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××年後の自分へ

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「……未来体験薬を染み込ませた便箋ねぇ」
「しかも匂いを嗅ぐと想像したものを鮮やかにするとか。どうする、カーリー?」
 水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)は便箋を見つつどうしたものかと相談していた。
「折角だから想像する未来を楽しみながら書きましょうか」
「そうと決まれば、何年後の自分に宛てるか決めないとね」
 ゆかりは便箋の特性を楽しむ事に決め、マリエッタは肝心の未来について話題にした。
「……未来……五年後にしようかしら」
「それならあたしも五年後にするわ」
 ゆかりとマリエッタは宛先を決めた。
「……さて、五年後は……(でも五年後と言えば30歳……何とも言えないわね)」
 ゆかりはふと今の自分の年齢から五年分加え、複雑な心境になりつつも未来を想像し優しい香りを楽しみながら手紙を書き始めた。
「……五年後……(五年後といえば、あたしは24歳。さすがにこの中学生体型も卒業しているはずよね。胸も大きくてくびれも完璧で……理想はあの平行世界のグラビアアイドルの自分だけど……欲張りはいけないかもしれないけど……でもこんな事考える自分って)」
 同じくマリエッタも五年後の自分の年齢を考え、自分の胸に目を落としながらささやかな願いが叶っている姿を想像する事に決めるが、そんな自分にへこんだりする事も忘れなかったりしつつ香りを楽しみながらペンを走らせた。

■■■

 5年後、シャンバラ教導団。

「……はぁ」
 溜息を吐きながら天井を見上げるゆかり。30歳となっても昔とそれほど変わらないが落ち着いた雰囲気をまとっており、すっかり大人女子というものになっていた。
「毎日忙しくて大変ですね、水原准将」
「えぇ、一息付けるのは食事をするほんの少しの間だけよ。それも忙殺される事もあるけど」
 声をかけてくる部下にゆかりは振り向き、自嘲気味な笑みを浮かべながら答えた。5年で大尉から准将と将軍に昇進したようだ。しかもシャンバラ教導団情報科の高官となり昔よりも重い責任と忙殺の毎日を送っていた。
「そうそう、遅れましたけど、誕生日おめでとうございます。今度何か御馳走しますね」
 女性軍人は思い出したようにゆかりに誕生日を祝う言葉を送った。
「えぇ、ありがとう……先週で30……この歳になると数えたくなくなるわね……もう三十路って……仕事で特に何も無かったし」
 ゆかりは複雑そうに祝いの言葉を受け取った。年を取って喜ぶのは子供ぐらいなもの。大人、特に女性にとっては考えたくない事である。
「そうですか。でも水原准将は素敵ですよ。みんな言ってます。あの子も憧れてて」
 女性軍人は尊敬の眼差しをゆかりに向けるも少しだけ表情に翳りがあった。
「……あの子って、確か三日前に亡くなった……あなたの友人だったわね」
 心当たりがあるゆかりは気遣いげに言った。ただ事情については、関与していないため詳細を知らない。
「えぇ、作戦中に亡くなって、作戦自体は成功したんですけど。だからあの子の分も一緒にお誕生日お祝いしますから」
 女性軍人は目を潤ませながら事情を話した。職業柄仕方が無いと思っても悲しみは消えない。
「……楽しみにしているわ」
 ゆかりは同情の言葉は言わなかった。なぜなら慰めの言葉よりも女性軍人に御馳走して貰う事が効果的だと思ったから。
 そんな感じで様々な喜び、悲しみ、多くの出来事を色鮮やかなグラデーションとなりゆかりの人生を彩っていた。それは昔と何一つ変わっていなかった。



 5年後、街の通り。

「……これ、可愛いわね」
 5年の歳月が経ち24歳となったマリエッタはあれこれとショッピングを満喫していた。
「でも似合うかしら」
 手に取って似合うかどうか考え見るマリエッタの姿はもう中学生体型ではなかった。だからといってグラビアアイドルのような妖艶なものではなく、マリエッタがコンプレックスを感じない程度であった。
「……やっぱり、色がまずいわね。他の店を見てみようかな」
 色が気に入らないマリエッタは手に取った物を棚に戻し、別の店に行く事にした。

 その道々。
「……どうなるか分からないものね。昔は中学生体型に色々悩んで胸が大きければとか平行世界のグラビアアイドルのようになれたらとか……昔の自分が今の自分を見たらさぞ驚くわね」
 マリエッタは思い悩んでいた昔の自分を思い出し、クスリと笑いを洩らした。昔悩んでいたコンプレックスが解消され心無しか晴れやかであった。
「近くに人気のランチが……」
 マリエッタはお昼時が近い事に気付き、近くのカフェに向かった。

■■■

 想像から帰還後。
「……20代最後の日と30代最初の日も仕事の中で通過して、気が付いたら30代になってたって全然感慨も何も無かったわね。しかも大尉から准将ってどういう昇進スピードよ」
 ゆかりは溜息混じりに想像した未来に少々ショックを受けていた。
「でも不幸な未来ではなかったんでしょう?」
 マリエッタが訊ねると
「えぇ、仕事に追われつつも充実している感じだったわ。今と階級は違うけどある意味では今と一緒で」
 ゆかりは安堵している様子で答えた。今と変わらず、様々な感情や出来事がグラデーションを描きながら展開していた想像した未来を思い出しながら。
「……しかし、実際に五年後、どんな人生を歩んでいるのかしらね」
 ゆかりは改めて書き上げた手紙を見つめながらぽつりとつぶやいた。
 その横では
「……五年後、24歳という事は来年は25歳だから四捨五入したら……」
 マリエッタが6年目の自分の年齢を四捨五入したら三十路になるという残酷な未来に沈黙していた。