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ナイトメア・カレイドスコープ

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ナイトメア・カレイドスコープ

リアクション

 “箱庭”に囚われた者の救出を目的として、遺跡下層へと向かう契約者たち。
 彼らがそこへ辿りついた時、荒廃した遺跡の光景はどこか懐かしくも感じる街へと姿を変えた。

 この「街」は、『夢を見る匣』と呼ばれる爆弾――あるいは魂の収集機――その原型によって生み出された幻影である。
 幻と侮ってはならない。
 “箱庭”において、全ての感覚は現実と遜色なく発揮される。
 刃に切りつけられれば痛み、血が流れ、体の熱が引いて行く感触すら得られるだろう。
 場合によっては、精神と共に肉体が死に至ることも。

 再現された街の姿は、シャンバラ古王国時代のものだ。
 だが、特定の実在する街ではなく、ある条件によって集められたカケラを継ぎ接ぎしたような街だった。


     /


「――ユーベル? まさか……」
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)はここに居ないはずのパートナーの姿に息を呑む。
 それはまだ自分と出会う前の。
 ユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)、いや、これより後にそう名付けられる剣の花嫁は、「初対面」のリネンに不思議そうな顔を向けた。
「どちらさまでしょう? ごめんなさい、あたしは戦場に向かわなければ」
 素っ気ない対応はしかし、見知らぬ相手へのそれであれば必然だろう。
 いくつかの感情を押さえ込み、リネンは光条兵器、魔剣ユーベルキャリバーの名も無き“鞘”へと問いかけた。
「あなたは。貴女は――逃げようとは思わないの? 貴女は死んでしまう。今ならまだ……」
「……ええ、そうですわね。あたしは死ぬでしょう。知っていますわ」
 その終わりは。いずれ戦いによって果てる、自分の役割を覚悟している。
「貴女は考えることができる。人形じゃないのに。貴女は……自分の意志で死ぬって言うの」
「義理などないのかもしれません。けれど、これがあたしの生まれた意味ですから」
 譲れぬ誇りがあるのだと、笑う。


 気がつけばそこは死地だった。
 剣の突き立つ大地は、黒濁した血液に塗れている。
 戦いの痕。暴走した剣の花嫁が生み出した惨劇。
 それによって息絶えた骸が、数え切れぬほど地に伏していた。
「……こうなることを知っていて。それでも貴女は戦ったのね」
 感傷的になるリネンの周囲が歪み、黒い獣が大量に、数え切れない死骸すら埋め尽くすほどの影で視界が満たされる。
 死の匂いに誘われ、魂を貪る獣の影。
 リネンは数瞬の黙祷を捧げ、一歩踏み出し剣を抜いた。

「ここから先は通さないわ。契約者としてね」

 波濤のように襲い来る影に、戦う者の刃が閃く。


     /


 エレノールという名の少女は、父親を待ち続け街の中で立ち尽くしていた。
 自分が繰り返していることに気付くこともなく、何度も、何度も。
「……お父さんを待ってるのかな?」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)が声をかける。
 楽しみで仕方がないのだろう、少女は笑顔でそれに応えた。
「える、いつもまってるの。お父さん、かえってきたら、おかえりってしてあげるんだ」
 ささやかな、けれど決して叶うことのない願い。
「そう。お父さんが大好きなんだねぇ」
「うん!」
 “箱庭”が維持される限り、彼女は帰らぬ父親を待ち続けるのだろう。
「お父さんも大好きだって言ってたよ」
「……お父さんのともだち?」
「ううん。でも読んだ、いや、聞いたんだ。愛してるって。ずっと、ずっとね」
 その言葉が、昔の彼女に届くわけではないけれど。
 これが魂による再現なら、今の彼女自身には届くかもしれない。


 再び少女は病によって死に至り、周囲には獣の影が生まれだす。
 死者も生者も区別なく、その魂を喰らおうとする黒い獣。
 殺到する獣は、ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)が放った雷撃によってたじろぐ。
「精神攻撃、っつーワケじゃなさそうだな。しかしまぁ、吐きそうな気分だぜ」
 『サイコメトリ』によって床にでも触れれば、この空間が大量の魂で構成された「形のある幻」であることが読み取れた。
 北都は獣を氷漬けにすることで動きを封じ、ソーマに問う。
「ソーマは、逢いたい人が居るんじゃないの?」
 “箱庭”が魂から死者を再現するものなら、探せば望む者が見つかるかもしれない。
「いるにはいるが、今はそんな場合じゃないだろ?」
 しかしソーマはそれを望むことをしなかった。
 決着をつけた想いを、徒に掘り返す必要などないのだから。


     /


 ――箱庭を構成するカケラの条件とは、『そこにヒトの死が存在すること』。
 終わってしまった結果、喪われてしまった生命。
 それは死者自身の意志に関わらず、弄ぶように反復し再演される。