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進撃の兄タロウ

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進撃の兄タロウ

リアクション

「……ってヤバいわ。
 見た目ちっちゃいアレクなのに、可愛いって思っちゃったじゃない!
 ユピリア一生の不覚!」
 誰もが負抜けた訳では無いが、余りに堂々とした登場に目を奪われたのは事実である。契約者たちが出遅れている間に、K.O.H.は人間の頭よりも高い棚の上から飛び降り、足下に入り込んでバヨネットを振った。
「痛って!」
 脹ら脛辺りを引く様に切られ崩れたベルクの横を、K.O.H.は駆け抜けて行く。スピードと小回りのきく身体の所為で、契約者たちは目で捉えるのすら上手く出来ないでいた。
「……こうなったら!」
 ええいままよとばかりに飛び出したのはかつみだ。
「俺が囮役やるから!」
 言葉通りに茶髪長身という容姿を利用して、小動物達を惹き付け研究室の外へ飛び出して行く。暫く後に叫び声が聞こえてきた気がしたが、ナオもノーンも己の耳を塞ぐ心持ちで、戦いに集中した。かつみは犠牲になったのだ。だから仕方ない。
 そう割り切ってノーンはマフラ―で動物達を傷つけないように、ナオは催眠術で眠らせていく。
「ユピリア!」
 パートナーの声にユピリアが動いた。
「スピード勝負ね」
 彼女がK.O.H.を追い掛ける間、陣が室内に罠を仕掛けていく。
 彼が床スレスレにロープを張っているのが見えていたK.O.H.は、小動物立ちへ合図を送った。すると小動物の中でも大きいモルモット達が前へ出て、陣のロープをかみ切ってしまう。
 セレアナが帯電した武器でモルモットを感電させるが、元々此処は研究室。小動物は次から次へと湧いてきてキリが無い。
 苦い顔の陣に、ユピリアが横目で以心伝心考えを通わせた。
(こうなるのは分かってたわ。でもこれでほんの僅かでもスピードが落とせる筈よ)
 彼女達が追い込みに専念している間、セレアナにセレンフィリティは上着を脱ぎ扇情的なビキニ姿になるのだった!
 ……と、それは何時もの事だったが、スピードを上げた彼女は反対側からK.O.H.を追いつめる。
 小さな舌打ちの音を混じらせて、セレンフィリティから逃げる為にK.O.H.は机の下に入ってしまう。それを追ったユピリアが屈んだ瞬間、彼女の天地がひっくり返った。
 足にワイヤーが巻かれていたのだ。
「ざんねん。わなにかけられたのは、あんたのほうだったな」
 飛び乗ったユピリアの耳元でそう言うと、K.O.H.はにやり笑って壁を蹴り棚の上までトントンと飛び上がってしまう。
(また攻撃し辛いところに。動きを覚えて下へ誘導しないと……!)
 セレンフィリティがK.O.H.の動きを分析しながら攻撃を繰り出していると、乱戦を――驚く事にティエンの声が止めた。 
暴れちゃダメ!
 ドルイドの放つ迫力のある音は、彼女こそが上位存在であると小動物たちに突きつけた。
 そろそろとティエンの後ろへ行く小動物達。突然に仲間の全てを失ったK.O.H.は、そこから劣勢へ追い込まれた。
 陣の罠を交わしながら、セレンフィリティとユピリアの追撃を防御するのは容易では無く、そこへ真鈴の放つ雷が飛んでくる。
 落ちていく体力に小さな足がふらついたと思った瞬間、K.O.H.の目の前に広がっていた景色が真っ黒なものに変わった。
「あれ……なんで…………うわ!!」
 驚いている間もなく、上からどろっとした何かがK.O.H.の上から飛んできて絡み付く。
「なんだこのどろどろ。きもちわるい!」
「オイルヴァミッターですよ」
 落とし穴の中で藻掻くK.O.H.の上から声が聞こえてくるのは少女の声だ。
 K.O.H.だけではなく同じく驚いていた仲間の契約者達に、声の主――舞花は中空から降りて説明した。
「小さな動物を捕まえるのは無理そうなので、通過しそうなポイントに先回りしてトラップを仕掛けて、隠れていたんです」
 更に彼女は浮いていた為、棚の上の動きも見る事が出来たようだ。
 説明の間に緩慢な動きで穴から這い出てきたK.O.H.は、苦い顔をしながらも両手でバトネットの柄を握り直し契約者達を向ける。
「兄タロウ、帰ろう?」
 ジゼルが手を伸ばすのを撥ね付ける様に、K.O.H.は叫んだ。
「まだだ、まだおわってない!」
 どろどろだけど、……さんにんは、ころせる」
 首が落とされても食らいつくような執念に燃える瞳に、契約者達がじりりと構えると、飛び込んできた美羽がK.O.H.を見つけるなり言う。
「お願い、ジゼルの話を聞いて!」
「いやだ!!
 おれがうまれたのは、おりのなかだ。
 そこでまいにちみえるのは、けんきゅうしつのかべだけだ。
 おれは、おりのそとにでたかった。あんなばしょで、しにたくなかった。
 なのにやつらは、そとへでたおれを、けっかんひんだとののしり、『さつしょぶん』しようとした。
 おれはころされかけて、かたほうのめも、みえなくなった。
 でもおれは、このせかいに、うまれたんだ。じゆうに、ほんとうのいのちをいきたい! それはわるいことなのか!?」
 少年のように高い舌ったらずな声が望みを吐き出した時、リノリウムを蹴る軍靴の音が響いた。
「Na,und?(*で?)」
 金の前髪を揺らして、ハインリヒが腕を横に振ると、彼の後ろの宙空に無数の騎兵銃が現れる。その照準は全てK.O.H.へ向いていた。
「俺は御託には興味は無い。お前が今後鉄格子の中で暮らすか、外に出られるかそれもどうでもいい。
 ただ一つ。生きたいか、死にたいかを選択しろ」
 正面に差し出した手は、爆弾を寄越せと言っている。ハインリヒと契約者を見て迷っている様子のK.O.H.の前に、すっとティエンが進み出た。
「僕ね、この大学に入っていっぱい勉強したいんだ。
 他にも、きっとここを壊さないでほしいって人はいっぱいいると思うの。
 だからここを壊さないでくれないかな?
 それと、お友達になろうよ」
 微笑んで手を差し出すティエンに、K.O.H.はもう一度ハインリヒの目を見ると、風呂敷の様に背負っていたハンカチの中から『シャンバラ破壊爆弾』を出してハインリヒの手に乗せた。
「うん。理解が早いね。やっぱりアレクだ」
 ニッコリ笑ってハインリヒは手の中の爆弾を瞬時に冷却すると、無造作にポーチへ放り込む。それを見ていた皆がやっと息を吐き出していると、陣が俄に口を開いた。
「見た目はともかくそのK.O.H.とかいう奴は悪くないわけだし、保護してやらねぇとダメだろ。見た目はともかく
 陣の言葉を受けて、ジゼルがハインリヒの腕を掴んでお願いと懇願するように見上げる。ハインリヒは曖昧な笑みを浮かべて、宥める様にジゼルの肩に手を置いた。
「その辺の判断は大尉じゃないと。
 『民間人に危険が及んだとして』処分するのは簡単なんだ。でもそうじゃない場合は僕には権限無いんだよ、あれの所有者が誰になっているのか良く分からないってのも問題で、未だ合衆国にあるとしたら国際問題になりかね無い。僕は他国の軍属だからね」
「だから結局俺が出てくる事になるんだよな」
「……そうだね」
 諦めの溜め息を吐いてハインリヒが振り返る。研究室の入り口には、真やリカインらと共にアレクが立っていた。
アレ君、余り怒ってはいけないよ
分かってる
 正面を向いたままやり取りして、アレクはついてきたトゥリンとスヴェトラーナとキアラにハインリヒの横に並ぶよう呼びつけた。
「トゥリン。
 今更子供らしくなれとは言わない。ただ爆弾はやめろ」
「はーい」
「スヴェトラーナ。
 俺が変態デブ(*少尉の事)ではなくお前に任せたのには意味が有る。分かっているな?」
「はい」
「俺の期待を裏切るな」
「『キアラ』。トーヴァと話せたのか」
「はい」
「ならいい」
 この会話の間、相変わらずアレクの表情は変わらない。しかし顔がハインリヒに向いた瞬間、瞳の鋭さが急激に増した。
「『貴様』は違うぞ貴様はシュヴァルツェンベルク」
「あ、……ですよねー」
「言いたい事が山程あるが、こっちが先決だ」
 アレクはそう言うと、お説教タイムを黙って見ているしか無かった契約者へ、自ら示すように頭を下げる。
「俺の下官が迷惑をかけた」
「ごめんなさーい」「ATTENTION!!
 鼓膜に直接響くような声にだらっとしていた四人が足をそろえ寸分の違い無いテンポで直角に頭を下げた。
 誰と無く両手を「もういいよ」と前で振るのに、アレクが号令をかけ下官の姿勢を元に戻す。
「シュヴァルツェンベルク」
「Yes,Sir!」
「五分以内に制帽を持って戻ってこい」
「Yes,Sir!」
 基地迄車でも二十分そこらという距離だというのに、上官から要求された三分というあんまりな数字を抵抗もせずに飲み込むと、ハインリヒは窓の外から飛び出して行った。
 と、誰の目にも彼の姿はもう見えない。実際五分で間に合うのだろうと分かる、恐ろしいスピードだった。
「さて」
 反転の動きで向き直って、アレクはジゼルを抱きしめ頬にキスすると、一週間振りの散々な再会に、顔を見て思わず苦笑した。
「ごめんね。五分したら責任者に頭下げに行かなきゃならないから、君は先に帰ってて。
 ミリツァ、ハデスは何処だ」
「待って頂戴」
 ミリツァの左目が赤紫に光り、ハデス終了のお知らせが皆に聞こえたところで、アレクは思い出した様にK.O.H.へ近付いて行った。
「俺はトゥリン達と留守番しているように言った筈だが……」
「でもおれ……」
「ちゃんと良い子に出来ない子には、お土産あげるのやめちゃおっかなー?」
「おみやげ!? なに? なに!?」
 ぴょんぴょん跳ねる兄タロウに、ユピリアは「やっぱりね」と一人笑う。
 翠達が持ってきたバスケットの中に、何が入っているのか。ユピリアには分かっていたのだ。
「あのアレクだもの。
 用意して無いわけないわよね」
 ミリアとサリアが蓋を開くと、中から愛らしい声が飛び出した。

「こんにちは。わたしにんぎょちゃん。
 あなたがわたしのおにいちゃん?」