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願いが架ける天の川

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願いが架ける天の川

リアクション

 藍色の空は濃藍に変わり、時計の針は短針と長身の角度を狭めていく――そんな、夜が大分更けてからのこと。
 泉 小夜子(いずみ・さよこ)泉 美緒(いずみ・みお)の二人は、提灯の明りの合間を縫うようにして、七夕の会場への道を歩いていた。
 小夜子と二人、薄い浴衣を肌にまとっている。涼しげで清楚な姿でありつつも、その薄さはちょっとしたときに彼女たちの体に寄り添って、肉感的な艶めかしさがあった。
「綺麗な星空ね」
 頭上の夜空に輝く星たちは本当に満点だった。パラミタに来てから良く思うが、日本の星空とはちょっと比べ物にならない。
 月も明るく、道は暗くとも見失うということもない。
 それでも腕をからませ、身体を寄せ合って歩く。そうしたいから。薄い布越しに美緒の体温が伝わってくる。
 会場に到着すると地上には提灯があり、灯りのためそれを持つ人もいたが、尚開けた空は輝きを失わず、綺麗だった。
「早速願い事をしましょう」
 小夜子の誘いで、二人は黄色と桃色の願いごとの星をそれぞれ書いて笹に吊るした。
「小夜子は何を書きましたの?」
「『美緒と一緒に末永く幸せに』と書きましたわ」
 吊るした星を白い指先で取って、ひらりと見せる。
「美緒はどんな願い事をしたのかしら、きっと素敵な願い事なんでしょうね」
「わたくしは……その」
 美緒は顔を赤らめて恥じらうが、同時にきまりが悪そうでもあった。それを小夜子は見て取って優しく、
「……どうしましたの? 私には見せられないような願い事?」
「いいえ、ただ……はしたないですわ……ふたつもありますもの……」
 基本的に、願い事はひとつだけ。小夜子は日本のそんな感覚と、美緒の恥じらいを理解して安心させるように微笑んだ。
 美緒は安心したのか、おずおずと短冊を摘まむ。そこには確かにふたつの願い事があった。
『ラズィーヤ様がご無事でありますように、小夜子との幸せな生活が続きますように』と。
「……わたくしが小夜子とのことだけを願わなくて、嫌な気持ちになったり……しません?」
「優しいのね、美緒」
 上目遣いに恐る恐る見てくる美緒を可愛いと思いながら、苛めたくなりながら、小夜子は頭をそっと撫でた。
「……ほら、一緒にベンチに座りましょう」
 気にしていないというように美緒を少し離れたベンチに誘うと、二人で肩を並べて腰を下ろした。
 降ってきそうな星空、中心に流れる天の川。見ていると周囲の人々のざわめきも遠くなっていく気がした――それとも、そう錯覚させるのは美緒のせい?
「以前も、一緒に七夕を過ごしたことがあるわね」
「ええ、それに結婚してからは初めての七夕ですわ」
「ふふっ、可愛くて愛しい美緒……」
 小夜子は甘えるように美緒の胸元にすりすりと寄りかかる。普段は美緒には甘えられる方だけれど……甘えるのも好きだ。
(いつ触ってもやわらかい)
 甘い香りが鼻腔をくすぐる。
 小夜子を愛しげに見下ろしながら、美緒は彼女の髪を梳く。
 二人は暫く視線を絡めていたが、ふと星空に移した。
「星空の下で愛しい人と一緒にいられる……素敵ですね」
「ええ、素敵ですわ」
「でもここだと人目が少しありますわね……。美緒は気になる?」
 小夜子が美緒に意味ありげな微笑みを浮かべると、彼女は真っ赤になった。
「人目が無かったら、もう少し激しく美緒の事を求めてるでしょうね」
 小夜子の浴衣の裾が捲れて、白いふくらはぎが見えた――胸に顔を軽く押し付ける。
「あっ……小夜子ったら……」
「うふふ、それだけ美緒が魅力的なんですもの」
 体を起こして、美緒の柔らかな唇に軽く口付ける。甘かった。さっきの香りよりも、もっと。
 小夜子は唇を離すと、囁いた。
「ねえ美緒。来年、また一緒に来ましょうね?」
「勿論ですわ。来年も、その次も……一緒に……」



(叶えたい願い事は、沢山あるようで……)
 遠野 歌菜(とおの・かな)は笹に飾られた星々を眺めながら、どんな願いをかけようか思いを馳せていた。
 どの人もそれなりに真剣に、色々な願い事をしている。
 歌菜にも叶えたい、叶って欲しいなと思うことは、沢山ある。幸せとか、友達のこと。仕事とか、趣味とか。
(でも、最後は一つになっちゃうのです)
 隣の夫――月崎 羽純(つきざき・はすみ)の顔を見上げる。いつも見ているのに、見慣れているのに、見る度にときめいてしまう。
「……何か、付いてるか」
「うっ、ううん! さ、折角だから、笹飾りを作って、願い事を書こう!」
「……そうか」
 赤い顔を余計に振って誤魔化して気持ちを落ち着けてから。
 ケースの中の折り紙に目を移した。何十色もの折り紙、赤青緑紫、オレンジピンク……薄いのも濃いのも、白も黒も、それからあの金と銀も少しだけ。
(小さい頃、七夕といえば、ママと一緒に折り紙で沢山笹飾りを作ったものです。ちょっと得意ですよ♪)
 歌菜はうきうきしながら紙を選んでいく。
「羽純くん、教えてあげるから一緒に作ろ!」
 羽純は歌菜の笑顔を見ながら、来る途中、やけに暗い道があったが……驚かせなくてよかったかな、と思っていた。
「ああ。教えてくれ」
「まず、あみかざり。こうして折って、鋏で切り目をチョキチョキっと入れて、完成。……簡単でしょ?」
「器用だな」
「では、ささつづりとほしつづりも行ってみよー」
 歌菜はよく覚えていたのか、次々に色々な飾りを作り出して見せた。羽純は歌菜の丁寧な説明を聞きながら、彼女の手が魔法をかけているように感じていた。一枚の正方形の紙から、どうしてこんなに色々な形が出来上がるのか、自分でしていても不思議だ。
 それに歌菜のまた別の一面を見た気がして、なんだか嬉しくもなる。
 二人の前には飾りの小山ができあがる。その作りすぎてしまったかもしれない飾りをすべて笹に付けると、一層笹は賑やかになった。
 黄色を中心としたお願いごとの星、そして七夕にちなんだ網や、星や、輪っかや、色々の飾り。立派になった笹飾りに満足がいったふたりは、次に星の短冊に願い事を書いていく。
『ラズィーヤさんが無事に戻って来れますように』
 歌菜は願いを途中で切って、そして、隣の羽純をちらっと見て、続ける。
『何時までも、羽純くんと一緒に居られますように』
 切実に、願う。
(彼を失う事がどんなに怖い事か、思い知ったから)
 羽純もまた歌菜と同じ願いを書いていた。
『何時迄も歌菜と共に居られますように』
(俺の知らない所で、歌菜が傷付くのはもう御免だ。もう絶対に、この手を離したくない。いや、離さない)
 書き上げた羽純は歌菜の短冊を見ようとすると、歌菜は手で隠しながらもう飾り付けていた。
「歌菜はどうして短冊を隠すんだ?」
「……えへへ、ちょっと恥ずかしいから」
 結んだ二人が側の空いたベンチに座ると、白百合会のお手伝いがお茶を持ってきてくれた。
 冷えた緑茶がすっと身体に入っていく。
 星を見上げる。
 歌菜はこうしていられる今に、感謝していた。綺麗な星空、側には大好きな人がいて、風も涼しくて気持ちいい。
 なのに……手だけが、熱かった。その熱が頬まで伝わって赤くしていた。気付かないふりをして、星空を見上げる。ちらっと横を見ると、羽純も空を見上げていた。
 歌菜の手を握った羽純は、指先から伝わる熱に安堵していた。
(ずっと一緒に居る――今もこれからも、ずっと、この星々が輝き続ける限り。二度と離さない)



 新婚旅行先をダーツで決めた、というのが教導団員らしからぬセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)の行動であったとすれば、たまたま新婚旅行先でイベントがあるからどうか、と誘われるままに訪れたのも、またセレンフィリティ主導の行動だった。
 ……故に“新婚百合夫婦”の“夫”はセレンフィリティの方ではないかなと思いつつも。
 容姿だけなら、ツインテールで妖艶なセレンに比べて、すらりとした長い脚にショートカットと、ボーイッシュな美形で――つまり“夫”にも見えるセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は、
(尻に敷かれてかけてるのは私の方……?)
 などと思いながら背中を追うのだった。
「ねぇセレアナ、短冊に願いを書くと叶うんですって」
 セレンフィリティは真っ先に笹飾りのところに向かうと、籠の中から色とりどりの星型の短冊を貰ってきた――つまり、一枚でも二枚でもなく、四枚なのである。
「どれだけたくさん願い事する気なのよ」
 思わずセレアナは苦笑まじりに呆れた。そういうところが一方ではセレンらしいところでもあるなと、セレアナはそれ以上言わず、短冊を書き散らしているセレンフィリティを眺めていた。
『パラミタサマージャンボ宝くじ6億ゴルダが当たりますように』
『今年こそ夏休みがたくさん取れますように』
『これからもずっとセレアナと一緒でいられますように』
『来年の七夕もこうして願い事を書いて過ごせますように』
(……もう)
 セレアナはまた笑った。最後の方はいいとして(嬉しくもあるが)、最初に書いた願いはどうなんだ。しかも字が汚いし。
「ふふふ、ちゃーんと叶いますように!」
 セレンフィリティは上機嫌だが、セレアナはあまりの悪筆に心配になった。
「神様に読めるのかしら……」
「それはともかくとして、これからも二人で一緒にいられるように、あるいは来年も、再来年も、3年後も、10年後もこうして七夕の日を迎えられることを願う気持ちは本気よ」
 張り切って願い事を吊るす彼女に、セレアナは自分も書こうと、一枚水色の短冊を手に取った。
「あら、一枚でいいの?」
「セレンが沢山願い過ぎなのよ、普通は一つなんだから」
 セレアナはとても綺麗な字で、
『これからもセレンとともに歩む世界が無事でありますように』
 と、記した。
 それから二人で飾りを作った。同じものを作っているはずなのに、セレンフィリティはおおざっぱで豪快、セレアナは丁寧で綺麗と性格がよく出る。
 先に吊るし終えたセレンフィリティは、セレアナがバランスを考えて吊るしている間に麦茶のグラスをふたつ指で摘まむように持ってきていた。
「さ、星を見に行きましょ。こっちの方が良く見えるわよ」
「ええ」
 提灯から少し離れ、薄暗い草地に。セレンフィリティはグラスを渡すと、上機嫌でごくごく喉を慣らしながら、ぷはあっと息を吐いた。
 結構高級な麦茶なのだろう。冷たくて美味しくて……生きてる実感。
 セレンフィリティがさっきセレアナに言った台詞。それは、軍人でいつ「死が二人を分かつ」か判らない身ということ。だからこそ、可能な限り最愛の人とともに過ごせる時間を大切にしたいし、そうであるからこそ、来年もこうして七夕を迎えることのできる、そのごく普通のことを守りたいと思うから。
 それが、愛する人とともに過ごす時間をより長く、豊かにすることだから。
 セレアナの方はグラスに口を付けつつ、セレンフィリティに静かに身を寄せて静かに星を眺める。
 ずっと、そうしていたかった。