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ぬいぐるみだよ、全員集合!

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ぬいぐるみだよ、全員集合!

リアクション


■ VS ルメ・ハウリング戦 ■



 どこから聞こえてくるのだろうか、その笛の音は。
 心躍る軽快なリズムに明るい旋律。
 こちらへおいでと誘う音。
 しかし、その音色は水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)の耳には届かない。
 子鹿のぬいぐるみになってしまったマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)が騒ぎについて驚いた後、ふらふらと歩き出して、何かが始まったのを知ったが、何が始まったのかがわからない。
 首だけ振り返って助けを求めるような仕草をしていた子鹿はいつしか前を見るようになった。
 何度か小声で名前を呼んだが、反応は少ない。誘導されているのかと検討をつけたゆかりはパートナーの行く先が気になり自分も行進に混ざる決意をした。
 猫のぬいぐるみ姿を視認し、以降は自分の半歩後ろをついてくるゆかりに笛の音に抵抗するのにも疲れ成り行きに任せたマリエッタは、一抹の不安を覚える。
「……どういう了見かは知らないけど、イタズラにしては度が過ぎているわよ」
 ぽつりと零れたのだろう背後にいるゆかりの呟きを耳にして、マリエッタはバレやしないか気が気ではない。
 最初は体を、次に心を。いつしか無言になる行進。
 目的もわからず為(な)されるがまま。
 操られていないと知られればどうなるのだろう。
 葬列に似た大行進。
 その先には笛を吹く男が待っている。
 と。
 ゆかりはぬいぐるみの群行の中、見知った名前を発見した。
 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)
 彼女もまた、誘われているらしい。
 その場に引き止め続けることは難しかったが、進みながら移動するのは比較的簡単だった。時間は掛かったがセレアナとの合流を果たす。



 疑問符を頭上に浮かべた刹那、ワンコのぬいぐるみは、ぽんと両前脚を叩き合わせた。
「マスター、ジブリールさん見てください!」
 ぽてぽてと自分の体を示すフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)は既に諦念の体であった。
「私、狼さんの縫い包みになっちゃいました!」
(いや、ワンコだ)
 どこからどう見ても、ワンコだ。
 狼じゃない。
 ぬいぐるみなので表情はわからないが明らかにご機嫌に堪能しているフレンディスを眺め、ありゃワンコだと内心突っ込みを入れつつ、ベルクはターバンを巻いた蛇に、どうしたものかと視線を流した。
「俺がこういう姿になると間違いなく蝙蝠っつーのはわかっていたが……あれだよな」
 頬杖を付きたい気分だ。
「飛べない蝙蝠ってどうなんだろうな」
 溜息を吐く蝙蝠さんにジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)は、そっちはそっちで大変そうだと、手足の感覚が無い身をくねらせた。
「周りの皆騒いでいるけど、話している内容って本当なのかな。本当だったら早くなんとかしないと。
 オレこの姿のせいなのか、ちょっと不快なんだよね」
 ただしく、笛の音に操られる蛇でして。
「ねぇ、フレンディスさん。オレ、シェリーを助けたいって考えているんだけど……うん。やっぱりこの姿はかなり動きにくいよ。それにさっきから変な音に身体が操られている感じだし、ちょっとピンチかもね?」
「そうだな。ジブリールの言う音は俺も聴こえているし、意見も同じだ。
 まずは、この音色の発信源まで向かった方がいいだろ」
「音、ですか? 私には何も聞こえませぬが?」
「フレイには聞こえないって、増々怪しいと見るべきだな」
 フレンディス本人は平気そうだが、自分達はそうじゃない。まだ全ての自由を奪われたわけではないが、体は音色を恋うている。
 ふわふわもこもこのキュートさにシリアスなんていう雰囲気は欠片も感じさせてくれないが、飛べず、また術がほぼ使えない事態にベルクは軽い危機感を覚える。
 いつかの記憶で、相棒のマスコットに変じた時も蝙蝠のぬいぐるみになっていた経験から然程驚きはしないが、だからと言って楽観はできない。
 もう既に影響は出ているのだから。
「あっちに行きたいって思うんだ。誘われてるよね? 逆に利用して犯人の元へ辿り着けたりして」
「可能性はありそうだな」
 確率は有るか無いかの五分五分だ。なら、賭ける価値はある。
「そうですね。早く事件を解決することに越したことはありませぬ。ささ、マスターは私の背に乗って下さいまし」
 ミーティングは終了と見て取って、フレンディスが、早く早く! と自分の背中をベルクに向ける。ひょこひょこと動く尾を眺め、ベルクは溜息に肩を落とした。
(こういう系の事件だと中々戦闘スイッチ入らねぇのも問題だよな……)
 頼むからもう少し危機感を抱いて欲しい。
 彼女の本気を知っている身からすると、ファンシーあんどファンシーな状況はどうにもシリアス感が抜けて締まらない。



…※…※…※…




 おいで、おいで、ここまで、おいで。
 共に行こう。
 地平線の向こうまで。
 世界の果てをも超えて、共に行こう。



 体を括り心を操ろうとする旋律を吹く男は其処に居た。
 年代モノらしき古い笛を吹いて、薄く明けた目で確認したぬいぐるみの数に、にっこりと笑う。
 セレアナが理性を保ち続けるのもそろそろ厳しいかと感じ始めた頃に見えてきた終着点。
 笑顔の出迎えを受けて、カッと気合を入れるようにセレアナは自身を律する。セレンフィリティが自分を追ってこないということは彼女は彼女で単独行動しているということで、恋人が何を判断し動いたのか想像がつくセレアナは側を離れず機会を伺うゆかりの腕を軽く叩き、歩みを早めた。
 後ろに下がるのはきついけど、前に進むのは比較的楽。動きを察知されない速度で前へ前へと移動するセレアナにゆかりも後に続く。
 幾多のぬいぐるみと共に、距離を詰める。集めてどうするのかという疑問は関係無い。
 既に被害は出ている。なれば、ぶちのめすだけだ。
 笛吹き男の目の色まで視認できる、その距離になって行動を開始したのはやはりセレアナだった。
 身を隠すように盾にしていたぬいぐるみの隙間に身を滑り込ませ笛吹き男の前に躍り出ると、光術を刹那よりも短く、焚き付けに激しく輝かせる。
 無音のストロボ的、最大光量の明滅。不自由を強いられる呪いと摩耗した精神で逆に手加減できない。
 出し惜しみしないセレアナの最大限は笛吹き男――ルメ・ハウリングの網膜を白色に焼いた。
 不意の事で驚き、笛の音が途切れた。
 ゆかりは地面を蹴って跳び上がるとルメの顔面に張り付き、うっすらと開いた目に催眠術を試す。ヒプノシスの効果、眠らせるまでいかなくてもせめて眠気で注意散漫になればと――
「邪魔だ!」
「くッ」
ゆかりを乱暴に払ったルメは攻撃態勢を取るペンギンと猫のぬいぐるみに目を細めた。
「何をするつもりかは知らないが、させるか」
 吹口に唇を寄せるルメに己の全てを駆使し、持つ古い笛を指針に地面を駆けるワンコが男の前で急停止した。背の上の蝙蝠はフレンディスの背から男に向かって弾け飛ぶ。
 気づいたルメが腕を振るう直前に歴戦の飛翔術でタイミングをずらしたベルクはそのままルメの脳天に一撃を加えて、走りこんだフレンディスに回収完了された。
「?」
「これからだ」
 一撃にしては軽い。ぽすん、とした感触に眉根を寄せるルメに、ベルクはパチンと指は……鳴らせないので、両手を叩く……こともできないので、兎に角合図を送る。
「――ッ!」
 大きく目を瞠るルメ。
 ベルクは攻撃の内容に物理よりも精神を揺さぶることを選んだ。
 例え威力を激減され劣っていようとも体の痛みより、心が折れるほうが相当手痛いはず。術者らしいベルクの判断は正解だった。
 正解だったが、ハウリング三兄弟長男ルメ・ハウリング。彼は他の兄弟とは違い、現状把握が早かった。
 精神攻撃に負けるかと気丈に自身を律して吹口に口付けたルメは先程とは違う曲を奏で始めた。
 一時は音色の暗示が解けてホッとしたフィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)だったが、再び動いた自分の体に、ハッとする。
「逃げてくださいまし!」
 そして、フレンディスへと叫んだ。襲ってきたうさぎのぬいぐるみ――フィリシアをフレンディスが回避し、
「マスター!!」
「わざとだ、離れろッ」
転げ落ちるように背から離れたベルクに驚いたワンコに蝙蝠が叫び返した。
 心の拘束より、体への強制力が強い。
 旋律につられてジェイコブと離れ離れになってしまったフィリシアは、それでも気丈でいられた。夫ジェイコブが助けに来ると強く信じて、体力温存に抵抗することをせず状況に任せていた。だから、強くなった強制力に対抗することができた。
「お?」
「わ!」
 突進しベルク、ジブリール両名を抱えて地面に伏せることに成功する。
 ぬいぐるみに襲われる苦戦するフレンディス、ゆかりに、せめて自分達だけでもとマリエッタは近場にいたセレアナと二人互いに互いを引き止め合っていた。
「今動ける人は少ないですわ」
 操られる側の自分達は足手纏でしか無く、フィリシアの判断にベルクは頷く。
「おう、すまねぇな。全く、襲えって言われている気がして気味が悪い」
「襲えってだけかな? しかも、体だけ?」
 笛の音が聞こえる三人は、どうしてフィリシアに抑えられているのか、に疑問を持った。
「『ぬいぐるみに意思は無い』と……舐められたものだな」
「オレ、ちょっと考えがある」
 言って、僅かな集中の後、ジブリールが呼び出したそれにベルクは「ははッ」と短く笑った。
「やっぱ、ぬいぐるみなんだな」
「うん。でも、影響は無いみたい」
 呼び出され勢揃いし、そのままルメ目掛けて駆けて行った動物達(ぬいぐるみ)を眺め、ジブリールは満足気だった。
「敗因はあれだね。ちゃんと洗脳しておかないと、だよ」
 動物達は二回りほど小さかったが、ルメを蹂躙すべく砂埃を巻き上げた。



「ソラ! ソラ!」
「待って、待って、そんなつもりじゃないわッ」
「わかってる!」
 嫌々しながら行進していたはずのソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)が、突如、ハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)の首を締めに掛かった。
 ただ、ぬいぐるみなので窒息もしないし、会話もできる。
 更に言うなら、先ほど半洗脳状態だったソランを正気づかせようと交わしたキスも、なんの感触もなかった。まぁ、狼のぬいぐるみ同士、傍から見れば微笑ましくはあっただろう。
 体が勝手に動くと訴えるソランに、わかっているとハイコドは彼女への信頼を言葉にした。
「笛吹き男があそこに見えるってのに」
「くーやーしーいー!」
 先ほどまでなんとか抵抗できたのに、今は頭の中がはっきりしている分、体の自由が全くきかない。ハイコドを襲っているから他のぬいぐるみに危害を加えないというだけの自分にソランは歯噛みする。
「あー、元に戻っても動けなかったら子供達が悲しむでしょうが! それに、パイオツカイデなお姉さま方を攫う男なんて、なんて、なんて、去勢してくれる!!」
 見える範囲に誘拐犯の一味らしき人物がいる分、ソランの言葉は過激だった。
 と。
 そんな彼女の願いが届いたのか何なのか、ソランの体を自由にしていた音が消える。
「ふぇ?」
 見やれば、動物モチーフよりも動物然としているぬいぐるみが多数ルメに覆いかぶさっている。
 笛が吹かれていない。
 これは、チャンス!
「ハコ!」
 さっきとは打って変わった元気なソランの声に、ハイコドの反応は早かった。素早く触手――
「って、紐!!」
「いいんじゃない?」
 驚くハイコドにくすりと笑ったソランは、ルメを睨みつける。
 触手改め紐の端を互いに口に咥えた。
「さぁ、狩りの時間だ!」
「さぁ、狩りの時間よ!」
 再び笛を鳴らされては堪らない。
 他を巻き込まないように身を寄せ合い疾駆したハイコドとソランはルメの前で、大きく跳躍、左右に展開する。
「ぐっ」
 ピンと張られた紐が猿轡(さるぐつわ)の要領でルメの口に食い込んだ。そのまま二人はルメの周りをぐるぐると回って、笛吹き男をぐるぐる巻にする。
「一丁あがり!!」
「男なんざに使いたくないけど、おとなしくしてもらいたいしね!」
 紐を結ぶハイコドを横に、ぬふふと横たわるルメの顔の前で仁王立ちになったソランはその手に籠絡昇華の力を込めた。

 陰術・籠絡昇華。
 対象に触れる程度の掌底を打ち、気を流しこむことで莫大な快楽を与え戦闘力や戦意を削ぎ行動不能にする術。
 ただ、ぬいぐるみ化により、威力は、ほとんどない。

「まぁ、聞こえるかどうかわからないけれど」
 ぐるぐる巻きにされ、ソランの籠絡昇華により大人しくなったルメにハイコドは「さぁ、次のステップだ」と準備を進める。
「やるの?」
 聞くゆかりに、「やる」とハイコドは頷き、声を張り上げる。
「おーい、犯人さーん。魔法解かないと……えーと、お兄さん? お兄さんが地獄の苦しみを味わうよー。いいのかー?」
 簡単なパフォーマンスだ。これで他の人間が出てくれば楽だし、ルメ本人から何か聞けるかもしれない。
 そう、目的はまだわかっていないのだから。
 拷問しちゃるぞと至って真顔……の雰囲気を醸し出すハイコドにセレアナは溜息を吐いた。
「程々にしなさいよ」
 ゆかりも続ける。
「死んでしまったら元も子もないわ」
 心配するフリをして不安を煽る。
 さすが、教導団の生徒だなと会話の流れにベルクは苦笑した。
 ルメの横で内なる怒りを発散させていたのはシーサイド ムーン(しーさいど・むーん)だった。
 居心地の良いリカインの頭から引き剥がされ散々地面の上を歩かされた、くらげというよりくらげ的な何か。
 地面の上を歩く姿は、地球外生命体に近く。重心がかなり高いとあれば、転ぶことも多かった。
 布で綿で軽いから外傷は無いから良しではない。
 苦行だ!
 苦行でしかない!!
 この屈辱、晴らさずしておくべきか――!
「(ねぇ、今、どんな気持ち?)」
 届いたテレパシーにルメは目を開けて瞳を動かす。
 ムーンの姿は逆光により、暗く見えた。
「(ねぇ、今、どんな気持ち?)」
「……ぁ」
 悪(あく)どい色に染まっているようにも、見えた。
「(ねぇ、今、どんな気持ち?)」
「……ぁぁ」
 ルメは自分がままならない事態に陥っていることを知る。
「(ねぇ、今、どんな気持ち?)」
「……あぁ!」
 誘導は失敗した。
「ああ!」
 『彼女』は自分達を見捨てるだろう。
「(ねぇ、今、どんな気持ち?)」

「(ねぇ、今、どんな気持ち?)」



 ――最悪だ。