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園児と七夕

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園児と七夕

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第二章 夢と希望と欲望と


?アイドルになりたい?
?アイドルみたいに歌を歌いたい?
短冊の中にはこんな願い事がかかれたものが少なくなかった。
 そんな子供たちの願いを叶えるために二つのグループが園内には訪れていました。
「本当に一緒に歌ってもいいの?」
 シニフィアン・メイデンの綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)はРусалочкаのマネージャーをしているエレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)に訊ねた。
「問題ありませんわ。こんな機会ですもの今日限りのスペシャルユニットということで」
 エレナはニッコリと微笑んで見せると、アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が一歩前に出た。
「私も歌は歌いますけど、演出の手伝いはさせていただきますね」
「ええ、期待していますわ」
 アデリーヌの申し出を快く受け入れながらエレナは腕時計に視線を移すと、富永 佐那(とみなが・さな)ソフィア・ヴァトゥーツィナ(そふぃあ・う゛ぁとぅーつぃな)に声をかけた。
「お二人とも、そろそろよろしいですか?」
「こっちは準備万端です。ソフィアもいける?」
「はい。いつでもいけます」
 佐那はブルーのウィッグにグリーンのカラーコンタクト、ソフィアはグリーンのウィッグにブルーのカラーコンタクトを装着する。さゆみとエレナは織姫を意識した衣装だったが、佐那たちの方はアイドルとしての格好を優先していた。
 エレナは四人の準備が整ったのを見て、教室に入った。
 園児たちの視線が一斉に注がれ、エレナは恭しく頭を下げる。
「さぁ、皆さん。今宵は特別に、天の川から素敵な4人の織姫様が来てくれましたわ♪」
 そうエレナが紹介するなり、四人は教室の中に入っていき、園児たちはその姿を見て感嘆の声を漏らした。
 園児たちが声を上げる中で、佐那は明るく声を出す。
「みなさーん☆彡こーんにーちはー☆彡海音☆シャナ、WEBの天の川からただいま降臨っ☆彡」
 それに続いたのはさゆみだった。
「今日はアイドルになりたいって子の願いを叶えに来ました。みんなで一緒に歌いましょう」
 さゆみが言うと、ソフィアは教室にあったピアノへと向かい伴奏を始め、アイドルによる四重奏が始まる。
 明るいピアノの音に合わせて、四人の歌声が教室中に響く。重なり合った声とピアノは心地よい調和を生み、子供たちも歌い始めた。
 それを頃合いと見て、アデリーヌはエクスプレス・ザ・ワールドを発動させる。
 その瞬間から、ピアノが音を奏でるたびに音符や星が実体化し宙を舞った。
 ピアノだけではない、四人の歌声、子供たちの声にも能力は反応して次々と声が色んな形になって飛び交った。
 声を発すれば何かが形作られるという単純さに子供たちは興味津々に目を光らせて、より一層元気よく歌を歌い始める。
 あらゆるものが形作られて教室の天井を泳いでいきそれはあたかも空にかかった天の川のようにも見えた。
 やがて演奏が終わり、曲が終了すると――子供たちの拍手の音が響き渡った。
「やったねアディ! 大成功だよ!」
「ええ。それもさゆみさんや佐那さんたちのおかげです」
「ううん、あの演出あってこその盛り上がりです。お礼を言うなら、むしろこちらの方ですよ」
 佐那が謙遜するように笑っていると、数人の女の子たちが四人の前に駆け寄ってきた。
「お姉ちゃんたち、もう一回! もう一回歌って!」
「あたしたちも隣で歌いたい!」
 ぴょんぴょんと飛び跳ねてせがんでくる女の子たちの姿に、さゆみと佐那は顔を見合わせて噴き出すように笑った。
「それじゃあ……アンコールいきますか?」
「ええ、まだまだショーは始まったばかりですからね」
 佐那は言いながらソフィアに目を向けると、二曲目が始まり、子供たちがクタクタになるまでショーは続けられた。


 アイドルになりたいという可愛らしい願い事が存在する中、自らの煩悩に忠実な願い事も存在する。
 ?グラビアアイドルのおねーちゃんとハーレム作りたい?
 四十代の中年が書いたような願いごとが短冊に下げられていた。
 こんなもの、一蹴されるか親にしこたま怒られるかのどちらかしか未来は無かったのだが、酔狂にもこの願いを叶えようとする人間がいた。
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)がそうだった。
「そんなわけで、グラビアアイドル織姫見参!」
「どういうわけなのよ……」
 セレアナは呆れているが、衣装の方はセレンに押し切られ、二人揃って織姫のような衣装になっている。
 その格好の時点ですでに食いついてきているませガキが数人おり、セレンはニヤリと挑発的な笑みを浮かべると、科を作って衣装に手をかけて、するりと脱ぎ捨てると中から紐ビキニ姿の健康的な肢体が露わになった。
 これには少年たちも顔を真っ赤にして呼吸を荒くしている。
 だが、それだけでは勿論終わらない。これくらいで終わるならあんな願いを短冊に下げたりもしないだろう。
「お、お姉ちゃんたち……本当にグラビアなの? 本当なら、ポ、ポーズとってみてよ」
「ちょ、ちょっと……セレン、本当にやらなきゃいけないの?」
 セレアナは困惑したようにセレンに視線を向けるが、セレンはと言えばセレアナの衣装に手を掛けて、ささっと脱がすとそちらもビキニ姿を晒してしまう。
「まあまあ、よいではないかよいではないか」
 セレンは酔っ払いのような口調でセレアナの押し倒す。完全に悪乗りしている相方にセレアナはもう観念したようにため息をつく。
 セレンは片腕で自分の胸を抱くように持ち上げると、床に手をつき、セレアナと胸を合わせるようにして、艶めかしい視線を子供たちに送る。
「こんな感じで……どうかしら?」
 艶のある声で訊ねると、少年たちの中の数人は鼻血を出しながら食い入るように見つめていた。
 その様子を見て、さらにセレンの悪乗りは加速する。
「ねえ、これいじゃあハーレムを作ったことにはならないんじゃない? もっと遊びましょう?」
「遊ぶって……なにするの?」
 少年が訊ねると、セレンは四つん這いのまま少年たちに近づいていき、
「ん〜……プロレスごっことか?」
 言った瞬間、少年に抱きつき顔を胸に沈めた。
 これに声を上げたのはセレアナだった。
「ちょっと、幼稚園児にそれは余りにも非常識すぎるわ!」
「あんな願いごとしてる時点で非常識だって!」
 そう言いながら立ち上がったセレアナに近づき、少年を二人の身体で挟み込む。
 健康的な瑞々しい身体に挟まれ、女性特有の甘い匂いが鼻孔に入り、少年はくらくらしながら鼻血を出して意識を失った。
「さて……次は誰にしようかしら?」
 セレンは少年を下ろしてから、イタズラっぽく笑みを浮かべた。


 不真面目な願いを不真面目に叶える人間もいれば、真面目に七夕の由来を伝えようとする人間もいる。
大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)たちはそんな人間の一人だった。
彼らは劇を通して、七夕の由来を子供たちに教えようとしていた。
と言っても泰輔は劇の語り手であり、役どころは存在しない。
 子供たちがジッとこちらを見てくるなか、泰輔はニッコリと笑みを浮かべて劇を始めた。
「昔々、天の川のそばには天の神様が住んでいました。天の神様には、一人の娘がいました。名前を織姫と言いました。織姫は機を織って、神様たちの着物を作る仕事をしていました」
 このナレーションと共に現れたのは中華風の服を身にまとった織姫役のレイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)と神様役の讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)だった。
 泰輔はさらに続けます。
「織姫がやがて年頃になり、天の神様は娘に、御婿さんを邀えてやろうと思いました」
 ナレーションを挟み、顕仁はふうっとため息をついた。
「困ったものだ。娘の婿に相応しい男が見つからない……あの子には幸せになってもらいたいというのに」
「神様は織姫にあう婿を色々探して見つけたのが、天の川の岸で天の牛を飼っている、彦星という若者です」
 そう言われて出てきたのは彦星ことフランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)だった。
「ウィーンのシティボーイな僕がやる役じゃない気がするんだけどな……」
 フランツは小声でぼやくと、顕仁は彼に近づき小声で応対する。
「よいではないか、織姫はレイチェルなのだぞ? 幸せな生活の予行演習だと思えばいい」
 からかうように顕仁が笑うとフランツは冷たい表情で睨んだ。
 小声の聞こえない泰輔はナレーションを続ける。
「彦星は毎日、天の川で牛を洗い、おいしい草を食べさせたりと、よく牛のめんどうをみる、働き者でした」
 顕仁はそのナレーションを聞くと、威儀を正してフランツを見つめた。
「おまえたち二人は、まじめによく働く。彦星よ、わしの娘、織女と夫婦にならぬか?」
 顕仁の台詞にフランツも恐縮したような表情を見せると、膝をつき、
「私のような者には、夢のようなお話しでございます。ありがたくお受けさせていただきます」
「こうして二人の結婚は決まります。二人は相手を一目見ただけで、好きになりました。二人は結婚して、楽しい生活を送るようになりました」
 と、ナレーションでは言っているが、フランツの動きは若干のぎこちなさが残っていた。
特にレイチェルが目を合わせようとすると、視線を反射的に逸らしてしまう。
 不思議そうにレイチェルがフランツの方へと歩み寄った。
「……? どうして目を合わせてくれないんですか?」
「い、いや……」
 フランツは顔を赤くして言葉を止めてしまう。
 実は、フランツはレイチェルに告白をしており、それからずっとこの調子なのだ。
その様子を見て、遠くで顕仁がため息をついた。
 泰輔は劇を止めるわけにもいかず、ナレーションを先に進める。
「仲が良過ぎるのも困りもので、二人は仕事を忘れて、遊んでばかりいるようになったのです。すると、牛は病気になり、神様たちの着物もボロボロになっていきました。これには神様も怒ってしまいます」
 顕仁はダン! と地団駄を踏むように一度床を踏みならすとフランツとレイチェルを睨みつけた。
「いい加減にせぬか。二人そろって遊びほうけてばかり……! 二人は天の川の、東と西に別れて暮らすがよい」
 その言葉にナレーションが続く。
「と、言って、織姫と彦星を、別れ別れにしたのです。でも天の神様は、織姫があまりにも悲しそうにしているのを見て、こう言いました」
「一年に一度だけ、七月七日の夜だけ、彦星と会ってもよろしい」
「それから、一年に一度会える日だけを楽しみにして、織姫は毎日、一生懸命に機を織りました。天の川の向こうの彦星も、天の牛を飼う仕事に精を出しました。そして、待ちに待った七月七日の夜、織姫は天の川を渡って、彦星の所へ会いに行きます」
 フランツとレイチェルは正面から向き合うと、幸せそうに抱き合った。
 そして、フランツはレイチェルにだけ聞こえるように、
「僕は君に告白したことを、後悔してないから」
「え……?」
 レイチェルが聞き返そうとすると、それを子供たちの拍手が邪魔をした。
 フランツも劇を終えて、子供たちに手を振る。
 七夕の由来を知り、子供たちは晴れやかな顔をしていたが、それとは対照的にレイチェルの表情は複雑なものになっていた。