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ぬいぐるみだよ、全員集合!

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ぬいぐるみだよ、全員集合!

リアクション


■ VS ドッド・ハウリング戦 ■



「待てー!! この国宝級の美女をぬいぐるみにする不届き者はシメてやるー!!」
 恋人セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)とのデートを中断され剰えぬいぐるみにされたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)はペンギン特有の平べったい翼を天へと振り上げて、叫ぶ。
 確かに叫びたくもなるだろう。
 妖艶漂う綺麗な顔も、誰もが羨むだろう曲線美に恵まれた肢体も、高さ三十センチ程度のペンギン型ぬいぐるみに圧縮されたのだから。
 携帯していた絶望の旋律――使用者の絶望を弾にして撃ち出す銃は、綿の詰まった布製品になってしまって、使用できるかどうか以前の問題になってしまった。それに、絶望を糧にするとあるが、まわりのファンシーアンドファンシーな状況に、絶望感が裸足で逃げ出しそうである。
「セレアナもどっか行っちゃったし」
 二人仲良くペンギンのぬいぐるみになってからセレアナの様子はその時からおかしく、気づけばはぐれてしまっていた。
 耳に入る周りの会話にセレンフィリティは絶望の旋律の名を持つ銃を持ち直した。
「待ってなさい」
 目指すはドッド・ハウリング。
 体の横に翼を広げた前傾姿勢で、高速で動かすのは短い足。
 ぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺた――ッ!
 ペンギンは走ると案外速いものである。



 破名達が空京に来ると聞いて小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、街の案内を買って出た。知っている者が来ると聞いて喜んだのはシェリーで、彼女はこれから会うことを楽しみにしていてくれた。
 そんな少女を再会の直前で拐(かどわ)かされ、美羽は共に居たベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)と互いに見合い、愕然とする。
「水色の……犬?」
 ピンク色の猫が指を指すように利き腕を挙げた。指し示す先は犬の胸部に縫い付けられた「べあとりーちぇ」の名札。
「ピンク猫?」
 水色の犬も、信じられないと自分の胸に利き手を置く。「みわ」と胸部の名札にベアトリーチェは左手も胸に添えた。
 低くなった視線。
 視界の半分以上が地面。
 それ以上に、綿が詰まっただけの妙に軽い体。
 ぬいぐるみになった自分達。
 ぬいぐるみになった人々。
「何かが起こってるのは確かだね」
「シェリーさん達を追いましょう」
 ざわざわと動揺にさざめく周囲に視線を走らせたベアトリーチェは、自分の異変に気づいたが、誘拐犯はあっちに逃げたはずと美羽と共に駈け出した。



「おい、フェイ。フェイ……ッ」
 後ろからついてくる二足歩行の灰色の猫に、フェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)は芽生えなくていい苛立ちを抱きそうになる。
「フェイ!」
 呼ばないで、と思う。
 止めないで、と思う。
「せめてまっすぐ歩いてくれ!」
 怒り肩でずんずんと斜めに進んでいた二足歩行の黒猫は、ピタっとその場に止まると、グルンと踵を軸にして体ごと振り返った。
「突っ込みはそこ?」
「あ、いや……」
 下から上に体を這い登るような声で問われて匿名 某(とくな・なにがし)は慌てた。
 フェイの様子が黒猫のぬいぐるみになってからおかしいことに某も気づいていた。どこがどうおかしいのかわからず現状を伝えたらこの反応である。
 シェリエ・ディオニウス(しぇりえ・でぃおにうす)が攫われて気が立っているのを知っていたのに、配慮が足りなかった。
 言い方がまずったなーと反省しつつ、歩くことさえままならないらしいフェイに、これは自分達がぬいぐるみになっただけではないことを某は知る。
 どちらにしろ静観はできないので逃げた男たちを追うべきだろう。
「追いかけて」
「あん?」
 奇しくも同じことを考えていたらしく、意表を突かれた某は抜けた声でフェイに聞き返す。
「追いかけて!」
 ぼーとしないでとフェイは某を急き立てた。
 大丈夫か、とか、平気か、とか聞いたらまた不機嫌にさせそうで、某は敢えて気怠そうな声でフェイに答える。
「了解」
 シェリエを誘拐した腐れ外道から友達を救出したいのに、フェイの体は笛の音を恋しがって不自由を強いられていて、苛立ちに目の下に不快の皺を刻む。
 シェリエを救うために抗う!
 と爪先の方向を変えるが、抗えば抗うほど精神的に疲れてくる。
 疲労の水が綿の体に染み込むよう様で、体がどんどんと重たくなってくるような感覚が煩わしい。
 だから、
 飄々として駈け出した某が恨めしくて仕方ない。
 そんなに自由に動けるなら、シェリエは絶対取り戻せ。
 取り戻せなかったら、
 ……お前から先にぶちのめす!!
 黒猫の視線を背に受けて、灰色猫は身震いした。



 わかるだろうか、この感覚を。
 思い出したくもない過去を抉(こ)じ開けられまざまざと己の感情を知らしめる、この感覚を。
 どうしてまた味合わなければいけないのだろうか。
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は心の拳に万力を宿して、思い返す。
 空京にはたまたま来ていただけ。
 ……本当に、たまたま。
 でも、騒ぎが起きてたら気になるわけで、
 様子を見に行ったらされました。
 ぬいぐるみに。
 そう、思い返すだけでも体の芯から、裡なる場所から殺意が込み上げてくる、あのおぞましい姿にッ!
 ぬいぐるみのモチーフが何か、名を綴ろうものなら異次元を超えて抹殺しにし兼ねない、表現の規制を促してしまうほどの憤怒。
 湧き水の如く留まりを知らず、後から後から噴き上がる感情。
 黒い色の赤い色の綯い交ぜになって変色した感情がリカインの性格すらも塗り固めていくように。
 思考が『それ』だけを認知し、逃避がリカインの怒りのボルテージを引き上げる。
「よぉぉく、わかったわ」
 なれば、理解してやろう。
 リカイン・フェルマータを呪った人間は、壮大な自殺願望を持っていると。
 理解してやろう。
 そして、その望み、叶えてやろう。



 カラーリングはピンク。
 熊のような大男も、呪いを受けてしまったら愛らしいクマのぬいぐるみで、いつものいかつい雰囲気は払拭されていた。
 頭を抱えて悩む姿もかわいいだけである。
「どうなっているんだ?」
 ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)は頭から手を退けると隣りいたフィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)が――縫い付けられた名札からかろうじてフィリシアとわかるうさぎのぬいぐるみが歩き出したことに驚いた。
「おい?」
「……体が勝手に!」
 フィリシアも困惑に首だけジェイコブに振り返る。
 聞こえてくる笛の音。
 手足を操り、思考まで奪おうと食いこんでくる音色にフェリシアは自分を止められない。それは周囲のぬいぐるみ達も同様らしく、呪われた人々は動き出し行進という大河になってフィリシアを飲み込んだ。
 他のぬいぐるみに阻まれ妻たる女性が波間に消えていくのを引き止めることができなかったジェイコブは首を巡らせる。
 歩き出さずその場に留まるぬいぐるみ達が戸惑いにパニクりながら大声で叫んでいた。
「……悪戯小僧には、少しばかりお灸をすえねばならんようだな」
 大体の状況を飲み込んだジェイコブは出撃準備を整えると静かに歩き出す。
 妻、フィリシアの事は心配には心配だが、自分の女房になる女だ、その辺の男よりはタフだと思うし、ぬいぐるみというハンデはあるものの一矢報いようと画策しているはずだと信頼が勝る。
 こちらが終わったらすぐに駆けつけると心に決めて、
 逃亡を続けているらしい、この混乱の引き起こした大元を目指した。



 ぐっと胸の前で拳を握る動作をするのは獅子のぬいぐるみ。
 中身は、意外にもルカルカ・ルー(るかるか・るー)である。
 その勇ましい外見からでは想像できないが、その色彩は、たんぽぽのような彼女の明るい金色の髪を彷彿とさせた。
「待ってて破名、必ず助ける」
 女の子に拾われた場面を目撃したルカルカは追いかけたい気持ちをぐっと堪えて、目的をドッドへと絞る。
 個人の感情より事態の収拾に努めようと両手をにぎにぎとさせた。
 血の通う肉の代わりの布の感触は空気たっぷりの綿であまりに軽くなんという心許無さだろう。
 自分の力が削がれているのがよくわかる。
 けれど、ルカルカには自信があった。力が半減した所で、と彼女の自信は揺るがない。
 揺るぎようのないくらい、彼女は強いのだから。
 誘拐して呪いを振り撒くなんて不届きな輩はぶっ飛ばしてやろう。



 ドッドは追い掛け回されていた。
 セレンフィリティにストーカーの如く追い掛け回されていた。
 逃げるつもりが、逃され続けている。まるで掌の上で踊らされている気分だ。
「もう少しね」
 疲労が色濃くなってきたドッドにセレンフィリティの追跡速度は上がった。伊達に教導団での地獄の訓練を受けてきたわけではない。単純な追跡はお手のものだし、加えて対象にプレッシャーを与える方法も知っている。
 ストーカーの如くというのは実に正しい。ストーカーは姿を相手に見せないまま、多大なる精神負担を押し付ける。
 逃げているから追い詰められていくのか、追い詰められるから逃げているのか、こんなはずではないと焦る頭でドッドは道を探す。
 連絡が入らないので、『彼女』と落ち合う場所に今の所変更は無い。終着地が変わらないのなら、少しばかりのルート変更は大目に見てもらえるはずだ。ドッドは己をそうやって納得させた。自分が立てた……立てるように誘導されたフラグとも知らずに。
 振り切れないプレッシャーにドッドは通りを避けるべく一本奥の道へと逃げ込む。
 一段下がった場所にある公園へと続く階段を降りて行くドッドに、追いついてその姿を階段上から確認した某は先の丸い手を振り上げて呼び出しの文言を宙に描いた。
 円陣より呼び出すのはフェニックスアヴァターラ・ブレイド。機晶生命体の現身。出現するフォルムは空を自由に飛行する鳥形態――
「ってぬいぐるみ!!」
 某の指摘にドッドが階段途中で振り返った。そんな彼の顔めがけて飛行能力を失ったフェニックスアヴァターラ・ブレイドが墜落した。
 ドッドの顔に不時着し、じたばたとするフェニックスアヴァターラ・ブレイド。
「まぁ、いいや」
 気を取り直した某は、風術を己に仕掛け、ぬいぐるみになって軽くなった自分を空へと浮かせた。これは先に試していたのでどれだけ高度が上がるのかは知っている。
 地上二メートル程。階段の段差含め、今や某はドッドの頭上三メートル程の上空で準備は完了した。
 ドッドがフェニックスアヴァターラ・ブレイドを顔面から払い落としたのと、グラビティコントロールで加重した某の拳が垂直降下と共にドッドの額に叩きつけられたのはほぼ同時だった。
「ぐッ」
 衝撃で思わず呻いたドッドは一体何が空から降ってきたんだと天を仰ぎ、
 手頃な大きさの石を両手に持ってダンクを決め込むバスケ選手さながらの跳躍を見せた美羽にぎょっと目を剥いた。
 エビ反り体勢からの、――ゴン。という鈍い音。
「ッたぁ――」
 これは効いた。
 もう、目的がなんだったのか弾け飛ぶほどの痛みにドッドは身を翻す。
 逃げるが勝ちとばかりに地面を蹴ったドッドに、ベアトリーチェは両手を前に突き出す。何をしようとしてるか気付き美羽と、状況が動き出したことに追跡を止めたセレンフィリティが、自分もと加勢した。
 逃亡を阻止するためと作用したサイコキネシスは、効果が半減どころか三人集まったことで、むしろ、ドッドをその場に引き止めるだけの拘束力を持った。
 サァっと青くなるドッドの視界に現れたのはピンク色のボディ。ふんわりと甘々なぴんく色ボディ。
 視界一杯にピンクが迫る。
「ふん!」
 砂糖菓子のような甘い匂いさえ漂いそうなファンシーカラー。
 ピンク色のクマから繰り出されたのはスキル等活地獄。
 ジェイコブの鬼神の如き猛々しさで敵を討ち滅ぼさんばかりの拳がドッドを上から下へと蹂躙した。
 このギャップは漫画のようで、実に現実味を帯びていない。実際の痛みより、精神的苦痛が上回る。
「見つけたわ」
 女性の声が耳元で聞こえた気がしてドッドは顔を上げる。
 ヒュオン、と風が唸った。
「――ぐえッ」
 レゾナント・テンション。精神状態に共鳴し力を増す波動はリカインの心に反応し、彼女が何を望んでいるのか、その威力でもって応えていた。その憎しみより増幅された一撃は、ドッドの鳩尾に深く食い込み、胃液を吐かせる。
 たかがぬいぐるみと侮るなかれ。
 鳩尾では足らず、顎を叩き上げて、返す力で脳天から下に、背骨から頭蓋骨を外す勢いで一撃を振り下ろした。
 リカインから滲むのは、そのまま首より外れた頭を頭蓋骨になるまで綺麗に洗って洗って洗ってやりたいほどの怒りと憎しみ。
 なんて恐ろしい幻想を見せるのだ、アラ……裸SKULL。
 呪い魔法は彼女の何をこじ開けたのか。
「たかがぬいぐるみの癖に!」
 勿論ぬいぐるみの力で頭蓋が外れるわけがなくドッドは元気に喚く。
 中身は綿でしかないというのに、と痛い目に遭っているドッドは軽く頭を左右に振って自分を取り戻すと、攻撃態勢の契約者の面々に唾を吐いた。
「水かけてぶよぶよにしてやんぞ!」
 さすが兄弟。台詞が似ている。
「逃しはしないわよ!」
 凛とした声で急接近したのは獅子たるルカルカだった。
 足元へのタックル! かーらーのー、スキルラグナロクの発動。
「がぁッ」
 ドッドを襲うのは多彩な色彩(エフェクト)。
 最初は物理。炎熱、雷電、氷結、光輝、闇黒、無属性の魔法攻撃が、呪い魔法の影響を受けて鮮やかな色を派手に散らした。
 日中ながら目にも眩しい光に、何かのショーかと無事だった通行人からの注目が集まる。
 攻撃の衝撃にドッドが重心を崩すのを見極めたルカルカは彼の体に絡みつくと空飛ぶ魔法を唱える。
「トドメよ!」
 おめめキラーン☆と輝かせ、ルカルカはドッドと共に垂直上昇し、
「天空落とし!!」
垂直落下!
 ただし、高さおよそ二メートル。尚、浮いた自分に慌てたドッドが自ら体勢を崩した模様。
 結果、
 腰を強打。
 堪らずドッドがシェリエを手放した。頭から地面に落ちる寸前に、滑り込みでフェイが身を挺して彼女を受け止める。
 ズン、と体が衝撃で潰れた。
 持てる精神力全て使って笛の洗脳から抗っていたフェイは、ぜぇぜぇと肩で息をしながら、確かにシェリエを受け止めたのを実感し、間に合ってよかったと、追いついてよかったと、心から安堵する。
 シェリエの下から這い出して、彼女の頭を両手で引き寄せる。
 大丈夫だからと額に張り付く髪を退けてやり、フェイは周囲に視線を走らせた。
 もうゲス野郎には指一本触れさせてやるものか。



 ほどなくして、ドッドは気を失った。