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【逢魔ヶ丘】戦嵐、彼方よりつながるもの:前編

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【逢魔ヶ丘】戦嵐、彼方よりつながるもの:前編

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第4章 大剣の少女と狂戦士


 血の雨を降らせている、という。
 誰の味方なのか、何が目的なのかも知れずに。


「暴走するなどあるまじき行為です。何より、美しくありません」
 その「魔鎧を着けた狂戦士」の話を聞いて、眉を顰めてプラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)は言い切ったのだった。
「……」
 些か呆れた表情で、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)はパートナーの言葉を聞いていた。
(何かやる気満々だと思ったら……)
 魔鎧最古参の一つ、アイゼンシルトシリーズの最新最後の作品として、そして一つの到達点へと至った魔鎧として、黙って看過することのできない事態だと一見クールに息巻くプラチナムに、唯斗は内心頭を抱えた。
(……とはいえ、敵味方関係なしに暴走してるってのはさすがに、放っておいたらまずいか)
 そう常識的に考えて、取り敢えず気を取り直す。
「で? 見境なく攻撃してくるバーサーカーを止めるのに、何か具体的な手段は考えてるのか?」
「は? マスターが攻撃する以外に何かあるんですか?」
「はい? そうするとプラチナは……?」
「私? 私は魔鎧です。護る者です。なので攻撃等はお願い致します」
「……ははははは」
(ははは、もうやだこのアホ魔鎧)



 人が波のように揺れ動く。
 大剣で払っても払っても、進めない。
 呪いで出来た大剣は不吉に鈍く光る。焦燥と、その人波の圧倒感とで、カーリアはだんだん自分の中から“一番冷静な部分”が遠退いて行くような感覚を覚えていた。
 明らかに、この戦いは今までカーリアが長く放浪してきた中で一番激しく、辛いものだった。
 敵が目の前にいて戦う。それは慣れたこと。
 しかし、戦いが目の前にありながら、目的は他にあり、戦っても戦ってもその場所まで到達できない。そして戦う相手もまた、自分がかかってくるから相手になるだけで、戦いの末に見据えているものは自分ではない。――そのことに感じる、奇妙な虚しさ。
 何故だか、大剣を振るいながら、気が遠くなりそうで……

「おーい、そこの赤い嬢ちゃん!」

 飛んできた声が、危ういところでカーリアを正気に引き戻す。
 やって来たコクビャク兵の一撃を大剣で払って薙ぐようにしてを振り飛ばし、一歩下がる。
 駆けつけてきたのは唯斗、そしてプラチナムだった。
「嬢ちゃんあんた、カーリアとか呼ばれてたっけ? 小屋のところにいたよな」
 戦場の状況を聞くために立ち寄った陣営で、その近くにあった小屋から出ていく彼女を、唯斗は見ていた。
「魔鎧ですわね」
 プラチナムがカーリアを見つめて呟くように言った。
「……」
 カーリアは警戒心からか、疲れの混じった目で、値踏みするように2人を見つめた。



 『丘』を中心に、島の大地には兵士が溢れて混戦模様を成している。
 それが、上空からだと特によく見えた。十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)は『スレイプニル』に騎乗して戦場の上を駆けながらそれを見た。
「思った以上だな。引くも進むも容易じゃない……ってとこか」
 この戦場のどこに、狂戦士を追って出ていったカーリアはいるというのだろう。
「――?」

 まるで分厚い雲の続く雲海の上から、台風の目を見つけたかのようだった。

 血の雨を降らせているという。
 破壊のための魔力を撒き散らし、襲いかかるものを放射線状になぎ倒すそれは、確かに流血の只中の台風の目だった。
 派手な戦闘スタイルが目につくのは、この密集した混戦模様の中で、何憚るところなく戦意をむき出しにしているからだ。
 コクビャクも連合軍も、せせこましい戦場の中で味方には攻撃を当てないよう、また負傷して弱った味方は庇うように、それぞれに自制しながら戦っている。
 それをせず、ただただ戦いのために戦っているのは、戦場の中で唯一人だった。

(あれが狂戦士……あれが、ヒエロなのだろうか?)
 以前カーリアに聞いたことを思い出しながら、半ば唖然とする心持ちで宵一はそれを見た。
 カーリアは、彼を追って戦場に飛び出していった。
 この狂戦士に群がるように集まる戦士たちの波のどこかに、彼女はいるのだろうか?
 狂戦士とカーリアが出会えば……カーリアはどうなるのだろうか。
(いや、考えていても仕方がないな)
 彼女に危険が及ぶ前に守り、ついでに物騒極まりない狂戦士の動きも止めよう。思考よりも目の前の戦況に意識を集中するべく、宵一はスレイプニルから半身を乗り出しながら、カーリアと、彼女を追っていったパートナーの姿はないかと目を瞠って捜しはじめた。



 要塞内。

 俄かに内部が騒がしくなってきたことには、ネーブルと画太郎も気付いていた。戦う用意が全くないわけではないが、隠密に動ければそちらの方がいいに越したことはない。なので、戦って敵を集めてしまうよりはできるだけ戦いを避けながら行こう、として回り道をしたためか、ルカルカ達と一緒に進んでいる鷹勢とパレットの姿を完全に見失ってしまっていた。
 それでも、ここで捜すべきものはある。
「ここ……部屋…かな……?」
 ネーブルが足を止めたのは、人気のない廊下の片隅。扉で仕切られてもいないが、小部屋のようだった。
 扉がない代わりに、入り口は「立ち入り禁止」を示していた。鎖を何重にも張って侵入を拒んでいる。
「……なんだろうね、あれ……がぁちゃん……」
「かぱぱー、かっぱぱ(何でしょう、見てみますか)?」
 鎖には何か特別な仕掛けが施してあるという気配はない。ただ単に「この先に立ち入るな」というだけの意味であるようだ。その鎖の前に、2人は立った。
「!!」

 その鎖の奥の大きくもない部屋、その壁際に、一体の鎧が安置されていた。

 美しい鎧だった。
 クリーム色をほんの少し溶かしたような白色の地に、それこそ金色の鎖をぐるぐるに張り巡らせたように見えるのは、しかし戒めではなくデザインだった。金色の細い帯は、何かびっしりと並んだ古代文字らしかった。飾り文字として装飾され、ほとんど紋様のように見える。細かな絵柄のようでもあり、しかしじっと見ていると文字の並びに吸い込まれそうにも思えてくる。
「……これ、もしかして……」
 ネーブルは目を瞠った。
 美しい鎧が魔鎧であることはすぐに分かった。魔力の気配がした。のみならず、奇妙な気迫を感じたのは、この魔鎧が何か己の力を集中させて高めているからだ、とネーブルは感じた。
「かぱーっ(お任せくださいっ)」
 画太郎が素早く動いて、2人を阻む鎖を、その長さにも拘らず巧みに手際よく壁から外し、床に落とす。
「あの……『グラフィティ:B.B』…さん……?」
 呼びかけながら、ネーブルは恐る恐る近付いた。見たところ、壁際に何かで縛り付けられている様子もないし、結界などに閉じ込められているというわけでもなさそうだ。
 パレットから話を聞いたかぎりでは、不自然な唐突さで彼のテレパシーは途絶えているという。その話からすると、グラフィティ:B.Bは隠した素性を暴かれるか怪しまれるかして、コクビャクに拘束されていると思われていた。
 確かに、鎖で他の者を寄せ付けないようにしてはいるが、見張りもないし、堅固な扉を閉ざしているという風でもない。要するに、脱出が不可能という状況ではなさそうに見えるのだ。例え脱出は出来ないとしても、今まで通りにテレパシーでパレットに情報を送ることは出来そうなものだ。それを不可能にする結界でもあるのかと思ったがそれもない。
「グラフィティさん……? あの、私たち……パレットさんと、一緒に……来たの……
 お友達の……パレットさんと……」
 それがグラフィティ:B.Bであることを信じて、ネーブルは話しかけた。彼が警戒しないよう、自分たちが味方であることを伝えるように。
「あのね……今、助けるから……
 パレットさんたちのところに……連れていってあげるから……」

『待って』


「……え……?」
 魔鎧から声が聞こえてきて、ネーブルは目をぱちくりさせた。
「グラフィティさん……?」

『貴方は契約者だね、来てくれてありがとう。
 でも、今はまだ動くわけにはいかないんだ』

「どうして……?」

『理由は後で話す。結果が出るまで、もうあとそれほど長い時間はかからないはずだ。
 実験は大詰めなんだ。途中で放棄するわけにはいかない』
「結果……実験……?」
『とても大切なことなんだ。コクビャクと戦う全員のためにも……
 だから、しばらくの間、待っていてくれないだろうか』

 ネーブルはしばし、画太郎と顔を見合わせた。
 そして、
「分かった……待ってるね……」
 隣で画太郎も「かぱっ」と同意を示す。

『ありがとう……』
 そうして魔鎧は口をつぐんだ。
 再び、集中し始めた彼の中で、静かに燃える炎のように、力が高まっていくのが感じられた。
 その気配が消えるまで、ネーブルと画太郎は、周囲に敵が来ないよう見張ることに努めた。





「なるほど、要はあいつを止めて敵の手から保護したいってわけだ」
 カーリアから聞いた話の要点をまとめて、唯斗は納得したように頷いた。
「私のいない所でアーティスト程度がはしゃいでいるとは……
 それを見逃すなど我が事ながら迂闊でした」
 プラチナムが薄笑いでぶつぶつ呟いているのを、カーリアは怪訝そうな目で見る。それを追求して面倒なことが起こる前にと、唯斗はすぐにカーリアに向かって言った。
「よし、そんじゃ俺は嬢ちゃんにつこう。手伝わせてもらうぜ」
 カーリアが驚いたように唯斗を見る。その目から、唯斗は、何か警戒心の強い獣の猜疑にも似た色を感じた。
 それは、一人己の力に頼って生きてきた時間の長いカーリアの中で長年培われたものがそうさせる感情の反射的反応なのだが。
「そんなに意外かい? 下心でもあるように見えるか?」
 構わず唯斗は続けた。あっけらかんと言ってみせる。
「んー…まぁ、趣味みたいなモンだし?
 なーんか泣きそうだったり、辛そうだったり、哀しそうだったりする女の子はほっとけネェんだわ」
 カーリアは驚いたような表情を見せる。それを見ながら、唯斗は思う。
(自分で気付いてなかったのかな?)
 自分が泣きそうな、辛そうな表情で、大勢の敵のど真ん中で巨大な得物を振り回していたことに。
(そんな様子見たら、普通ほっとけネェだろ?)
「だから、まぁ、気にすんな」



 ヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)は、『聖邪龍ケイオスブレードドラゴン』に跨り、戦場上空を飛んでいた。
(カーリア……どこに……?)
 下を見てもほとんど「黒山の人だかり」といった様相、この中で一人を見分けるのは難しい。半ば無理矢理、彼女を追って出てきたのだが。
 その代わり、宵一と同じで、狂戦士はすぐに分かった。そこを中心に、放射状の流血沙汰を繰り広げている人物だ。
(この男に近寄ってくるかしらね)
 しかしその周りは、彼を仕留めようという戦士たちが十重二十重の波になっていて、カーリアがここに辿りついたとしても狂戦士に近付くのは難しいだろうと思われた。もし彼女がその身に携えた大剣を振るい、更なる流血沙汰を自ら巻き起こしてこの戦士たちの壁を突破しようとするのでなければ……
 しかしそんなことは、あまり考えたくなかった。