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一会→十会 —魂の在処—

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一会→十会 —魂の在処—

リアクション



【6】


「――おそらくはサヴァスの生み出した瘴気は、自身の判断力を失わせ、周りからの影響を受けやすくさせる効果を発揮するものではないかと。
 これを無効化するには、こちらからそれ以上の効果でもって瘴気の効果を上書きするか、もしくは効果を受ける前の状態に戻してあげればいいと思います」
 同じような結論を、契約者と交戦することで様子を見ていた豊美ちゃんがアレク他、同行する者達に伝えていた。そうだとするとサヴァスの瘴気も一種の魔法と言えよう。
「……アレクさん見えました! あそこにお2人が居ます!」
 アレクの頭の上でポチの助が発した声に、皆の注意がそちらへ向く。確かにハインリヒとツライッツ、2人の背中が遠くに見えた所で突如出現した『危険な気配』に、後ろへ飛んだアレクが豊美ちゃんを抱え横に逸足離れる。
 アレクの急激な方向転換からポチの助が地面にスタンと落ちる音の直後、冷静な声が廊下に響いた。

「フム……流石はこれまで生き残ってきただけの事はありますね。今の一撃を察知して避けるとは」

 声のした方に視線を向ければ、そこにはサヴァスの姿があった。さっきまでは何も見えていなかったはずの場所に、今は確かにそこに立っている。
 アレクも豊美ちゃんも、そこに居た契約者ら全てが、サヴァスから注意を逸らすことが出来ない。今ここで注意を外せば、再び彼を見失う事になるのを恐れている間に、ハインリヒとツライッツとの距離は再び広まっていく。
 それにしてもアレクは大太刀の、ジブリールはジャマダハルの切っ先を、豊美ちゃんはヒノの光りを、そんな風に契約者それぞれが囲む様に武器を向けてきていると言うのに、このサヴァスの余裕はどういう事なのだろうか。
 近距離武器を持っている為、サヴァスと一番近くの間合いを取ろうとしていたジブリールが、不安から思わず視線を上げて振り向こうとしたのに、アレクはサヴァスを見たまま声を発する。
「ジブリール目を反らすな」
 汗の流れる音すら聞こえそうな沈黙の中――

「我が名は蒼空戦士ハーティオン!
ハインリヒとツライッツを守る為、いざ参る!」


 この状況を打開したのは、コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)だった。
 他の契約者とサヴァスの間に飛び込むと、サヴァスへ宣戦布告するように指を突きつけながら言う。
「サヴァス! 人々の心を操り弄ぶ所業!
 例え魔法世界での世界の正義だとしても、我らが食い止めて見せるぞ!」
 その間にアレクと豊美ちゃんは頷き合い、一部の仲間と共に再びハインリヒとツライッツを追いかけ始めた。サヴァスは彼らを追撃する事無く、微笑をたたえたままコアと相対する。
 先日の舞踏会の際に、サヴァスは『君臨する者』として、魔法世界から契約者達を“見極めていた”。その時に意識の隅に留めた契約者の一人が、今目の前に立っている事に、サヴァスは興味深げに目を開く。
「……パラミタという世界……実に興味深い」
「何を言っている!? 向かってこないのであればこちらから行くぞ!」
 サヴァスの呟きを挑発と受け取り、コアが踏み込みからの拳を繰り出す。しかし拳はサヴァスの右を抜けた。サヴァスには避けたという仕草は見られない。
「くっ、自分の位置を偽る力か、これは!?」
 ならばと、コアはサヴァスの位置を記憶しかつ次の行動を予測しながら次々と拳を繰り出す。……それでも傍から見れば、コアが何も見えない空間に拳を振るっているようにしか見えない。
「ちょっとコア、何やってるのよ!」
 ラブ・リトル(らぶ・りとる)の制止でコアは拳を振るうのを止め、辺りを見回すが既にサヴァスの姿は見つけられない。
「取り逃したか……奴の力は何だ?」
「あたしに聞いても分かんないわよ。も〜、何であんなヤツが出てくんのよ」
 愚痴るラブの視界に、今の騒ぎを聞きつけたか、契約者の集団が入り込んできた。うげ、とあからさまに嫌そうな顔を浮かべる。
「え、え〜と……。
 か、可愛いアイドルのあたしの歌を聞いて、どっか行ってくれないかな〜!」
 ラブとしてはダメ元のやけっぱちな歌だったが、しかし効果はあった。これも全員ではなかったが一部の者が至福と言っていい顔を浮かべ、武器をその場に落としたのだ。
「あ、あれ? ……そ、そうよね、あたしってばほら、シャンバラ教導団のNo1アイドルだし〜?」
 うふ、と微笑むラブ、つまりはこれも先程豊美ちゃんが言っていたように、瘴気の影響よりも歌のもたらす影響が上回ったから、なのだが、ラブ自身はそれを知る由もなかった。
「……よし、まずは彼らを取り押さえるぞ!」
 追いかけたい気持ちをグッ、とこらえ、コアは出鼻をくじかれた契約者を無力化するべく、集団に飛び込んでいった。

 ――そして、彼らは知らない。
 彼らのすぐ傍で、サヴァスと紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が知覚外の戦いを繰り広げていた事に――。


 コアを難なくあしらったサヴァスの発言で、唯斗は自身が起動させた装置の効果が気付かれた事を悟った。そうと悟った瞬間には唯斗は刀を抜き、サヴァスに迫った。
 並の人間では捉えられない動き。自身の気配、存在を限りなく低減させた術は、唯斗が鍛錬の末に会得した彼だけの術。……しかしその術をもってしても、サヴァスの実体を捉えることは出来ない。これはサヴァスが唯斗以上の動きをしているのではなく、彼の『融解させる』力が唯斗の知覚を上回っているからである。
「あなたは私を、捉えることは出来ない」
「!」
 生じた気配に、唯斗は繰り出された攻撃を回避すると同時に反撃を見舞う。相手からの攻撃の気配がした所に攻撃を撃ちこめば仕留められるはず――その思いは空を切る刀に打ち砕かれた。
「おや、これは危ない。もう少し速ければ当てられたかもしれませんね、フフフ!」
 声だけを残し、サヴァスが『消えた』。正確にはその場に姿はあるし、移動自体は普通の速度なのだが、唯斗はそれを捉えることは出来ない。
(クッ、何処に居る、出てこい!)
 無駄だと分かっていたから、唯斗は頭に浮かんだ言葉を発することはしなかった。無言のまま終わった戦いを後にして、刀を仕舞った唯斗は静かに激情を滾らせていた。



 唯斗とサヴァス。
 二人の一瞬にして永遠のような対峙が終わってから数分もしない頃――、ツライッツは訳も分からないままハインリヒと彼のギフト達に守られ、体育館まで辿り着いていた。
 此処へは初めて来たのだが、まあ大体ツライッツの想像した通りの、月並みで平均的な体育館だ。スポーツに必要なものは天井や床に格納されたり、用具入れの中にあるのだろう、余計なものは何も無いだだっ広い場所である。
「……此処でなら、少しは……」
 巻き込む人が最小限に留められるかもしれないと、ツライッツが小さく息を吐く中で、ハインリヒは視線をあちこちへ走らせていた。頭の中で予めシミュレートした状況と実際を照らし合わせて、これ以上は自分の手に余ると行き当たると、改めてパートナー達へ指示を送る。それらの用事が終わるのを待って、ツライッツは言い辛そうに紡ぐ。
「あの……ハインツ…………」
「はい。…………ああ、ごめんね」
 ツライッツの、ともすればはにかんだような顔に、ハインリヒは彼を抱えていた事を思い出したようで、騎士が姫を扱う様のように過剰な恭しさをもって床へ下ろした。――冗談なのか本気なのか分からないのが、怖いところだ。
 さて、ツライッツの傷は、開胸された部位以外は一つも増えてはいなかったが、此処迄くるのに、彼等は何組かの追跡者と行き合っていた。怪我が無いのは、それらの追跡者と正面から向き合わず、防御フィールドを貼ったまま強行突破してきたお陰だ。
 要するに彼等は、逃げまくってきたのだ。
 先程ハインリヒがツライッツを抱えていたのは、それで走った方が早いという最終判断によるものだった。下心から生まれた行動では無い。決して。そういった部分からしてツライッツにとってハインリヒの言動は謎が多いが、そもそも見た目が華奢であろうと内部には機械らしい組織を幾つも仕込まれた重量のある機晶姫を、軽々抱え上げられる事自体、理解の範疇を越えている。
 だからツライッツは、ハインリヒが“ツライッツにまで追跡者へ攻撃をさせなかった違和感”を忘れてしまっていた。
 開けた空間はシンと静まり返って、足音さえしない。彼等と追跡者達との距離は、今はかなり開いていているようだった。
 沈黙の中で怖ず怖ずと視線を上げてきたツライッツに、ハインリヒは首を傾げて口を開いた。
「待つよ」と。此れはツライッツの視線が「これからどうするのか」と問うているのだと取っての答えだ。
「状況が好転するのを。と言いたい所だけれど……多分その入り口からくる敵か、味方か。
 それによって対応が変わるかな」
 どう対応が変わるのか、逃走の経路を分かり易い言葉で指示して、ハインリヒは言葉を切ると、首にかけていたIDタグ(認識票)を外して、ツライッツへ掛けなおした。タグのチェーンに一緒につけられていたのは、特殊な機晶石が埋め込まれたハインリヒのシグネットリングだ。
 ツライッツが何かを言う前に、ハインリヒは言葉を被せてしまう。
「僕の頭がカリーニン博士の百分の一でも良ければ、もっと正しいやり方で助けになれたんだろうけど。……ごめんね」
 謝った直後に短機関銃となったダジボーグを正面に構える。
「つくづく暴力くらいしか能がないよ」
 ハインリヒが忌々しげに吐き捨てた瞬間、体育館の扉が左右に開いた。
 体育館に入ってくる人間達。
 ツライッツは彼等があの研究室に居た研究者やインターン達だと記憶している。そして彼等を率いるように先頭に居たのは、さゆみとアデリーヌだ。
「…………ハインツ」
 声に警戒と怯えを混じらせ、指示を仰ぐツライッツに、ハインリヒは答えない。さゆみとアデリーヌは空京大学に通う人間であるから此処に居ても不思議は無いし、二人は研究者やインターン達が追跡者と化した決定的な瞬間を見ていない。
 恐らくサヴァスが追ってくる事は覚悟していたが、彼等はあのサヴァスの言葉を真に受け敵と化したのか否か。
 ワールドメーカーが彼等の真実の表情を見極める無言の間、それを破る様に、彼等の後ろで光りが瞬いた。
 それが機晶石の放つものだとツライッツが理解した時、ハインリヒのスキルが展開される。最初の砲撃の音が響いた直後、ツライッツはハインリヒに予め指示されていた通り、聴覚機能を遮断してしまった為、目の前で始まった戦いを視覚でしか認識出来なかった。
 彼等の前に飛び出してきたのはハデスの 発明品(はですの・はつめいひん)と合体したペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)で、彼女のグラビティガンの攻撃全てがハインリヒの防御フィールドに弾かれるのを、ツライッツはただ見ている事しか出来ない。
「どうしても危険だと判断出来ない時は、君は手を出さないで」
 ハインリヒの言葉を頭で繰り返すツライッツは、その中に含まれた真意を理解していはいなかった。