私のこと『ミナス』って呼び捨てにしてみてくれない?」
「それはちょっと恥ずかしいですが……」
「……………」
「……ミナス」
「……………」
「…………………確かに呼びましたからね」
 将と呼ばれた男は静かにミナスの亡骸を抱き上げる。役目を終えた呪いのナイフがミナスの体から抜けるが血は出ない。ミナスの体はきれいなままだ。
 対して将の体は急激に老いていっていた。パートナーロストのペナルティ。将は契約者としての力を失い、戦えない体になっていた。
『おかしいわおかしいわ』
「何がおかしいんですか。ミナホさん」
 将はミナスの妹であり滅びの魔女と呼ばれるそれに話しかける。妻を奪った相手であり……妻とそっくりの容姿であり……妻に頼まれた相手に。
『儀式が終わらないの。繁栄の魔女と衰退の魔女は一親等以内でなければならない。私には姉さん以外に血のつながりのあるものはいないのに』
 仮にいればその人物に死んだほうの役割が受け継がれる。そして引き継ぐものがいなければ儀式は成り立たなくなり終わる。
「……ミナスとあなたは一卵性の双子でしたか」
『そうだけど、それがどうかしたのかしら?』
「いいえとくには何も」
 そう言いながら将は理解する。一親等以内の繋がりというのが単純に遺伝子的な意味合いであるのなら。一人だけ遺伝的に見れば滅びの魔女の娘と言ってもおかしくない存在がいた。
「あなたはこれからどうしますか?」
『決まっているわ。儀式が終わらないのなら私は私の役目を果たさないといけない』
「……そうですか」
『けれどこまったわこまったわ。今の私は力を使い切ってしまった。衰退の力がまた溜まるまで時間がかかる』
「……では?」
『ひとまずの眠りに尽きましょう。5000年前から今日まで眠り続けたように』


「ねぇ、お父さん。ここはどこなの?」
 森の奥。棺にミナスの亡骸をいれた将は、自分の娘に振り返る。
「ここはパラミタのイルミンスールの森ですよ」
「きれいなお人形さんだね。うめちゃうの?」
 ミナスをさしてミナホはそう言う。
「ええ。眠らせてあげましょう」
 母のことを忘れた娘に将はそう言う。
「ねぇ、お父さん。……私は誰?」
 母の記憶とともに自分すらも見失った娘を将は抱きしめる。
「あなたはミナホですよ……ミナホ・リリィ。それがあなたの名です」
 それは本当であり嘘。本当の名と愛称を合わせた。

母を忘れた少女に送られる母の忘れ形見。


「ねぇ、お父さん。このお花はなんて言う花なの?」
「それはユリの……リリィの花ですよ」
「ふーん、そうなんだ」
「もって帰ったりしなくてもいいんですか?」
「ううん。別にいい。きれいな花だけど。それだけだから」
「……そうか」
 そうして将は改めて理解する。自分の娘は、妻と育てた藤崎 美奈穂という少女は死んでしまったのだと。
「帰ろうかの、ミナホ」
 亡き妻を真似て将は年寄りの口調をする。嘘をつくときだけそうした妻を真似て。
(いつか地球のユリを見せましょう)
 娘には母の記憶はけして戻らない。それでもあの日々が嘘じゃないと……そう証明したかった。