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ニルミナスの一年

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ニルミナスの一年

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お正月

「はぁ……これ全部おせち料理ですか?」
 関心したように自分の前に広がる料理を見てミナホは言う。
「ニルナミスのみんなが食べる量を作ったヨ。これで正月は料理しなくても大丈夫ネ」
 本当にニルミナスの村人全員が食べるだけのおせち料理を作り驚かせたのはロレンツォ・バルトーリ(ろれんつぉ・ばるとーり)だ。
「ああ……そういえば、おせち料理って火を使わないために作るんでしたっけ」
「おー、よく知ってるね。それも一つの由来ね」
 他にも台所を静かにさせるためとか、とにかく正月明けてすぐは料理をしないほうがいいというのが日本の伝統だった。
「料理自体にも
芽が出るように……くわい。
先行き見通しがいいように……蓮根。
子孫繁栄で……数の子。
みんないろいろ由来あっておもしろいのコトね」
「勉強になります」
 ミナホは感心した様子で言う。
「それじゃあ、村の皆に配ってくるね」
 そう言ってロレンツォは大量のおせち料理を台車に乗せて村を回りに向かっていく。

 ニルミナスのお正月が始まろうとしていた。


「ミナホ、このおせち美味しいわね」
 ロレンツォの作ったおせちを晴れ着姿で美味しそうに食べるのはルカルカ・ルー(るかるか・るー)だ。
「美味しいんですけど……少し胸苦しいですね」
 ミナホもまたルカルカに着せられて晴れ着姿だ。
「それくらい慣れよ」
 ミナホより胸の大きいルカルカは言う。
「けど……ルカルカさんって日本人だったんですね」
「国籍がそうという話で遺伝子的には違うんだけどね。こういう日本的な文化はちゃんと知ってるわ」
 そうだと、ルカルカは続ける。
「いろんなことが終わったら一緒に地球観光にいかない? それこそ日本とかさ」
「いいですね。……でも、結構後の話になりそうですね。もうすぐ新しい村の事業が……ずっと私がやりたかったことが始まりますから」
「そっか。それじゃ、それが終わるのを楽しみにしてるね」
 そう言ってルカルカはおせちを食べ終えて立ち上がる。
「それじゃ、ミナホ。羽根つきやろっか」
 晴れ着姿のままルカルカはミナホと羽つきを始める。その中で思う。
(……ミナホと友だちになれたかな)
 そうであれば嬉しいとルカルカは思うのだった。



「うーん……このおせち美味しいんだけど、あたしも手伝ってたらもっとこう刺激のあるというか、パンチの有るおせちになってたと思うのよね。あんたらもそう思うでしょ?」
 ロレンツォのおせちを食べながらニルミナス防衛団にそう聞くのはセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)だ。
「へい。姐さん。その通りでさ。ササッ、ここはもう一杯ぐいっと行ってくだせぇ」
「なんか盗賊というより海賊みたいなんだけど……まぁついでくれるならもらうわ」
 防衛団に注がれた酒を一気に飲み干すセレン。防衛団はそれにすかさず酒がからにならないように注ぐ。
「……なんとか、災厄は防げそうね」
 セレンに聞かれないようにぼそっと呟くのはセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)だ。
(セレンが『あたしもおせち作る』言い出した時はどうなるかと思ったけど……)
 防衛団と協力してなんとか防ぐことが出来たと安堵する。
(……去年の秋の二の舞いはシャレにならないからね)
 去年の秋。レクリエーション感覚でキノコ狩りをしたはいいが、それを利用してセレンが料理を作ってしまった時のことはあまり思い出したくない。
 「キノコ料理」と称する人外魔境というか、見た瞬間に自動的にモザイクがかかるというか、精神的ブラクラというか、そういう「料理」がずらりと並び、セレンが「め・し・あ・が・れ」と圧力をかけてきた時の絶望感はそうなんども経験できることじゃないだろう。
 結果として防衛団が一週間程度寝こむことになったが、あれを食べて一週間寝込んで回復できるのだから防衛団は丈夫だ。
(……それでセレンは美味しくてそうなったと思ってるから手におえないのよね)
 はぁと息をつくセレアナ。
「うぅ〜……暑いわね!」
 酔った様子でまた脱ぎだして騒ぐセレンを防衛団達は必死で押しとどめる。
「……お互い、苦労するわね」
 きっとそれは嫌な苦労ではないだろうけどとセレアナも盃を傾けるのだった。



「去年はお世話になりました。今年もよろしくお願いします」
 ミナホの元を訪れてそう言うのは源 鉄心(みなもと・てっしん)だ。
「はい。鉄心さん。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
 鉄心の挨拶にミナホはそう返す。
(ずいぶん、高くついたものだな……)
 あけましておめでとうございます。その挨拶は本来今年ミナホがするはずのない挨拶だ。だからこそ自分もその挨拶はしなかった。
 ……もしもミナホが父のことを忘れていなければけしてしなかっただろう。
「最近体調はどうですか?」
「つい先日まで仕事忙しさに倒れていましたけど、もう大丈夫ですよ」
 ……それは本当にただの疲労だろうか。父の記憶がなくなったことによる負荷が来たのではないだろうかと鉄心は思った。
「大変そうですね……まぁ、何か困ったことでもあれば出来るだけは力になりますので」
 家の借りもありますしと鉄心。
「ああ、そういえばもう一つ土産です。今年は辰年で縁起物ですし、何かに使えるかと思って」
「……なんですかこれ?」
「すぷー……」
 と箱のなかにはスープ・ストーン(すーぷ・すとーん)が2024年の干支である辰の姿をして眠っていた。
「えーっと……とりあえず一緒に入ってるうどんだけもらうというのはダメでしょうか?」
(……売りに出された上になんか拒否られてるでござる)
 眠ったふりをしながら微妙にショックを受けてるスープ。
「こんな風に見えても意外と役に立ちますから……雑用でも何でも」
「はぁ……枕に使っても大丈夫でしょうか?」
「……どうだ? スープ」
「ご用命とあらばやぶさかではないでござる」
 それだったら仕事中でも合法的に寝れてラッキーと思っているスープ。
「そういえば、ティーさんとイコナさんは一緒ではないんですか?」
 ティー・ティー(てぃー・てぃー)イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)の姿がないとミナホは聞く。
「彼女たちはラセンさんのところに行っていますよ。……そういえば、あの夏の日のことを覚えていますか?」
 質問を返し鉄心は新たにミナホに質問する。あの夏の日……鉄心達とラセン、そしてミナホと前村長で過ごした日のことを。



「これは良いスイカなのですわ」
 夏の暑い日差しの下。花壇で育てられたスイカを収穫したイコナはぺちぺちと中身が詰まっていることを叩いて確認する。その結果は満足そうなイコナの表情を見れば言うまでもないだろう。
「このスイカが量産のあかつきには……うさぎなどあっという間に……ふふふ」
 うさぎがどうなるのか。それはイコナにしかわからない。……イコナにもわからないかもしれない。
 そんなわけのわからないことを言いながらイコナはユニコーンのすみかへとスイカを運びこむ。
「日本の夏の定番といえば、スイカですの!」
 そこで待っていたミナホ……そして前村長にイコナは嬉しそうに言う。
「あの……食べていいんですか? 美味しそうなスイカですけど」
 貴重なものじゃないでしょうかとミナホは言う。
「ラセンさんが怪我したとき、ミナホさんに助けて貰いましたから。その御礼です」
 その時のティーの後悔を引きずりながらもティーはミナホにそう言う。
「はて……それだと私は食べられませんね」
 飄々としながらどこかいたずらな笑みを浮かべて前村長はそう言う。
「みんなで……親子で食べたほうがもっと美味しくなるのですわ」
「……そういうことならミナホのために私も食べますか」
 遠慮無くと前村長はスイカを受け取る。
「もう……お父さんって本当に日本っぽいのに目がないんですから」
 そんな父を嬉しそうに見ながらミナホもスイカを受け取る。
「暑いときは熱いお茶を飲むのも良いけど。やっぱり冷たいモノ……それも、自然に出来るモノが一番なのですうさ」
 ラセンにもスイカを食べてもらいながらティーは言う。
「けど……本当にミナホさん美味しそうに食べますね」
 ミナホの食べる様子を見てティーはそういう。
「……はい。イコナさんの言うとおり親子で……みんなで食べるスイカはとっても美味しいです」
 こうして親子で触れ合う時間が実は少ないから余計にとミナホは言う。


 けれどミナホの中にみんなでスイカを食べた夏の思い出はあっても親子で食べた思い出はもう存在しない。



「ねえ、たまに聞えるあの音なんだと思う?」
 正月二日目。芦原 郁乃(あはら・いくの)はゴブリン集落にて聞こえてくる笛の音のような音について蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)に聞く。
「……やっと家の修理が終わったというのに主は相変わらずですね」
 人の住む家じゃなくなりあやうく優しいゴブリンたちにすら見放されるんじゃないかという状態になっていた我が家を修理し終えたのはついこの間だ。
 やっと冬を越せる状態になり安堵していたマビノギオンとしてはもう少しゆっくりとしていたいと思っていた。
(……まぁ、修理を終えた家を見て『う〜〜ん、物足りないなぁ……やっぱりこう緑に満ちてないと……』なんてことをいう主ですからね)
 正月だろうとじっとしていないのは想像できたことだ。ちなみに上記のセリフを聞いてマビノギオンが悲痛な叫びで止めたのは言うまでもない。
「……この資料の山を私に任せて行く気ですね」
 主とゆっくりと資料を片付けようと思っていたマビノギオンとしてはいつもどおりとはいえジト目で主のことを見るしか無い。
「……はぁ。まぁ、どうせ気になって片付けにも手がつかないでしょうしね。早く音の正体を見つけてきてください」
「ありがとうマビノギオン!」
 マビノギオンの許可を得て音速で家を出て行く郁乃。
「お正月くらい、ゆっくり一緒に過ごしたかったんですけどね…………主らしいから仕方ありませんか」
 寂しさと嬉しさを胸にしながらマビノギオンは主人の帰りを待ちながら資料の整理を始めるのだった。


「……で、風邪を引いて倒れて帰ってくると。……主は何歳ですか」
 調査の中、風邪を引いて倒れてしまった所をゴブリンキングに拾われて帰ってきた郁乃にマビノギオンはため息をつく。
「んー……でもちゃんと音の正体はわかったよ。『蛾の繭に穴が開いてたところに風が吹き込んで鳴るんだ』」
 それで面白いんだよと熱に浮かされた様子で郁乃は続ける。
「その音を聞いたら魂を取られちゃうって集落では言われてるんだ」
「幽霊の正体見たり枯れ尾花……ですね」
「うん。なんだかそういうところは人と一緒なんだなぁって嬉しくなった」
「……こっちは心配で倒れそうですけどね。……でも、ちゃんと家を直しておいてよかったですね。以前の家じゃそれこそキングの家にお世話になるところでした」
「あー……それもいいなぁ……」
 そう言って眠りへと着く郁乃。
「本当に主は……目が離せないんですから」
 こうして少しだけ想像とは違えど、マビノギオンが主と過ごす静かな正月がやってくるのだった。



「私から……最初に言っておける事は、前回の粛清の魔女の襲撃の際。ニルミナスの村民に、犠牲者が発生する状況に陥った場合。迷わず……私がミナホ村長を殺していた……と、言っておきます」
 一月三日。ミナホを前にしてそうはっきりと言うのは申 公豹(しん・こうひょう)だ。
「……そうですね。あの時私は死ぬべきだったんだと思います」
 ミナホは悲しそうな表情でそれに答える
「特別な力を持たない……一般の村民を守る事を考えない行動は、契約者が選んではならない『最悪の悪手』です。私たち契約者の力は本来は誰のためのモノなのでしょうね」
 申は続ける。
「契約者は運命を切り開くために、力を得て、命を懸けて闘うのです。もっとも簡単に命を散らす訳にもいきません。そのために強くなるのです」
「……運命を切り開く、ですか。きっと私には出来ないことですね」
 繁栄の力とは技術さえあればあらゆることを可能にする力だろう。けれど、ミナホにはたとえ技術があっても運命を切り開くことなどできるとは思えなかった。
「まぁ……小難しいことはこのへんにして。私もニルミナスへ居を移す事にしますよ。姫が成長した分、私が護衛に付いている必要も薄れたでしょうし……童だけでは荷が重いでしょうしね」
「はい…………はい?」
 なんか怒られてたっぽい流れからのそれにミナホは聞き返す。
「恵みの儀式を平穏に終わらせるために、いろいろと調べてみますよ」
「えっと……はい。よろしくお願いします」
 丁寧に頭を下げるミナホ。実はよく分かっていない。
「一つ……ミナホ村長に確認するが、村の税はどうなっておる?」
 アレクサンドロス・マケドニア(あれくさんどろす・まけどにあ)は下がった申の代わりにそう聞く。
「村の税ですか? 当然もらっていますよ」
「しかし、リュートが納めているという話は聞かぬのだが」
「契約者の方たちからはもらっていません。その代わりに村おこしの手伝いを可能な限りでしてもらうって形にしています」
 本来なら契約者の労働力というのは依頼という形でお金を払って雇うものだ。実際村を拠点にしておらずその上で村おこしを手伝っている契約者には多くはないながらも払っている。村を拠点にしている契約者には税のかわりとして労働力をもらっているのだ。
「ふむ……それならよいかもしれんが……税をもらったほうが村側は特をするのではないか?」
「そうですね。……けど、契約者の労働力を優先的に雇えるというのはお金以上の価値がありますよ」
「じゃあ、別に税を払ってもいいんだよね?」
 ミナホとアレクサンドロスの話を横から聞いていた赤城 花音(あかぎ・かのん)はそう聞く。
「はい。……まぁ、村側としては村おこしを手伝っていただけるなら何も文句はありませんが」
 もともと強制ではない労働力だ。そこまできっちりとした制度でもない。働いた上に税も払ってくれるなら村側としては万々歳である。……その場合はきちんと給金を渡さないといけないが。優先的な労働力が確保できるなら税をもらったほうが得だ。
「それじゃ、ボクの音楽活動の収益は、ニルミナスに『税』として納めさせて頂きたいんだよ」
 詳細はリュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)からになるけどと花音。
「まず、以前に話した花音の楽曲の販売。『蒼空の楽園』として、音楽ダウンロード販売を主軸に契約を纏めました。CDの販売も込です。そちらの利益の一部を税という形でニルミナスに納めさせていただきます」
 リュートは他にも詳しい説明をする。それを終えて自分の思いを続ける。
「基本的にニルミナス村へ、僕と花音なりに税を納めさせて頂きたいとの想いからです。率直にどれ位の予算規模になるかは未知数ですが……少しでもニルミナスの力になれたらと」
「えっと……正直貰いすぎな気がしますが……まぁ、具体的な数字が出てからそこは考えることにします。なにはともあれ、花音さんたち、いろいろありがとうございます」




 こうしてニルミナスのどこか騒がしい正月は終りを迎えるのだった。