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出店


「この女の子見ませんでしたか!?」
 鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)は娘の写真を見せて屋台の売り子にそう尋ねる。貴仁は娘とはぐれてしまい、その行方を探して必死だった、
「うーん……この店にはきていないのであります」
 屋台を出している葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)は、貴仁の質問にそう答える。
「そうですか……ありがとうございました」
「娘さんにこのたこ焼きを持って行くといいであります」
 そう言って吹雪は貴仁にたこ焼きを押し付けるようにして渡す。
「……くれるんですか?」
「5パーセントも割引するのであります」
「……ありがとうございます」
 話を聞いて何も買わずに行くというのも気まずかったので特に文句はない貴仁だが、商魂たくましいなぁと感心しながら受け取る。
 そうしてたこ焼き片手に娘を探してまた走りだす貴仁を吹雪は見送る。
「ふぅ……いいことしたのであります」
「……その台詞はいろいろと突っ込みたいのであるよ」
 二人のやりとりを焼きそば作りながら眺めていたイングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)は呆れたようにそう言う。
「甘いことを言ってる場合ではないのであります! ここは戦場、売るためにはこころを鬼にしていかないといけない……抜かるなよ蛸!」
 実際問題、吹雪の口八丁で客が引き寄せられたりしているのでそれを否定することも出来ないイングラハム。
「はぁ……なんとか入学できたわね」
「……一時はどうなることかと思ったけど」
 そんな吹雪たちの屋台に話をしながらやってくるのはセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の二人だ。
「でも良かったのセレン。ステージイベント途中で抜けてきちゃって」
「んー……ひとまず楽しんだし、瑛菜達のステージまではまだありそうだったから。それまでは流石にあたしのお腹がもたないわよ」
 二人はノクターン音楽学校の入学式を終えてきたばかりだった。生徒になると決めたはいいものの、その手続をすっかり忘れていたセレンはセレアナやミナホの協力の下、なんとか入学式に飛び込むことが出来たのだった。
「……新婚早々、花より団子ね」
「そんなことないわよ。セレアナと一緒ならいつでも花じゃない」
 ものは言いようである。
「ま、残念村長には新婚の挨拶も出来たし、あとは防衛団とか屋台周りがてら挨拶していきましょ…………というわけで、この屋台の食べ物全部頂戴」
「なにがというわけかは分からないが……我が職人技を見せつけてやろうではないか!」
 イングラハムはセレンの注文を受けて、同時進行で屋台で出している料理を全て作っていく。多数の触手を駆使して、食材を空中で調理したりする様子は料理というよりサーカスの芸のようにも見える。
「おー、これ美味いじゃん。……うん、これも美味い」
 出来上がった料理を食べてセレンはその味を褒める。
「当然なのだよ」
「当然なのであります」
 ちょっと嬉しそうというか自慢げな様子の吹雪とイングラハム。
「……やっぱり、花より団子じゃない」
 そんなセレンの様子を見ながらセレアナはそう言う。ただ、その表情は言葉に反してどことなく嬉しそうだ。
(…………セレンのこういうところも私は好きなのね)
 心底美味しそうに食べるセレンを見つめながらそう自分の心を確認するセレアナだった。



「……そうですか。愛ちゃん、こっちにもきてませんか」
「ごめんね。力になれなくて」
 娘を探して三千里。そんな貴仁にネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)は謝る。
「いえ……情報有り難うございます」
「力にはなれないけど、その代わりこのジュース飲んでいって。そんなに走ってたら喉カラカラでしょ?」
 そう言ってネージュは半ば押し付けるようにして貴仁に特製ジュースを渡す。
「……いくらですか?」
「何言ってるの?」
 あげるのにお金を取る訳にはいかないとネージュは笑う。
「ただでもらうのが申し訳ないと思うなら娘さんが見つかった時に一緒に買いに来てくれたらいいよ。待ってるから」
「ありがとうございます! 必ず見つけてこの見せに来ます!」
 そう言ってお礼を言いジュースとたこ焼きを持って走りだす貴仁。
「さてと……私も頑張らないとね」
 貴仁を見送ってネージュは気合を入れる。
「特製ジュースに特製カレー……生徒の皆にたくさん食べて明日からの授業に備えてもらわないとね」
 この村ではドリンクスタンドを出しているネージュ。そして今はノクターン音楽学校の教師でもある。普段から出している特製ジュースの他にもハーブを入れた喉を癒やすカレーも屋台で提供していた。
 料理が得意なネージュがハーブやこの村で採れる温泉水を使ったカレーやジュースは入学したばかりの生徒に大人気だった。
「今日はお祭り。のどにも心にも優しい、特性料理を食べたら、あたしの授業を聞きに来てね。歌声はそれまでのお楽しみ」
 屋台に来た生徒にそう言って笑うネージュ。授業が始まる前から生徒たちの人気がどんどん上がっているのだった。