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一会→十会――絆を断たれた契約者――

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一会→十会――絆を断たれた契約者――

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【ヒラニプラ採石場にて: 全ての始まり】


 ヒラニプラ――。
 契約者達がシャンバラから遠く離れた地、ウィーンでのアッシュ・グロック(あっしゅ・ぐろっく)の過去との会合を経て向かったのは、エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)により紹介されたとある採石場だった。
 此処はかつてイルミンスールに供給される水晶などを発掘していたのだが、その後更に豊富な資源を持つ採石場に移った為、今日では廃坑状態となっている場所である。
 
 契約者達の戦いによりアッシュは記憶を取り戻したが、無数の異世界に送られた彼の魂の全てが解放されたわけではない。そしてこれからは敵であるヴァルデマール・グリューネヴァルトの妨害も、より一層激しくなるだろう。
 来るべき時に備え、対抗策を考える必要があった。
 元々が異世界での出来事が発端で有り、アッシュ個人の問題であった為、国軍や警察を動かすのは容易では無い。エリザベートが関係機関を相手に尽力する中、事件に乗りかかった契約者もまた動き始めた。
 飛鳥 豊美(あすかの・とよみ)ちゃんが代表を務める『豊浦宮』、馬口 魔穂香の『INQB』。一般に二大魔法少女団体と呼ばれる組織が確実な連携を取り始めると、アレクサンダル四世・ミロシェヴィッチ(あれくさんだるちぇとゔるてぃ・みろしぇゔぃっち)もまた、自身が所属する合衆国陸軍及び軍事同盟を結ぶ連合諸国へ、『ヴァルデマールと衝突したシャンバラ』を想定し、支援を訴える。
 この動きに反応した合衆国陸軍は、『プラヴダ』が連合軍の代表として連合各国の軍隊と渡り合いより強固かつスムーズに協力関係を結べるよう、隊長であるアレクを大佐まで昇格させた。このような特殊な動きが起こったのは、地球の軍隊がヴァルデマール軍と対立する今のパラミタを開戦前と判断した為であろう。
 こうして全面衝突までに準備は着々と進んだが、彼等が旗と掲げるべきアッシュが完全な状態では無いのだ。
 早急に解決しなければならない課題を前に浮上したのが、『魂の牢獄』と呼ばれる魔法石についてである。
 アッシュの記憶から、これは魔法世界では『二つ名を名付けることが出来る石』として魔法使いの間で重宝されているアイテムである、という所までは判明した。しかしもちろん、そのようなものはパラミタにはない。
「パラミタで採れる鉱石の中に、石と近い特性があるものがあるかもしれない。僕を連れて行ってくれればわかると思う。
 今まで【灰を撒く者】として迷惑をかけてきた分を少しでも返したい」
 このアッシュの言葉によって、エリザベートは相応しい場を彼に与えた。
 危険を孕んだ採掘はエリザベートの判断により、プラヴダの管理下に置かれたが、実際の採掘は最終的にアッシュに頼る事になる為、彼と親しい契約者達の協力を伴う。
 ただ、ヴァルデマールがどのようなタイミングで妨害を試みるか分からない以上、これ以上民間人を巻き込まぬようにする必要があるとの配慮された為、件の廃坑状態だったヒニプラ採石場が選ばれたのだ。

 この様な経緯を経て採石場に着いた一行は、軍隊の管理下のもと採掘を開始する。当然緊張はあったが、プラヴダの兵士は彼等と慣れ親しんでいるためフレンドリーだ。固い雰囲気など存在せず、途中まではピクニック気分で採掘を進めていく契約者達――。
 しかしそこに、ヴァルデマールの妨害が入ったのである。
 『いつもの感覚』の後、異世界へ落とされた契約者達は、パートナースキルが使えなくなっているのに気付いた。さらにはパートナーとの繋がりも弱くなっているように感じられた。
 それは、この場所に張り巡らされている鎖が影響していると、豊美ちゃんは推測する。
 契約者の前に出現した、ヴァルデマールの忠実なる配下を名乗る者――ゴズ
「この地で契約者を倒し、死ぬまで石を掘り続ける奴隷として扱ってくれる!」
 と宣言したゴズは、自らが従える亜人の軍団を契約者へ差し向けた。

 契約者は亜人と奮戦するが、契約者たる能力の一部を失った状態で、善戦は望めなかった。
 このままでは……という時に、パラミタの採石場に居たアッシュが、ゴズの意識の一部を操る事に成功したのである。


「しまった――!」
 ゴズがヴァルデマールから託された杖が、空間に小さな穴を開けた。
「アッシュだ!」
 戦いの喧騒の中に聞こえるアレクの声に、豊美ちゃんはアッシュの魔力に自分の魔力を結び、空間の穴を支える。
「ハインツ」と上官に名を呼ばれただけで、ハインリヒ・ディーツゲン(はいんりひ・でぃーつげん)は命令に従い迷わずその空間に飛び込んだ。

 空間の先は、彼等が元々居た採石場であった。
 こちらにも亜人の軍団が溢れ、連中とプラヴダが交戦中のようだ。しかし戦闘の様子から一先ずの安全は確保出来る事と、自らの後からついてきたスヴァローグ・トリグラフ(すゔぁろーぐ・とりぐらふ)がスキルを発動させたのを確認し、ハインリヒは空間の向こうへ「こっちは大丈夫だ」と声を上げる。
 そんな折、ハインリヒの傍に駆け寄ってきたのはニコライ・ストヤノフ少尉であった。彼の後ろで、アッシュが杖に力を送り込みながら空間を必死に広げているのが見える。
 しかし他人の魔法に介入するあの【操る魔法】が大して『持たない』のは、目に見えて分かった。ニコライと早口で報告を済ませている間に、次々と契約者たちが此方へ下りてくる。苛烈な戦いから逃れ、誰もが疲弊していた。
「彼等の保護を最優先に動け」
「中尉、連合側から『異世界人を捕縛せよ』と命令が着ています」
「否、引き続き奴等との距離を空け続けなさい。民間の契約者の安全確保が最優先事項だ、いいね」
 指示に従い命令を出したニコライが、どこか苦虫を噛み潰した表情に見えるのに、ハインリヒは皮肉めいた顔を見せた。
「『証拠』、……だろう?」
「その通りです。
 金と人を割くには、それ相応のものを出せとのお達しですよ。捏造が蔓延る今の世の中じゃ、映像程度では納得頂けないようで」
「やれやれ、抱える問題は何処も同じだな」
 ハインリヒは迷惑な人間をあしらうように鼻で笑い、件の空間を振り返る。
 此方側に下りてきた契約者の数は、採石場に居た元々の人数の三分の一にも満たないというのに、既に空間は閉じかけ始めていた。
 パラミタという地球にとっての異世界に、飛び込む勇気は持たない権力者たちが、手駒を使って魅力的な開拓地で勢力を拡大させたいと願望を持つのは当然だ。
 ただでさえ各国は軍事面において、中国に大きく出遅れたのだから焦る気持ちは分かるが、パラミタへ恩を売り功績を手に入れる為に、契約者の命を掛けるなど馬鹿げている。
 採掘が教導団のお膝元であるヒラニプラで行われるというだけで、面倒ごとを避けようと、プラヴダからの「連合の兵士を追加して欲しい」という救援要請を断った癖、要求だけはしっかりしてくるらしい。捕縛命令には、嫌悪感しか湧かなかった。
 パートナーに此方側へ落とされ、離ればなれになった契約者達の悲痛な声が、ハインリヒの耳に響く。
「これ以上文句があるなら「椅子から立ち上がって此処へ来て頂きましょう」と伝えておけばいい。
 要求を無視するなら椅子の足を蹴り飛ばし、跪かせ、額に銃口を突きつけて構わない」
「了解です」
 ニコライが再び部下のもとへ戻るのを見て、ハインリヒが肩に掛かった重荷ごと息を吐き、足を反転させると、空間からジゼル・パルテノペー(じぜる・ぱるてのぺー)が落ちてきた。
 ハインリヒが駆け寄り彼女を抱きとめた瞬間、「もう持ちません!」と、豊美ちゃんの悲鳴混じりの声が聞こえる。
「ハインツ、俺達に構うな皆を逃がせ! ジゼルを――!!」
 向こう側で叫んでいるのはアレクだ。
「必ず!」
 応え、拳一つ分もない空間を見上げていたハインリヒは、そこが完全に閉じる刹那の時に、頭の中がホワイトアウトするような不思議な感覚に襲われた。
 それは彼だけでなく、プラヴダの兵士達に付き添われて採石場の戦いから逃走していた契約者達も同様である。
「…………今の、なんだ?」
 と、ハインリヒが眉を顰めた時だ。無理な魔法で全力を使い果たしたアッシュを肩に抱えたニコライが、彼の背中に声を掛けてきた。
「中尉、空間が」
「撤退だ」
 ハインリヒの命令に、ニコライは表情を曇らせ、先程まで空間が空いていた場所へ視線を上げ、もう一度上官へ向き直る。
「しかし大尉や豊美ちゃん達がまだ――」
「構うな、撤退しろ……!」
 奥歯を噛み締めニコライが去るのを待つと、ハインリヒはジゼル下ろして、彼女の髪を撫でる。大切なパートナーや友人達を一瞬にして失った出来事に、彼女はしゃくりをあげて泣いていたのだ。
 ハインリヒにとっても身を切られるような思いで下した決断だ。撤退はアレクの命令であったが、改めて指示した以上、責任は自分にある。
「ご免ジゼル、アレクの事は必ず直ぐに見つけ出す。だから今は――」
「………………誰を?」
 ふと顔を上げたジゼルが首を傾げるのに、ハインリヒの中の時が止まってしまう。何も答えられない間に、ジゼルはもう一度聞き直してきた。
「アレクって、誰?」と。
「ジゼル、君…………、何言ってるんだよ。
 アレクは――」
 続けようとしたハインリヒの視界に映るのは、兵士に保護され支えられて歩くのがやっとだった契約者達が、何事も無かったかのような表情に代わって、戦場から真っ直ぐと走り去る姿だった。
 気味が悪くすら感じられる違和感に眉を顰めていると、此方へきた兵士達がジゼルを連れて行く。
「中尉、ジゼルさんで最後です。
 我々も撤退を」
 ――撤退。
 確かに自分はそう指示した筈だ。
(上官の………命令で…………)
 頭の中の靄に気付いて、ハインリヒは考えを口に出した。
「撤退命令はした。だが向こうの世界に彼等が残っている。だから…………」
 向こうの世界。彼等。
 自分は確かにそう口に出しているが、それが何なのか、ハインリヒには最早思い出せなくなっていた。
 自分は、否、自分だけでは無く皆が何かを失った事は明らかだが、段々とそれが不思議だとすら思えてなくなってくる。
(何かがおかしい、何かが足りないのに)
 思考が何かに抑え付けられて、感情に追いつけない。
 今さっき何の為にジゼルに謝罪したのかさえ、分からないのだ。
「僕はなんで………あんなことを言ったんだ…………?」
「……中尉?」
 と、部下が掛けてきた気遣わしげな音に、ハインリヒは弾かれたように我に返って、任務へ戻る。
 その時にはもう、彼の後ろに従うパートナーのギフト――トリグラフの数が減っているのに、引っかかりすら感じられなくなっていた。